人形


霊山柩は無限廻廊の中を彷徨っていた。

なるべく長峡仁衛が通ったであろう通路を移動しているつもりではあったが、広間へ出るたびに長峡仁衛とは違う場所へと移動している。

化かされた様な気分に陥った。


「…」


無限廻廊は一筋縄ではいかない。

違う人間が同じ道を通ったとしても、到達する場所は全く異なる事が多い。

人が通る度にパズルの様に数々のピースを組み替えてしまう。

更に、迷宮は自己成長を行う。

迷宮内に潜む畏霊が強大になれば、その分迷宮が強固となる様に増幅する、文字通り無限に迷宮は進化するのだ。

だから無限廻廊と名付けられた。

であればどうするのか。

無論、長峡仁衛が居る場所へ到達するまで移動し続ける他ない。

たとえ前方に畏霊が出現していたとしても。

臆する事なく怯む事なく突き進んで行かなければならない。

全ては長峡仁衛に到達する為。

彼女の前に畏霊が飛び込んでくる。

また新しい獲物が行ってきたと嬉しそうにしながら口を開いて霊山柩を食べ様とする。

だが畏霊が食べたのは生暖かい新鮮な人間の力ではない。

それは咀嚼する時に開いた口に、先の尖った一つの士柄武物が突き刺さった。

喉奥にしっかりと咥えこんで、畏霊はその一撃によって一瞬で払われる。


「…」


修道服の袖、またはスカートの隙間から。

華奢な彼女の肉体からは多くの士柄武物が出現する。

術式によるものではない。

彼女はどんな武器でも体に隠す事の出来る『暗器』を習得していた。


地面に刺さる複数の士柄武物。

その内の二つを霊山柩は引き抜いて幽霊たちに向けた。

彼女は声を発する事は出来ない。

だがそれでも、彼女の戦闘力には揺るぎない。

彼女は術式を使用しなくても持ち前の戦闘力と武器を使う事で畏霊を払う事が出来る。

未だ奥の手を、誰にも見せた事は無い。

自らの当主にすら、術式の神髄を見せた事は無かった。


脅威、それでいて強力。

霊山柩は、当主候補に選ばれるだけの自力がある。


それでも…彼女の行動原理はただ一つ。

長峡仁衛。


その為ならば例え地獄の奥底であろうとも彼女は向かい続けるだろう。



「は、ははッ、あぁ。待ってろよ、柩ィ」


その頃。

霊山新は有頂天になっていた。

あの当主から直々に指令を戴いた。

それだけではない。

なんと、当主が所持する式神のうち二体を貸し出してくれた。

当主といえば数多くの畏霊を封印してきた強者。


その中で無限廻廊に相応しい式神を貸し出してくれたとなれば、最早、最強に近いだろう。

さらには無限廻廊で攻略するのに必要な地図をもらった。

これがある限り無限廻廊の内部が一気に動いたとしてもその動きに連動して地図の内容も変わる様になっている。


これによって無限廻廊の内部を迷う事はない。

難点があるとすれば無限廻廊内部に存在する生物の数が把握する事が出来ないという点だが、それは些細なものだろう。


霊山新の興奮はそれだけでは済まない。

なにせあの当主から直々のご命令を受けた。

霊山新にとっては初めてな事だ。


「(ご当主様は、やはり、俺を次代の当主にしたいんじゃないのか?)」


霊山新は逆説的に霊山蘭が自分を王様にしたいのだと考えているんだと信じて疑わない。

その短絡的思考も度を過ぎれば滑稽なものだった。


「(しかし…この手紙を霊山柩に渡せとは…中身は見てはならないと言うが、気になるな…)」


霊山柩宛に描かれた手紙。

それを確認したくて仕方が無かったが、堪える。

早々に、無限廻廊から脱出し、そして霊山柩を救うのだと、邪な感情を抱きながら霊山新は思った。


………。


長峡仁衛は、準備を整えていた。

改めて死体を探った所、缶詰なども発見した。

中身を開けて食べる。手を合わせて合掌をして、得体の知れない食べ物を咀嚼する。


「(帰ったら絶対、小綿の手料理喰う。小綿が好きなうどんが食べたい)」


長峡仁衛は立ち上がる。

半裸の彼は、先程の爆破によって衣服が剥がれてしまった。


「(負傷した『七尋女房』の再生も完了、全式神の能力値も多少上がってるな)」


そう思いながら長峡仁衛は歩き出す。

『雲泥韻音』が探していたこの戦場の出口を発見したらしい。

長峡仁衛は歩きながら、『雲泥韻音』の後ろをついていく。


そして、長峡仁衛が到達したのは、多くの機械類の廃棄場だった。

銃火器や戦闘機、戦車が大きな穴に捨てられている。

黒ずんで、使い物にならなくなった車両の中で、一つ、キレイなトラックがあった。

長峡仁衛は、穴へと落ちて、無機質な機械の地面を歩く。

