墜落

暗く湿気に濡れた路を、長峡仁衛は歩く。

此処は、霊山一族が所持する巨大な社、白純大社である。

全国に展開されている白純神社を統治する本部であり、霊山一族が住む総本山でもある。


長峡仁衛は、この神社へと通されて、霊山家現当主である霊山蘭と出会う。

そして、複数の従士と共に、長峡仁衛は地下へと駆り出された。


「(何処まで行くんだ?それよりも、此処は何だ?)」


周囲を見回す。

湿度が高い為か、長峡仁衛は汗を滴らせて額を拭う。


「此処は、選ばれた人間しか通れぬ通路…主に、次期当主となる人間が、この先へと向かう」


霊山蘭は口を開いて説明を行う。

次期当主、その名を聞いて、長峡仁衛は喉を鳴らした。


「(次期当主…風の噂で聞いた事があるな、当主候補は、試練と称する大儀式の場で、次期当主を決めるって)」


霊山蘭は老いている。

当然ながら、次期当主を定める事を視野に入れているだろう。


「貴様の術式は、我が霊山家の中では希少な術式よ。まさか、貴様の様な穢れた人間が開花するとは思わなかったがな」


彼がこの道を通されるのは、術式を開花させ、その希少な術式を持つが故に次期当主としての才覚を認められたからか。

だとすれば、すぐさま、長峡仁衛は可笑しい事に気が付く。

霊山蘭は、長峡仁衛を歓迎している様子ではない。


「それでどうするか考えた。貴様を野放しにし、その術式を霊山家以外が扱うなど沽券に関わる、しかし、貴様を術師として認める気にはなれぬし…貴様がその術式を持つ事が許されぬ事だ」


霊山蘭が止まる。

彼の目の前には、銀色の幕で覆われた壁の様なものがあった。


「其処で考えた。貴様をどうするべきか…此処は、『無限廻廊』と呼ばれる、封印結界による迷宮。基本的に、次期当主が此処に入り、覇気を競う…当然ながら、未熟な人間が入れば、必死は確実」


「っ、あんた。まさか」


長峡仁衛が霊山蘭に近づこうとした時。


「ようやく気付いたか間抜けめが、だから術式を持つ事が許されぬのだ」


その言葉と最後に、長峡仁衛は従士に蹴飛ばされる。


「初めからこうすれば良かったのだ、…去らば無能、一族の忌み子よ」


そして、銀幕の奥へと体が入り込み…そして落下する。


「ぐ、うっ」


地面に叩きつけられる長峡仁衛。

体は予め肉体強化を行っていた為に軽傷で済む。


しかし、その周囲には。

多くの、畏霊が存在した。


霊山一族が所持する空間領域。

其処は、怨霊、怪異、妖怪、それら総称して畏霊と呼ばれる疑似生命体を丸ごと封印した果てなき迷宮『無限廻廊むげんかいろう』。


長峡仁衛は、人の身でありながら無限廻廊に追放された。

様々な畏霊が跋扈する結界内。


運悪く、長峡仁衛が落ちた場所は、化け物の群れだった。


鬼、獣、霊。

それらが捕食し弱肉強食を産む世界。

皆、餓えている。新鮮な肉を、濃厚な血を欲している。

其処に、長峡仁衛は投入された。


畏霊たちは、狂喜に満ち溢れる。

新しい肉を、貪る事が出来る歓喜を、覚えている。


「あぁ…クソ」


拳を構える。

目の前に迫る大勢の畏霊に対して、長峡仁衛は前方から迫る畏霊に蹴りを入れる。


「『封緘ふうかん』」


脳裏に過る術式の発動形式を纏め、神胤を放出すると共に対象を封印する。


「殺す気かよ、…殺す気でやってるんだろうな。あぁ、畜生」


多くの畏霊が長峡仁衛を睥睨している。

長峡仁衛は肉体に宿る力を放出する。

彼が死に際で習得した術式。


「『斬人きりうど』」


手を叩く。

肉体に流体する力を体外へと放出。

小さなデジタルドットが増幅する。

空間内で解像度が低すぎてモザイクの様に見える物体が、段々と鮮明と化す。

血に濡れた着物を着込む剣士の姿が出現する。

三本腕の剣士。二つの手で握り締める一振りの大太刀。

髑髏の様な干乾びた口には、刃毀れを起こす一振りの小刀を噛んでいる。


彼の術式…封緘ふうかん術式じゅつしきと呼ばれる霊山一族の異能。

対象に対してその存在を拘束、現世から隔離する封印する能力を持つ。

封緘術式には様々な種類が存在し、武器の類限定を封印するもの、人間の屍を封印するもの、自然現象を封印するもの、と様々な系統が存在する。


その中でも、長峡仁衛の術式は異質。

こと封印し、封印したものを『強化』『操作』『保管』する事に関しては右に出る者はいない。

封緘術式の中でも上位に値する異例の力。

それを穢れた血である長峡仁衛が発現した事により、周囲の人間は妬み憎悪を撒き散らした。


彼がこの無限廻廊へと落とされた事で、多少の溜飲が下がる事となるが。

しかし、彼らは理解していない。

無限廻廊に落とされただけで、長峡仁衛は死ぬ事は無く。

むしろ、彼がより術師として洗練される助長をしている事に。


「切り結べ『斬人』」


言葉として命令する。

落ち武者は頭部を握り締めながら刃毀れをした刀を振り上げる。

一人、化け物の群れに突貫する。

化け物を切り刻みながら、落ち武者は黒き体液に身を染めた。


「さて、…んじゃあ、俺も」


長峡仁衛は再び手を叩く。

彼が封じ込めた異能の化け物の名を口遊む。


「『小振鬼ごぶりん』『固掘土こぼると』『水霊牟すらいむ』」


先程、長峡仁衛は封印した畏霊を召喚する。

封緘術式は、封印対象を強制的に調伏し自らの式神として扱う能力を持つ。

緑色の肌をした頭部に角を生やす小学生低学年程の身長を持つ小鬼が召喚される。

茶色い毛を持つ土竜の様な頭部をした、両手の爪が異様に発達した二足歩行の獣が召喚される。

淡い水色をした粘液性の肉体を持つ流動する水子の集合体が召喚される。


「どんどん来い、俺が全員封印してやる」


相手が多ければ多い程に、長峡仁衛はそれらを封印し自らの手駒に変える。

畏霊大発生状態であるこの環境下。常人ならば脅威であり危険な状態だろうが、むしろ長峡仁衛にとってはこの状況は好機でしかない。


「早く戻らないとな…帰りを、待ってる人が居るからな」


長峡仁衛はそう呟くと共に。

化け物たちを片っ端から封印していった。


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