第3部 第8話 サウラタの夜はふけて

〖ナオ〗


「すまない、ザー 今夜はこれくらいで勘弁かんべんしてくれ。次に来た時には、話をしような」


マカ・・・次はって、今回も十分に長かったよ・・・僕にはマカの声しか聞こえてこないけど、もう30分くらいは話し込んでいるんじゃないの?


石畳についたひざが地味に痛いし、泉の水に入れたままになっている僕の右手、もう水から出してもいいかな?



「そう言うなよ・・・ザーも気が付いているだろう? ドワーフの国に『黒いヌメヌメパタパタ』が出てきているんだ。前にローンに教えてくれた『赤いニョロニョロ』が封印された場所って、あの国の近くなんだろう?」


ダメだ・・・まだ話は続きそうだ・・・


「そうか・・・あっちは土の精霊の管轄かんかつで、どこに封印されたのか場所まで知らないのか・・・とにかく私達は、この事をドワーフの王に早く知らせないといけないんだ」


そうだよ、ザーさん・・・僕達、今日やっと車中泊から解放されたんだ。

今夜は念願のベッドで眠れるんだ。


「わかってくれたか・・・ありがとうなって・・・おいザー?

げっ・・・ちょっと待て、今送って来た・・・これ何だ?」


ザーさん・・・マカに何を送って来たんだ?


「土の精霊から教えて貰った? おい、ザー・・・まさか、こんなのもいるのか?」


マカは何か聞いていたが、要領を得ず聞き出すのを諦めたようだ。

僕は立ち上がって、水につかっていた右手を見る・・・うん、まあ想像通りだな。


「マカ王よ、精霊殿に何か言われたのかな?」


「ああ・・・『赤いニョロニョロ』の封印場所には『黒いヌメヌメパタパタ』以外にもいるらしい」


「何か・・・なんじゃそれは?」


「いや、ザーから送られてきたイメージ自体がかなり曖昧あいまいでな。どうやらザーが直接見た訳じゃなく、土の精霊が見たのイメージらしいんだ。穿、色々と混じっている・・・困ったな・・・こんなの、どうやって説明したらいいんだ?」


「ねえマカ。僕には何も感じられなかったし聞こえなかったけど、ザーさんから送られてきたのって、そんなに危ないイメージだったの?」


「そうだな少なくとも『黒いヌメヌメパタパタ』なんかよりはかなり危険なイメージだ。そうだな、これも無茶な翻訳になるが、あえて言葉にするなら・・・『まだらのガリガリ』もいるから気を付けて・・・かな?」





ザーさんとの対話で新たに出てきた不安のタネ、そんなモノを抱えたまま、僕達は宿にもどってきた。


いや、これでやっとゆっくり出来るんだ・・・


今回、宿の手配をしてくれたミーラが、僕が泊まる部屋の前まで、わざわざ案内してくれたんだけど・・・ドアを開けると・・・




あれっ? 前に泊まった時もけっこういい部屋だと思ったけど、今回はもっと高級そうな部屋・・・それよりも、中には大きなベッドが1つ?


「ナオさま、こちらの部屋になります」


「あれっ? ミーラ、一人部屋なの?」


このところ、宿に泊まる時はオリウムさんと2人部屋が当たり前だったのに、今回はどうしたんだろう?


「はい、オリウム様はオーランで入手した資料に集中したいので、とおっしゃっておられました」


「そうなんだ、ハンヴィーの中でもずっと資料を眺めながらブツブツ言ってたけど

夜になっても止まらないんだね」


僕が軽口を叩けたのはここまでだった・・・


「ところで・・・ナオ様、少しお話・・・?」


ミーラの口調はそのままなのに、その声には強さというか圧力が加わっていた・・・


「はい・・・えっと・・・何かな?」


「いえ、今回マカ王様とお話しされて、ナオさまが以前言っておられたに関する推論、その推論の元になった呪姫様の詩自体がまったくのデタラメである事が確認されました・・・そうですね?」


「・・・はい、おっしゃる通りです。その節は色々とご迷惑をおかけしました」


「まあ、確かに色々とございました、が・・・結果的には、ナオ様はミラセア様にプロポーズを行い、ミラセア様はそれをお受けになられました」


「ミーラ、言っている内容に少しトゲがあるように聞こえる・・・」


「そう聞こえるように申し上げました。つまり、今後は、ナオさまは・・・例えばご自身の安全の為、襲ってきた生き物を傷つけたり殺すような行動に?」


「確かにそうだね」


「では・・・今宵、私がこの部屋でナオさまに、マルザムで受けた教育を生かしてをさせて頂く事も?」


ミーラの言葉の意味を理解するのに15秒、それから目の前に立っている赤い髪のメイド姿の美少女、彼女を頭の先から足先まで眺めてしまった僕は、いったいナニを考えていたのだろう・・・


「ちょっと待って、それは問題があるよ。僕はミラセアにプロポーズをしたばかりなんだよ」


「本当ですか? 私の受けた教育では・・・主人の立場上、言葉では1度断られる場合がある、しかし、その言葉は決してそのままの意味では受け取ってはいけない。その時は、その主人の本心を察して行動するように・・・と何度も言われてきました。今回の場合ですと、黙ってベッドに忍び込むようにと教本にも書かれていたのですが?」


なんですか、その教本って?


「それ全然察してないから。お願いだからやめてください」


「かしこまりました。では、ナオ様の本心をちゃんと察せられる方にお任せするとします・・・どうぞ」


ドアが開いて、そこにはミラセアが・・・ミーラと同じ仕立てのメイド服を着て立っていた。


「こ・・・この間はお主に膝枕を断られてしまったのでな。ちゃんと膝枕がしやすい恰好に着替えてきたのじゃ・・・似合うかな?」


正直に言って、あまりの衝撃に言葉が出ない・・・


「どうじゃ? 何も言われぬと心配になってくるのじゃが?」


「すっごく似合ってるけど・・・その服、どうしたの?」


「お主、マルザムでこの服を着たミーラを見て、酷く動揺しておったろう?

あの後、サキと仕立てた店に行って作っておったのじゃ。いつかこれを着てお主をからかってやろうと思っての」


ミラセアの白く怜悧な顔が、尖った耳の先まで赤く染まっている。


「それでは、私はこれで失礼しますね」


ミーラは部屋を出て行こうとするが、ふと何かを思い出したようにを見て。


「・・・マカ王さま?」


「ミーラよ、それ以上は言われんでもわかっている。これから私は意識の底に沈み、明日の昼までは絶対に出てこないと約束しよう」


「はい、そのように。どうかよろしくお願いいたします」





そうして静かになった2人きりの部屋で、


メイド姿のミラセアがベッドに腰を掛けて手招きをする


「ナオよ、こっちへ・・・まずはオーランで出来なかった膝枕のリベンジからじゃ」







※推論、その節・・・〖第2部 第2話 隠していた事〗での事です。

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