第3部 第5話 野兎 と 赤いモザイク

〖ナオ〗


ああ・・・昨夜、早乙女さおとめさんからを聞かされたというのに・・・眠れなかったのは僕だけだったみたいだ・・・


僕達は朝食を済ませて・・・クラッカーとジャムをインスタントコーヒーで胃に流し込んだ僕と違って、朝からグリルド・ビーフステーキをリクエストしてくるキーラって本当にスゴイと思う。


手早く野営地の撤収・・・というか万が一に備えてこの場所から逃げる準備をしていた。


まあ、作業としては僕がポンポンとストレージに放り込んでいくだけなんだけど・・・


「というわけで・・・長谷川さん、NBC防護服・・・出して」


その作業中に、こんな事を言って来る人が・・・いるんだ。




「サキさん・・・理由、聞いてもいいかな?」


「ほら・・・長谷川さんと椿、それから私と綾女あやめ真輝まきの分」


「いや、昨日の早乙女さおとめさんの話聞いてた? 防護服が必要なのはストレージから取り出す僕と、確認する早乙女さおとめさんだけ、皆さんはブラッドレーの中に待機ですよね?」


「ごめん、椿が何を見つけたのかやっぱり気になるの。椿には後でキッチリ説明してもらうにしても、実物を見ないままで終わらせるのはチョットね・・・だから防護服ちょうだい」



「なあ、椿」

一条いちじょうさんがひどく真剣な表情で早乙女さおとめさんに問いかける。


「なに・・・真輝まきちゃん?」


「いや、椿が見つけたモノが何か、いくつか想像してみたんだが。準備するのは防護服だけでいいのか? は必要無いか?」


「うん、必要無い」


「・・・そうか。じゃあ、私は防護服を着てハンヴィーの運転席で待っているよ。

ドアは開けたままにしておくから、何かあったら急いでハンヴィーに飛び込め・・・」


「多分、必要無いと思うけど・・・わかった」


結局、ブラッドレーにはミラセアとキーラ、ミーラ、それからオリウムさんに乗ってもらって、いざという時は無線の指示に従って先に逃げてもらうことに。

僕達の方はハンヴィーはエンジンをかけたまま、防護服を着た一条いちじょうさんには、運転席で待ってもらって。何かあったら皆でハンヴィーに飛び乗って逃げることとなった。


防護服・・・ケースに一緒に入っていたボンベを背負ってマスクを装着して、黄色い顔の部分だけが透明になった全身を覆う重たい雨ガッパのようなモノを着る。

ちゃんと着れているか、何度もお互いに確認した。





「じゃあ、長谷川っち・・・お願い」

防護服越しに聞こえる早乙女さおとめさんのくぐもった声


「わかった・・・出すね」


【ストレージ】 ヴォン♬


ストレージから草地の上に取り出されたのは長さ2m、奥行きと高さは1m程の

金属製? ジュラルミン? の大きな箱・・・


表面、見えている箱の上面と側面には大きくMと書かれ、その文字を挟むようにして2つの大きなマークが描かれている。その下には小さく英文らしきモノが書かれている。


このマークの片方は僕も映画で見た事がある、黒い3つの三日月が背中合わせに並んだ、かなり不吉な印象を持つマーク。


「これって、バイオハザードマーク・・・だよね?」


僕の問いに早乙女さおとめさんは答えず、ケースの表面を食い入るように見ている


「見た感じ、ケースに破損は無い。表に書かれている文字も。長谷川っち、大丈夫みたいだから、もうストレージに戻していいよ」


サキさんは、もう一つのマーク。青い六角形の中から左右に1つづつ黄色いマンガの吹き出しみたいなのが出ている・・・を見て首を捻っている。


「ねえ椿、こっちのマークって何だっけ?」


「これはアメリカ陸軍・・・なんとか・・・っていう化学部隊のマーク・・・のはず」


「椿、コレの中身が何なのか・・・説明してくれるよね?」


「もちろん、そのつもり。長谷川っちがこのケースを片付けてから、防護服を脱いで集合」




ケースをストレージの中に入れて、防護服を脱いでそっちもストレージに片づけて、ブラッドレーに乗っているみんなにも声をかけて外に出てきてもらう。


せっかくだから、マカがオーランで出したテーブルと椅子も出してみよう。

マカが気をきかせてお茶の入ったポットとカップも出してくれた。


「椿、あれって・・・バイオハザードマークがあったって事は生物兵器?」


「そう・・・確か中身は細菌の詰まったボンベと噴霧装置セットの・・・はず」


「細菌? コレラ菌とかペスト菌とか?」


「ケースには ワイルド・ラビット・フェーバーの乾燥病原体だって書いてあった」


「ワイルド・ラビット・・・野兎のうさぎ・・・ねつの・・・病原体?」


「名前はともかく、生物兵器だから凶悪な病気だと思う」


「しかし、椿。こんな変なモノ、良く知ってたな?」


「本当に偶然知ってた。アメリカの5大化学・生物兵器のM44番目M11番目M22番目がスナイパーライフルで使えるライフル弾だったから何となく憶えてた」


「ちょっと椿、化学・生物兵器? ライフル弾・・・どういうこと?」


「当時の計画では7.62mmのライフル弾に毒ガスを封入した化学兵器弾頭を作ろうとしたみたい。その計画が失敗したのか、は伝染病の病原体を弾頭に仕込んだモノになっていた。これならスナイパーライフルで800m先の建物の中に撃ちこめる」


