第30話 母さん

この世界に戻って来て3か月ほどが経った。まだ残暑が厳しい10月。


あれから時々学校を休むようになっていた。

とは言っても、母さんに心配されないように2週間に1回という何とも言えない頻度だが。

もちろん学校を休んでいる間は、医学の勉強をしたり魔法の練習をしたりと”将来”のための準備をしている。


初めこそ母さんは体調悪いの?とか心配してくれていたが、何か察するものがあったのだろうか。

今は何も言ってこなくなった。


それに、麻美に電話を掛けたときの心の傷は治りつつあった。






今日も学校を休み、家で過ごすことにした。


「それじゃ、めぐみ、母さん仕事行ってくるからね!」

「いってらっしゃい」

「最近楽しそうね。一日無駄にしないようにね!いってきます!」


そんなに楽しそうだったかな。

母さんの前ではいつもと変わらないように気を付けているのだが……



母さんを送り出したらさっそく魔法の練習から始める。


普段の練習は狭い自分の部屋の中で、枕や筆箱などを浮かせて音で母さんに不審がらせないように気を使いながら練習している。

だが、今は広いリビングで何にも気を使うことなく練習できる。

何でもないようなことのように思えるが、ミーを扱うには膨大な集中力を使うため、練習の質には大きな差が生まれる。


今日の目標は、まず鍋を浮かせてそのミーをさらにまな板に流して、2つの物体を浮かせる練習だ。

ここまで、文房具など小さなものなら2つ浮かせることができるようになっていたが、大きなもので挑戦するのは今回が初めて。


右手を鍋にかざし、ミーを流して浮遊させる。

ここまでは順調。

集中してミーをまな板へ……


ドンッ!


一瞬まな板が浮いたが、その瞬間鍋にミーが足りなくなり2つともカーペットの上で鈍い音を立てた。


きっと、まな板にミーを流しながら鍋にもミーを少しずつ流し続けなければならないのだろう。

これは繊細なコントロールが必要になりそうだな。


再び右手を鍋にかざし、ミーを流して浮遊させる。

そして、まな板へ……と同時に鍋にもミーを……


―――二つの物体で同時にミーを扱うのは、脳が一つではできないのでは?とも言いたくなるような難易度。




試行錯誤すること数時間―――――


できた!!!

鍋とまな板が地面から50 cmほどではあるが同時に浮いている。

どうやら2つの物体に流れるミーが安定したら、集中力を持続させながら浮かせ続けられるようだ。

浮かせられたことに感激してしばらく、浮いている鍋とまな板を眺めていると……


「ただいま!忘れ物しちゃって昼休みに帰って来ちゃった!」

……ドンッ!


玄関の方で響く母さんの声に驚き、鍋とまな板が再び鈍い音を出す。


「どうしたの?大きな音がしたけど」

母さんがリビングにやってくると、そこには鍋とまな板を慌てて拾うめぐみの姿。


「えっと、料理しようと思って。昼ごはんに。お腹すいたから」

「そう、良かった!何かあったのかと思ったじゃない。お昼ご飯食べるなら、ちゃんと野菜も食べなさいね!」

「うん」

「それじゃあ、もう仕事に戻るから、ケガしないようにね」

「うん、いってらっしゃい」

「いってくるね」


ここ数年、母さんとの会話がどこかぎこちない。

私はきっと母さんが望む生活を送っていない。

普通に学校に行って、放課後は友達と遊んで、時には帰りが遅くなったりして……

本当はそんな学校生活を送っていってほしいのだろう。

ごめんね、そんな簡単なこともできなくて。


自己嫌悪に陥ってしまいそう。

ミーを使いすぎたせいもあって、脳がうまく回っていない。


ソファーで少し休もう。

すぐに意識が奥深くへ行ってしまった。





ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー……


スマホの着信を知らせるバイブ音で目が覚める。

回らない頭でスマホの画面を見る。


―――この番号は確か……












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