非リア宣誓ーション
日曜の朝のこと。
この日は珍しく二度寝をすることなく一度で、それも目覚まし無しですっと起きることができた。
ずっと布団の上にいても、することは30分も前には尽きてしまっている。気持ちよく起きれたにも関わらず重たい身体を起こして着替えると、朝食を摂りにリビングへ向かう。
数メートルの廊下を行く、大きな歩幅ののっそりとした歩みが止まるまでにそう時間はかからなかった。リビングに入る直前にテレビの音声が聞こえてくる。耳をすませてみれば格闘技の番組だろうか、拳が肉体を打ちつける、爽快さを伴った打撃音が耳に入るが、そこには確かな違和感があった。
音量の関係もあるかもしれないが廊下にいても聞こえるような良い打撃が入ったのであれば観衆の湧き上がる声や、興奮した実況の声が入るハズなのだが、そういった音は一切聞こえて来ない。その代わりに何かのセリフだろうか、話し声が聞こえてくる。それはゲームやアニメのボス戦の中盤、第二形態への移行の際の会話を彷彿とさせる。
あれやこれやと考えていてはキリが無い、真相はすぐ先にあるのだから確かめよう、の気持ちで一歩を踏み出せば叶夢がいた。
「珍しい、おはよ」
「ん、てか何見てんの?」
「魔法生物ロマネスコ」
「は?」
「魔法生物ロマネスコ」
「だから何それ」
「日曜朝8時放送のアニメ」
「朝っぱらから出していい音じゃないでしょアレ」
テレビに目を向けると確かにアニメが放送されていた、しかし画面に映し出されていたキャラクターは、顔は3つの点のみで、赤のTシャツとアームカバーに黒のガーターベルトとタイツのみを纏い、男の声をした性別不詳の気色悪い何か、といった朝8時の電波に乗せるにしては情報量の多すぎる何かが、本来この時間帯に放映するアニメの主人公が持つであろうロッドも持たずに近接格闘術のみを用いて戦っていた。
恐らく“魔法生物ロマネスコ”であろうその気色悪い何かは地を蹴り飛び出しては大きく振りかぶった拳を相手の鼻っ面にお見舞いしようとするが防がれる。しかし少し仰け反ってできた隙を見逃さず、防がれる前提であろう殴打を繰り出す。その打撃の一発一発に誇張したようなSEは乗らず、生々しい、文字通り肉体のぶつかる音を発していた。
魔法生物ロマネスコが殴る度に叶夢は身振り手振りと小さく上げた歓声で応援らしき行為をしていた。
「……疲れてる? 話でも聞こうか?」
「まだそこまで限界化してない!」
「してなかったら見ないから普通は」
やや軽蔑するような自分の眼差しを気にすることなく叶夢はなおもテレビに釘付けになっていた。テレビでは魔法生物ロマネスコの攻勢も虚しく膠着状態に陥ったシーンで次回予告とエンディングが流れ、一通り見終わると叶夢はテレビを消した。
2人の間に沈黙が流れ始めれば気まずさのゲージはぐんぐんと上昇し、あっという間にカンストする。流石にこれ以上は耐えられず、踵を返し自室に戻ると微妙な空腹感に襲われる。気まずさゲージの値が下がりきらない今の状態で再びリビングに赴く事は躊躇われたために、その空腹感を押し殺して二度寝に入る。
次に目覚めると時刻は12時を少し過ぎた頃を指していた。
「お昼できたよー!」
目覚めた理由は廊下で反響した叶夢の声であった。朝食を抜いた体は代わりに鉛を注入したのかと思うほど重く、寝起きが故の頭痛も相まって最悪なコンディションとなった身体の操縦には大きな労力を要したがその状態は長く続かず、席に着く頃にはすっかり正常な思考力が戻っていた。
「「いただきます」」
夏の置き土産とでも言うのだろうか、両親から送られてきたものの食べきれないまま秋まで持ち越された素麺を麺つゆに浸して啜る。やや季節外れの味覚を堪能していると叶夢に話しかけられる。
「私みたいな歳になるとすっかりみんなが彼氏彼女持ちになってさ、ずっと惚気話に付き合わされるんだけど。どうしたらいいと思う?」
「作ればいいと思う」
「そしたらアンタを世話する時間なくなるでしょ」
「世話されてた覚えは無い」
「私が来てからのご飯は誰が作ってるのさ」
「半々でしょそれは」
「というかアンタも彼女の一人くらい作ったらどうなの?」
「そしたらアナタの居場所はどうなるのさ」
「寝取るから安心して」
「本当にそうしたら蹴り出すけど?」
「……冗談」
上向姉弟は共に恋人と呼べるような存在が居ない。姉弟共々面倒臭がり屋であることが起因しているのだろうが、それでも自分はともかくとして叶夢に恋人ができないという事にはあまり納得がいかない。奇行云々という点に目を瞑れば見た目良し性格良し、その上料理上手に包容力ありの、文句のつけようの無い良物件である。事実、弟の身分が無ければ間違いなく果敢にアタックしていただろう。そう思えるような、自分にとっては理想の女性である。
「で、結局恋人作る気あるの? ないの?」
「金無いしめんどくさいしで要らないかな」
ただ、魅力を沢山持ち合わせていたとしても当の本人にその意思がなければそもそも論で終わってしまうのだが。
「親が『孫の顔が見たい』なんて言ってきたらどうすんのさ」
「親あんまし好きじゃないし願われても蹴る。第一こーゆーなのはアンタに任せるって決めてる」
素麺の補充で台所に立っている叶夢は、自分が投げかけた言葉がまるで一問一答の問題であるかのように答える。
「『アンタに任せる』って言われてもなぁ‥‥‥」
「「俺もそんな気は無い」」
「でしょ?」
「お見事大正解」
「伊達に20年も姉弟やってないからね」
「俺は今でも叶夢の一切合切が分からないけどね」
2陣目の素麺を器に移して口に運ぶ。麺つゆを注ぎ足したせいで塩辛い一口となってしまったが我慢して咀嚼し飲み込む。
2杯目は学習して大皿に入っていた氷を未だ焦茶色のつゆの入った器に移し、少しの間、溶けるのを待ってから素麺を移す。少し薄まった麺つゆは一口目と比べて素麺の持つ風味や食感がまだ生き残っていた。続く3杯目4杯目と食べ続ける度に素麺は主張を増してくる。そしてべっこう飴に似た色合いになった麺つゆを飲み干して、再び器の底を焦茶色に染めるとそこへ素麺を浸す。
このルーティンを2人で繰り返せば30分程度で台所にあった分まで食べ尽くしてしまった。
「ん」
「どうも」
叶夢の注いだ麦茶を数秒足らずで飲み干す。
「次は自分で注いでよね」
もはやバラエティーがメインとなってしまっているニュース番組を見ながら叶夢はコップを傾ける。麦茶のおかわりを注いで叶夢と同じくテレビに見ながら飲む。テレビがCMに入ると叶夢が食器を重ね始める。片付けの用意が終わると手を合わせる。
「それじゃあ2人の永遠の独身を願って……」
「「ご馳走様でした」」
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