掃討

長峡仁衛は思考を加速させる。

現状、長峡仁衛の式神操作性能は不良に近い。

命令を下し自動操作で活動をする『雲泥韻音』を除き、手動操作で二体同時を操作しようとしている。


「(『雲泥韻音』を併用して式神を使うのは多少の負荷程度で済んだけど、これから二体同時に操作するのは、人格が分裂しそうな程に、頭が狂いそう、だ)」


長峡仁衛は目を剥き出しにしながら、相手を見据える。


「(黒霧の畏霊。霧を武器化する能力、最大火力はロケランくらい、機動性、耐久性はいずれも不明…手数は此方が有利、『戦禍の不死者』の異能変遷によって俺の身体能力は上乗せされている、攻撃を受けても『戦禍の不死者』が肩代わりする、よし…行くぞぉ!)」


長峡仁衛は地面を蹴って走り出す。


「(『斬人』、斬撃を飛ばして相手に牽制しながら前進、『戦禍の不死者』は銃器を作り出して射撃で援護をしろッ!)」


そう命令を下したと同時。

黒霧兵士の畏霊が、霧状の部分を肥大化させると、骸骨と化した兵士たちが現れる。


「(畏霊を生み出した?!残滓か、これはッ!)」


畏霊は余分な力を排出する。

それから生まれた存在は、畏霊とは違い、核が存在しない。

なので、一定時間が経過すれば活動エネルギーが枯渇して霧散する。

が、その骸骨兵士たちは霧状に飛び出して、上半身だけが繋がれている状態。

活動エネルギーが本体から供給されている為、本体を攻撃しない限りは活動し続ける。


「(五、十、二十ッ、クソ。手数が逆転したッ!しかも全員武器を所持してやがるッ!!)」


長峡仁衛には、残滓が銃火器を握り締めている。

連射する事の出来る機関銃を、長峡仁衛たちの方へと向ける。


「(『斬人』、自分に迫る弾丸を全て斬り落とせ、『戦禍の不死者』は身を隠せ!)」


長峡仁衛は地面を蹴る。

発砲音が響き出して、長峡仁衛が居た位置から機関銃の弾丸の群れが通過する。

長峡仁衛は遮蔽物の無い一面から、弾丸の雨から逃れる為に、『斬人』の背に隠れようとする。


『斬人』は剣術の頂きに立つ武人の畏霊。

弾丸の雨を、大太刀一本で全て撃ち落とす。


『戦禍の不死者』は長峡仁衛の命令通りに身を隠す。

彼が先に負傷して消滅してしまえば、長峡仁衛のダメージを肩代わりする存在は居なくなってしまう。

だから、長峡仁衛は『戦禍の不死者』に隠れろと命じていた。


弾丸の雨が続く。

長峡仁衛は『斬人』の後ろで頭部を手で覆いながら、機関銃の掃討を終わる事を、ただ待つばかりだった。


射撃は止まらない。

長峡仁衛が操る斬人にも限界が迫りつつあった。

剣速が次第に低下していき、弾丸が『斬人』の肉体を掠りつつある。


「ッ(『戦禍の不死者』を下がらせて、俺が前に出る、弾丸を受けながら突っ込み、相手に攻撃をして行動を制限、斬人によって追撃をさせるか)」


長峡仁衛がそう思っていた最中。

弾丸が止まる。機関銃を打ち尽くしたのか、と長峡仁衛は思った直後。

カラン、と。長峡仁衛の前に、何かが転がって来る。


「(石…いや、こ、れはッ)」


手榴弾。

長峡仁衛の脳裏が過ると共に、更に追加して五つ程、手榴弾が転がる。


起爆する寸前、長峡仁衛は『斬人』の方に視線を向ける。


「戻ッ」


『斬人』を戻すと同時、長峡仁衛の周囲に、体を包み込む程の爆発が何度も響き渡る。

周囲は土煙で覆われ、爆破によって投げ出された長峡仁衛が地面に倒れる。

衣服が破けて、火傷の痕を覆う長峡仁衛の体、両腕は弾き飛んで欠損し、眼窩は潰れて使い物にならない。

皮膚が千切れて筋肉繊維を露わにしている。


「が、はッ…」


傷みに悶えながら、長峡仁衛は顔を挙げる。

段々と、彼の体には傷が消えていく。

欠損した腕が段々と修復されていく。

両目も、口元も、長峡仁衛の傷は段々と癒えていく。


その分、長峡仁衛が受けた傷は、遠くで待機していた『戦禍の不死者』が肩代わりされていた。


「け、ほッ…けほッ…あー…とりあえず」


息を吐く長峡仁衛。

ゆっくりと立ち上がり、傷を確認する。

