第19話 交渉

 囲んでいる帝国軍から降伏を進める書状が届いた。

 降伏を進める使者が単騎で城門の前に現れて書状を渡していった。

 

 降伏の条件は住民と将兵の身の安全と、武装解除。望むのであれば兵士たちを無償で開放し、士官の解放は身代金で行うとある。十分検討にあたいする好条件だ。

 

 だがニーナにとって何より重要なのが、囲んでいる帝国の将としてグラハムの名があったことである。


 予想どおり帝国に流れて生きていてくれたらしい。現在敵と味方に分かれているがそんなことは些細なことだ。


 いますぐグラハム様のもとにいき、足元に跪いて謝罪がしたい。


 ニーナはイライラしながら、士官たちの軍議を聞いていた。

 

 降伏を進める書状を手にした士官は、すぐさま他の士官たちを集め軍議を始めた。

 

 ニーナはなぜすぐさま自分のところにもって来なかったのだと、その士官に問い詰めたい。

 真っ先に自分のところにきたならば簡単に事がすんだはずなのに。


 集まった指揮官たちはけんけんごうごうと意見を交わす。


「…帝国から降伏をすすめる書状。これをどうすべきか」


「どうするもなにも降伏するしかないだろう。援軍の王国軍も敗退したのだ、他に選択肢があるのか?」


「みすみすこの地を帝国にあけわたせというのか? ここは王国領だ! 昔から今でも未来でもだ! それに王国軍は敗退したとはいえ、王国がなくなったわけではない。また必ず援軍はくる!」


「現実問題、食料が減り続けている。いつまでも籠城はてきないぞ! 援軍がまたくるとはいっても、いったいいついくるのだ!? 我々が餓死したあとか?」


「しかしわかっているのか、帝国の指揮官はグラハムだぞ。

 かってのカーク領伯爵、そして我々が石を持って追い出した人間だ。

 あの男ががどれだけ我々に恨みを抱えてるか想像もつかんよ…」


 最後の一人の言葉に全員が難しい顔をした。

 相手がグラハムの場合、憎しみのあまり降伏条件を無視されかねない不安がある。


 ニーナは会議の参加者たちを見渡し口を開く。

「いずれにしても降伏しか道はない。王国がさらなる援軍を送って来る前に街は餓死者でうまる。使者を送り降伏条件を煮詰めよう」


「わかりました。しかし一応ガルバー様の裁可をいただかなくてもよろしいので?」

 士官の一人が慎重な言い回しで聞くが、隣りにいた士官が笑いながらいう。


「おいおい、ガルバー様がいままで役に立ったことがあったか?」


「ガルバー様には私から話しておく、交渉の使者だが、私が直接行こうと思う」


「なにをいわれる! ニーナ様がいなくなったらだれがこの街をまとめるというのですか! ニーナ様になにかあっては困りますぞ!」


「…わかった、では交渉の人選は任せる」

 ニーナは内心士官のセリフに、余計な事をと思ったが我慢して意見を聞き入れた。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 帝国と王国の使者が幾度が往復し、降伏の条件が整いはじめてきたある日。


 グラハムに直接ニーナからの手紙と贈り物が届いた。

 届いたものは手紙と、おそらく首桶。


 ロイアが毒などを警戒しつつ蓋をあけるとガルバーの生首がそこにあった。


 目をカッと見開き、大きく口を開いたままだ。残酷な刑罰でもうけてそのまま首を落とされたといった様子だった。


 グラハム、ロイア、クリスは天幕のなか無言で顔を見合わせる。


「たぶん、現カーク伯爵のガルバーだと思いますが…」


「間違いない、ガルバーだ」


 いささか自信のないようにいうロイアに対してグラハムは首桶を覗き込み断言する。


「…内乱かなにかでしょうか?」

 クリスは首をかしげていう。



 王国軍を壊滅させたあと、あとは任せたと言わんばかりに、コーデリア率いる帝国本軍は帰国した。

 

 クリスは副官待遇で、グラハムの身の回りの手伝いをするべく残っていた。

 クリスはもともとコーデリアの身辺警護を努めていたほど武力に優れている、戦場では危なっかしいグラハムのために残したのだ。


「内輪もめか…一体ニーナはなにをいって来たのか…」


 グラハムはニーナからの手紙を開く。




 手紙は謝罪から始まっていた。

 ガルバーが呪術アイテムを自分に使ったこと。

 そのアイテムの効果は、思いが反転する効果があること。それは思いが強ければ強いほど、反転した思いが強くなること。

 呪術アイテムが壊れ正気に戻ったことが書かれていた。

 命じてくれればすぐにでも城門を開け降伏するとある。

 その証拠にガルバーの首を送るとも。


 そして最後にグラハムと会って謝罪がしたいとあった。


 先ほど見たガルバーの首をグラハムは思い出す。

 あれは拷問の末殺された顔だったか。

 できれば自分が首を刎ねてやりたかった。グラハムは残念に思うが仕方ないと頭を振った。

 

 とはいえ、問題はニーナからの手紙である。通常のやり取りの書状とは別で手紙を送ってきたあたりこれはニーナの独断なのだろう。


 この手紙の内容を信じるかどうか。

 グラハムは悩みロイアに意見を求めた。


「信用できませんね。人の思いを操るアイテムなど聞いたこともありません。

 魔法でも奇跡でもあるまいし、まだ薬物と暗示で操られていたというほうが信じられます。

 これがグラハム卿を誘いだす罠と考えたほうが自然ですね」


 ロイアの意見はにべもないが、現実的で地に足をつけた意見だ。

 クリスも同意見だという。


 だがしかし、とグラハムは思う。

 

 あのニーナが自分を裏切るだろうか?

 幼いころより妹のように育ててきたのだ。そのニーナが俺を裏切るとは信じられない。


 それこそなにか呪術的なアイテムに操られていたというのが自然ではないか。


 それまでニーナが裏切るなど思ってもいなかった。ニーナが自分を裏切ることより太陽が逆さまに回るほうがまだ信じられるくらいだった。


 なにか人知の埒外の力が働いていた、というのであればそれを信じたくなる。

 

 こんな考えは甘い考えか、再び裏切られるだけか。

 

 グラハムもそんな思いを操る呪術的なアイテムなどというのは、おとぎ話くらいしか聞いたことがない。存在を真面目に検討する方がばかげている。

 

 自分の姿を見下ろす、右手は肘からなくなっている。右側の視界はすでにない。両方ともニーナが振るった剣によるものだ。

 

 片目片腕を失い、それでもニーナを信じられるか。

 

 グラハムは残った左手で、右顔面の爛れた傷跡の感触を確かめる。

 何度も何度も触っているうちに、この動作が考えるときのくせになってしまっていた。

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