そして、トラックに手を当てて中を開くと、重力が狂っているのか、落下する様な感覚に陥る。

どうやら、その穴こそが、次の迷宮に続く道であるらしい。


「じゃあ、行くかぁ」


長峡仁衛はトラックの中に入る。

すると、長峡仁衛の体は落下した。

数秒程の落下の末に、長峡仁衛は着地地点を確認した。

古びた床だ。木製の板を張り付けた様な年季の入った廊下。

長峡仁衛が廊下に着地すると、ぎぃ、と軋む音が響く。

周囲を見回すと、壁が両隣に生えている。

草と泥を混ぜて作った粘土の様な壁、長峡仁衛は昔遊園地で遊んだ時に、お化け屋敷に入った事を思い出した。


「(和風作りの迷宮か…本当に、なんでもござれだな。此処は)」


長峡仁衛は溜息を吐くと、歩き出す。

薄暗い周囲に、長峡仁衛は目を細めて歩き出す。


「『雲泥韻音』、早速、出口を調べてくれ」


長峡仁衛の言葉と共に、水の肉体を持つ畏霊が周囲を散策する。

このまま、待機をしていても良いのだが、しかし、長峡仁衛は目の前を見詰める。


「…新しい敵か」


長峡仁衛の前から、カタカタと。歯車が回る音を鳴らしながら現れる等身大の畏霊。

それは、陶器の様な肌に関節球体で形成された、人形だった。

両手には、五指の代わりに細長い刃物が生えている。

頭部は硝子の様な眼球が、冷たく長峡仁衛を見詰めていた。


「『斬人』」


長峡仁衛は、何時もの様に式神を召喚して戦闘準備を始める。


「やるぞ…ッ」


長峡仁衛が一歩前に歩き出した時。

その時、長峡仁衛の足元にスイッチを押す様な音が、感触として伝わって来る。


「え?」


その直後。

長峡仁衛の体が、上空へ向けて飛んだ。


「はぁ?!あぁあえあああ!?」


絶叫しながら、長峡仁衛は、別の廊下へと移動する。

罠が作動したらしい。


「(罠、カラクリ屋敷か、此処は…)」


長峡仁衛は廊下に着地して焦る。

自身の一番の戦闘能力を持つ『斬人』と別れてしまった。

これに従い長峡仁衛の戦力も低下したと見て良いだろう。


「(幸いにも、まだ命令を出す前だったから脳の処理も其処まで負荷が掛かって無い。もう一体は余裕で出せる。そして不幸なのは…『斬人』と離れすぎたから解除する事が出来ない…)」


『雲泥韻音』には『出口の散策』と『主への帰巣』の二つを命じている。

出口を探した末に、長峡仁衛の元へと戻るまでが命令だ。

命令を出す前に、『斬人』から離れてしまい、帰巣限界を超えてしまった。

これによって長峡仁衛の元に『斬人』が戻る事は出来ない。


「(何かあった時の為に、出し得な『戦禍の不死者』をメインにしておくか…と言うか、『七尋女房』は大柄過ぎて使えないし、強化素材用の『八尺様』や『戦禍の歩兵』は戦力不足だ…)」


長峡仁衛は、『戦禍の不死者』を使って戦闘をする他無い。


「(…罠対策、もう一体、出せるか?…)」


長峡仁衛は手を叩く。

『戦禍の歩兵』を召喚して見ると、長峡仁衛はぐらりと意識が揺らいだ。


「っ、頭、痛ェ…」


目を細めながら、長峡仁衛は息を深く吐いた。

『戦禍の歩兵』に命令を下し、先頭を歩く様に告げる。

先程の様に、床の罠に引っ掛からない様に。先頭に『戦禍の歩兵』、後方に『戦禍の不死者』、その間に長峡仁衛、と言う構成で移動を始める。


一歩一歩、歩きながら、長峡仁衛は周囲に気張りながら移動を続ける。

長峡仁衛の意識は、重くて苦しい。視線から入る情報全てが、長峡仁衛の脳に負荷として伸し掛かるのだ。

出来る事ならば、このまま眠ってしまいたいと思う程に。


「…ま、たか」


長峡仁衛は前を向く。

カラクリ人形が、長峡仁衛たちの前に立っていた。


「解」


長峡仁衛は『戦禍の歩兵』を解除する。

それによって、多少の負荷の軽減が行われる。

重苦しい息を吐くと共に、長峡仁衛は前を向く。

カラクリ人形は三体程だ。


「射撃」


『戦禍の不死者』に命令を与える。

その言葉に動じて、戦果の不死者が銃火器を構えて発砲した。

陶器の様な皮膚に当たると同時、弾ける音が響く。

それによって、カラクリ人形の肉体が簡単に剥がれた。


「(装甲が弱いのか…なら手を撃って、その後に足を狙え)」


長峡仁衛が更に命令を重ねると、発破の音が響き渡る。

『戦禍の不死者』はカラクリ人形の手足を狙い発砲。

これにより、脚部が破壊されて地面を這いつくばるカラクリ人形。


長峡仁衛はゆっくりと近づき、行動が不可能となったカラクリ人形を封緘した。

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