第2部 第27話 アイロガの秘事

夜も更けて、僕とミラセアは、侍従さんに王宮の地下へと案内された。


地下深く、侍従さんの進む先にある、ただ1つだけ色の違う扉。

その前で、ウーバン王が従者も付けず1人で立っていた。


木製の扉が一般的あたりまえで、金属製の扉、しかも鍵穴が3つも付いている・・・か。


ウーバン王は、侍従さんに上で待つように声を掛けた後、


「こんな時間にすまないな、こんなモノがココにある事を、外部に漏らすわけにはいかないのだ」


そう言って、ウーバン王は懐から3つの色の違うカギを取り出して、鍵穴に差し込み、重そうな扉を開いた。



「見てもらいたいモノは、この中だ」






部屋の中央に、石を削り出した腰ほどの高さの台座が据えられていて、その台座と天井を貫くように、僕の腕よりも太い黒い金属の柱が立っていた。


「・・・ナニ・・・コレ?」


そして、その台座の上、黒い柱の根元には、質素な円環状の王冠が、そのの中に黒い柱を通された状態で置かれていた。


「ウーバン王・・・これって、この王冠を外に出さない為に柱を立てたの? まさか、こうしておかないと勝手に王冠が逃げるとか? 意味が分からないんだけど」


王冠は、くすんだ金色の地味なデザインで、黒いガラスの様な丸い石が、その輪に対して等間隔に配置されている。その表側には、まるで電子基板の様な直線的な文様が刻まれ、内側には曲線的な文様が刻まれているのが見えていた。


ただ、ミラセアだけは、この質素な王冠を見て、まるで凍り付いたかのように、その場を動けないでいる。


「・・・ウーバン王よ、これは、もしや?」





「ああ、だよ、呪姫殿」





「ウーバン王、これは・・・確かに見た憶えがある。わらわが見た凶王の王冠に間違い無いようじゃ。しかし、何故こんなモノがここにあるのか?」


「当時、呪姫殿と一緒にいたドワーフの戦士オレハンが持ち帰ったと聞いている」


「・・・そうか、あの時、オレハンから凶王の身体が崩れ去ったと聞いて、てっきり王冠も一緒に失われたものと思っておった。しかし、あやつはどうして、秘密になどしたのじゃろうか?」


「それが分からんのだ。オレハンが、どうしてそのような事をしたのか? 何故、この様な形で置かれているのか? その理由もわからず、モノがモノだけに外部に公表も出来ないでいる。」


「公表は出来ないですか?」


凶王の王冠こんなモノをアイロガが王宮の地下に秘匿していたと知られれば、当然だが、この王冠を破壊するか、せめて王宮以外の別の場所に封じようという意見が出るだろう」


「まあ、もっともな意見ですね」


「ところが、封じ方をされていては、王冠の破壊や、柱を切断でも、何が起こるか分からんからな。結果的に誰も手を出せずに秘匿は続けられているわけだ」


「この柱を立てた当時の記録は、残って無かったんですか?」


「少しでもそんな物が残っていたら、良かったんだが。まるで、その記録までもが忌まわしいモノのように扱われて、全て焼却されたそうだ」


「うわぁ~」


「おそらく、破壊も、別の場所に封じる事も

もちろん、私も試そうとは思わんよ」


「なにも分からないっていうのが、困りものですね」


「ただな、呪姫殿、ナオ殿、この王冠を見て、一つだけ分かる事がある」


「分かる事じゃと?」


「この王冠はな、間違いなくが作ったものだ」


「・・・ドワーフが作ったモノなのか?」


「ああ、ウチの王宮に所属する筆頭鍛冶師にも確認させたので、間違いない。しかも今の技術では到底再現出来ないとまで言われたよ。まあ、門外漢の私が見ても、この意匠にはドワーフ独特のモノが見えるのだから、同じドワーフであるオレハンが、その事に気が付いてもおかしくは無い」


「それで、ミラセアともう一人には、内緒で持って帰って来たわけですか?」


「あの凶王の王冠をドワーフが心血を注いで作り上げた事実を隠したかったのか?    

 それとも、ドワーフの奥義グリモアを解き明かすまでは壊す事が出来なかったのか?