『戦禍の不死者』は、余分以上のダメージを受けて修復する為に活動を停止している。

斬人の姿は其処にはない。すんでの所で長峡仁衛が召喚を解除した。

その代わりに、長峡仁衛は強化素材として使役していた『八尺様』を召喚している。

爆破後に、八尺様を召喚した長峡仁衛は、『霊起位置』により一定の位置へと移動。

黒霧兵士の畏霊の背後へと移動した八尺様が、黒霧兵士の畏霊の肉体に触れて『夢想呪殺』を行ったが、対象は人間ではない為に記憶が存在しない。


それでも一瞬の足止め、黒霧兵士の畏霊の行動は停止した。

その一瞬、長峡仁衛は立ち上がり、握り拳を固めて接近する。


「『斬人』」


接近すると共に、黒霧兵士の畏霊に向けて剣士を向かわせた。

斬撃、肉体を切り裂く一撃が、黒霧兵士の畏霊を両断し、核を傷つけて消滅する。

長峡仁衛は息を漏らす。


「疲れた…あぁ、疲れた…」


水筒に入れて置いた水を飲もうとしたが、長峡仁衛の衣服は爆破によって吹き飛び、水筒も同様に爆破で霧散していた事に気が付いて、愕然とした。



…………。



霊山柩が無限廻廊に落ちてから、そこから霊山新の行動が素早かった。


「ご当主様、伝達したい事がッ、あ、あのッ!柩が、迷宮へとッ!!」


急いで実家の当主の元へと向かい霊山柩が迷宮に落ちた事を告げる。

それを聞いた当主は干からびた額に手を添えて頭が痛そうな素振りをする。


「あの娘は一体何を考えているのだ…」


霊山柩の行いは、誰がどう見ても長峡仁衛の後追いとしか見られない。

なぜ長峡仁衛の元へと彼女が向かったのか霊山蘭は分からなかった。

もしかすれば自らの実の姉の姿を、長峡仁衛に重ねていたのかもしれない。


「(禊の姿を…柩は見ていたのか?)」


霊山柩と長峡仁衛の母親は歳の離れた姉妹だ。

霊山柩は長峡仁衛の事など眼中にないと霊山蘭は思っていた。

しかし、その考えは誤っていたのかもしれない。


なんにせよ霊山柩が霊山柩が長峡仁衛を助けに行った。

それはかなりまずい状況だ。

まず第一に、長峡仁衛が既に死んでいると言っても良いだろう。

術式を開花させて時間の経っていない長峡仁衛が、あの無限廻廊で生き延びる事は不可能だ。

だから、霊山柩の行いは無駄としか言いようがないだろう。


「全く…骨の折れる真似を…」


霊山柩の救助に向かう事は難しい事だ。

無限廻廊は文字通り秘伝の場所。

当主、または次期当主候補の人間でなければ入る事は許されない。

神聖な場所であり、試練の場は、選ばれた人間しか入れないのは世の常だ。

何よりも、当主か当主候補で無ければ入る事が出来ないと言う条件を設定している。

だから、霊山柩の救出には、選ばれた人間しか向かう事は出来ない。


長峡仁衛は別に捨て置いても構わない。

しかし霊山柩は別なのだ。

彼女は数ある祓ヰ師の中でも最も当主に近しい存在の一人だ。

血筋、術式、戦闘力、功績、階級、どれをとっても霊山蘭が示す標準以上の能力を持つ。

ネックがあるとすれば若さくらいのものだろうが、しかし彼女が次期当主になっても文句はない。


それほどに惜しい存在と言えるだろうと当主は考える。

そして目の前にいる男のほうに視線を向けた。


霊山新。

彼は祓ヰ師としても半人前だ。

術式に関しては伸び代がある。

だから霊山蘭は霊山新を期待して次期当主候補に入れてみたが、それが誤った選択となった。


次期当主候補として選ばれた事により霊山新は術式を鍛える事をやめた。

鍛錬を疎かにする様になり有頂天になっていた。

もはや祓ヰ師としては無価値な存在。


しかし、無限廻廊を進む事が出来る条件を持つ。

ならば霊山蘭は笑みを浮かべた。


「新、貴様に、ある事を頼みたいのだが…」


当主が霊山新に下手に出ていた。

良からぬ事を考えているのは明白だ。

それに気が付かないのは、恐らく霊山新だけだった。


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