第20話 後悔その1


 悩んだ末グラハムはニーナの提案に乗ることにした。

 また幾度か使者が往復し条件が整えられる。

 

 ロイアはグラハムが自ら交渉席に出ることを反対した。

 降伏交渉をまとめるのに攻め手の指揮官が出る必要などない。わざわざ危険を冒す必要などないというのが言い分だ。


 その正しさを理解しつつもグラハムは、自分の意見を押し通し自らが交渉へいくと主張した。

 しかしこれににはロイアもクリスも反対をした。

 二人が指揮官のすることではないと頑強に反対した結果、ロイアがグラハムの代理として向かうことになった。


「ロイア、やはり危険だ。これは俺のわがままなのだから、俺がいくべきだと思う」

 グラハムは納得できないように繰り返しいう。


「何をいっているのですか、危険だからこそ俺がいくのです。

 グラハム卿あなたはこの軍の指揮官です。あなたを失うわけにはいけません。ご心配なく、罠だとしても無事にかいくぐってみせますよ」


「…兄さんくれぐれも気をつけてくださいね」


「大丈夫、わかっているさ、クリス」

 ロイアは安心させるようにクリスの髪を撫でると出発した。

 

 ロイアと護衛の兵士が城門前にたつと、扉がゆっくりと開きロイアを中に招き入れた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ロイアが街の中に入ると、すぐさま王国兵が出てきて大きめの会議室に案内される。

 しばらく待っていると、王国の指揮官らしき男が現れた。


「…事前の話では、ニーナ殿が交渉相手だとうかがっていたのですが?」


「俺はこの街の防衛隊の指揮官、ガダルトだ。ニーナ様はお忙しいからな、事前に私が話を聞いておくのだ」

 男は尊大な口調で言い放つ。

 

「率直に聞こう! 我々が降伏して寝返ったら、どの程度の地位で報いてくれるのだ?」


 ロイアは相手のバカさ加減に頭が痛くなってくる。

 そちらにとってはそれがいちばん重要な事項かもしれないが、交渉には順番というものがあるだろう。

 外面くらいは取り繕ってほしいものだ。


「命があるだけですね。その後は身代金しだいで王国に戻るなりお好きにどうぞ。

 こちらとしては、交渉で降伏させるのは必須ではありませんので、力攻めでも兵糧攻めでも取れる手段はいくらでもね」


 だいたいこの段階で寝返った兵など信用できるはずがない。

 王国がくればまた寝返るに決まっている。それなら全て王国兵を追い出して帝国兵で固めたほうがよい。


「…そうかわかった。ところで貴様の名前はロイアとかいったか。帝国の皇帝の覚えもいい側近だとか?」


「それがなにか? …そもそも帝国からの使者を貴様よばわりですか。王国のレベルがこんなものであったとはがっかりですね。

 交渉は決裂。我々は帰らせてもらう」


 ロイアは席をたち部屋から出ていこうとするが、そこへ現れた武装した兵士に阻まれる。


「われわれもあっさり降伏しましたでは立場がないのでな。

 ほんとうであればグラハムの首が一番よかったのだが、さすがにこのようなところにはノコノコとこないだろうからしかたない。

 とりあえず皇帝の側近の首を持ち帰ればいいわけも立つだろう」


「正気か!? 帝国は力攻めして皆殺しにすることになるぞ!」

 ロイアは思わず叫ぶ。

 

 このようなところで敵国の使者を切れば今後一切交渉の余地がなくなる。

 敵国と交渉しないなどと嘯くのもよいかもしれないが、交渉という選択肢をなくすのは愚策極まりない。


「かまわんよ。我々はその前に街から逃げ出すからな」


 その言葉と同時に王国兵は剣を抜きロイアに襲いかかる。

 ロイアとその護衛も剣を抜き応戦するが、脱出経路の扉を抑えられてなおかつ多勢である。

 

 一人また一人と王国兵の刃にかかり倒れていく。

 ロイアは善戦するが、味方が全員血の海に沈み敵にかこまれるとどうにもならなかった。

 そしてロイアもついにその刃に腹を貫かれて床に倒れた。

 

 

「──貴様たちはなにをやっているのだ!!」


 ニーナが慌てて部屋に飛び込んできた。

 いくら待っても帝国の使者がやってこないため、どうしたのかと探していたらこの状況である。

 

 現れたニーナをみてガダルトは舌打ちをする。

「…ニーナ様、落ち着いてください。帝国兵が暴れたので取り押さえてたところです」


「そんな戯言を信用すると思っているのか! ガダルトを捕らえて牢屋に入れろ! 加わった連中もだ! それと医者を呼べ! いますぐ!!」


 ニーナはガダルトの言葉を切って捨て慌てて指示を出した。

 ガダルトとその一味は程なく全員捕らえられる。


「ニーナ様! これはどういうことですか! 我々は王国のために行動したのですぞ!

 このまま降伏するよりは相手の力を少しでも削ぐべきだ! なぜそれがわからん!」

 ガダルトは拘束されながらも喚き続ける。


「くだらん言い訳を聞くつもりはない! すぐにつれていけ!」


 ニーナは床に倒れたロイアにしゃがみ込み傷を見る、腹を貫かれ、もう残りの命が長くないのは明確だ。


「…なにか言い残すことがあれば、聞きます」


「…コーデリア様へ、あなたの偉業を先に天界から見守っていると…それと妹へおまえの幸せを願っていると…」


「わかりました、必ず伝えましょう」


 ニーナがそういうとロイアは目を閉じて呼吸を止めた。

 周りを見渡すと、護衛の帝国兵も全員死亡。全滅だった。

 

 後ほんの少しニーナの到着が早ければ、この悲劇はおこらなかったかもしれない。

 時は戻らずロイアはここで死ぬ。それは運命だった。

 

 

 ニーナは唇を噛む。こちらから提案した会談でこの状況ではもはや帝国からの信頼度はゼロだろう。

 

 この男はグラハム様の部下で帝国皇帝からの信頼も厚いという。そんな人間が交渉の席で殺されたのだ怒り狂わないはずもない。

 ここにいたってガダルトたちが暴走したのは痛恨のミスだった。もっと早くに排除しておくべきだった。

 ニーナは悔やんでも悔やみきれない。

 

 ここからグラハムの信用を、再び得るためにはどうすれば良いのか。


 ニーナは関係改善のための道が閉ざされる音を聞いた。

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