第3部 第12話 ギルドマスターのしでかした事


〖ナオ〗


土下座どげざドワーフと・・・それをこごえるような眼で見下ろす、老人と女性職員。


僕の中では・・・この光景を見た時点で、この土下座どげざドワーフを信頼して、ニョロニョロの事を相談するという選択肢は消し飛んでしまっていた。


さっさと”急ぎの相談”とやらを聞くだけ聞こう、後は当事者同士でお願いします。


「すみません・・・ギルドマスター? 相談があるとうかがって来たのですが・・・ご要件は何でしょうか?」


「それは・・・ここでは、ちょっと・・・」


僕の問いにギルドマスターは、またチラチラと商会長とマイリアさんを見ながら口ごもる・・・


「はぁ? 何が、・・・だ? さっきまで、わしの前でさんざん口走っていたではないか?」


そういえば、商会長さんに怒鳴られてたな・・・


「もう1度、今度は本人の前で言ってみれば良いだろう?  『商会が追加の馬車を準備するまでのあいだ、呪姫さまたちにギフトで輸送を肩代わりしてもらう』とな」


「ほお・・・なるほど・・・それはまた、ずいぶんふざけたじゃな?」


ドワーフを冷たく見下ろす人物に、今度はエルフが加わったようだ・・・


「ギルドマスター、あなたは・・・全く反省して無いのですか?」


「まったくキサマというヤツは・・・ギルドや王国軍、それにウチの商会を含めた大勢に迷惑をかけたのだぞ、今度はまで巻き込むとは・・・恥を知れ」


なるほど、色々と問題を起こした前歴のあるギルドマスターの独断か・・・それなら話が早い。


「すみません商会長、そもそもの話なんですが・・・商会で追加の馬車は用意しないのですよね?」


「もちろんだ」商会長さんは力強く頷いた。


「では、マイリアさん。僕達への相談って・・・もう必要無いんじゃないですか?」


「そうなりますね」マイリアさんも了解してくれた。


「では、ギルドマスター・・・相談は済んだみたいなので、僕達は失礼します・・・」


「ちょっ・・・まっ・・・」


「ナオよ・・・ちょっと待て」


ギルドマスターが何か言いかけたが、僕は止まるつもりは無かった。でも、出て行こうとした僕を止めたのは、意外なことにミラセアだった。


「ミラセア・・・どうしたの?」


「こやつを・・・このまま放っておけば、そのうちまた我らを巻き込もうとするのではないか?」


それを聞いて、蹲った巨体がピクリと動く。


「それは確かに・・・あるかもしれないね」


「そこの二人は、こやつがしでかした事に詳しいようじゃ。この際、何をのかをキッチリ聞いておかぬか?」


「でも、みんなも疲れてるでしょ」


「また妙な相談をされるよりはマシじゃ、その”しでかした事”、我らを巻き込もうとした事、この2つであればこのギルドマスターと距離を置く理由には十分ではないか?」


「わかったよ・・・このギルドマスターがいったい何をしたのか、すみませんが教えて頂けますか?」


僕の言葉に、商会長さんが手を挙げてくれた。


「わかりました、それでは私がお話ししましょう。ご挨拶が遅れました、私はバーリン商会の商会長をしておりますトルキド・バーリンと申します・・・どうかよしなに」


「はい、よろしくおねがいします」


「すみません、お話しの前に・・・商会長、どうぞお掛けになってください。皆さまも・・・どうかそちらの無事なソファーに」


マイリアさんは僕達にソファーを勧めてくれるけど、座ると土下座中の巨体が嫌でも視界に入ってくる。


「あの~、そちらのギルドマスターは?」


「少々目障りだが、ほっとけばいい。私の話は、そちらのサブマスターが補足してくれるでしょう」


商会長の言葉に頭を下げるマイリアさん・・・このヒト、サブマスターだったんだ。






マイリアさんがテーブルの上の割れた茶器を手早く片付けてから、

商会長さんの話が始まった。


「まあ簡単に申し上げますと、呪姫さまや皆様がルゼル湖で暴れ回っていた時に・・・」


「ちょ・・ちょっと待ってください、ギルドマスターの話って・・・もしかして僕達にも関係のある話なんですか?」


「まったくの無関係かと言われると・・・さて、どうなんでしょうか?」


「そうですよね・・・ごめんなさい・・・いきなり話の腰を折ってしまってすみませんでした」


「いえいえ・・・こやつはですな、あの時・・・ギルドと王国軍が協力して作った環状山地リングへの物資輸送計画を破綻はたんさせたのですよ」


ボーダンさんの身体が、もう一回り小さくなったように見えた。


「輸送計画を破綻はたんですか?」


「はい、あの時・・・こちらのマイリア殿はサブマスターとして、軍の担当者と共にに環状山地リングへの輸送計画を立てていまして、私どもの商会も一部ですがご協力させていただいておりました」


