肆
そうこうしていると、廊下の向こうの方から幾人かの男女の声が聞こえてくる。
やがて集まってきたクラスメイトで家庭科室は埋め尽くされ、まるで今から家庭科の授業でも始まるかのような賑わいとなっていた。
ざっと見た感じ、クラスの九割程度の人員がこのよくわからないイベントに参加しているようだった。
(みんな付き合い良すぎだろう。まあ僕も、人のことは言えないけど……)
黒板の上に据え付けられた時計に目をやると、あと五分かそこらで噂にある六時半になるところだった。
「それじゃ、準備が出来た者から準備室の方に移動するように」
担任が普段の授業のときよりもテキパキと指示を出しているのが可笑しかった。
大方のクラスメイトたちが準備室に入ったのを見届けた後、僕も黒板の脇にあるドアからそのあとを追う。
十五帖ほどしかない狭い空間は黒山の人だかりに埋め尽くされ、もはや学校の怪談も都市伝説もあったものではなかった。
「鏡を見た人から集合場所の校庭に向かってくださーい」
クラス委員長が準備室の出入り口で声を張り上げ、彼女の指示に従い列の先頭のほうにいた生徒は、用を済ませると廊下を昇降口へと戻っていく。
一人、また一人と捌けていくクラスメイト達を少し離れた場所で見送っていると、いよいよ自分の順番が近づいてくる。
いつの間にか家庭科準備室に残っているのは僕と担任教師、それにクラス委員長の女子の三人になっていた。
その中からまず、クラス委員長がスタスタと歩いて三面鏡の前に立つと、まるで寝ている我が子の顔でも覗き込むかのようにそっと鏡の間に顔を差し入れた。
五秒ほどしてから、やはりゆっくりと三面鏡の前から離れた彼女は、僕の方をゆっくりと振り向いて口を開いた。
「ちょっとだけドキドキしちゃった!」
彼女はそう言うと、赤い小さな舌をペロっと出してみせてから準備室から出ていった。
「それじゃ俺も!」と、今度は担任教師が鏡を覗き込む。
(あんたも見るんかい!)
心のなかでツッコミを入れながら楽しげな彼の様子を眺めていると、隣の家庭科室のスピーカーからチャイムの音が聞こえてきた。
「あ、そろそろ行かないとヤバいな。志賀も早く見ちゃってくれよ」
今のチャイムは集合時間の七時を報せるものではなかったのだろうか?
だとすれば『そろそろ行かないと』どころでは無い気もするのだが、何れにせよ今から走って駆けつけたところで遅刻は免れまい。
それに、もし学年主任に何か言われたとしても、それはここにいる監督責任者のせいに他ならないので僕が焦る必要もないだろう。
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