第13話

それはある日の事


オネーはこの世に転生をしてはや1年、今では暫定10歳になる誕生日を迎えていた。


もっとも、誕生日と言うものがいつなのか不明だったためオネーがこの教会に引き取られた日を誕生日としているのだが。


「オネー、誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、ママ、お姉ちゃん」


すっかりママ呼びとお姉ちゃん呼びが定着したシスター2人に礼を言う。


「今年の誕生日祝いはママとお姉ちゃんで選んだんですよ!!」


エレノールは小さな箱を取り出すとオネーにニコニコとした表情で手渡してくれる。


「これは…髪飾り?素敵!!ありがとう!!」


小箱の中にはオレンジ色の魔石を使った髪飾りが鎮座していた。


「でもこんな素敵な髪飾り、高かったんじゃない?」

「ふふっ、これは町の皆さんが協力して作ってくれたんですよ」

「もしかして鍛治師のおじいちゃん?」

「えぇ、それに普段オネーがお使いの依頼を頼まれている皆さんがいつものお礼にと少しずつお金を出してくれたのですよ」

「そうなの!?後でお礼を言わなくちゃ!!」


早速小箱から取り出して髪につけてみる。


「どう?」

「とっても素敵よ」

「えぇ!!可愛いです!!」

「ほんと?ありがとう!!」


髪飾りをつけるなんて初めての事だが、それでも皆んなの思いを形にして身につけていると言うのはとても気分が良い。


「それに、今年のお祝いはそれだけではないのですよ」

「そうなの?これ以上お祝いしてもらうなんてなんか幸せ過ぎてバチが当たりそうだわ」

「そんな事ありませんよ。皆オネーにはお世話になってますからね」

「シスター・アンジェリカ。そろそろ」

「えぇ、お待たせして申し訳ございません。お入りになられてください」

「え?」


アンジェリカが声をかけるとドアが開き、見知った顔ぶれが入ってきた。


「やぁ、オネーちゃん。誕生日おめでとう」

「オネーちゃん、おめでとう」

「男爵!?奥様!?それに、ルーナまで!!」


そこにいたのはサン男爵家だった。

でも何故?

そんなオネーの疑問をかき消すようにロイズは口を開いた。


「オネーちゃん、今日ここにきたのは他でもない…えーっとだな…」

「あなた」

「う、うむ!!オネーちゃん、君さえ良ければなんだがうちに養子に来てくれないだろうか?」

「えぇ!?」


養子!?って事はサン男爵家の娘になれって事!?


あまりの驚きにロイズとシスター2人の顔を交互に見る。


「これがもう一つのお祝いです。驚きましたか?」

「いや、それはもう!!現在進行形で驚き続けてるけど!!?」

「大成功ですね!!シスター・アンジェリカ!!」


してやったりみたいな顔でドッキリ大成功を喜ぶシスター2人ではあるがオネーはまだ現状をうまく理解できていない。


「な、何でアタシが!?」

「それはだね、君、聞いた話によると魔法学園に通いたいそうじゃないか」

「え?あぁ、そんな事も言いましたけど」

「私ではオネーちゃんの魔法が何なのかよく掴めていないからその才能を伸ばせないけど、学園ならもっとそれを活かせるんじゃないかと思って」

「奥様…!!」

「それに私としてはオネーちゃんみたいな娘が欲しかったの!!相変わらず可愛いわぁ~!!髪飾りも素敵よ!!」

「奥様…」


ウェンディはニコニコとオネーを抱き締め、頭を撫でながら言い放つ。

相変わらずと言うか何というかとんでも無いことを言う人達だ。


「で、でも急に大丈夫なの?なんか色々手続きとか…」

「それならば問題はないよ。私がどうにかするとも。それに貴族が養子を迎え入れる事は珍しい事ではないし、男爵家が1人養子を迎え入れるぐらいでは特に問題視もされないだろう。寧ろオネーちゃんがうちの領に来てくれるなら皆歓迎してくれるさ」

