戦場
現実時間で半日が経過した頃。
長峡仁衛は空腹の末に、住宅街に建てられた一軒家へと入っていた。
何か食料が無いか探したが、一軒家には水道や電気は通っていない。
冷蔵庫も開けてみるが中身は空であり、生活するには適していない。
あくまでも八尺様を出現条件を確定させる為だけに地理のみを真似た様子だった。
しかし、寝室にはベッドが存在した。
未だ、新品同様の匂いが香るベッドの上で、長峡仁衛は数時間ほどの休息を取る事にする。
「(早急に脱出しないとなぁ…人間は飯抜きで三週間、水抜きで三日しか生きられないんだっけ…最後の食事から十六時間程経過しているとして…あと56時間で水分不足で死亡か…そうでなくとも、時間が経過する毎にパフォーマンスも低下していく。休息に四時間。其処から五時間以内に脱出、それか食料と飲料水の確保をする)」
目を瞑りながら長峡仁衛は起床した時の行動を確認する。
多少の仮眠を取る事で肉体と精神の負担を軽減させる。
即座に意識を落とす長峡仁衛、眠りにつく。
夢に見るのは、何時だって大切な家族の夢だ。
長峡仁衛が霊山家から必要とされず、迫害しその存在を無視されていた時。
彼の依存先は必然的に、歳の近い子供たちに向けられた。
「(姐さん、弥士郎、ツキちゃん…元気かなぁ…逢いたいなぁ…でも、今の俺じゃあ、無理だからなぁ)」
幼少期の頃。
長峡仁衛と共に遊び、仲良くなった大切な友達。
それは、友達と言う枠組みを外れて、家族と呼べるべき存在だった。
長峡仁衛は、家族の為ならば、その他を犠牲にしても構わない。
そう思う程に、長峡仁衛にとって大切な存在であった。
「(でも…やっぱり、一番に逢いたいのは…小綿だなぁ…小綿の料理が食べたいな…此処から脱出したら、先ず先に、小綿の作ってくれた料理が食べたいなぁ…)」
銀鏡小綿。
長峡仁衛の母親として存在する少女。
どんな時でも、片時でも離れずに長峡仁衛の傍に居てくれた彼女は、血の繋がりが無くとも、長峡仁衛にとって特別な存在だった。
「…あぁ、クソ。駄目だ」
長峡仁衛は眠りから覚める。
逢いたいと思ってしまうと、最早駄目だった。
一刻も早く、この無限廻廊から脱出して、銀鏡小綿に逢いたくなる。
「寝る時間も惜しいや…早く、小綿に逢いたいなぁ」
そう呟きながらベッドの上から起き上がり、外へと繰り出す。
長峡仁衛は倦怠感を覚えながら歩き出して、マンホールの蓋を開ける。
「さっさと、脱出して…小綿の手料理、食いたいな」
そう言いながら、マンホールから下へと降りて行った。
マンホールを降る際、ハシゴは使わなかった。
だから、最速でマンホールから落ちた時、長峡仁衛は空を見た。
地面は長峡仁衛から離れ、宙が長峡仁衛を出迎えたのだ。
灰色、鉛が如き大空が長峡仁衛が見える。
地上百二十メートル。いや、それ以上だろう。
大空から、長峡仁衛は落ちていた。
「う、わ、ぁああああッ!?」
マンホールの下は無限に広がる天地であった。
長峡仁衛は投身自殺でもする様に空中を墜落する。
「(し、しき、式神ッ、落下衝撃、防ぐ、いや、空を飛ぶ、式神、い、居るか、そんなの、おァ!!)」
体が風を切る。
三十秒も経たずに長峡仁衛は地面に落下して死ぬだろう。
『目標捕捉、目標捕捉、敵機・祓ヰ師、敵機・祓ヰ師』
サイレン。
甲高い音と共に、スピーカーから機械的な声が響く。
その音と共に、長峡仁衛に近づく、一機の飛行機。
プロペラは不全。エンジンからは煙を放つ、操縦席には、大きな鶏の死骸を頭部に被る操縦者の姿が見えた。
『諒解、突貫致します』
そんな声が響いたと思えば、鋼鉄の翼を広げ細長い鋼の鳥が長峡仁衛に突っ込んだ。
「がッ!!」
長峡仁衛に突っ込む戦闘機。
顔を歪ませる長峡仁衛に、しかし対したダメージは受けない。
長峡仁衛の体には、飴色の肉体を持つ流体の式神・『雲泥韻音』が、長峡仁衛の体を包んでいる。
