弐
購買でのパン闘争に敗れた僕は、売れ残りのあんバターパンと牛乳を購入して自分の教室へと戻ってきた。
隣の席では例によって今朝の四人組が仲良く食事をとっていた。
そして――予想はしていたが――僕が椅子に腰掛けると同時に「で、志賀くんはどうする?」と、あたかも僕が初めからそこにいたかのようなナチュラルさで話を振ってくる。
「なにが?」
「だから! 明日の朝、みんなで家庭科室に行くって話!」
そんな話は一度も聞いたことがなかったが、こうもさも当たり前のことのように言われると、まるで自分に非があるように感じてしまうのは何故だろう。
「え、みんなって誰と誰?」
今ここにいるメンツのことだろうか?
「クラスのみんなに決まってるじゃん」
「えっ! さすがにちょっと無理くない?」
「明日ならいけるよきっと! 遠足だし!」
「――ああ」
そうだった。
明日は年に一度の遠足の日で、我がクラスはバスで一時間掛けて隣県にある動物園に行くことになっていたのだった。
集合時間は、確か――七時。
「でも、家庭科室って施錠されてるんじゃない?」
「大丈夫。佐藤センセーも来てくれるって」
……なんということでしょう。
大学を卒業したての新米教師とはいえ、いくらなんでも学生気分が抜けていなさすぎではないだろうか?
「じゃあ、一応早く登校するよ」
三面鏡の噂に興味があるわけではなかったが、クラス一丸のイベントとなれば参加しないわけにもいかないだろう。
明日は車で学校まで送ってもらう約束が取れていたし、母に少しだけ早く家を出てもらえばいいだけだ。
放課後――。
部活動に向けてユニフォームに着替えていると、二学年上の
「ナベさんお疲れです」
「お!
彼とは小学校が同じだったこともあり、入部直後から友人のように仲良くしてもらっていた。
そして、あの噂のことを僕に教えてくれたのも他ならぬ彼であった。
ちょうどいい機会だし、あの話をもう少しだけ詳しく聞いておこうと思い、彼が荷物を棚に収めたタイミングを見計らって声を掛ける。
「ナベさん前にさ、家庭科準備室の三面鏡の話、教えてくれたでしょ?」
「――ああ」
彼の表情が急に曇ったような気がした。
「明日の朝、クラスのみんなで――」
「悠介、やめとけ」
僕がナベさん――渡辺先輩の真剣な顔を見たのは、この時が初めてだった。
彼はあたりを見回しながらこちらに一歩あゆみ寄り、僕の耳元に顔を近づけて普段よりワントーン低い声で呟いた。
「あれは本物だ。うちの学年でひとり死んでる」
「……死んだ?」
「この話はもう終わりだ。早く着替えてコート整備してこい、一年坊」
渡辺先輩は有無を言わさぬ雰囲気でそう言い捨てると、部室の奥へと歩いて行ってしまった。
翌日に校内行事の遠足を控えていたためか、その日の部活動はいつもよりも早く終了した。
コートの片付けを終え、急いで部室へと戻ると渡辺先輩を探す。
それは先程の話の続きを聞きたかったからに他ならなかったのだが、彼の使用しているロッカーは既に空になっており、当然その姿を見つけることは出来なかった。
「悠介あんた、明日何時までに学校に行くんだっけ?」
夕食の席で母にそう問われる。
七時集合なので本来はそれまでに行けばいいのだが、今朝の女子たちとの約束を思い出す。
「ん。六時過ぎくらい」
「やけに早いだね」
よもや母に事の経緯を説明するわけにもいかず、たった一言「ん」とだけ返事をすると、手早く食事を済ませて自室へと戻った。
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