異世界転生したと思ったら、『裸の王様』の世界だった!

紫陽花

第1話

 わたしはリーゼロッテ。没落寸前の伯爵家の長女、二十歳だ。もういい歳だけれど、夫も婚約者も恋人もなく、今は貧乏な実家の家計を助けるために王宮で侍女の仕事をしている。


 そしてわたしは今日も謁見の間の端に控え、無表情を作りながら一点を見つめる。


 ──やっぱり、いつ見ても素敵だわ〜……。


 視線の先は、玉座で国民の拝謁に応じるベルナルド国王陛下。先代陛下の突然の崩御のために二十五歳という若さで即位したお方だ。


 星の光のごとく輝く金髪に、澄んだ青空のような色をした切れ長の瞳。形の良い眉に、筋の通った高い鼻、優しく弧を描く唇。


 まさに最高峰の芸術品のような絶世の美男子で、目の保養にとてもよい。


 そして婚約者やお妃様がいらっしゃらないので、パートナーの目を気にすることなく観察し放題なのもありがたい。


 毎日、遠くからその圧倒的な美貌を拝んでいるうちに、視力もだいぶ上がったし、心なしか痩せたし、肌ツヤもよくなった気がする。


 美形って、いろんな良い効能があるのねぇ。草津温泉みたい……。


 ん? 待って、「草津温泉」って何……?


 その時、自分の頭の中にリーゼロッテじゃない女の子の記憶が押し寄せてきて、唐突に気が付いた。


 ──あ、わたし、異世界転生してる。


 そうだ。わたしは前世は日本で暮らす普通の会社員だったはず。異世界転生してるってことは、トラックにでも轢かれて死んじゃったのかな?


 その辺のことはよく覚えていないけれど、とりあえずお約束どおり、中世だか近世だかのヨーロッパ風の世界に、前世と比べればだいぶ可愛い容姿で転生したらしい。


 ……どうせなら、没落寸前の伯爵令嬢じゃなくて、お姫様とか聖女様とかに転生できたらよかったんだけどなぁ。


 前世で読んだ異世界転生もののラノベを思い出しながら、ないものねだりをしてしまう。我ながら欲深い。


 それにしても、ここはどういう世界なんだろう?

 何かの乙女ゲームとか、恋愛小説の世界とかかな?


 そんなことを考えていると、謁見の間に次の拝謁者がやって来た。

 旅人風の装いをした二人組の中年男だ。

 そして陛下の近くへ案内されると、男たちは跪いて恭しく挨拶を述べた。


「この度は国王陛下へのお目通りが叶いまして光栄に存じます。わたくしは、トマスと申しまして、旅の機織り師でございます」

「わたくしはハンスと申しまして、旅の仕立て師でございます」


「トマスとハンスか。顔を上げよ。今日は私に見せたいものがあると聞いたが」


 ベルナルド陛下が中年男たちに声を掛ける。少し低めで、張りがあってよく通るイケボである。


 そんなイケボのセリフに促されると、機織り師のトマスと仕立て師のハンスが返事をした。


「実はわたくしは、魔法の布を織ることができるのです」

「そしてわたくしは、魔法の布から美しい衣装を仕立てることができるのです」

「ほう、魔法の布を織って衣装を作れるというのか」


 陛下が興味深そうに目を見開いたけれど……え、ちょっと待って。

 なんかこの展開、既視感があるんですけど……。


「左様でございます。しかも、魔法の布は賢い者しか見ることができず、愚か者には見えないのでございます」


 トマスがやたらと仰々しいポーズをとってアピールする……って、これ知ってる!


 『裸の王様』のお話じゃん!!


 えっ、わたし、『裸の王様』の世界に転生しちゃったの!?


 あまりの衝撃にふらりとよろめきそうになるのを寸前で堪える。


 マジか……恋愛要素が欠片もないお話だ……。どおりでこの歳まで何の出会いもなかったはずだよ……。


 絶望に打ちひしがれていると、ベルナルド陛下の美声が聞こえてきた。


「ふむ、愚か者には見えないと。それは面白いな」


 えっ、えっ、ちょっと待って。まさか、こんな胡散臭い話に騙されないよね?