救急車の後ろにウーバン王を乗せて走った、あの道を思い出す。


「そういえば、補給物資の集積場所を作るのに、環状山地リングふもと、街道近くの森をすごいスピードで切り開いてましたね?」


「はい、あの場所には集積場所と物資を降ろしてからになった馬車をUターンさせるロータリーが造られました。そして集積場所付近で渋滞が起きないように、軍とギルド、それぞれの馬車は荷物の優先順位が高いモノから順に時間を空けて出発するようにタイムスケジュールも組まれていたのですが・・・」


「堅実な輸送計画ですね」


「はい、ところが・・・こやつが、そのスケジュールを無視して勝手に指示を出したのですよ『緊急事態だ、とっとと出発しろ、一刻も早く環状山地リングに物資を運ぶんだ』と、大声で怒鳴り散らして」


「・・・どうして、そんなバカなことをしたんですか?」


「後でわかったのですが、サブマスターから提出されていた計画書を、こやつは読むどころか開いてすらいなかったんです。何度か説明を受けてもすべて聞き流して・・・そして当日、待機場で時間待ちをしている馬車を見て、不安になったんだそうです」


「それで、計画書も見ずに口を出すとは・・・呆れますね」


「はい、そしてギルドマスターの暴走を止めようとした職員の言う事も聞かず、待機していた全ての馬車を無理矢理出発させた後で、今度は・・・近くに保管してあった優先順位の低い物資を見つけて・・・馬車が足りないと騒ぎだしたんです」


「それって・・・騒いだだけで、終わってくれたりは?」


「しませんでした。今度は、馬車を自分で集めようとして、街中で見つけた馬車や馬を、手当たり次第に接収せっしゅうしはじめたのです」


「マイリアさん・・・ギルドって、そんな権限も持ってたんですか?」


「無いですよ・・・それを説明した職員もおりましたが、『緊急事態』だと押し切られたそうです」


「ウチの商会にもコイツがやってきまして『緊急事態だからギルドが接収せっしゅうする』と叫んで、表に置いてあった3台の馬車を、ろくに確認もせずに持って行きました」


「叫んだだけですか? せめて書面に残したりとかは?」


ギルドマスターの肩がビクンと動いた・・・無かったんだな・・・


「こうして馬車と馬を搔き集めた後、今度は馬車を動かす人員が足りないことに気が付いたんでしょうな・・・ギルドが街道に配置していた誘導員を引き上げさせたんですよ」


「・・・誘導員ですか?」


「ええ、街道の途中には、馬車ではが何ヶ所かありまして。その場所での交互通行がスムーズに出来るように誘導員を配置していたのです・・・」


どうしてだろう・・・少しタイプは違うが、僕は、かつての・・・調子のよい雇い主を思い出していた。


あの人も、緊急事態になればなるほど余計な事をしでかして、傷口を大きくするタイプだったな。


「なるほど、納得しました・・・ギルドマスター、あなたは絶対に輸送計画には口をだしてはいけない方ですね」


マイリアさんが、諸悪の根源ギルドマスターを見下ろしながら呟いた。


「次の輸送計画の打ち合わせの為、王宮に出向いていた私がギルドに戻ると、馬車の待機場は空になっていました。街道にはすでに酷い渋滞が発生していて、軍とギルドどちらの馬車も動けない状態に・・・そしてギルドには接収した馬や馬車についての苦情や問い合わせが殺到していたんです」


