第2部 第17話 赤い雲海

※今回、作中に焼夷弾を使用するシーンがあります。

 ヒトのいない場所に向けて使用しています。




「ウーバン王、あれが・・・蜃竜しんりゅうなんですか? 僕には気持ちの悪い色の雲海うんかいにしか見えないのですが?」


山に囲まれた巨大な盆地の中には、噴煙を上げる火山と、その裾野を埋め尽くす不吉な赤い雲海しか見えない。


「あの赤い雲海の下には町が1つと村が4つあるのだ。

 調査の為に、あそこに入った冒険者達を含めて

 今のところ、あの中から出てきた者はいない」


「町と村に住む人間が全部・・・まだ、あの雲海の下にいるんですか?」


「無事に・・・・・生きていれば・・・な」


「あれが・・・あかわざわイ・・・ですか?」


「急報を受け、あそこに繋がる街道を全て閉鎖したが・・・遅かった。

 あの異変が起きた時には環状山地リングの外にいた人間も、

 あの中に居る家族や知り合いの安否を確かめようとしてか、

 かなりの人数が、アノ中に入ってしまった後だったのだ」


「その人たちまで、中に入ったままですか?」


「今でも、中の住人を助けようとして無理に入ろうとする者が後を絶たん、

 そちらは見つけ次第捕縛して牢に入れている」


「住民の暴動という噂は、そのせいかの?」


「今、分かっているのは、ここを降りて、あの赤い霧の中に入った者は、

 まるで酒に酔ったかのように霧の中をフラフラと歩き始める」


「酒に酔った? 歩き始めるんですか?」


「まず、何種類か家畜を追い込んでみた、

 家畜の種類に関わらずフラフラと霧の中に消えていった。

 最後に報酬をはずんで冒険者の一人を縄で繋いで、霧の中に入れてみた。

 突然フラフラと歩きだしたので、引きずり出して今は牢に放り込んである。

 牢の中でも暴れはしない、ただひたすらに歩くだけ。

 4日目に元に戻った時には何も憶えて無かった」







確かに状況は判ったけど・・・


「国王陛下、この状況で僕達に何をしろと?」


「甲殻竜の時も、赤翼竜の時も、かなり離れた所から仕留めたと聞いている。

 君達なら、あの中に入らずに、ここからでも何か出来ないか?」


「いったい仕留めるんですか? 甲殻竜も赤翼竜も目に見えてましたよ。

 あの雲海の下の、いったいどこに竜がいるんですか? 

 ヘタに手を出すと僕が町の生き残った人々を殺しかねません」


あんな雲海相手に、何をすればいいんだ?





しかし、そんな僕の考えを相談が近くで始まっていた・・・



「ねえねえ、化学防護服を着て、霧の中でも大丈夫かどうか実験する?

 腰にロープ括り付けて、失敗したらハンヴィーのウインチで引っ張ろうか?」


「ダメよ、もし失敗したら4日間も牢屋に拘束されるのよ、

 それより気密処理をした装甲車ってリストにあったかな?

 ほら、NBC偵察車みたいなの」


「その気密処理って、あの赤い霧に効果あるのか? 普通はここでドローンの出番だろ? なんで無いの?」


何か・・・色々と方法が・・・あるみたいですね・・・・





「長谷川さん、あの雲海の中で、人がは無いのかな?」


「人がいない所?」


「ほら、池とか湖、湿地、沼地、とりあえずソコにを撃ちこんでみたら、

 でも爆風で霧が晴れないかな?」


それを聞いていたウーバン王が顔色を変えて声をあげた。

「お~い、誰か、すぐに地図を持ってこい」





どこからかテーブルが持ってこられて、その上にギワノ山周辺の地図が広げられた。

サキさん、西園寺さん、一条さん、早乙女さんが地図を囲んで話し合いだした。


「ここが、現在地でコレがギワノ山・・・・この湖はルゼル湖?

 この辺りの耕作地の水源になっているんだ、周囲5~6キロの湖ね。

 湖までの距離はここから10kmチョイくらいかな? 

 ねえ? この湖の真ん中なら撃ちこんでも大丈夫じゃない?」


「紗希、撃ちこむつもり?」


「目標までの距離が10kmでしょ? とりあえず、すぐに使えるのは・・・・

 M109自走砲の155mm榴弾辺りだけど、


「近いのか?」


ウーバン王が驚いている。


「長谷川さん、もう少し離れた所に移動してM109出そうよ」


「サキさん、今更かもしれないけど、それって、僕が、この大勢の前でストレージを

 使うって事だよね?」


「長谷川さん、これから別の場所で出して、自走砲を自走させて来る?

 甲殻竜と赤翼竜の話がウーバン王から出てる時点で、たぶんバレて無いかな?」


「ゴメンね、僕も薄々そうじゃないかなと思ってたんだ・・・・」




街道を王都の方に降りた山裾の開けた場所に到着した。


アイロガの軍の兵士たちが大勢の見つめる前で、

僕はとうとうストレージを使う事になってしまった。


【ストレージ】 ヴォン♬


以前、港町マーグナスでシーサーペントに使ったアレ、

僕には戦車にしか見えないM109自走砲を取り出す。


「「「「「おお~!!」」」」」



「サキさん、念のため言っておくけど、

 使っちゃダメだからね」


「長谷川さん、使わないけど、あの雲海の下に何がいるか分らないから

 発射した後は、念のため次弾は準備するよ」


「それは・・・そうなのかな?」


「それじゃあ、みんなで照準位置を決めようか? 自走砲は誰が撃ちたい? 

