第27話 いってらっしゃい

商店街の人ごみの中をゆっくりゆっくり進んでいく。

初めに来た方向とは逆方向に。


「いらっしゃいませ!!」

低く威勢のいい声が響く。

「やあ!ダン!」

「こんにちは」

「おお!3か月ぶりだね。カイルにメグミちゃん。もしかして、メグミちゃんは向こうの世界にもうお帰りかい?」

「はい、今から出発です。この世界はいい人ばっかりで本当に幸せな3か月でした。お世話になりました。」

「それはよかった!そう思ってくれて嬉しいよ!5年前カイルが初めてこっちの世界に来て、向こうの世界に帰らないといけなくなったときはひどかったな」

「おい、その話はやめろ……」

構わず続けるダン。

「戻りたくないって大騒ぎしながら、魔法で無理やり連れていかれてたもんな」

笑い声が商店街に響く。

ばつが悪そうな顔をしているカイルを見ると、今はたくさんの人に頼られているこの人も自分と同じような時期があったんだと少しホッとする。

「何俺の顔見て笑ってんだ」

どうやら考えが顔に出てたみたいだ。

「すみません、カイルさんもそんなときがあったんだなーって思っただけです」

「おやおや、3か月でずいぶん仲良くなったみたいだな」

「……そんなことより、マンズウ1つもらえるかい?」

「まいどー!」



そこから少しだけ歩き、キートの世界につながる建物に着き中に入る。

相変わらずほこりっぽい。目の前にはキートの世界への扉。


自分の心臓がバクバク言っているのが伝わってくる。


カイルが扉を開くと向こう側は霧がかかったようになっている。


「よし、行こうか」

心なしかカイルの手が震えているような気がする。

カイルが先に扉の向こうに行ってしまった。


無性にこの世界が名残惜しい、ずっとここにいたい。

この世界に来てものの見方が大きく変わった。

初めて人と一緒にいて心地がいいと感じた。


気づくと扉に背を向けて深々とお辞儀をしていた。

誰にも伝わらないお辞儀だけど、必ず戻ってくる、そしてもっと成長して戻ってくる。この世界のみんな見たいに、人への思いやりを忘れない。

自分にとっては決心みたいなものだった。






扉の向こうに出ると蒸し暑い空気が体中を包む。

ざわざわとした不協和音のような、人の声と電子音。

そうか、ここはまだ7月なのか。

……戻ってきてしまった。


「来ちゃったね」

カイルの言葉にコクリと頷くことしかできなかった。

「そこの部屋に、来るときに着ていた服おいてたはずだから着替えておいで」


言われるがまま部屋に入り、もともと来ていた服に着替える。

やはり時が経っていないからか、周りはほこりだらけだが服はきれいなままで置いてある。それに、相変わらず白黒写真やぬいぐるみなど古そうなものがごちゃごちゃしている。

だが、服が気持ち悪いほどに体になじまないのは、それほど長い間、向こうにいたということなのだろう。


部屋を出るとカイルはローブを脱いで椅子に腰かけていた。

「それじゃあ、決まりの確認をするね。

1つ目、シイムの世界があることは人に言わないこと。

2つ目、この3か月間のことは誰にも言わないこと。

3つ目、魔法を人に見せないこと。

4つ目、1年後に必ずここに戻ってくること。

もし破ったときは、俺の魔法で記憶を消すか、最悪殺すことになるから、そんなことさせないでね」

「はい、必ず守ります。……魔法の練習はこれからも続けて、絶対にもっと成長して帰ってきます」

「待ってるね……そうだ!さっき買ったマンズウ、寂しくなったら食べてね」

「ありがとうございます!もう懐かしい気がします」


カイルは外への扉の前で親鳥がひな鳥が飛び立つのを待っているように見守っている。


ドアのぶに手をかけて深呼吸する。

カイルの方を見上げると、何か言いたげな顔をしている。

何を言いたいのだろうと少し見つめていると、急に視界が暗くなる。


……どうやら抱き着かれているようだ。

「ここの世界は俺たちにとって、どこまでも生きにくくて苦しい世界だと思う。でも、きっとその中でも美しいものがあると思いたい。5年前は気づけなかったけど、今はきっとあったんじゃないかって思ってる。どうか、後悔しないように」

カイルの背中に手を回す。

「永遠のさようならみたいになってますけど、全然最後じゃないですよ。9か月後にまた会うんですから……」

自分の声がどんどん潤んでいくのが分かる。

首筋に冷たくて暖かい1滴の水が落ちる。

お互いが泣いているのを隠すようにしばらくの間そのままだったが、どちらともなく離れて再び扉に向かう。


「いってきます」


「いってらっしゃい」
















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