「しかも、碌に確認もせずに接収した馬車の中には、修理の為に置いてあったモノもあったようでして・・・その馬車が運悪く、誘導員を引き上げた狭い場所で壊れたそうです」


「長谷川っち、スゴイね・・・ここまで見事な妨害工作、狙っても絶対に出来ないよ」


早乙女さおとめさんの言葉に、僕は頷く事しか出来なかった。




「さて・・・ここから、もっと最低な話が・・・」


「いやいや、もう十分です・・・さすがに・・・これ以上の妨害なんて無理でしょう?」


「こいつはね・・・馬車が壊れたという報告を聞いて、ウチの商会に怒鳴り込んで来たんですよ・・・『壊れた馬車を?』って、街道で壊れた馬車をウチから持って行ったモノと勘違いして・・・」


「・・・ああ、こいつ、本当に最低ですね・・・」




「すまぬが商会長殿・・・ひとつだけ、わからんことがある・・・教えてくれぬか?」


「呪姫さま・・・何でしょうか?」


「こやつは・・・これだけの事をしでかしておいて、どうしてギルドマスターなのだ?」


「それは・・・ギルド内の人事ですので嬢ちゃんから説明を・・・」


「商会長、知ってて言ってますね?・・・私にの前で、説明させるつもりですか?」



って・・・どういうこと?



しばらく説明を押し付け合っていたが、結局マイリアさんが説明してくれるようだ・・・


「あのまま、ルゼル湖での騒動が続いていれば。この件は、おそらく大問題になっていたはずです・・・」


続いていれば?


「あの渋滞の最中さなか、呪姫さまたちがルゼル湖の底を抜いてしまったことで、王と軍の殆どは王都に帰還することになりました・・・」


王都に帰還・・・


「大渋滞を起こしていた補給部隊も、結局は輸送任務を果たすことなく帰途につきました」


任務を果たすことなく・・・


「ギルド内外から、ギルドマスターの責任を追及する声が上がりましたが、で追及の声は小さくなってしまいました」


「二つの理由ですか?」


「はい、一つは、そもそも途中で中止になった輸送計画の、その中で起きた問題の責任追及をいつまでやっているのか? 実際には前線で混乱は起きなかったのだから、今は追及よりもルゼル湖やサーサンタの対策に力を向けるべきという意見です」


「それって・・・ギルドマスターを放っておく理由にはならないと思いますが?」


「そして、こちらが大きな理由なのですが・・・ギルドマスターはともかく、このまま追及を続ければ、にも批判の矛先が向いて、ご迷惑をかけることにならないか・・・そんな声が広がりました」


「ばかな・・・我らに妙な気を使いすぎじゃろう」


「それじゃあ、もしかして・・・あの時、湖の底が抜けて無かったら?」


「こやつは突き上げを喰らって即座に失脚。ギルドマスターの椅子には、もう少しマシな奴が座っていたかもしれませんな」


「それは・・・なんというか・・・すみません」


「謝る事はありません。もし湖の底が抜けてなかったら、補給物資が届かない前線は間違いなく大混乱でした」


「はい、その大混乱の最中さなかに『サーサンタで黒い生き物が現れて人や家畜を襲い出した』という知らせが届くわけです。そんな恐ろしい状況、想像もしたくありません」


「そう言って貰えると、少し気が楽になります」


「私ができる話はこれで大体終わりです・・・呪姫さま、いかがでした?」


「ああ、感謝を。これは自業自得だな・・・ナオ、ゆくぞ」


ミラセアがギルドマスターの方も見向きもせずに立ち上がる。


「さてマイリアの嬢ちゃん、あとは頼んでいいか? 儂もバカを相手して疲れたからもう帰るとしよう」


「はい、ご迷惑をおかけしました。輸送の件は今まで通り私に直接連絡くださいね」


「ああ、もちろんだ。頼むから、そいつにだけは関わらせるなよ」


「はい、立場上ある程度報告はしますが、絶対に触らせません」


「では、儂はこれで・・・呪姫さま、みなさん失礼します」


商会長はそう言って、部屋を出て行ってしまった。


「さて、ナオ。もう良いじゃろう? われらも行くぞ」


「ごめん、ミラセア・・・やっぱり、もう少しだけ待ってくれるかな?」


「なんじゃ?」


「マイリアさん」


「はい?」


「サブマスターであるマイリアさんにがあります。どこか、ここ以外で話のできる場所はありますか?」







※接収 国などが個人の所有物等を取り上げることです。


※交互通行の誘導員 片側1車線の道路で、工事等の理由で1本の車線しか使えなくなった時に、誘導してくれる赤い棒を持った誘導員さん・・・あのようなイメージですm(__)m

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