第18話 井坂は、陣内のマンションに隠れていた?

 真里菜が転落死した日、池袋駅西口で、麻衣子が陣内に出会った際、陣内がこれから大阪に出張するといったのは、事実だった。

 陣内は、東京駅1時40分発のぞみで、大阪に向かった。10日後、新大阪駅近くのホテルで開催される学会の最終的な準備の会合に出席するために。

 大規模の学会であるため、その準備もかなり大がかりだった。陣内たち若手研究者約10名が、幹事役として借り出されていた。タイムスケジュールの最終確認、プログラムの印刷、基調講演の講師、シンポジュームのパネラー、研究発表者などの手配、懇親会場の手配と料理等の発注など、やるべきことが数多くあった。


 この日、夕方5時から始めた会合は、途中弁当がさし入れられ、10時すぎようやく終わった。せっかく集まったのだからといって、仲間うち数名でホテルのバーに繰り出して酒を飲み、ホテルの自室に戻ったときは、日付が変わっていた。

 翌日午後に講義とゼミナールがある陣内は、翌朝新大阪9時発のぞみで、東京にとんぼ返りし、自宅には戻らず、直接大学に出勤した。


 昼すぎ陣内が大学に出勤すると、真里菜の転落死事件で学内は騒然としていた。現場検証のため11号館のドライエリアの周囲は、黄色いテープで封鎖され、付近にパトカーが数台停められていた。

 この時点では、殺人事件ではなく、自殺ではないかと考えられたので、大学当局は、所轄警察署の許可をとり、臨時休講の措置はとらず、通常どおり授業を行うことを決定した。もちろん現場となった11号館の屋上とドライエリアは、封鎖されたままで。


 事務室で、法学部の女子学生が11号館屋上から転落死したことを聞いていた陣内は、自分の研究室に入ろうと、鍵を開けようとしたとき、隣の部屋から市村いちむら靖男やすおが出てきたので、声をかけた。

「市村先生、大変な騒ぎですね」

「そうなんだよ。朝大学に出てきたら、この騒ぎだ。授業が休講になると思ったら、通常どおりやることになって、学生たちも右往左往うおうさおうで、授業にならなかったよ」

「亡くなったのは、法学部の学生だということですが、誰なのか知ってますか?」

「1年生だよ。1年の岡本という女子学生だそうだ。君は2年のFAだからいいけど、板垣君なんか、たまたまその子のFAだったもんだから、朝から警察の事情聴取で大変だったらしいよ」


 市村の口から、岡本という名前を聞いたとき、もしかしたら、という予感がした。

「そうなんですか。板垣先生が……。その岡本という女子学生、岡本真里菜じゃないですか?」半信半疑で市村に尋ねてみた。

「そうだよ。君の知ってる学生かい?」

「……。いえ、前に板垣先生から名前を聞いたことがあるだけですが……」どうにか誤魔化ごまかしたが、陣内は、動機が激しくなるのを感じた。

(なぜ彼女が……。本当に自殺をしたのだろうか? 数日前、会ったときは、自殺するようなタイプには、見えなかったが……)


「先生、自殺だったということを耳にしましたが、本当なんですか?」

「そこのところは、まだはっきりしないみたいだよ。自殺とも、他殺とも……。ただ閉鎖された11号館の屋上から転落してるから、事故でないことは確かのようだ」

「そうですか。いろいろと教えていただき、ありがとうございます。これから講義がありますので、これで失礼します」

 陣内は、市村に礼をいい、研究室で授業の準備を整え、慌ただしく教室に向かった。



 陣内が講義とゼミナールを終え、目白の自宅マンションに帰ったのは6時すぎ。マンションの玄関で、オートロックを解除するため鍵をさしこんだとき、背後から「陣内先生!」と呼びかけられた。

