第2部 第35話 目的と願い

※今回の内容には、非常に暴力的なシーンがございます。ご注意ください。



1000年以上前に呪いによって滅んだ国オーランド、

そして・・・ 廃墟となった王都 オーラン


その名は忘れられ、凶王の国、呪われし廃都はいとと呼ばれていた・・・


呪姫が受けた1000年の呪いを恐れ、近づく者は誰もいない。




「あの頃とは・・・すっかり変わってしまっておるな、王宮はこっちじゃよ」


ミラセアに導かれ、この都市の巨大な円弧を描く外殻、その朽ちた南門をくぐり抜けて2台のハンヴィーが中に入っていく。


崩れかけた石積の建物の街並みが、当時の風景を辛うじて残していた。


「王宮を含む行政機能を持つ、この王都の中心、内郭ないかく内、その外側で貴族住居があった中郭ちゅうかく内、最も外側の市民の住居と商業施設のあった外郭がいかく内と、それぞれ郭によって区切られておったはずじゃ」


ハンヴィーは中郭ちゅうかくの南門を通り抜け、さらに奥へと進む、いくつかの尖塔を持つ王宮と内郭ないかくが見えてきた。


内郭ないかくにあったであろう王宮の正門も、今は残っていない。


「さすがに、内郭ないかくの、王宮の中にまでハンヴィーで入るのは無理そうじゃな」


ハンヴィーから降りて、9人は王宮の奥へと進んで行く、

もちろんオリムルさん以外は、銃を手にして慎重に・・・だ。


当時は大勢の人々が行き交っていたであろう、荒れ果てた石の廊下を

ミラセアを先頭に、周囲を警戒しながらゆっくりと進んで行く。



ミラセアが歩みを止め、振り向いて真剣な目で僕を見た。


「ナオ、この奥が・・・わらわが呪いを受けた、謁見の間じゃよ」


「わかった・・・みんな気を付けて」





謁見の間の扉も無くなっていて、廊下から奥が覗ける。


「ミラセア、あれは・・・黒い石の玉座・・・・・・?」


謁見の間の奥、少し高くなった段上で異様な存在感を見せているのは、黒く曇った水晶のような石の玉座。

その黒い表面にはびっしりと、あの王冠の裏側に似た模様が刻まれていて、たとえ遠目で見ても、言いようの無い異質さを見せつけていた。


だが、それを目にしたオリウムさんは周囲を警戒する事なく、一直線に黒い玉座に駆け寄って、舐めるように顔を近づける。


「素晴らしい、これだけ大きな範囲で刻まれた刻印術エグノスは初めてみました。

・・・なんとこれは、玉座の後ろの床にまで刻まれているではないですか」


そのまま、床をうようにして、刻まれた刻印術エグノス辿たどりだした。


オリウムさんの、そのあまりに突飛な行動に、皆どうしていいのか戸惑っていたが、

みんなで周囲を警戒しながら、ゆっくりと謁見の間に入っていく。


「オリウムドラムよ、ここには何がおるかわからんのに、いきなり飛び出すでない。危ないであろうが」



「申し訳ありません、伯母上。あまりに素晴らしい刻印術エグノスだったのでつい」

オリウムさんは、床に這いつくばったまま、顔も上げずに返事を返す。


「しかし、わらわも。あのような黒い人影に集中していたとはいえ、この黒い玉座の事はまるで覚えておらんな。そもそも、どうしてそんな硬そうな石なんぞで玉座を造ったのか?」


「伯母上、さすがに柔らかいクッションか敷物くらいは敷いたのではありませんか? こんな所に長く座っていると尻が痛くなりそうです」


オリムルさんは顔を上げることなく、ミラセアの言葉に答えている。


「オリウムドラムよ、お主の言っておった『王冠の傍にあるはずの大規模な刻印術エグノス』とは、その玉座の事で間違いなさそうじゃの?」


「そうですね、王の寝室や宝物等の保管庫、この王宮の他の場所にも刻印術エグノスが刻まれている可能性はありますが、あの王冠に関係する刻印術エグノスはこの玉座で間違い無いみたいです」