 私は今回は双眼鏡で弾着位置を見たいかな」


早乙女さんが手を挙げた


「じゃあ、今回は私が撃つよ。たぶん、綾女ちゃんも真輝ちゃんも

 弾着シーン見たいでしょ?」




M109自走砲と早乙女さんを置いて、雲海を見下ろせる場所に戻って来た。


ストレージからここに居るパーティーメンバーと王様の分の双眼鏡を取り出してみんなに渡す。


M109の砲弾の装填はサキさんに言われた通りの手順で僕がしておいた。

その時に、次弾の装填に備えて、冒険者ギルドから派遣されていたヒトの冒険者に

一緒に来てもらって僕の装填作業の手順を見てもらい、そこに残ってもらっている。




みんなで双眼鏡を手に横に並んで湖があるはずの場所を見詰めている。


「椿、準備はいい?」


サキさんは無線で、自走砲の中の早乙女さんに声を掛けた。


『こっちはオッケー、いつでもいけるよ』


「じゃあ、カウント5でいこう、5、4、3、2、1、ファイヤ!」


『ファイヤ!』




ど~~~~ん


周囲に凄まじい音が響き渡った。


「「「だんちゃ~く いま!!」」」


3人が何か言っていたが、僕の覗いていた双眼鏡の中に見えたのは、

湖の水が作る水柱では無く、なにか赤いモノが飛び散る光景だった。


「なんだ・・・あれ? 水じゃ無い・・・よね?」


その光景から少し遅れて、そこを中心に一部分だけ、霧が晴れていく・・・・


「あれ? ナニ? 赤い何か?」


「椿、次弾装填して。装填完了しだい、次弾発射」


『了解』



『次弾、装填完了、発射!!』


ど~~~~ん



「「「だんちゃ~く いま!!」」」


霧の中の光景だけでなく、次に撃たれた砲弾も僕には予想外の光景を作り出した。


今度の砲弾は地上に着弾する前に空中で爆発して、


赤い霧の晴れた空間一面にうごめいている血の様に赤いナニかの上にを降らせた・・・


「赤いナニカが、下でうごめいておるのか?」


「火の雨から逃げている?」





「紗希、あれって・・・ 焼夷弾じゃないの?」


「だって155mmだと、アレと、対装甲HEATと、あと照明弾ILLUMくらいしか残って無いよ。」


『紗希ちゃん、今の信管の爆発タイミング、ちょっと遅かったかな?』


「そうだね椿、次は目盛り1コ早くしようか」


『了解! 次も焼夷弾でいくね』






王が呟いた

「ドラゴンスレイヤー・・・あれが・・・・竜なのか?」


「竜というか・・・間違いなく何か・・・いましたね?」


「火を嫌がっておったのか?」


「はっきりとは言えませんが、僕には・・・そう見えました」




双眼鏡の中で火の雨が降る光景が続く・・・・


「ねえ、真輝、これM109だけだと、火力・・・・足りないよね?」


僕は双眼鏡を覗いたままなのに、何故かサキさんが笑っている様に聞こえた。


「まあ、あれだと霧の一部が晴れただけだから・・・

 もっと広範囲を確認しないと次の対策も立てられないんじゃないかな?」


真面目に答えているはずなのに、一条さんの声に隠しようのない喜びを感じた。


「広い範囲ね、それなら・・・・準備が必要よね?」


西園寺さんの言葉の間に、確かに フフフ と笑い声が聞こえた。







「準備と、人手も必要だな」


「国王陛下、今ので雲海の下にナニカいるのは判ったけど、今度は、あの霧をもう少し広い範囲で吹き飛ばしたいので、協力してほしいのですが?」


「もちろん協力させてもらうが・・・」


使みんなで相談もしたいよね」


「「「賛成」」」


なぜだろうか・・・・みんなの声が、


あの赤い雲海よりも、よほど不吉なモノに聞こえた気がした。







※NBC偵察車 核・生物・化学兵器に汚染された地域での行動を想定されて作られた自衛隊の偵察車両、小松製作所製だそうです。


※今回発射した砲弾はHE榴弾と焼夷弾をイメージしております。


※「「「だんちゃ~く いま!!」」」→「弾着、今!!」

 砲手は引きひもを引いて発射しますが

 前進観測者FOはいつ弾着があるかわかりません。

 その為に砲手から前進観測者FOへの通信です。

(すみません、私も勘違いしておりました)

 ですので、3人が言う必要はまったくありません。

 年末のカウントダウンや花火の打ち上げの掛け声に近いです。


※155mm榴弾の破片が半径40m程度の飛散をするらしいので

爆風で半径50mくらいの霧が飛ばされてくれないかなと思っています。


※焼夷弾の信管は時限機械式です。

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