 振り向くと、井坂宏治が立っていた。

「井坂、井坂君じゃないか。ここにきてはいけないと、いってただろう!」陣内は、叱責しっせきするように強い口調でいった。

「せっ、先生、先生でしょ、真里菜を殺したのは。なんで真里菜を……」突然の井坂の告発に陣内は狼狽うろたえてしまった。

「なっ、なに、馬鹿なこといってる。ぼっ、僕が、そんなことするはずないじゃないか!」思わず怒鳴ってしまった。

 今、この場所がマンションの玄関先であることに気づいた陣内は、すぐに周りに人がいないかを確かめた。幸い誰もいない。

「ともかくここでは、話ができない。僕の部屋にいこう。話はそれからだ」井坂の腕を引っぱるようにして部屋に連れていった。


 井坂をリビングのソファーに座らせ、陣内は、キッチンの冷蔵庫から缶ビールをとり出し、井坂の向かいに腰をかけた。

「とり敢えずこれでも飲んで、気持ちを落ちつかせなさい」プルトップを引いた缶を井坂の前に置いた。

 井坂は、いわれるまま缶ビールをひと口飲んだ。それで少しは落ちついたのか、さらにビールをゴクゴクと勢いよく飲みこんだ。

「それで、どうしたというんだ? わけを話してくれ」


「真里菜が……、真里菜が、殺されたんだ!」

「殺された? 真里菜というのは、岡本真里菜君のことだね。彼女は、自殺したんじゃないのか?」

「自殺? 真里菜は、自殺なんかしてませんよ!」

「大学では、岡本君は11号館の屋上から飛び降りて、自殺したと噂してたよ。警察の方は、まだ断定してないみたいだが……」

「先生、先生が、真里菜を殺したんでしょう」

「僕が? なんで、僕が殺さなきゃいけないんだ。いったい君は、岡本君とどういう関係なんだ?」

「真里菜は、僕の恋人です。結婚を約束した大切な人なんです。先生は、大麻のことがバレるのを恐れて……、真里菜……、真里菜を殺したんでしょう」

「大麻? なぜ、岡本君が大麻のことを知ってるんだ? 君が話したのか? 僕との約束を反故ほごにして」

「……」


「どうなんだよ。君は、大麻のことを岡本君に喋ったのか?」

「……。はっ、はい。話してしまいました」

「なぜ、そんな馬鹿なことをしたんだ。誰にも喋らないと、約束したじゃないか?」

「実は、朝日大で捕まりそうになったんです。刑事みたいな男に追いかけられて……。なんとか振りきり、逃げて帰ったんですが、顔を見られたので、すぐにでも、刑事に逮捕されるんじゃないかと。怖くなって真里菜に相談したんです。そのとき、すべてを話しました。大麻のことも……」


「僕のことも、話したのか?」

「ええ、先生のことも、洗いざらい話しました。それで、先生が真里菜を殺したんでしょう? 屋上から突き落として」

「僕は、殺してなどいない。信じてくれ! 僕は、昨日の昼から学会の仕事で大阪にいってたんだ。今朝大阪からとんぼ返りして、昼すぎ東京についたばかりだ。

 岡本君が死んだのは、昨日の夜だろう。そのとき僕は、東京にはいなかった。アリバイがあるんだよ!」

「ほんとですか?」

「本当だとも。そうだ、これを見てくれ!」陣内は、鞄の中から新聞をとり出した。

「これは、今朝新大阪の駅で買った新聞だ。ここに大阪の地方版があるだろう」裏から2枚めくって、大阪版の記事を井坂に見せた。


「じゃあ、いったい誰が、真里菜を殺したんだよ!」井坂が苛立いらだち、わめき出した。

「誰も殺してなどいないよ。自殺なんだから」

「自殺じゃない。絶対に自殺じゃない。僕と真里菜は、将来を約束してたんです。結婚しようって。幸せになろうって。その約束を破って、僕にひと言もいわずに、真里菜が自殺など、するはずがない。絶対に!」井坂は懸命に訴えた。

「君の気持ちはよくわかるが、今自殺か、他殺か、議論しても始まらないよ。そのうち警察が判断するだろう。

 それより、飯食ってないんだろう? 僕もまだなんだ。近くにコンビニがあるから、なにか買ってくるよ。それまでここで待っててくれ。どこにもいかずにね」


 陣内はネクタイを外し、上着の上にコートを羽織って出ていった。念のため玄関の鍵を外からかけた。

 陣内は、マンションの玄関を出て、200メートル先にあるコンビニに向かって歩きながら、これからのことを考えていた。

(いったいどうしたら、いいんだ? このまま井坂をほうっておくのは、まずいのではないか?