『いや、この王宮の中で刻印術エグノスが刻まれているのは、

あの【うつわ王冠おうかん】と、そこにある【黒束こくそく玉座ぎょくざ】。

それら2つの刻印術エグノスに間違っても干渉しないように、

王宮内からされたからな』





・・・・・・


「ナオ・・・・」


「長谷川さん・・・・・」


「あれっ・・・僕、どうして・・・」


身体が玉座に向かって歩き出し、黒い石の背もたれにそっと右手で触れてから、

みんなの方に振り返る。





左手が、僕の意思に反して・・・


『そういえば・・・ここで、あなたに剣でつらぬかれたのだったな? 殿』


目の前に幻視えたのは、大きな剣を構えるミラセアと斧を手にしたドワーフ、それから弓を持ったおじさん。


大きな剣を構えるミラセアと、現在いまのミラセアが重なった所で、僕の意識は断ち切られた。








〖ミラセア〗


そこにおるのは、間違いなくナオのはずなのに。


玉座の傍らに立つ、右の口元を少し引きつらせ、どこかくらい目をした青年は

とてもナオと同じ人間には見えなかった。


青年ナオは玉座の据えられた段上から、ゆっくりとした動作で降りてくると。


【ストレージ】 ヴォン♬


黒い靄の中から、装飾過多なテーブルと人数分の椅子を取り出した。


『まあ、せっかくまで来てくれたのだ、掛けたまえ』


その声を聞いても誰一人動く事が出来なかった。





『そういえば、これが、あったな』


黒い靄から取り出されたのは、湯気を立てるポットとここのつのカップ、そしてこれまた装飾過多な深皿に乗った、幾つかの白い紙に包まれた菓子らしきモノだった。


手にした皿をテーブルに置いて、青年ナオは、どこか疲れたような仕草で、椅子に座る。


「ナオ・・・・・・」


「長谷川さん・・・」


『・・・もう、あれから1000年の時が過ぎたのだな』


「まさか・・・・・・凶王なの?」


『今の時代、私は、そう呼ばれているようだね、友ヶ浦ともがうら紗希さき殿』


「・・・どうして、私の名前?」


『当然だ、ずっと、ナオの中にいたのだから。皆の事はずっと見ていたよ』


玉座の後ろで這いつくばっていたオリウムドラムが、青年ナオを見て、

皆が信じたくない事実を口にした。


「あなたは・・・・・・マカ王なのですね?」


青年ナオはその言葉を肯定する様に、口元を大きく歪めた。







「ナオ様は、どうなったのですか?」


『さあな、わからんが、いわゆる人事不肖といったところか?』


「ナオ様は無事なのですね?」


『それもわからん。しかし、何もしないのも何だな・・・』


青年ナオが右手を顎に当て、考え込む仕草をした、その時・・・







突然、キーラが駆け寄って、青年ナオの顔を殴り付けた。


『げっ』


座っている椅子ごと倒れた青年ナオの上に馬乗りになって、顔を殴る。


「ナオ、返せ、ナオ、返せ、ナオ、返せ・・・・」


両腕で頭を護る青年ナオをキーラが泣きながら殴り続ける・・・


『キーラ! !!』


その叫びと同時に、突然キーラが自分を抱きしめるような仕草をしたかと思うと、そのまま硬直して床に倒れこんだ。


「キーラちゃん!!」


皆がキーラに駆け寄ろうとするが、青年ナオくらい目を見て、その動きを止めた。






『・・・まったく、獣人に本気で殴られたら死ぬぞ。ナオの奴が、あれほど気を使っていたというのに。まさかこんな事に使ってしまうとはな・・・』



キーラが倒れたままで、声を絞り出す。

「・・・ナオから、出てけ」


『それは、無理だな。そもそも出て行く方法がわからん。しかし、ナオも可哀そうに』


「・・・え?」


『お前に殴られた、顔の左半分が痛みと共にだんだん熱を持ってきた。両腕もかなりの激痛だ、ナオが起きたらさぞかし苦しむだろうな』


「そんな・・・・」


『どうする? もう暴れない、殴らないと約束するなら、動けるようにしてやってもいいが?』


「いや、ナオ、返せ」


「キーラ・・・大人しくせよ」


「ミラセア様・・・どうして?」


「わからんのか? キーラに命じる事が出来るなら。凶王は、やろうと思えば、そこにいるオリウムドラム以外の全員に動かぬように命じることができるのじゃぞ」


青年ナオは立ち上がって、自分と一緒に倒れた椅子を引き起こしてから、玉座の後ろに這いつくばるオリウムドラムもが視界に入る位置に座り直した。


『そういうことだ。さて、キーラ、暴れないと約束するか?』


「うっ・・・わかった」


『では、キーラ、


キーラが立ち上がり、ミラセアの傍まで戻ってから

青年ナオを睨みつける。






『しかし、これだけ殴られても意識が戻らんか・・・』








そうして考え込む内に、何か思いついたのか・・・


『これだけ身体からだの痛みを受けても意識が戻らないなら、次は・・・心の痛みでも与えてみるか?』


マカ王がここにいる女性を一人ずつ見る、その視線通る度に、女性達がビクッと身体を震わせる・・・


「心の痛みじゃと? 一体何を考えておるのじゃ? マカ王よお願いじゃ、ナオにあまり酷い事は止めてくれぬか?」


マカ王がその言葉を聞き、表情を歪め心底嬉しそうな顔で宣言する。








『さて、みんな、と、その後のの話なんだが、聞きたくは無いかな?』






「マカ、お願い・・・・・・それだけは勘弁して・・・・・・」





『どうやら・・・意識だけでなく、記憶も戻ったようだな、ナオ?』


「全部思い出した・・・も、も。

ところで、左の頬のあたりがすごく痛いのと、両腕が声を上げそうなくらい痛いんだけど。僕が意識を失っている間に、何があったの? 」


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