無限
八尺様を斬り殺した『斬人』を一旦解除する。
次に、長峡仁衛は『雲泥韻音』を召喚して周囲を見張らせる。
「出口みたいなの、探してきて」
その様に命令を与えると、流体の肉体を持つ『雲泥韻音』は体を蛇の様に動かしながら周囲を探していく。
長峡仁衛はゆっくりと腰を下ろして息を吐く。
「(どうするかな…条件さえ揃えば、また八尺様が出現する。俺の感情を抜きにしたら、八尺様の異能変遷は欲しい所だ…取り合えずは出口を発見したら、封印しておくか)」
その様に考えた。
そして数十分ほどで、『雲泥韻音』が帰って来る。
どうやら、この空間とはまた違う異質な雰囲気を持つ道を発見したらしい。
『雲泥韻音』が長峡仁衛の前に立ち先行。そして長峡仁衛は別の入り口を見つける。
「成程、マンホールか」
長峡仁衛は道路にあるマンホールを見た。
肉体を強化して一人で蓋を開けると、嫌な雰囲気が醸し出される道筋が見えた。
「これを降ったら、別の場所に通じるんだな」
そう納得した長峡仁衛は、そのままマンホールから下に降りずに、元の道を戻る。
そして、公園へと向かった。
「(場所が分かったら、後は強化だ、幸いにも、八尺様は条件さえ揃えば無限に湧いて出て来る。封印して捕らえて強化をしておこう)」
公園へとやって来る。
そして、長峡仁衛は条件をクリアしているので、八尺様が出現した。
「(脱出口も分かった、後は遠慮は要らないな)」
『斬人』を召喚する。
そして、八尺様を攻撃、弱った所で長峡仁衛が封印する。
長峡仁衛は、早速自身が封印した八尺様の情報を確認した。
―――――――――――――――――――。
『
性質:幽霊・怪異 形状:変異人体型
元々は山陰の妖怪伝説から生まれた怪異。
数々の紆余曲折を遂げ、変貌したとされる。
子供を連れ去るのは、子を成せない母親が羨んだ為と言う一説もある。
身体性能(最高位百段)
武力:十八段 速力:十段 耐力:二十四段 気力:十五段 霊力:二十八段
『霊起位置』常に一定の距離を物理法則に従わずに移動出来る。
『夢想呪殺』対象の記憶に入り込み、その記憶の時代に居る対象を呪い殺す。
―――――――――――――――――――。
異能変遷を確認した所で、長峡仁衛は考える。
「(この『夢想呪殺』が過去の記憶を遡らせたのか…完全に対人用の異能変遷だなぁ)」
そんな事を考えながら、長峡仁衛は公園を出る。
「(こっからは作業だ。三十体くらい、八尺様を捕まえるぞ)」
再び公園に入ると、再び八尺様が出現する。
それを攻撃、封印、また公園を出る。公園に入り、八尺様が出現、攻撃、封印、また公園を出る…これを何度も繰り返した。
―――――――――。
『八尺様』×40
―――――――――。
長峡仁衛は倦怠感を覚えながら息を吐く。
「大体三時間くらいか…これで四十体程、なんだか、効率が悪いと思うなぁ」
独り言を呟きながら壁に靠れる。
最初に落とされ、怪異の群れを封印してた方が、まだ効率が良かったと長峡仁衛は思っていた。
「(取り合えず強化しておくか…『八尺様』に「重」を行う…)」
八尺様を十体程消費すると、すぐに八尺様が進化する。
―――――――――――――――――――。
『
性質:幽霊・怪異 形状:変異人体型
人間を飲み込む程に大きな女体の畏霊。
肌は岩石の様に硬く、岩石を操る力を持つ。
山陰地方に伝わる怪異。
身体性能(最高位百段)
武力:三十段 速力:二十段 耐力:四十段 気力:二十段 霊力:三十二段
『岩石之皮』肉体が硬く、刃すら通らない強固な皮膚を持つ。
『小粒礫雨』周囲の小石を操作し、弾丸の様に放つ。
『岩之掌底』巨大な手で地面を叩く。周囲に地震の様な衝撃を発生する。
『石之魔眼』双眸で睨まれると、生物の肉体が石化する。
―――――――――――――――――――。
長峡仁衛は情報を確認した所で体を起こした。
八尺様が進化した事で、七尋女房となった。
