第2部 第28話 刻印術研究者

なにかと忙しそうな4人を王宮に置いて、ミラセア、キーラ、ミーラとUAZ-3151に乗ってアイロガの王都オリハガーダを出発した僕達。




「サウラタの町で1泊すれば、明後日の夜までには皇都に行けそうだね。ミラセア、その刻印術エグノスの専門家さんには、皇都の、どこに行けば会えるの?」


「皇都の皇国図書館から、あやつを引きずり出すのに、オラシアムス皇帝に何の断わりも無くとは行かぬのでな。皇都に着いてから、皇帝宛てに書簡を送っておこう。

あやつ本人には『刻印術エグノス見つけた』と書いて送れば、向こうから押しかけてくるじゃろうしな。その時に、口止めも含めての説明をするとしようか」



陽暮れ時に着いたサウラタの町、中央の広場にある青い巨石、水精石サウジアの割れ目からは、水が滾々こんこんと湧きだしていた。





サウラタの宿【水辺の乙女】


夜も更けた頃、深い眠りに落ちていた僕は、突如身体の変調を覚えた。


・・・・苦しい、なんだ・・・これは?


に息が詰まって、苦しい。


苦しくて、もがいている僕の耳に、聞き慣れたが聞こえた。


「ん?」



ドンドンドン・・・・・

「ナオ、大丈夫か?」

「ナオ様、お休みの所、申し訳ありません、姉が・・・」


ガチャ・・・・・


「あれっ? カギが開いて・・・?」






〖ミラセア〗


またもや、ナオの部屋から苦しそうな声が聞こえてきた。

ナオは気にするなとはいうが・・・・・・


「ミラセア様、姉がおりません。もしかしたら・・・」


「キーラが? まさか・・・ナオに何か」


慌ててナオの部屋に向かう、中からは未だにナオの苦しそうな声が漏れてきている。


ドンドンドン・・・・・

「ナオ、大丈夫か?」

「ナオ様、お休みの所、申し訳ありません、姉が・・・」


ガチャ・・・・・


「あれっ? カギが開いて・・・?」


ドアのカギが何故か開いておった・・・その部屋の中で見たのは・・・





寝台の上で苦しそうにナオと、ナオの顔に正面から抱き着くキーラの姿じゃった。


「なんじゃ・・・これは?」


「お姉ちゃん、寝ぼけてますね。すみません、たぶん


ミーラが寝台に近づいて、無造作に右の拳を振り下ろした刹那、

キーラがナオの頭から両腕を放して、その拳を受け止めていた。


「ミーラ、何?」


「お姉ちゃん、それ、止めないと、ナオ様、死ぬよ」


ミーラが左手で指さす方に振り向き、ナオが胸を押さえながらむさぼるように空気を吸う様子を見て、キーラが愕然がくぜんとしている。


「誰が、こんな酷い事?」


「お姉ちゃん、、寝ぼけて抱き着いたね?」


キーラが激しく首を横に振っている・・・・


「そもそも、なんでナオ様の部屋にいるの? どうやって入ったの?」


「・・・前、ナオ、ここでうなされたから」


「そうじゃ無いでしょ? お姉ちゃん、?」


「うっ!」


キーラの視線が何かを誤魔化す様に不規則に泳ぎ出した。


「・・・ミラセア様、そこの椅子に掛けられた姉の腰袋に何かあるみたいです。

このまま押さえてますので、見て頂けますか?」


「ミーラ・・・ダメ」


「・・・わかった。この腰袋じゃな?」


腰袋の中を探って妙なモノを見つける。皮の巻物?、いや中に何か堅いモノを差し込んで巻いてあるようだ。中を開いてみる。


「なんじゃ? これは」


巻物の中には何本も、変わった形の細長い金属棒が差し込まれていた。


ようやく呼吸を整えたナオも、驚いた顔で細長い棒を見ている。


「ミラセア、その巻物みたいなのに見覚えがある。確か、サキさんに頼まれて出した何かの工具だ」


「これは・・・工具なのか?」


「いや、サキさんは工具って言ってたけど、たぶんそれ、鍵開け道具ピッキングツールじゃないかな?」