 それもよく解らんが、そのどちらだったにしても、この封じ方は異常だろう?」




ミラセアが黙り込んだまま王冠をじっと眺めていたが、ふと何かに気が付いたのか、王冠に顔を近づけて食い入るように見つめだした。





「ウーバン王よ、あらためて聞くが・・・この王冠はのじゃな?」


「ああ、この独特の意匠、間違い無く過去に存在したドワーフの名工、その誰かの作だろうな」


「なるほど、ドワーフには。そして、オレハンは国に持って帰れば何か分かるかもしれぬと考えた。しかし、わらわには・・・そう、エルフには、別のモノが見えるのだ」


「呪姫殿、どういう事だ?」


「この王冠には間違いなく、エルフの失われた刻印術エグノスが施されている」


「・・・なに?」


「エーライザルで呪いについて調べておる時に、いくつか似たモノを見た事があるのじゃよ。この文様は間違いない、これは、1000年前の当時ですら、失われ、半ば忘れられていた刻印術エグノスじゃな」


「では、この王冠はドワーフとエルフの合作なのか? 悪いが、今まで、そのような話を聞いた事が無いぞ? ドワーフとエルフが互いの秘術の奥義グリモアを公開しあうなど、そんな事があり得るのか?」


「わからん、エルフにも太古の刻印術エグノスの研究をしている者はいるが、今では誰も使えぬからな」


「・・・ねえ、ミラセア。どうして今は、その刻印術エグノスが使えないの?」


「うむ、わらわが蜃竜の話と一緒に聞いた話では、神代の頃は神々のチカラが地上に満ちておったそうだ。刻印術エグノスは、そうしたチカラを使う為の術の一つだと言われておる。技術が残っておっても、神々のチカラが地上から失われてしまい、使えなくなった刻印術エグノスは消えていったそうじゃ」


「それじゃあ、この王冠は、その神代の時代に作られたモノなの?」


ウーバン王が即座に否定する

「いや、鍛冶師の話では製作されたのは、せいぜい2000年前だそうだ。

確かに古いモノではあるが、神代などでは絶対に無い」


「じゃあ、その頃に、ドワーフとエルフが協力して凶王の王冠を作ったわけだ」


「エルフとドワーフが互いの知識や技術を開示して、ヒトの王の王冠を作るか。

ウーバン王よ、このような事は、たとえ国同士が大きな火種を抱えておらん、今であっても無理では無いかな?」


「まったくその通りだ、ドワーフの奥義グリモアなど、国王わたしにも秘密の極秘事項だからな」





「ところで、ウーバン王、この王冠について、その筆頭鍛冶師はなんと言っているのかな?」


「表と裏に刻まれた文様に何か意味があるはずだが、アイロガに残る文献をいくら探しても、そのような文様に関する記録は残っていないと嘆いておったよ」


「それは、そうじゃろうな。エルフの刻印術エグノスじゃ、記録があったとしても王都ナーエムナの王宮、それも書庫の奥深くじゃろうし」


「そうなるよな・・・・」


「ウーバン王、もし、刻印術エグノスの研究者をここにつれてくれば、この王冠を見せてやる事は出来るかな?」


「それは、こちらとしてもありがたい。ただ、調べるのは構わないが、その研究者には、あの王冠がココにある事を口外しないようにお願いしたい」


「わかった、それを約束させた上で、研究者を1人、わらわの方で呼び寄せよう、筆頭鍛冶師殿と互いに協力すれば、この王冠について何か分かるやもしれぬ」


「我々ドワーフが長年抱えていた謎が解けるかもしれないな、呪姫殿、よろしく頼む」


「そうと決まれば、その研究者を引っ張ってくるとするかな」


「ミラセア、研究者って、エルフの人なんでしょ? もしかしてエーライザル王国まで迎えに行くの?」


「いや、あやつはエーライザル王国内の刻印術資料を調べ尽くした後、今は皇都の皇国図書館に入り浸りになっておるよ」


「根っからの研究者みたいだね。 でも皇都までなら2日あれば行けそうだ」






そして、翌朝。


「ごめん、みんな、ちょっと用事が出来て、皇都に行く事になったんだ。たぶん4~5日で戻ってこれると思うけど、みんなはどうする?」


「ごめんなさい、長谷川さん、対空自走砲を置いていって」


「西園寺さん、バルカン砲は撃っちゃダメだからね」


「ごめん、長谷川さん、ブラッドレーを置いていって」


「サキさんも、ミサイルや機関砲撃たないでね」


「ごめんなさい、カイオワを置いていって」


「一条さん、くれぐれも気を付けてね、絶対に飛ばそうなんて思わないでね」


「長谷川っち、PSG-1含めて狙撃銃一式とハンヴィーを置いていって」


「早乙女さん、何を言ってるんですか? 昨日、狙撃銃をまとめて持って行ったじゃないですか?」


「そうだったね、ハンヴィー借りるね」





「みんな、忙しそうだね。キーラとミーラはどうする?」


「ん、キーラついてく」


「ナオ様、ついて行きます」


こうして、ミラセア、キーラ、ミーラと共に、刻印術エグノスの研究者を連れてくる為に皇都オーヴェリアに向けて出発する事になった。

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