 あんなに超絶美形でいかにもハイスペな国王陛下が、見るからに裏のありそうな笑顔の中年男二人組の、まさに子供騙しとしか言いようのない詐欺話に引っかかるわけないよね? ね?


 わたしの心配をよそに、ベルナルド陛下はその美しいご尊顔を綻ばせ、誰もが聞き惚れる良いお声で仰った。


「よし、さっそく魔法の布とやらを織ってもらって、衣装を仕立ててもらうとしよう」


 引っかかったぁぁぁぁ!!!

 嘘でしょ!? これが物語の強制力!?


 絵本に描かれていたような、お腹ポッコリのおじさん国王だったら騙されても「やっぱりね」って感じだけど、あの美形陛下でも信じちゃうの!?

 顔はいいけど頭は残念なイケメンだったの!?


「かしこまりました。それでは、機織りと仕立てのために王宮の一室をお借りできますでしょうか。それと報酬は金貨百枚をお願い申し上げます」

「いいだろう。出来上がったら私がパレードでその衣装を着て、国民に披露しようではないか」


 いいだろう。じゃないよ!

 なんもよくないよ!


 どうしてパレードで衣装を披露するって発想になるかな?


 あ、原作だとオシャレ大好きって設定だったっけ。いやいや、それにしてもパレードはおかしいでしょ。


「ありがとうございます。それでは、わたくしどもは早速作業に入らせていただきます」

「ああ、よく励むように」


 詐欺師たちは王宮の兵士に案内されて御前から下がっていった。


 え、え、ヤバイでしょ。取引成立しちゃったよ。


 てことは、あの美形陛下が裸でパレードしちゃうの?

 国中の老若男女が集う中を、パンツ一枚で練り歩いちゃうの?


 ……それはそれで美味しい展開かもしれない──って、いやいやいや、ダメダメダメ。

 あの陛下にそんな地獄のような恥辱を味わわせちゃいけない。


 ……こうなったら、陛下が裸になってしまう前に、『裸の王様』の物語を知っているわたしが、あの嘘つき男どもの詐欺の証拠を掴んで、裸パレードの悲劇を防ぐしかない……!



◇◇◇



 そうしてわたしは、その日から隙を見て仕事をサボりつつ、詐欺の証拠を掴むべく、詐欺師たちのストーキングを開始した。


 最初の一週間は向こうも用心しているのか、衣装のデザイン画を描いたり、機織りをしているようなパントマイムを繰り返したり、真面目を装って過ごしていた。


 たまに大臣たちが入れ替わりで様子を見に来ていたけれど、空の機織り機の前で「素晴らしい手触りだ……!」なんて言って褒めちぎるものだから、どいつもこいつも騙されてるんじゃないよと頭を抱えてしまった。


 そうして、なかなか気を緩めない詐欺師たちとアホな大臣たちにイライラしながらも、ある時は低木の陰に潜み、またある時は樽の中に隠れながら、毎日様子を窺い続けていると、ようやくチャンスが訪れた。


 ある夜に詐欺師たちの隣の部屋に忍び込み、壁にコップを当てて盗み聞きをしていると、ワインで酔っ払ったらしい男たちの下品な笑い声とともに、本性を現した会話が聞こえてきたのだ。


「ガハハハ! ワインは飲み放題だわ、美味いメシは食い放題だわ、王宮暮らしは最高だな!」

「金貨もたんまり手に入るし、この仕事が片付いたらまた豪遊しようぜ!」

「それにしても、こんな馬鹿げた嘘話を間に受けるなんて、ここの国王もマヌケだな」

「出来上がった服を着てパレードをするんだってよ! 笑いを堪えるのが大変だったぜ」

「ツラはいいけど、頭はお花畑だな!」

「仕事が済んだらさっさとずらかろうと思ったけど、パレードを眺めるのもいいかもな」

「それはいいな! あんな澄ました顔の国王が平民に裸を晒すのを見たら、さぞかし笑えるだろうな」


 よっしゃ! 今のって、犯行の自白だよね……!?


