絶叫

霊山柩。

沈黙の巫女。

幼少期の頃に事故を起こした事で、声帯を摘出、声を出す事が出来なくなった。

霊山一族が指揮する戦闘部隊訓練機関にて、長峡仁衛と二人一組になった過去がある。

その為、長峡仁衛とは面識があるが、ものの半年程で解消された。


その理由は、彼女の実力だ。

当時、齢一桁である筈にも関わらず、彼女の実力は他の術師を凌駕していた。

神胤による操作能力。これが他の人間よりも上手であり、コントロールの質も上々であった為に、霊山柩は他の術師よりも上位の位置に値する戦闘能力を獲得。


同世代の子供と組んでの訓練を行えば、実力の差故に肉体を壊してしまう、同僚殺しと言う悪意ある異名すら得てしまう事態。

彼女の実力と同等の人間との訓練が行われるまで、壊れても良い、または負傷しても差し支えない人間として、長峡仁衛が訓練相手として選ばれた過去がある。


それにより、霊山柩は長峡仁衛と知り合いと言う過去がある。

尤も、長峡仁衛にとっては、霊山柩と言う天才など、どうでもいい、眼中にない存在であり、記憶も殆ど残ってはいない。

長峡仁衛にとっては霊山家の関係者など、どうでもいい存在なのだ。

彼が愛するべきは家族。血の繋がりが無かろうとも、友を越えた家族と呼べる友人たちを、長峡仁衛は愛している。


だから、霊山柩も同様に、長峡仁衛にとっては例外なく、記憶に残る事すらない、曖昧な存在であった。

しかし、霊山柩の方は違う。


「おい、待てよ、お前ッ、此処は無限廻廊に続いてんだぞ?!」


そう叫びながら、霊山新は細い道を歩き続ける。

霊山柩は、銀幕の様な壁付近まで近づいていた。


「なんだよ、お前、まさか、長峡仁衛の所に行くつもりか?!あんなクズに、一体何の用だよ!!」


長峡仁衛を見下している霊山新はその様に叫ぶ。

霊山新は、他でもない霊山柩に好意を寄せているらしい。

同じ苗字、同じ血筋、それでも、霊山家がより濃い血を持ちながら現代まで生き永らえて来たのは、近親相姦を重ね続けた結果だろう。


霊山家は、何処か倫理観が歪んでいる。

同じ血筋でも、他人に恋をする様に、恋愛対象として映ってしまう。

霊山新は、霊山柩を性的に繋がりたいと願っている、その為ならば、如何なる非道な手を使ってでも良いと考えている。


「ホラ、帰ろうぜ。おい、聞いてんのかよ、さっさと来いッ!!」


そう叫ぶ霊山新に。

霊山柩は振り向く。

そして、手元に握られているスケッチブックを取り出して、文字を書き綴る。


『長峡くんを助けます。彼に嫌悪と憎悪を持つ貴方は邪魔です。視界にすら入れたくないし、貴方の為に文字を書く時間すら惜しいので、付き纏わないでください』


長文で、その様に霊山柩は描くと共に、銀幕の奥へと向かう。

そして、霊山柩は無限廻廊へと侵入した。

一人残された霊山新は歯軋りをしていた。


「あの、クズを助ける…だ、とォ?あんな、無能よりも、俺の方が、優秀だろうがッ…なのに、何を、俺を、邪魔、だと?あの、女ァ!」


怒りに震える霊山新。

握り拳を作って、聞こえる筈の無い絶叫を周囲に響かせた。



………。


長峡仁衛はメインで扱う式神を確認した。

――――――――――。

『斬人』     熟練度『四十』

『雲泥韻音』   熟練度『四十』

『七尋女房』   熟練度『四十』

『戦禍の不死者』 熟練度『四十』

――――――――――。


その他、強化素材。

――――――――――。

『八尺様』    熟練度『二十』

『戦禍の歩兵』  熟練度『十五』

――――――――――。


 長峡仁衛は情報を確認した所で、火によって湧いた水を、口元を迎えながら飲む。

どうやら、この戦場には道具以外にも死体が存在した。

人間の死体。既に白骨化しているそれは、嘗て日本が戦っていた兵士の姿をしていた。

合掌をした末に長峡仁衛は、その兵士の装備を取ると、飯盒を手に入れてそれで湯を沸かした。

熱々の水を飲み干すと、長峡仁衛は喉を潤し、残りは兵士が所持していた水筒に入れる。

かなりの年代物。出来る事ならば使用するのは憚られる。

しかし贅沢は言う事は出来ない、長峡仁衛は水筒を持って立ち上がる。


「良し…じゃあ、出口でも探すか」


そう思い、行動を起こそうとした最中。


「…うぉえ」


吐気を催した。