「どうして、このようなモノをキーラに渡しておったか、向こうに戻ってから

サキに聞く事が出来たな」


「お姉ちゃん、いくらナオ様が心配だったからって、それは1人で忍び込む理由にはならないからね。ナオ様、姉が申し訳ありませんでした、2度とこんな事をしないよう、今夜はじっくりと言い聞かせます」


「キーラは、たぶん、僕を心配して来てくれたんだと思う。

だからミーラ、話はほどほどにしてあげてね」


「ナオ、ごめんなさい」


キーラは、ミラセアとミーラに引きずられるようにして、部屋から出て行った。







翌朝、サウラタの町を出発。

僕の運転でミラセアが助手席、キーラは昨夜ミーラによほど絞られたのか

後部座席でウトウトしている。


「ねえ、ミラセア、アイロガの王宮の地下での事なんだけど、聞いてもいいかな?」


「何が聞きたいのじゃ?」


「あの時、ミラセアが『神代の頃は神々のチカラが地上に満ちて』って言ってたから。ちょっと気になっちゃって」


「いわゆる創世神話おとぎばなしじゃよ、太古に神々の争いがあって、滅ぼされた神の話や、追放された神、封じられた神、眠りについた神、まあ色々な話の断片じゃな」


「その神話って、断片じゃなく、まとまったモノは残ってないの?」


「わらわは聞いた事は無いな。今まで読んだモノ、聞いた話も後世の創作物扱いじゃったぞ。そういえば、エーライザルの南の翼の山脈には〖美翼神の墓所〗といわれる遺跡があったな」


「たまに冒険者の中にも、お坊さま? 神官様は見かけるよね? 環状山地リングの中の教会もそうだけど、何かの信仰はあるんだよね?」


「あれは光輝神の教会じゃ、冒険者の中に神官戦士も確かにおるな。エルフと獣人は精霊信仰ゆえ、信者はドワーフとヒトのごく一部じゃろうな」


「僕がこの世界に来た時は、てっきり回復魔法や攻撃魔法があると思っていたんだ。みんな斧や剣や槍のを振り回していてびっくりしたよ」


「魔法? そんなモノ無いぞ。まあ、伝承には刻印術エグノス以外に儀杖魔術マスタフ神聖術サクリアといった言葉は残っておるがの」


「今は、もう、それも無いんだ」


「この地上に残っておるのは、わずかな神秘と神々が遺した祝福ギフトくらいじゃよ」


祝福ギフトね、でもミラセア、僕は自分以外のギフトの持ち主って、まだ会った事が無いんだけど、結構いるのかな?」


「わらわも実際に会ったのは数人じゃな。皆、ギルドや国の所属であったぞ」


「どんなギフトだったの?」


「皆、所属先から口外を禁止されていた。そういえば一人、視覚強化のギフト持ちだというヤツがおったな」


「視覚強化って、遠くが見えるギフト?」


「本人はそう言っておったぞ。馬車の屋根の上で周囲を警戒をしておったが、確かに動物等を見つけるのは異様に早かった。まあ、色々と隠しておったがな」


「隠してたの? 」


「闇の中でも、夜目の効く獣人と一緒に動いておった。単に遠くが見えるギフトでは無かったのだろうな」






夕刻近い時間になって、僕達は皇都に到着した。


中央ギルドに挨拶の為に顔を出して、そこでミラセアが皇宮への書簡と皇国図書館へのメッセージの配達を頼む。


その夜は、前回と同じ【睡蓮の宿】に空きがあったので、そこに宿泊した。





そして、翌朝。


宿の1階に降りていった僕は、自分の目を疑うことになる。


金色の髪と、怜悧れいりな顔立ち、感情をほとんど出さない冷たい眼差しをした人物が、テーブルで優雅にお茶を飲んでいた。


「エリダルカラム国王・・・どうしてここに?」


「ナオ、良く見よ、別人じゃ」


そういえば、玉座で見た姿に比べると、髪の色つやが悪く、せっかくの金髪が跳ね放題。目も疲れているのか、瞬き一つしなかったあの国王と違って、目をしょぼしょぼさせている。