 ついに証拠を掴んだと一人喜びに沸いたところで、ふと疑問が湧き起こった。


 これ、証拠能力あるのかな?


 詐欺師どもがうっかり口を滑らせていたのを、侍女のわたしがたった一人で聞いていたところで、証言しても信じてもらえるのかな?

 口の回る詐欺師どもに誤魔化されて終わってしまうのでは?


 わたしの証言だけではなくて、もっと決定的な物証を掴まなくては……。


 真っ暗な部屋の中で、明日からもっとストーキングを強化しなければと決意するのだった。



◇◇◇



 決意も新たに迎えた翌日。

 わたしは侍女頭に説教をくらっていた。


「リーゼロッテ! あなたここ最近、仕事をサボっているようね。今日からしばらく私が見張りますから、サボらずきっちり働くように!」


 なんということだろう。仕事をサボっていたことがバレてしまっていた。

 まさか侍女頭に監視されることになってしまうなんて……。


 これでは詐欺師どもをストーキングすることができず、ベルナルド陛下の破滅へと繋がってしまう。なんとかしないと……。


 わたしは意を決して侍女頭に訴える。


「仕事をサボってしまったことは申し訳ありません。でも、やむに止まれない事情があったのです! 私が何とかしないと裸パレードの地獄が……」

「何をふざけたことを言っているんですか。これ以上のサボりはなりません」


 侍女頭にピシャリと言われてしまい、ただのヒラ侍女であるわたしには、もうどうすることもできなかった……。



◇◇◇



 そしてついに運命の日が来てしまった。

 詐欺師どもが、「魔法の布で仕立てた衣装が出来上がった」と報告したのだ。


 王宮兵士に先導され、広間へと案内される詐欺師のトマスとハンス。

 そして、ラッキーにも荷物運び要員として駆り出され、台車を押しながら詐欺師どもの後ろを歩くわたし。


 ベルナルド陛下の御前に出ると、トマスが芝居がかった動作でお辞儀をした。


「国王陛下、ついに魔法の衣装が完成いたしました」

「我々の最高傑作でございます」


 白々しい嘘をつきやがって……と思いながら睨んでいると、ベルナルド陛下が口を開いた。


「そうか、いつ出来上がるかと楽しみにしていたぞ。早く見せてくれ」


 ハンスが台車に載った大きな箱に近づき、蓋を開けて中から何かを取り出す仕草をする。手慣れているのか、妙にパントマイムが上手いのが腹立たしい。

 そして陛下の前で衣装を掲げるようにして腕を上げた。


「ご覧ください。このビロードのように艶やかな光沢は、陛下の麗しく高貴な雰囲気をさらに際立たせてくれることでしょう。そしてこちらの意匠は、細部にまでこだわり抜いて仕上げた自信作です。袖回りには王家の紋章から着想を得た紋様を刺繍しておりまして、見る者に繊細かつ優美な印象を与えます」


 よくもこんなに嘘ばかりペラペラと口から出てくるものだと、変に感心してしまう。


 国王陛下はというと、満足そうな笑みを浮かべながら、うんうんと頷いていて、見るからに楽しそうだ。

 詐欺師が語っているような素晴らしい衣装を身に付けて、華々しくパレードを行なっている姿でも想像しているのだろうか。


 いやいや、そんな衣装は存在してないからね!

 早く目を覚まして!

 手遅れにならないうちに!


 心の中で陛下にテレパシーを送ろうとしてみるも、特に魔法も存在しない『裸の王様』の世界でしかないので、そんな超能力が使えるわけもない。


 結局何も起こることなく、ベルナルド陛下が立ち上がってハンスに言った。


「よくやってくれた。想像以上の出来栄えだ。さっそく着て、この場の皆に披露してみよう」


 えっ、陛下!?

 さっそく着て、この場で披露してみちゃうんですか!?

 大臣とか兵士たちもたくさんいるのに!?