「伝染病を・・・撃ちこむの?」


「私達の世界では存在しない。この兵器が開発された何年か後、5大化学・生物兵器はすべて廃棄されたと発表されている」


「そうか、アレって私達の世界ではもう存在しないはずの兵器なんだね」


「それよりも問題は、がストレージの中に無造作に置かれていた事だと思う」


早乙女さおとめさん・・・ストレージの中身って他のモノも、たいがい危険物だと思うけど・・・」


「その化学兵器が作られた年代によってはバイオハザードマークが制定される前のモノがあるかもしれない。それに私は・・・ロシアの化学部隊のマークは


「そうか、私達が気が付かないまま不用意に生物兵器や化学兵器の封を開けてしまうかもしれないわけか・・・」


「だから、記憶を頼りにストレージから取り出すのは、かなり危険が伴うことを認識したほうが良い。リストの中身も一度向こうの世界に帰って、正確な情報と照らし合わせた方が良いと思う」







その日の夕刻、次の野営地での夕食後、僕はサキさんとマカに相談をもちかけた


「サキさん・・・マカもだけど、ちょっといい? 実は、リストについてちょっと相談があるんだ」


「何、相談って? リストを書き出すのがイヤと・・・とかは受け付けないからね」


「いや、そうじゃなくて・・・前にサキさんには話したことあるよね、リストの中に書かれている赤いモザイクについて」


「ああ、見るからに危なそうなって言ってた、赤いモザイクの事ね」


「そう。見るからに危険物に見えるから、僕もなるべく見ない様にしてきたんだけど、マカと次元神メザキユの事を思い出してから、ちょっと気になってね」


「気になって?」



「なんで次元神メザキユはリストに赤いモザイクなんか掛けたんだろ? マカの話を聞くと、少なくとも危険物に赤いモザイクを掛けて警告するような親切な性格とは思えないんだけど」


「確かにそうだな・・・あのクソ野郎なら逆に危ないモノほど、手に付けやすい所に置きそうだな」


「マカもそう思う?  それで・・・僕一人では無理だったけど、僕とマカの二人なら赤いモザイクの解読、というか変質が出来ないかな?」


「そうだな・・・やってみないと分からないが、もしかしたら・・・

ただ・・・ナオ、それ自体がクソ野郎の罠かもしれないぞ」


「もちろん、試すのは解読だけ。もし解読に成功してもストレージから出すつもりは無いよ。ただ解読が出来れば、赤いモザイクの意味も分かるかもしれない」


「そうか・・・なら・・・やってみるか?」






そして、僕は一人、椅子に座って目をつぶる。

そばにいるのは念のため監視を頼んだサキさんだけ。


《ナオ、準備は良いか?》


〖呪いを解く時と同じようにリストの一番初めに出てきた赤いモザイクから順番にやってみよう〗


《これだな・・・まずは二人で同時に【カース・ミューテーション】からだ》


〖オッケー、その次は同時に【トランスレーション(言語翻訳)】を試すんだね〗


《ああ、いつもは無意識に使用している言語翻訳を意識的に使用するんだ。

それでダメなら、ナオが【カース・ミューテーション】で私が【トランスレーション(言語翻訳)】を試すぞ》


〖わかった、準備は出来てる〗


【カース・ミューテーション】

【カース・ミューテーション】


【トランスレーション(言語翻訳)】

【トランスレーション(言語翻訳)】


【カース・ミューテーション】

【トランスレーション(言語翻訳)】


今・・・赤いモザイクが・・・一瞬ブレた?




《ナオ、今のをもう1回・・・いや3回連続でやってみよう》

〖わかった〗


【カース・ミューテーション】

【トランスレーション(言語翻訳)】


【カース・ミューテーション】

【トランスレーション(言語翻訳)】


【カース・ミューテーション】

【トランスレーション(言語翻訳)】


赤いモザイクが・・・ブレて、ブレて・・・赤い・・・文字に変わった。


《〖なんだ・・・これ?〗》


《ナオ、とりあえず文字が出てきたが・・・どうする?》


僕は、その赤い文字をリストに書き込んでサキさんに見せた・・・


「サキさん、赤いモザイクが文字に変わった・・・それがこれなんだけど、何かわかるかな?」


サキさんが僕の手からリストの書かれたノートを奪い取り、食い入るように今書いた文字を見つめている。ノートを持つ手はノートが皺になる程のチカラが込められていた。


「なんで・・・が赤いモザイクなの?」


「サキさん・・・何か、特殊なモノ?」






「レオパルトⅡ・・・私がずっと探してた。ドイツ製、NATOの主力戦車よ」









※アメリカ陸軍化学部隊、六角形の中から左右に1つづつマンガの吹き出し

ベンゼン環から錬金術のフラスコが2つ出ているマークらしいです。

※ワイルド・ラビット・フェーバー、野兎病やとびょうというらしいです。

※アメリカの5大化学・生物兵器 確かに製造された記録はありますが、現在ではすべて破棄されているそうです。

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