伯母上おばうえ、おはようございます。それで、その刻印術エグノスですが、いったいどこで見つけたんですか?」





「ミラセア・・・伯母上おばうえって?」


「ああ、こやつが弟に国王を押し付けて、刻印術エグノスの研究をしておる。甥のオリウムドラムじゃ」


「押し付けてって、人聞きの悪い事を言わないでください。エリダルカラムは


「何を言っておる。国王になったら、国費を刻印術エグノスの研究につぎ込む等と堂々と宣言しおってからに、あれは完全に脅しではないか」


「いやですね、ちょっと本音を口にしただけですよ。


「・・・分かったかな? ナオ、こういうヤツなんじゃよ」


「ナオです。初めまして」


「これはこれは、ドラゴンスレイヤー殿、噂は、かねがね。オリウムドラムです、

どうか、オリウムと呼んでください」


「では、オリウムさんと」



「オリウムドラム、話の続きじゃ、上の部屋に行くぞ」


「承知いたしました。伯母上おばうえ






ミラセア達の使っていた部屋で、アイロガの王宮地下で知った秘密の話を始める。


「アイロガの王宮が秘密裡に隠していた、凶王の王冠に刻印術エグノスが刻まれていたと?」


「そうじゃ、ウーバン王は王宮内に王冠がある事を秘密にする条件で、お主に王冠を見せても良いと言ってくれている」


伯母上おばうえ、すぐに行きましょう」


「それと、アイロガの筆頭鍛冶師と協力して、王冠に刻まれた刻印術エグノスについて調べて欲しいのじゃ。できるかな?」


「アイロガの筆頭鍛冶師と一緒にですか?」


「そうじゃが、不満かな?」


「まさか、それならば本腰を入れて調べられそうです。ここにある資料とナーエムナに置いてきた資料をアイロガに送ってもらう手配をしますので、少しだけ待ってくださいね」





ほとんど待たされる事も無く、手早く手配を済ませたオリウムさん。彼をUAZ-3151に乗せて僕達は皇都を出発した。


「これは、伯母上、快適ですね」


「そうじゃな、だが、コレに慣れてしまうと、今度は馬車に乗れなくなるぞ」


「それは困りますね」


こうして、オリウムさんを加えた5人で国境へと移動を続けた。





再び、サウラタの宿【水辺の乙女】


「男性2人と女性3人」


男性を含んだパーティーというのは久しぶりになる。

トラキスさん達にはすいぶん会ってないが元気だろうか。


「オリウムさん、すみません、僕は夜に魘されているみたいなんですが、いつもの事なので気にしないでくださいね」


「ナオ殿、それは分かりましたが、一体何を書いているんですか?」


「ああ、これは僕の日課なんです。気にしないでください」





翌朝、何事も無かったように、すっきりと目が覚めた。

「ナオ殿、昨夜は特に魘されている様子はありませんでしたよ」


「ありがとうございます。まさかオリウムさん、ずっと起きてたんですか」


「いや~、もう楽しみで興奮してしまって、一睡も出来ませんでした」






こうして、無事、刻印術エグノスの研究者をアイロガの王都オリハガーダに

連れて来ることができた。





そして、王宮で僕達を出迎えてくれたのは、ウーバン王と・・・・


「ウーバン王、どいつが、刻印術エグノスの研究者だ?」


白い髪と髭、そして鋭い眼をしたドワーフの老人だった。

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