第3話 この世界

この男と私は同類だった。

年は25歳ぐらい、優しい顔だった。

そして、私と同じように赤い目とすこし尖った耳を持つ。


ずっと、私ひとりだと思っていた。

孤独から解放されたような、この男に親近感を持ってしまったような、それでもまだ恐怖心が勝っているような、いろんな感情がごちゃごちゃになってしまった。


呆然としている私に、この男は無邪気な笑顔を見せる。

「いやー、ほんとにごめんねー。無理やり連れてきちゃって、びっくりしたでしょ。」

そういいながら、ソファーとソファーの間に置かれた小さなテーブルに、どこから出してきたのかコーヒーカップに手を添える。

すると、コーヒーがそのカップの中にたまってい行く。

驚きで固まる私を気にすることもなく、

「はい、コーヒー」

と言って私の目の前にコーヒーを置く。


向かい合った状態で座る私とこの男。

男はコーヒーを一口飲むと

「ふー」

と一息ついて話し始める。


「初めまして、私はカイル。君は、めぐみちゃんだね、大原めぐみちゃん。」

私は小さくうなずく。声が出なかった。

「そんなに緊張しないで。今日は君に話したいことがあってきたんだけど、いったい何から話したらいいのやら。まず、この世界のことについて話そうか。少し長くなるけど、聞いててね。」


このカイルと名乗る男は、コーヒーをまた一口飲んで続ける。

「この世界は二つの世界からできていてね、一つは、君たちが暮らす世界、つまり科学で発展してきた世界、俺たちはこの世界で暮らす人たちのことをキートと呼んでいる。もう一つは、俺たちが暮らす魔法で発展してきた世界で、そこで暮らす人たちのことをシイムと呼んでいる。どう?驚いた?」


目の前の男は、いたずらっぽい笑顔を見せるが、その笑顔の答える余裕は私にはなかった。

そんな私を見てこの男は、握手するように手を伸ばしてくる。

恐る恐る手を伸ばすと、手を強く握ってきた。

「ほら、握り返して」

戸惑いながらも握り返す。

この男は再びいたずらっぽい笑顔を見せる。

なぜかわからないが、なんだか落ち着いたような気がした。

「どう?落ち着いた?」

肩の力が抜けた私は、やっと声を出すことができた。

「大丈夫です。」

「うん!ばっちり!」


我に返った私は、さっきのカイルの説明を思い出し、時間差で戸惑いやら驚きやらがこみあげてくる。

これは、夢? いや、まぎれもない現実。

何かの目的でカイルが嘘をついている?なんでだろう、そうは思えない。

「あの、さっきの話、どういうことですか?」

「どういうこと?と言われても、こういうこととしか言えないんだけどな」

戸惑いながら、頭を掻くカイルだが、話をつづけた。


「どうしてこの世界が2つの世界に分かれているのかは、俺にも正直なところよく分かってないんだけど、俺たちシイムだけがこのことを知ってて、キートはこのことを知らないんだよね。それでね、この2つの世界は完全に分かれているっていうわけじゃなくて、ムンヤと呼ばれる人たちによってほんの少しなんだけどつながってるんだ。」

いつの間にか私はカイルの話を冷静に真剣に聞いていた。

「このムンヤっていう人たちは、どういうわけかキートの世界でキートの親から生まれてくるシイムのことを言うんだ。」

私はカイルが次に何を言うのか予想がついた。

「多分、君が今思った通り、君はシイムだ」


予想はできたと言っても理解できるわけではない。

カイルの目を見たまま固まった。


「おーい?生きてるかー?」

「あのー、ちょっと何を言っているか。」

「だよね。じゃあ、ちょっとこれを見てもらおうかな。」


カイルはポケットの中から何かを取り出して、はがきくらいの大きさの薄汚れた写真をテーブルの上に置く。

写真には、いわゆる田舎の風景に老人の男性が一人、若い女性が一人、若い男性が二人、小さな男の子と女の子が映っている。

もちろんみんなシイムで、そのうちの一人はカイルなようだ。

なんでだろう、この写真にくぎ付けというか惹かれてしまうというか。


「これが俺の家族で家の前で撮った写真だ。シイムの暮らす世界はこの世界と違って、正直そこまで発展していない。ほとんど自給自足で、ご近所さんとかと助け合って暮らしてるって感じ。どう?二つの世界があるってこと、少しは実感できたんじゃない?」

「まあ、実感できたような、できていないような…」

「慌てなくていいよ、逆にこれを聞いてすぐに受け入れられるほうがおかしいから」


何かを言おうとしているがためらっている様子のカイル。

少しの間沈黙が続く。


沈黙を破り、カイルが意を決したように話し出す。

「君にはこれからどの世界で生きるか決めてもらう」

「………え?」

「もちろん今すぐにとは言わない。君が20歳になるときに最終的な決断を出すことになる。」

「決めろと言われても、そちらの世界のことを全く知らないわけですし…」

「その台詞を待っていたよ!これから君には1年に2か月こちら側の世界で過ごしてもらうことになる。簡単に言うとシイムの世界の体験みたいな感じかな。」

「いや、ちょっと待ってください。学校とかもあるしそんな2か月なんて…」

「ああ、言い忘れてたけど、向こう側の世界で2か月間過ごしても、ここに戻ってきたら一瞬の出来事になる。ちなみに、ここもシイムの世界の一部だから外に出たらここに入ったときの時間に戻るよ。」

理解がいろいろ追い付いていない私に対して話続けるカイル。

「初めの体験は一か月後の今日、時間は午前9時!準備は何もいらないよ、キートの物はシイムには持ち込めないから手ぶらで来てもらえればそれでいい。必ず来てね!来なかったら、ちょっと手荒な真似しないといけないから、そんなこと俺にさせないでね」

言いたいことを言い終わって、コーヒーを飲んで一息つくカイル。

呆然としている私に気づいたカイルは慌てて

「ああ、ごめんごめん。一気に言い過ぎた。ちょっと待ってメモ渡すから。」

カイルはポケットからメモ帳を取り出し、その一枚に今言ったことを書いて渡してきた。

「どうも」

受け取ると、カイルは続けて

「まあ、今言ったことを受け入れるのは大変だと思うけど、1か月の間にいろいろ頭の中を整理しておいてね。」

「はい、分かりました。」

「じゃあ、もう戻ろうか。出口まで送るよ。あ!危ない!言い忘れてた。今聞いたこととか俺に会ったこととかは絶対にキートの世界では言わないでね。この情報が洩れたらちょっと厄介なことになるから。」


私たちの世界への扉を開き、外に出るとつけていた腕時計がここに入った時間に巻き戻った。

『ああ、本当だったんだ。』

「じゃあまた、1か月後にね。」

手を振るカイルとお辞儀をする私。

カイルは建物の中に入っていった。


帰路に付きながら、この1時間にも満たない間に起こった出来事を思い返す。

手にはカイルから渡された紙が握られている。

『どゆこと?』

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