「ッ(飛行機?!…が、あ、いい。攻撃して来たけど、助かったッ)」
長峡仁衛に突撃した事で、地面に落下するよりかは、幾分マシな状況となった。
それでも、この戦闘機から長峡仁衛が振り落とされると、死ぬ可能性がある。
『我、敵と共に心中したり』
「あ?!」
高度が落ちる。
地面に向けて垂直に落ちる戦闘機。
長峡仁衛は、このまま、この戦闘機が地面に衝突するつもりなのだろうと確信する。
そして、戦闘機の窓が唐突に破壊されると、操縦者は椅子事、戦闘機から離れだした。
「ふざ、けんなッ、『雲泥韻音』ッ!!」
長峡仁衛が叫ぶと共に、戦闘機から離れようとする操縦者に向けて『雲泥韻音』が水の体を操縦者に叩き付ける。
水の液体が筋肉の様に、操縦者の体を掴むと、長峡仁衛も、その操縦者と共に戦闘機から離れる。
数秒後に、戦闘機が地面に落下。爆破する。
操縦者はパラシュートを開いて離陸する。
長峡仁衛も、操縦者にしがみ付きながら、安堵の息を漏らす。
「くそ…なんだよ、此処は」
周囲を、大空から見回す。
発砲音、爆発音が周囲に響く。
其処は、兵士たちが殺し合いをしている場所。
戦場であった。
地面は泥の様で、靴やチノパンに、土色の液体が付着する。
破裂音が響くと共に、赤色の爆炎が噴き溢れた。
「(戦場かよ…戦争に対する恐怖から生まれた人の負の感情から生み出された畏霊の住処って所か?)」
頭の中で、長峡仁衛は考察を開始する。
2022年と言う年。日本が最後に戦争を行ってから77年。
その間に起きた戦争の悲劇を知る者が生み出した畏霊を、この無限廻廊に押し込めたのだろう。
「『七尋女房』」
『雲泥韻音』を周囲に散らす。
索敵の要員として使用し、いち早くこの迷宮から脱出する為に『雲泥韻音』を使い出口を捜索させる。
その分、長峡仁衛の戦力が分散される為に、新しく封印調伏した『七尋女房』を出現させる。
巨躯な肉体。石像の様な皮膚を持つ式神は、地面から生える様に、首と上半身のみが出現していた。
長峡仁衛の出現により、新しい餌が来たと認識した畏霊が、長峡仁衛の元へと近寄る。
軍服に、両手が機関銃と化した畏霊が、千鳥足の様に近づいて来た。
「敵兵、確認、諒解、射殺します」
穴の空いた喉笛を吹かせながら、機関銃と化した両手を長峡仁衛に向ける。
発砲音が響き出す。火薬が爆ぜる音、周囲に弾薬が散らばる。
長峡仁衛に向けられた弾丸の雨は、しかし、岩石の掌で長峡仁衛の壁となる。
『七尋女房』は長峡仁衛の所持する式神の中で、一番の耐久性を持つ。
畏霊の生み出した弾丸の雨など、『七尋女房』にとっては豆鉄砲の様なものだ。
機関銃を所持している畏霊は十体程。
七尋女房の指の隙間から確認した長峡仁衛は七尋女房に命令を下す。
「叩き潰せ」
その言葉と共に、七尋女房の片腕が上がると、思い切り地面を叩き付ける。
異能変遷『岩之掌底』が発動、地面を伝播する衝撃が畏霊の脚部に伝達、同時に脚部が破裂する。
その隙を狙って長峡仁衛が飛び出ると、畏霊たちに接触をして封印を行う。
―――――――――――――――――――。
『戦禍の歩兵』
性質:幽霊・怪異 形状:変異人体型
戦争の恐怖から生まれた畏霊。
身体性能(最高位百段)
武力:十五段 速力:十段 耐力:十五段 気力:十段 霊力:十段
『銃器発砲』銃火器を使用し、発砲を行う。
―――――――――――――――――――。
情報を確認した長峡仁衛は、取り合えず地面に転がる『戦禍の歩兵』を封印しながら回収していく。
「(取り合えず十体程確保した…八尺様百体くらい居るから、強化しておくか)」
長峡仁衛は事前に確保していた八尺様を強化素材に『戦禍の歩兵』を強化していく。
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