「そ、そうなんですか」


なんとも心強い一言ではあるのだがオネーとしては今までお世話になった手前、自分のやりたい事のためにこの教会を離れてしまうと言うのも心苦しくはある。

そんなオネーの心情を察してかシスター達も口を開く。


「良いのですよ。オネー。あなたは賢い子です、それに教会は孤児院としても機能していますし孤児の引き取り手が現れたのであれば教会の一存で引き渡すと言うのも自然な事です」

「えぇ、お姉ちゃんとしてはオネーがいなくなってしまうのは寂しいですが…」

「シスター・エレノール」

「わかってます!!オネー、貴女はシスター・アンジェリカの言うようにとても賢い子です。優しい子でもあります。私たち2人はそんな貴女にもっと幸せになって欲しいのです」

「ママ、お姉ちゃん……」

「オネー、貴女には今まで色々な仕事を任せていましたね?」

「えぇ」

「貴女はそのどれもを責任持って務めてくれました。では次の仕事は…貴女自身が幸せになる事です」

「ママ…」

「良いですか?オネー。人と言うものは須く幸せになるために産まれてくるのです。老若男女問わず人は自身が幸せになるために行動し、そしてその過程で他人も幸せにするのです。その資格があるのです。そこに孤児や貴族といった身分の差はありません」

「はい」

「貴女は賢いですが、何処かで自分の幸せを諦めている節があります。私たちは貴女が人のために行動するのは喜ばしく思っていますが、その点だけは心苦しく思っていました」

「そんな!!アタシは2人に拾って貰えて居場所を貰って、それだけで!!」

「えぇ、だからこれは私たちのわがままです。私たちは私たちのわがままで貴女に幸せになってもらいたいの。もっと外の世界を見て、知って、人並みに恋をして」

「だから、お姉ちゃん達のわがままを聞いてくれますか?」

「そんな、そんなのずるいわ」

「ふふっ、確かに少しずるい言い方になってしまいましたね。ですが、これが私達の本心です」


確かにオネーは人のために行動する事はあっても自分のためにわがままを言う事はなかった。

精神年齢の事もあるがこれは前世でオネエとして生き、心のどこかで自分が幸せになる事を諦めていた事に由来する。

この2人のシスターはそんなオネーの心情を見抜いていたのだ。


「でも、良いの?アタシなんかが幸せになっても」

「オネー?」

「だってアタシは…」

「オネー」

「ママ?」

「子供の幸せを願わない親など存在しません」

「──!!」

「私たちにとって、貴女は既に我が子のようなものです」

「わ、私も2人をほんとの家族だと思ってるわ!!」

「えぇ、だから、幸せにおなりなさい」

「ママ!!お姉ちゃん!!」


オネーが抱きつくと2人のシスターは優しく抱き留めてくれた。

その温かさに包まれながらオネーはひとしきり泣いた。

心まで温かくなったような気がするのは、気のせいではないのだろう。


オネーは泣き止むと、まだ赤い目を擦りながら男爵家の面々に向き合う。

その様子を見ていた男爵家はオネーよりも号泣していて少し笑いそうになる。

シツ爺すらも泣いていた。


「オネーちゃん、これは私達のわがままでもあるし、ルーナを助けてくれたお礼でもある。もし嫌ならば断って貰っても構わない。だが君が望むなら我が男爵家に来てくれないか?」

「えぇ、旦那様、アタシを男爵家の娘にして下さい!!」

「良かったわぁ!!ふふっ、実はこの人、既にオネーちゃんを迎え入れる準備をしてたのよ?誰よりも楽しみにしてたんだから」

「お、おい!!その話は内密にと」

「そうだったかしら?」

「あのなぁ……私にも面子と言うものがあってだなぁ……」

「オネーちゃん!!」

「ルーナ」


ロイズとウェンディが夫婦漫才をしている間にルーナがひょっこりと顔を出す。

その姿さえ可愛らしい。


「へへっ、これでオネーちゃんは僕のお姉様だね!!」

「──!?」


お姉様、その響きに体に雷が落ちたようなショックが駆け抜ける。

これがシスター2人がママとお姉ちゃんと呼ばれた時の感覚か!!


膝から力が抜けそうになるのをぐっと堪え、オネーは顔に笑みを讃えて言い放つ。


「アタシ、この世に生まれて良かったわ!!」


これが後世に名を残す『オネー・サン』の誕生であった。

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