家庭科準備室の三面鏡

青空野光

「ねえねえ、志賀しがくんは知ってる?」

「へ?」


 金曜の朝。

 登校してきて自分の席についた途端、隣の席にたむろしていたクラスの女子達にそんなことを言われたものだから、僕にはそれが何のことなのかなどわかるはずもなかった。

「だから! 家庭科室の三面鏡!」

 相変わらず何が『だから!』なのかはわからなかったが、その噂はわが校の生徒であればほとんどの者が知っているものだった。


 うちの中学の家庭科室――正確には家庭科準備室――には、一台の古びた三面鏡が置かれていた。

 本校の卒業生である三十代の教師曰く、彼の在学中には既に同じ場所に安置されていたというそれは、ひと目見ただけで昭和やそれ以前の時代の代物であることが明らかな程に古い意匠をしていたのだが、その謂われを知るものは誰もいないそうだ。


「で、その三面鏡がどうしたって?」

 どういった話題なのか大方の見当はついていたのだが、あえてとぼけた顔をして聞き返す。

「噂あるじゃん? うちらの学校の七不思議のひとつだし」

「ああ。合わせ鏡を覗き込むと自分の死に顔が映るっていう、あれ?」

「それそれ!」

 女子達は、まるで恋愛話で盛り上がるかのように鼻息を荒くしながら更に言葉を続ける。

「じゃあ、条件は知ってる?」

「確か、朝の六時半に二十人以上で行って順番に覗くんだっけ? で、手前から九番目の顔が――ってやつだよね?」

「そうそう! さっすが志賀くん!」

 何故だか褒められてしまった。


「でもさ」

 僕はその噂について前から思っていたことを口にしてみた。

「その手の噂って、たとえば『深夜二時ちょうど』とか『丑三つ時』だったりしない? 六時半って朝もいいとこじゃん? それに二十人以上って人数もこう言ったらあれだけど、リアリティがないというか……」

 もし僕がこの話のならば、時間帯は放課後の遅い時間などの設定するだろう。

 それに、二十人というクラスの半分ほどの人数が集まってそんなことをしても、恐怖など微塵も感じないのではないだろうか?

「そう? 少しおかしな条件だから逆に本当っぽくない?」

「ぽくない」

「やだー! 志賀くんてシンラツー!」

 彼女らはそう言って大笑いすると、僕の肩やら背中やらをバンバン叩いてきた。


 そうこうしているうちに、始業前のホームルームの時間が間近に迫ってくる。

 程なくして担任教師がやってくると、四人いた女子のうち隣の席の主を除いた三人が自分の席へと戻って行き、僕はようやく彼女らの攻撃の手から逃れることができたのだった。

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