 真里菜の転落死の捜査で、おそらく警察は、井坂の行方を追ってるはずだ。井坂は、死んだ真里菜の恋人なんだから。井坂が警察に事情聴取されたら、あの性格だ。すぐ口を割って、間違いなく大麻の件を喋ってしまうだろう。

 そうなると、僕は身の破滅だ。大学にいられなくなるだろう。それだけじゃ済まない。逮捕され、刑務所に収監されるだろう。

 ともかく井坂をつなぎとめておかないといけない。家から出してはいけないのだ)


 20分後陣内は、両手にコンビニの袋を下げて帰ってきた。

 弁当、サンドイッチ、カップラーメン、鶏の唐揚げなど、食べ物が入った袋と、お茶やミネラルウォーターなど、飲み物が入った袋。ソファーのテーブルに買ってきたものを並べた。

「好きなものを好きなだけ、食べていいよ。どうせ、朝からなにも食べてないんだろう?」

「そういえば、なにも食べてなかった気がする……」と呟いた井坂は、焼肉弁当を手にとり、食べ始めた。黙々と半分ほど食べたところで、箸を置き、陣内に目を向けた。


「先生は、真里菜と会って話してないんですか?」

「一度会ったよ。会ったというより、向こうが押しかけてきたんだ。講義を終えて、廊下を歩いてるとき、突然呼びとめられて。

『コウチャン』がどうのこうのといってたが、僕には、なにをいっているか、さっぱりわからなかったんだ。名前を聞いても、岡本真里菜という名前にも、心あたりなかったからね。

 最近、なにかとクレームをつけてくる学生が多くてさ。そのたぐいだと思ってた」

「それで、真里菜と話さなかったんですか?」

「話もなにも、一方的に批判めいたことを喚いてたので、僕が無視しただけさ。あとになって、そういえば、メールがきてたこと思い出して確かめると、メールの差出人の名前が岡本真里菜だったんだ」


「メールですか?」

「岡本君が、メールで至急会ってくれという連絡を寄こしたんだ。ただ会ってくれというだけで、要件もなにも、書いてなかったけど……。

 あっ、そうか。『コウチャン』は、君のことだったんだ。宏治で『コウチャン』か。でも、なぜこんな子ども染みた名前で呼ばれてるんだ?」

「真里菜とは、幼馴染なんです。家が近所で、幼い頃からそのように呼ばれてるんです。それで、真里菜と会ったんですか?」

「いや、さっきもいったように、最近なにかとケチをつけてくるクレーマーが多いので、そのまま放っておいたさ。そしたら、講義を終わるのを待ち伏せされて。でも、会ったのはその一度きりだ」

「ほんとですか?」

「本当だ。それっきり岡本君とは、会ったことはない。いい加減信じてくれないか?」


 井坂はようやく納得したのか、また弁当の残りを食べ始めた。井坂が弁当を平らげるのを待って、陣内がきり出した。

「ところで、君はこれまで、どこで、なにをしてたのか、話してくれないか?」

「今朝、母から真里菜が死んだことを聞かされたんです。昨日の夜、真里菜のお父さんから連絡が入ってたようなんですが、僕の帰りが遅く、母が先に寝てしまったので、聞かされたのは、今朝になってからでした。

 すぐに家を飛び出し、先生と連絡をとろうと思って、プリぺのスマホにかけたんですが、先生は出ませんでした。何度かけても同じで」

 陣内は、井坂との連絡用のプリペイド式スマートフォンを持ち歩くことはせず、自宅に置いたままであった。


「それで、ここにきたのかね?」

「ええ、午前中一度このマンションにきましたが、先生は留守だったので、諦めて真里菜の自宅にいきました。両親にあわせる顔がないので、遠くから家の中をのぞくと、定休日でもないのに、店を休んでました。

 それからは、よく覚えてません。どこかの公園で、ぼーっと考えごとをしてたのかもしれません。午後になって、大学にいき、教室をのぞいたら、先生が授業をしてたので、このマンションで待ってれば、会えると思い、待ってました」

「いつから、待ってた?」

「3時半頃だったと、思います」

「3時半から、ずっとこのマンションの前で、待ってたのか?」

「いえ、ずっといると目立つので、この先の公園で時間をつぶしてました。1時間毎にここにきて、先生が帰ってるか、確かめました。3回目にきたとき、ちょうど先生が玄関に入っていくのが見えたんです」