 まさかのご発言に驚きすぎて、陛下を凝視してしまった。


「かしこまりました。では、衣装をお渡しいたします」


 ハンスが衣装を両手で持って、陛下に捧げるパントマイムをする。


 マズイマズイマズイ。着替えは別室でするとしても、衆人環視の中、意気揚々とパンイチでお出ましになるなんて、どんな罰ゲームですか。えげつなさすぎる……。


 それに、そんな姿を晒した後で「これは詐欺で、あなた本当は服着てませんよ」なんて言ったら、とんでもなくヤバイ空気になるのは間違いない。


 陛下は居た堪れない思いをするだろうし、あまりの羞恥に一生引きこもってしまうかもしれない。


 最悪、わたしも陛下に恥をかかせたとかで、八つ当たりで処刑されるかもしれない……。


 まさに生きるか死ぬか。詐欺師を告発するなら今しかない。

 確実な物証は得られなかったけれど、もう、どうにでもなれ……!


「ちょっと待ってください!!」


 広間にわたしの声が響く。

 思った以上に大きな声が出て内心ビックリしていると、ベルナルド陛下がにこりと微笑んで尋ねた。


「どうしたんだ?」


 急に大声で陛下を呼び止めたりして、かなり不敬だったと思うけれど、幸い陛下の機嫌を損ねてはいないようだ。

 バクバクと暴れる心臓の鼓動を感じながら、深呼吸して気持ちを整える。


 証拠には乏しいけれど、とりあえず自信を持っているように見せなくては。

 わたしはベルナルド陛下の美しい青玉のような瞳を真っ直ぐに見据えて言い放った。


「陛下、魔法の服なんて存在しません。トマスとハンスは詐欺師で、王宮での豪華な暮らしと金銭目的で陛下やわたしたちを騙しているのです」


 陛下は何も言わずに微笑んだままだったが、トマスとハンスがわたしの言葉に大きく反応した。


「何を言い出すんだ! 詐欺師呼ばわりするなんて、俺たちを愚弄するのか!」

「俺たちが妬ましくてそんなデタラメを言うんだろう! 証拠を見せてみろ!」


 いきなり図星を指されて動揺しているのか、今までの胡散臭い口調を忘れて、元々の荒っぽい言葉遣いになっている。


 ベルナルド陛下が優しい声音でわたしに尋ねた。


「証拠はあるのかな?」

「残念ながら物証は得られませんでしたが、その二人が魔法の服というのは嘘だと言い、陛下を嘲っているのを聞きました」


 わたしが正直に告げると、トマスとハンスは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「そんなもの、お前の作り話だろう! 陛下、そんな女の言うことより、わたくしどもを信じてください!」

「そうです! わたくしどもの作る魔法の服は、遥か遠くファラウェイ王国の王様のお眼鏡にもかなった逸品でございます」


 必死に言い募るトマスとハンスに、陛下が穏やかに答えた。


「ああ、お前たちの腕はよく知っているとも」

「陛下、ありがとうございます……!」


 トマスとハンスがほっとした表情を見せると、ベルナルド陛下は突如、鋭い声で言い放った。


「トマスとハンスを捕縛せよ!」


 予め示し合わせていたかのように、王宮兵士が手際よく二人の詐欺師を捕らえて縄を巻く。


「へ、陛下! これは一体どういうことですか!?」


 トマスが焦った様子で尋ねる。正直、わたしも全く同じ気持ちで陛下を見つめると、ベルナルド陛下はさっきまでの楽しそうな表情が嘘だったかのように、詐欺師どもに厳しい眼差しを向けた。


「詐欺の現行犯で逮捕する。国王相手に悪事を働こうという度胸は認めるが、罪を見過ごすことはできない」


 …………え? 待って、もしかして陛下は本当は騙されていなかったってこと?


