第39話 ムンヤと精神安泰魔法
「帰り道、デカい牙をもった動物に出くわさなかったかい?」
「いえ、特に何も。もしかしてコーネルですか?」
「そうそう、学校で聞いた?」
「はい、けが人が出てると」
「それで、前の繁殖期は2年前でその時よりも今年の方が数が増えてるみたいでね。数が増えるということはオスにとっては競争相手が増えるっていうことだから、同時にさらに狂暴化してるらしい。特に今日はコーネルに襲われたっていうけが人が多くてね」
「どのくらい続くんですか?」
「そうだね、2年前は確か3か月ほどで収まったけど、今年はどうなるかね。さすがに数が増えすぎだから、コーネルを間引くしかないっていうことで、トウヤとか何人かで明日狩猟に行くことになったんだって。これがうまくいけば3か月ぐらいで終わると思うよ」
「けが人も減るといいですね」
「そうだね、しばらくは忙しい日が続きそうだね。メグミも気を付けるんだよ」
ギルがお茶を入れて持ってきてくれた。
「ほら、二人とも、今日はお疲れさん」
『ありがとうございます。いただきます』
「あの、今日はお二人に聞きたいことがあって来たんです。ムンヤは精神安泰魔法を使えるようになりますか?」
しばしの沈黙の後、ギルが口を開く。
「精神安泰魔法が本来どんな魔法かは、カイルから聞いているね」
「はい、人の神経を制御するものだと聞いています」
「そうじゃ、そろそろ話すときかね。正確には人の神経だけでなく動物の神経も扱うことができるんじゃが、まあ、それは今はあまり関係ない。
来年、どちらの世界で生きるか決めるとき、もしこちらの世界で生きると決めたなら一つやらなければならないことがある。それは、キートの世界の人たちの記憶の中から自身が存在したという記憶を消すということじゃ。その時に必要となるのがこの精神安泰魔法で、神経を制御するということはすなわち神経の塊である脳とくに海馬にも干渉することができるということ」
「……そしたら、つまり、ここで生きることを決めたら、向こうの人たちからは完全に忘れられるということになるんですか?」
「そうじゃ、正しくは自分の力で忘れさせるということじゃ。向こうの世界での出来事は自分じゃ忘れたつもりでも潜在意識の中でだいたは残っておるもの、そしてその潜在意識の中での記憶がないと、人々に残っておる記憶から自分自身が関わる記憶だけを消すことは不可能。もう、言いたいことはわかると思うが、ワシらがメグミちゃんの代わりに記憶に干渉することはできないから、あと1年で精神安泰魔法が発現しなければこの世界に残ることはできない。
でも、まあ、いい知らせもあっての、もしキートの世界で生きることになれば、ワシかカイルが神経の中を流れるミーを取り除くことで、我々が持つ赤い目も尖った耳も向こうの普通の人間のように戻すことができる」
ギルの言葉を聞いて心がグラッと揺らぐ音が聞こえた。
もし私が普通の容姿になったら、麻美ちゃんとも仲良くできるし、母さんにもこれ以上迷惑をかけることもなくなるのかな。
人々の悪意が私のせいで出てくることもなくなるのかな。
でも、所詮は私がかかわりを避けてきた人達。
今更なのかもね。キートの世界で普通の暮らしをしようというのは。
それなら、ここでみんなとずっと楽しく生きていきたい。
精神安泰魔法を使えるようになるならカイルみたいに人を助けられる人になりたい。
「私に精神安泰魔法を教えてください!ここで生きていきたいです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます