第29話 現実
「もしもし」大人びたか細い声が電話の向こうから聞こえてくる。
「もしもし、深川麻美さんのお家で間違えないですか」
「はい、深川麻美は私です。あの、どちら様ですか?」
「あ、すみません。大原めぐみです」
「え? めぐみちゃん? 小学校のとき一緒だった!」
「そう! 覚えててくれてよかった」
「なんだか明るくなったね。元気そうでよかった」
「早く切りなさい、麻美」
電話の奥で女性の冷徹な声が聞こえてくる。
「お母さん、でも……」
「あんな気持ち悪い子ともう関わらないって約束したでしょ。あなたのためなのよ。早くしなさい」
「………せっかく電話してくれたんだから、私もめぐみちゃんとはな―――――――」
プープープープープープープー……
鳴り響く単調な音。
何が起きたのか。
麻美と母親の会話をただ聞くしかできなかった。
私は何かいけないことをしてしまったのだろうか。
いや、小学校を卒業してから会ってないから心当たりが全くない。
ただ一言『ありがとう』を言いたかっただけなのに……
なぜ、その一言さえも言えなくなってしまったのか。
キートの世界はこんなにも分かり合えない世界だったのだろうか。
今まで私が分かり合おうとしてこなかったから気が付かなかっただけなんだ。
そうだキートの世界でみんなと同じように友情を築いたり信頼を結んだりするのは無茶なことなんだ。
――――もう帰りたい。向こうの世界に。みんなのもとに。
最後のチャンスを込めて電話をかける気も起きず、自分の部屋に戻りベットの中に潜り込む。
1年経過してまたカイル達のところに行けるときまで、もう何もしないでずっとこうしていよう。
今までと何も変わらない。
私は少し希望を見すぎていた。理想を見すぎていた。
この世界には普通じゃない私の居場所なんてない。
シイムの世界に行けるまでずっとおとなしくしていればいい。
そうだ、それでいいんだ。
1年経てばまたみんなが迎えてくれる。
「ただいま! めぐみ、帰ったわよ、大丈夫?」
そんなことを考えながら眠ってしまったようだ。
もぐりこんだベットの中でいつも通りの母さんの声を聞く。
返事をする気にもなれず、寝たふりをしてやり過ごす。
「おかゆ作ってくるからちょっと待っててね」
1階のキッチンに向かう母さんの足音を聞きながら再び目をとじる。
再び目を覚ました時には横におかゆが置いてあった。
さすがにお腹がすいていたので、ゆっくりとおかゆを口に運ぶ。
一口食べるとまた一口……
おかゆを食べる手が止まらない。
そして目からあふれ出す涙も止まらない。
1階にいる母さんに聞こえないように声を押し殺して涙を流す。
これは何の涙なのか。
キートの世界に帰ってきてしまった悲壮感? 大好きな人たちと離れてしまった孤独感? 友達に拒絶された絶望感?
どれも当てはまらない不思議な感覚。
しょっぱくなったおかゆを完食して、食器をキッチンまで運ぶとちょうど母さんもキッチンで片付けをしていた。
「よかった、全部食べられたのね」
「うん、ありがとう、ごちそうさま」
「どうしたの?」
「何が?」
「……いや、なんでもないわ。明日、学校行けそう? 無理しなくてもいいわよ」
「そうだね、一応明日も休もうかな。ごめんね」
「いいのよ。学校には連絡しておくからね」
「ありがとう」
自分の部屋に戻り考える。
戻ってきたからってくよくよはしてられない。
これからちゃんと魔法の練習も医学の勉強もしっかり頑張ろう。
カイル達の力になれるように。対等に過ごせるように。
体の中のミーを感じて、目の前にあった枕を何となく浮かせてみる。
私はこれでいいんだ。
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