「それで、僕に声をかけたということか?」

「ええ」

「君は、これから、どうするつもりなんだ?」

「どうするつもりって。もちろん真里菜を殺した犯人を捜すつもりです」

「犯人を捜すったって、君ひとりじゃ、無理だろう。それに君は、刑事に顔を見られてるんじゃないのか。見つかれば、きっと捕まってしまうよ」

 陣内は、井坂を牽制した。今、井坂に不用意に動きまわられると困るのだ。井坂は、なにもいえなくなった。


「僕に任せてくれないか? 僕なりに岡本君の事件を調べてみるよ。わかったことがあれば、すぐに君に連絡するよ。それまで君は、ここで待っててくれないか?」

「ここで、ですか?」

「そう。ここは僕の家だから、心配いらない。誰かが訪ねてきても、出る必要がない。電話にも出なくていい。連絡は、いつものスマホにかけるから。

 中から鍵をかけて、じっとしてればいい。食料もさっき買ってきたから、それを食べれば、いいじゃないか。いいね、当分は、ここで大人しくしてなさい。わかったね?」

「……」井坂は、黙ったままで返事をしなかった。


「いつまでもとはいわない。とり敢えず明日の夕方まで、どこにもいかず、ここにいてくれないか。それまで、できる限りの情報を集め、君にしらせるよ。いいね?」

「はっ、はい……。わかりました。明日の夕方まで待ってます。真里菜のこと、調べてください」

 陣内は、大阪出張で使ったばかりの旅行用バッグに着替えを詰め直し、マンションを出た。通りでタクシーをつかまえ、運転手に「大山までいってくれ」と指示した。有村美咲のマンションにいくつもりだった。



「どうしたの? こんな時間に」

 美咲が玄関のロックを外し、険しい表情で立っていた陣内を招き入れた。

 すでに11時をすぎていた。

「まずいことが起こってね。今晩、泊めてくれないか?」

 近所の目を気にしてか、陣内は、慌てて背中越しにドアを閉めた。

「構わないけど……。いったい、なにがあったの?」

 美咲の質問には答えず、陣内は、勝手に部屋の中に入り、コートを着たまま炬燵に座った。美咲の部屋は、10畳ほどのフローリングのワンルーム。中央に炬燵、奥にセミダブルのベッド、窓際にランディングデスクがえつけてあった。この部屋のはかに、小さなキッチンとバス・トイレがある。


「ねえ、どうしたのよ?」もう一度美咲が尋ねた。

「ビールでもないのか? 喉がかわいた」

 質問に答えようとしない陣内に苛立ちながらも、キッチンの冷蔵庫から缶ビールをとり出し、食器棚からグラスを出して、陣内の前に置いた。

 陣内は、缶のプルトップを引き、グラスに注がず、缶のままひと口飲み、溜め息を吐いた。

「岡本真里菜という女子学生が、昨日の夜、11号館の屋上から転落して死亡したことは、知ってるよね」

「ええ、今日大学では、そのことでもちきりよ」

「その岡本真里菜の幼馴染で、2年の井坂宏治という学生が、マンションで僕を待ち伏せしてたんだ」

「待ち伏せ? まるでストーカーね」


「井坂は、僕が岡本真里菜を殺したんじゃないかと、疑ってるんだ」

「えっ。でも、彼女は自殺したんじゃないの?」

「そうだよ。まだはっきりしないようだが、おそらく自殺じゃないかという噂だ。それに、昨日から僕は、大阪に出張してたから、アリバイもあるんだ」

「それなのに、なぜその井坂っていう学生が、先生を待ち伏せなんかしてたの?」

「それは……。それには、わけがあって――」躊躇ためらいながらも、陣内は腹をくくり、大麻の密売を美咲に話し始めた。


 半年前、坂上から大麻の密売をもちかけられた。陣内が栽培、坂上が売却を担当。陣内は、自宅のマンションで大麻草を栽培し、坂上が、ヤクザの縄ばりを荒らさないように大学のキャンパスで売りさばいた。坂上が売上を誤魔化すようになったので、ひと月半前から井坂を売人に雇って、大麻を売りさばかせていたことなど、詳しく美咲に話した。


「なぜ、そんな馬鹿なことをしたの? 先生は、それでも、大学の准教授なの?」一部始終を聞き終えた美咲が、激しくののしった。

「ごめん。軽いでき心だよ。つい魔がさしてしまって……」

「魔がさしたって、大麻が見つかれば、先生は、大学にいられないどころか、警察に捕まり、人生を台なしにしてしまうのよ。それがわからなかったの?」涙を浮かべながら美咲が陣内を責めた。