恐らくは八尺様の元ネタ、その正体が一説には七尋女房である事から来ているのだろう。
いわば原点回帰、長峡仁衛は新しい式神を所持した所で、残る八尺様を別の式神の強化に使った。
強化をした所で、長峡仁衛は改めて自分の式神を改めて確認する。
―――――――――。
『斬人』 熟練度『四十』
『雲泥韻音』 熟練度『四十』
『七尋女房』 熟練度『四十』
『八尺様』×5熟練度『二十』
―――――――――。
「(式神の強化は、俺が成長すると、その分強化の幅が広がるらしい…つまり、俺も強くならないと、逆に式神に謀反を起こされる可能性があるって事だ)」
長峡仁衛は自身の術式の詳細を確認する。
現在、一番強い熟練度『四十』を見て、これが長峡仁衛の能力値とも思えた。
「(改めて…この無限廻廊に落とされた時、最悪だと思ったけど…俺にしてみたら、とても良い訓練環境なんじゃないのか?)」
無限廻廊には、複数の畏霊が存在する。
その畏霊を封印して調伏、式神として使役すれば、かなりの戦力強化になる事はまず間違いない。
最悪の事ではあるが、しかし、視点を変えれば、これほどまでに恵まれた試練環境は中々無いだろう。
「(まあ、だからと言って、感謝をする気は無いけど)」
長峡仁衛は立ち上がる。
一応は、強化素材として無限湧きする『八尺様』を出来る限り所持しようと思っていた。
………。
銀鏡小綿は黄金ヶ丘邸に用意された長峡仁衛の部屋に居た。
彼の使用していたベッドの上に座りながら、針を使って長峡仁衛の衣服を塗っている。
長峡仁衛の衣服は、畏霊との戦闘の際、畏霊によって破けてしまった。
彼が大事に使用していた青色のスカジャンを、銀鏡小綿の裁縫技術によって修復しつつあった。
「…」
彼女の脳裏は最早使い物にならない。
寝ても醒めても長峡仁衛の事ばかりを思い浮かべている。
銀鏡小綿はこの世界に誕生して、長峡仁衛に会うまで空虚な人生を歩んで来た。
長峡仁衛が拾ってくれて、彼の母親が死に、其処で初めて銀鏡小綿は長峡仁衛にとっての母親としての役割を持てた。
その時、銀鏡小綿は生きる意味を得た。
彼女の生きる意味は長峡仁衛の母親である。
そして、銀鏡小綿が母親としての相手となる長峡仁衛は、今は此処には居ない。
母親になった時から、長峡仁衛とは片時も離れずに居た。
しかし、今回はどうなるかは分からない。
銀鏡小綿は、長峡仁衛が戻って来ないかも知れないと言う不安を抱えている。
「あ…」
縫い針で人差し指を突き刺す。
小さな赤い点が膨れ上がり、血が流れだした。
銀鏡小綿は、自らの指先を薄桜色の唇で血を舐める。
鉄の味が、彼女の口の中に広がっていく。
「…」
血の味。
自分が生きている証拠。
しかし、長峡仁衛の居ない人生は、それは生きていると言うのだろうか。
銀鏡小綿は血を舐め取ると、立ち上がり、絆創膏を取ろうとした。
彼女の為に用意された部屋には、長峡仁衛が怪我をした時にいつでも治せる様にと、医療品を用意している。
長峡仁衛のスカジャンを持ったまま、銀鏡小綿は自分の部屋に戻る。
何とも殺風景な部屋の中、銀鏡小綿は救急箱から絆創膏を取り出して、自らの指に貼る。
「…じんさん」
自分の指に絆創膏を貼った所で、銀鏡小綿は長峡仁衛の顔を思い出す。
怪我をした時に、涙を流して泣いている長峡仁衛に、銀鏡小綿は絆創膏を貼った。
その時の事が蘇り、銀鏡小綿は、途端に寂しくなった。
「(早く戻って来て下さい、じんさん)」
長峡仁衛が着込んでいたスカジャンを強く抱き締める。
そして、長峡仁衛のスカジャンを、銀鏡小綿は自らの鼻を近づけて、嗅いでみた。
長峡仁衛の臭いが感じられないか、そう考えての行動だったが、既に、臭いは無く、柔軟剤の香りしか漂わない。
存分に、長峡仁衛の香りを充満する事が出来なかった銀鏡小綿は、長峡仁衛を夢想しながらただ溜息を吐く事しか出来なかった。
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