 わたしがあまりの衝撃に呆けていると、ハンスが大声で喚きだした。


「こんな仕打ちはあんまりです! 詐欺の証拠はあるんですか? 縄を解いてください!」


 どうにか助かろうとみっともなく足掻く姿に腹が立つが、確かに証拠があるのかは気になる。


 国王が黒だと言えば、白いものも黒くなるのかもしれないが、ベルナルド陛下はそういうことをするような人には見えない。

 きっと何かあるのだろうと思っていると、陛下が淡々とした調子で語り始めた。


「まず、お前たちには初めから "影" を付けて四六時中監視させていた。それゆえ、お前たちの言動はすべて把握している。さらに、お前たちが眠っている間に三度、機織り機と仕立て用のトルソーをすり替えた。すり替えた翌日もお前たちは全く気付くことなく作業を続けていた。そして、ファラウェイ王国からお前たちの手配書が届いている」


 そう言ってベルナルド陛下が掲げた二枚の紙には、『この顔にピンと来たらご用心! 悪質な詐欺師です』という文言とともに、トマスとハンスにそっくりな似顔絵が描かれていた。

 悪質な詐欺師どもは、俯いてギリリと歯を噛みしめている。


「遠い異国で上手く騙せたから味をしめて、この国でも荒稼ぎしてやろうとでも思ったか? 残念だったな。辛い目に遭ったデベソー王が、二度と同じ被害者を出さないようにと各国に手配書を回してくれたのだ。私はお前たちを現行犯で逮捕するため、騙された振りをしていたというわけだ」


 あ、なるほど、そのデベソー王が本来の裸の王様の人だったってことね……。

 そしてベルナルド陛下は最初から証拠確保のために動いていて、わたしが心配するまでもなかったと。

 やっと理解しました……。


「この者たちを牢へ連れて行け」


 ベルナルド陛下が命じ、トマスとハンスが兵士に引かれて牢へと連れて行かれる。

 あとには大臣と兵士、そしてわたしが残された。


 えっと、これからどうすればいいんだろう……。

 一件落着したし、「じゃあ、わたしはこれにて……」ってオサラバしちゃってもいいかな……?


 どうやってこの居た堪れない場所から逃げ出そうかと考えていると、陛下のよく通る声がわたしの名前を呼んだ。


「リーゼロッテ嬢」


「は、はい……」


 何を言われるのかとビクビクしながら返事をすると、ベルナルド陛下がふっと笑った。


「そんなに怯えずともよい。そなたには感謝している」

「はい……? 感謝、ですか……?」

「ああ、そなたは私を助けるために、色々奔走してくれたのだろう?」


 もしかして、詐欺師どもをストーキングしたことを言っているのだろうか。

 なんでそんなことを知って……いや、待てよ。さっき陛下が詐欺師どもには初めから "影" をつけて監視していたって言ってたな。


 つまり、わたしのスパイもどきの行動もすべて筒抜けだったってこと!?


 仕事をサボって草むらとか樽に隠れたり、壁にコップを当てて盗み聞きしてたりしたのも、全部バレてた……?


 愕然とするわたしの表情を見ると、ベルナルド陛下は笑いを堪えるかのように片手で口許を押さえて言った。


「そなたの活躍ぶりには、ずいぶん楽しませてもらった」


 あ、やっぱりバレてた……。これはクビかもしれない、終わった……。


 風に吹き飛ばされる灰になったような気持ちになっていると、ベルナルド陛下がこちらへと近づいてきて、私の目の前で立ち止まった。私より頭一つ分高い位置にある、陛下のお顔を恐る恐る見上げる。