畏霊から発生する、強大な瘴気に当てられて内臓が狂った様な感覚がする。


黒色。

気配で感知すれば、吐気を催す程の怖気を受ける。

視線を配れば、軍服を着込む者が、泥に塗れた戦場を歩きながら長峡仁衛の元へやって来る。

腰から上は、黒い霧の様なものに包まれている。

手には一振りの刀。もう片方の手には、銃火器を所持している。

頭部、その容姿は伺えない。

見た所で意味など無いだろう。


「…『戦禍の」


長峡仁衛が式神を召喚しようとした瞬間。

背後から発砲音が響く、それと同時に、長峡仁衛の前で火花が散った。


「ッ」


『戦禍の不死者』による『援護射撃』が発動。

黒い色を宿す兵隊の畏霊の蒸気が固まり、銃火器の先端へと変わり果てていた。

そして銃火器の先端が、長峡仁衛を狙い澄ませ、発砲したらしい。

その弾丸は、長峡仁衛に当たる寸前に、『援護射撃』によって弾かれた、と言う所だ。


「(強いな…『戦禍の不死者』の熟練度が『四十』…この畏霊はそれ以上だ。少なくとも『四十』以上の熟練度である事は確定)」


長峡仁衛は地面を蹴る。

先ずは自身の安全を確保する為に式神を召喚する。


「『七尋女房』」


長峡仁衛の所持する畏霊の中で一番の耐久性と硬度を持つ式神を召喚。

それを使用して相手の攻撃を止めようと考えていた。


「ッ」


だが指の隙間から伺えた黒い霧の武器変化。

銃火器の先端は別の形状と変化していた。


「(映画で見た事あるぞ、あれ、ロケット、ランチャーッ)」


大爆発を引き起こす最大火力の一撃。

長峡仁衛は七尋女房に命令を下し、自身を守る掌以外にも、ロケットランチャーを食い止める手を前に突き出させる。


爆破と共に周囲に石の欠片が飛び散る。

『七尋女房』の片腕が、敵の攻撃によって爆散してしまったらしい。


「(七尋女房を破壊する程の威力…ッ、このまま召喚し続けるのは不味い)」


長峡仁衛は一旦、七尋女房を自身の中へと収める事にした。

何故、長峡仁衛が不味いと思ったのは、それは負傷した場合の式神の治癒問題にあった。

式神は、疑似生命体とも呼べる存在だが、それでも、他の現象とは一線をがして、生命と同じ活動をしている、と言う点が挙げられる。


通常の現象では、如何に治癒行為を行っても回復する事は出来ない。

現象には、回復する為の原理そのものが存在しない為だ。

雨は降るものであり、癒すものではない。

風は吹くものであり、治すものではない。

雷は落ちるものであり、戻すものではない。


通常の現象には、回復と言う概念が通用する事は無い。

だが、疑似生命体である現象・畏霊の場合は、回復する為の原理が揃っている。

故に、畏霊を回復する事は理論上は可能であり、しかし、その重点に集中してみれば、利点と不利点な部分を見つける事は出来る。


回復する事が出来ると言う事は、畏霊の肉体を治し、戦闘に再度参戦する事が出来ると言う事。

しかし、それは裏を返せば回復する治癒効果は、原料が必要となる。


式神として契約し召喚している術師が、負傷した畏霊の肉体を再生する事が出来る。

その場合、術師は召喚し維持をすると言う神胤の消耗に加えて、畏霊の肉体を修復すると言うコストが加算されてしまう。


自らの力を消耗され続けながら回復を待つくらいならば、一度召喚した式神を解除した末に、強化素材を食わせての共食いを行い、回復を待った方が自身の負担も掛かる事なく、再び参戦する事が可能となる。


「(盾となる畏霊は居ない、…自力で相手の攻撃を避ける事しか出来ない、次に使う畏霊はどれにするか、『雲泥韻音』は出口を探し中、戻すのにも時間が掛かる。『戦禍の不死者』か『斬人』の何れかだ)」


長峡仁衛は考える。

その末に手を叩く。


「『戦禍の不死者』、『斬人』」


長峡仁衛の目の前に現れる、軍服を着込む銃火器装備をした兵士と、着物姿に二つの右腕部を持つ剣士が出現する。


「(…これも良い経験だ。二体同時で戦闘する。統制を取る訓練を行う、実戦で進化してやる)」


向上心を持ちながら、長峡仁衛は二体の式神の後ろに立つ。

相手が勝手に攻撃してきても良い様に、きちんと射線を式神で隠れた。


「目標は黒い霧の畏霊、行くぞッ」


叫び、長峡仁衛及び式神たちが動き出した。

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