スマホのアラームの音で目が覚めると同時に、背中にびっしょりと汗を掻いていることに気づく。

 そういえば何か、夢を見ていたような気がする。

 ただ不思議と、それがどんなものだったのかを思い出すことが出来ない。

 悪夢の類であったことは間違いないのだろうが……。


 身支度を整えたあと朝食を摂ると、予定していた出発時刻よりも十分も早く家を出た。

 それは僕がそう望んだからではなく、うちの母の指示によるものだった。

 母は昔から時間にはうるさく、その影響からか僕も五分前行動が当たり前のように身についていたのだが、彼女のそれは五分どころか十五分前から動き出すのだから恐れ入る。

 普段であれば家から自転車で十分掛けて駅へと向かい、そこから更に二十分電車に揺られ、学校の最寄り駅より再び十分歩いての登校となるのだが、車という文明の利器のお陰で、そのわずか三割ほどの時間で校門の前に到着することが出来た。

 黒い鉄製の門扉が開かれていたが、時間が時間なだけに人っ子一人いないそこは、まるで夢の中で訪れた場所かのように非現実的な光景に見えた。


 一旦自分の教室に向い机の上に荷物を放り投げると、二階にある渡り廊下を通り、特別教室が並ぶB棟へと向かう。

 B棟は心なしか空気が淀んでいるような印象を受けた。

 それはおそらく気の所為などではなく、特別教室特有の匂いが廊下にまで染み出しているのだろう。


 階段を上り三階の廊下までやってくると、いよいよこの階の一番奥にくだんの家庭科室並びに家庭科準備室があった。

 本校舎の北に位置するせいで廊下は薄暗く、自分自身の発するスリッパの音だけが静寂の空間にこだまする。

 ここまで来てあれだが、昇降口や教室で他のクラスメイトがやってくるまで待っていればよかったと、ほんの少しではあったが後悔し始めていた。

 それはこの異質な雰囲気に飲まれそうだとかそういったことではなく、ただ単に一番乗りをするのが格好悪いと思ったからだ。

 そんなどうでもいいことを考えながら足を動かしていると、いつの間にか家庭科室の入り口の正面に到着していた。

 教室のドアに穿たれたのぞき窓から中の様子を伺おうとした、その時だった。


 眼の前のドアが勢いよく開き、その突然すぎる出来事に思わず床から二〇センチも飛び上がってしまう。

 僕は大きく開いた口から心臓が飛び出てしまわないように両手で口元を押さえると、やはり見開いたまなこによって得られた普段より広い視界を利用し、眼前で起こった怪異の元凶を見極めようとした。


「お? 志賀が一番乗りか。これは意外だな」

 怪異はそう言って小さく笑うと踵を返し、窓辺へと向かい窓を次々と開けていく。

「一番乗りは僕じゃなくて先生でしょ……」

 最後の窓を開け振り返った彼は「そういえばそうか」と言って、今度は大声を出して笑った。

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