「トマスとハンスが詐欺師であることは、私と大臣以外には秘密にしていたはずなのだが、どういうわけか、そなたは初めから気付いていたようだな」


 まさか、ここは『裸の王様』の世界で、わたしは前世で絵本を読んでいたから知っていました、なんて言えるはずもなく、わたしは無言のまま曖昧に微笑む。


「そなたは、私がこのままだと裸でパレードをする羽目になると思って、危険を顧みず、詐欺の証拠を掴もうと頑張ってくれたのだろう?」

「……はい、それはあまりにもアレだと思いまして……」

「たしかに、国王がそんな姿で国民の前に姿を現すのはマズイな」


 ベルナルド陛下も自分で想像して可笑しくなったのか、若干肩が震えている。


 とりあえず、仕事をサボって怪しい行動を取っていたことを怒っているわけではないみたいだけど、念のため確認してみる。


「あの、わたし、クビになったりしませんか……?」

「そなたをクビに? まさか。むしろ忠義と勇気を称えて褒賞をとらせようと考えていた」

「ほっ、褒賞ですか!?」


 なんという棚からぼた餅的展開。国から褒賞だなんて、実家の家族も喜ぶに違いない。

 ホクホク顔で喜んでいると、ベルナルド陛下が意味ありげに微笑んだ。


「ところでリーゼロッテ嬢」

「はい?」

「ぜひそなたに勧めたい仕事があるのだが、転職する気はないか?」

「え? まあ、お給料など待遇次第では……」


 唐突な転職の勧めに戸惑いつつも、より待遇のいい仕事に就けるのならばと真面目に返してみる。もしかして、ストーキング活動に光るものを感じて、スパイに勧誘されているとか?


 そんなことを考えていると、ベルナルド陛下が楽しそうに笑った。


「待遇については心配いらないよ。国で一番いい待遇の仕事だ」

「そんなにいい仕事に就かせていただいてもよろしいんですか?」

「もちろんだよ」

「ありがとうございます! ちなみに、何のお仕事ですか?」


 もしかして、スパイですか? と尋ねようとしたのを、ベルナルド陛下の美声が遮った。


「王妃の仕事だ」


 は? オーヒ? OーHI?


 言われている意味が分からずに固まっていると、ベルナルド陛下がもう一度繰り返してくれた。


「王妃だよ。国王の……私の妃だ」


 ようやく意味を理解した途端、ボンッと顔が真っ赤に染まるのを感じる。


「なっ、ななな、なん、わた……?」


 驚きすぎて呂律が回らなかったけれど、陛下はわたしの言わんとすることが分かったらしく、わたしの手を取って、優しい笑顔を浮かべながら答えてくれた。


「リーゼロッテ嬢が気に入ったんだ。私のために一生懸命になってくれる姿が愛おしいと思った。まずは婚約者からで構わないから、私の側にいてくれないか?」


 わたしを見つめる眼差しに確かな熱が感じられて、ただでさえ赤い顔がさらに熱くなる。


 こんなに美形で美声のハイスペ国王に求婚されて、断れるわけがない。


 それに、いつも陛下を遠くから見つめ続けていたわたしは知っている。

 ベルナルド陛下が誰よりも尊敬に値する人だってことを。


「……はい、わたしでよければ」


 わたしは掠れ声になりながらも、心からの気持ちを込めて返事をした。



◇◇◇



 そして、なんやかんやあって、今日はベルナルド陛下とわたしの結婚式だ。

 わたしはただ、裸パレードを回避しようとしただけなのに、まさかこんなことになるとは。


 そもそも、『裸の王様』の世界で、こんな世紀の玉の輿ラブストーリーが繰り広げられるだなんて、展開がおかしすぎて笑うしかない。


「どうかしたかい、リーゼロッテ」


 隣に立つベルナルドが私の頬に手を添えて尋ねる。


「いえ、こんなこともあるんだなと思いまして」

「はは、こうして君を妃に迎えられるのは、ある意味、トマスとハンスとデベソー王のおかげだな」


 ちなみにトマスとハンスは処刑は免れ、デベソー王への賠償金と慰謝料の支払いのため、我が国で役人監視の下、パントマイム芸人として毎日舞台で働いている。評判は上々のようだ。


「色々ありましたけど、わたし、とても幸せです」


 にっこりと微笑んでそう言うと、ベルナルドは少し屈んで、私の耳元で囁いた。


「私も幸せだよ。愛している、リーゼロッテ」


 不意打ちの愛の言葉に思わず赤面すると、ベルナルドが満足そうな顔で私の手を取る。


「さあ行こう。国民が待っている」


 そう、これから結婚披露のパレードが始まるのだ。

 もちろん身に纏うのは、魔法の服なんかじゃなくて、純白のタキシードとウェディングドレス。


「国中に幸せのお裾分けをしましょう」


 わたしとベルナルドは顔を見合わせて微笑むと、大勢の国民が歓声を上げ、手を振って迎えてくれる大通りに確かな一歩を踏み出した。


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