日常、再び
第28話 日常、再び
どのくらいここに立っていたのだろうか。
カイルと別れこの建物のに外に出てから、扉の前で立ち止まっている。
7月の日差しと暑さが体をむしばんでいく。
戻ってきてしまった―――――
自分の前を人々が早足で通り過ぎていく。
一部の人間は私の顔を見て、スッと視線をそらしていく。
戻ってきてしまった―――――
シイムの世界にいたのはついさっきのことなのに、もうさみしくなった。
懐かしさのような感情がこみあげ、カイルと抱きしめあった自分の手を見つめる。
視界に入るまで気が付かなかったが、手に砂が付いている。
いつついたのだろうか。
まさかね……
よし!戻ってきてしまったものは仕方がない。
私が今すべきことは何かを考えよう。
自分の家の方に歩みを進める。
我ながらこの三か月、いやこの一瞬でだいぶ前向きになったと思う。
私がこの世界ですべきことは、次にシイムの世界に行ったときにみんなに恩返しができるようになること。そのためには……
①物体浮遊魔法を使えるようになること。空中で動かすことができるようになりたい。
②医学の勉強をして、カイルやギルのお手伝いができるようになりたい。
③ムンヤはみんな精神安泰魔法が使えるという私の予想が正しければ、カイルに使った魔法はきっと精神安泰魔法のはず。この魔法を使いこなせるようになっておきたい。いや、この世界では試せなさそう……魔法の存在がばれてカイルに迷惑をかけるわけにはいかないな……
決まった。魔法の練習と医学の勉強を後1年で頑張ろう。
でも、その前に。
シイムの世界にいたときになぜか頭から離れなかった深川麻美という女の子が今何をしているか知りたい、また会って話がしたい。
彼女とは、小学6年生のときにはじめて同じクラスになって、ずっと一人だった私に手を差し伸べ続けてくれた友達だった。
当時はそのありがたみにも気づかず、クラスメイトのことを信用できなかった私は突き放すことも多かった気がする。もちろん友達だなんて思ってなかった。
でも、今思うと私たちは友達で、少なくとも彼女は友達になろうとしてくれていた。
彼女はとても頭がよくて、私とは違う私立の名門中学校に進学した。
そこからどうなったのかはよく分からない。
初めの2か月ほどは手紙をくれていて私も時々返事を返すぐらいのことはしていたが、手紙のやり取りは気が付いたころには無くなっていた。
彼女にありがとうを言わなければ。
家に帰ると3か月前、いや3時間前に出発したままの光景が広がっていた。
テーブルの上には風邪薬。
そうだ、仮病を使って学校休んだんだっけ。
母さんは確か仕事に出ていったはずだから、今家には私しかいない。
小学校のときの連絡網でも見れば彼女の連絡先はわかるだろうか。
押入れの段ボールの中に確か入っていたはず……
ほこりっぽい段ボールの中の懐かしい書類を出してかたっぱしから調べていく。
正直、小学校の頃の思い出は嫌なものしかない。
母さんには捨ててほしいと頼んだが、せっかくだからと捨ててはくれなかった。
少し探すと案外早く見つかった。
電話番号変わってないといいけど……
私が電話をかけて迷惑ではないだろうか。
そもそもこんな時間に家にいるのだろうか。
というよりも私のことは覚えているのだろうか。
本当は私のことが嫌いで仕方なく一緒にいただけってことは?
今更、何を言ってるんだ。
私はシイムの世界で暮らして変わったんだ。
きっと、今電話をしないと後悔してしまう。
少し震えている手で、スマホに電話番号を入力していく。
受話器のマークに親指が届くまであと2 cm、1 cm、0 cm。
プルルルル、プルルルル、プルルルル、カチャ
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