「……」

 美咲の剣幕に陣内は、返す言葉がなかった。


 時間がとまったようにしばらく沈黙が続いたが、落ちつきをとり戻した美咲が尋ねた。

「その井坂という学生、今どうしてるの?」

「僕の部屋に隠れてる。岡本真里菜が死んで、かなり興奮してたので、なだめてしばらく外にでないよう説得したんだ。

 井坂に動きまわられると、大麻のことがバレるかもしれないからね。おそらく警察は、井坂の行方を追ってるはずだから……」

「なんっていって、説得したの?」

「井坂の代わりに、岡本が死んだ原因を突きとめてやるっていって」

「そう。それで先生は、これからどうするつもりなの?」

「それを君に相談しにきたんじゃないか。援けてくれよ。お願いだから」

 しばらく美咲は、考える振りをした。こうなることは、予想済みであったが、少しは陣内をらしめてやりたいという意地悪な気持ちがこみあげてきた。


 5分もしないうちに、陣内の方がしびれをきらした。

「ねえ、どうしたらいい?」美咲を見つめながら懇願した。

「井坂という学生は、私に任せて! 明日にでも会って、岡本真里菜の転落死が自殺であったことを説得してみる。

 先生は、大麻の方を片づけるのよ。まず坂上という男に会って、大麻の密売をやめることで話をつけるのよ!」

「坂上がうんといわなかったら、どうしよう?」

「どうしようって、そのときはそのときよ。彼だって、警察に捕まりたくないはずよ。うまく説得するのよ!」


「それから早く、大麻や栽培に使った器具を処分しなさい。いつ警察に踏みこまれるとも限らないから、できるだけ早くやるのよ。大麻の痕跡こんせきをすべて消し去っておくこと。わかった?」

「わかった。そうするよ」

 まるで生徒と教師が逆転したように、陣内は、美咲のいうことを従順に聞き、返事をした。

 さらに美咲から、マンションの鍵と井坂との連絡用プリペイド式スマートフォンを渡すようにいわれ、それにも、大人しく従った。


 美咲に次善策じぜんさくを指示してもらい、やっと落ちついたのか、陣内は、美咲に向かって優しい声でささやいた。

「美咲だけだよ。僕の見方は」

 このひと言に、いつも騙されていると知りながらも、美咲は、嬉しさのあまり陣内の胸に飛びこんだ。


 美咲は、陣内に口づけしながら、コート、上着、ワイシャツを順次ぎとり、ズボンのベルトに手をかけた。陣内の方も、負けずに美咲のセーター、ブラウス、ジーンズを脱がし、ブラジャーとショーツを剥がす。

 全裸になったふたりは、もつれるようにベッドに倒れこみ、身体からだを重ねた。

 陣内が、美咲の胸から首筋、さらに肩から背中へと、入念に愛撫あいぶと口づけを繰り返すと、美咲は、あえぎながら身悶みもだえした。陣内の手がとまると、美咲は身体を反転させ、お返しとばかりに陣内の股間に顔を埋めた。

 すでに陣内自身がいきり立っているのを確かめると、優しくめまわしたあと、大きく口を開けてくわえこみ、縦笛を吹くように口の中で上下させると、陣内の口から溜め息ともいえぬ声が漏れた。


 いつもと違う美咲の大胆さに、陣内は戸惑ったものの、なすがままに身を委ねた。すでに身体が十分に熟れきっているのを感じていた美咲は、もう我慢できないとばかりに口から放すと、強引に自分の秘所に押しこもうとした。

「まだつけてないよ」と、腰を引きながら陣内がいうのを遮り、「今日はいいの。大丈夫だから。早く入れて。お願い!」大胆に脚を開き、哀願するように待ち構えていた。

 陣内が挿入すると、美咲が腕を背中にまわし、両脚は腰に絡ませ、激しく悶え始めた。陣内も必死に腰を動かす。美咲の喘ぎ声が大きくなり、絶頂を迎え、我慢の限界を超えた陣内は、思う存分射精した。男の精液が、こんなにたくさん出るのかと思うほどに。

 陣内が美咲の中に放ったのは、これがはじめてだった。そして、美咲がこんなに大胆に陣内の身体を求めたのも、はじめてのこと。いつもとは違う美咲に、陣内は驚きを隠せなかった。

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