第12話
あれから暫しの時が流れた。
と言ってもオネーの日々は相変わらずで、依頼をこなし、教会の手伝いをする毎日であった。
時たまファリンから手紙が届くので返事を返したりしていたのだが、一度返信を忘れてしまった時
『ねぇ、なんで返事くれないの?』
『私の事嫌いになったの?』
『私たち、親友よね?』
『他に女が出来たの?』
と、怒涛のメッセージが届いたので戦慄しながら誤解を解く手紙を書いたりもした。
……何なのよ、最後の一文は……
繊細でそれでいて大胆な親友を思い苦笑いしつつ、サン男爵家に向かう。
あらかた依頼を片付けて暇になった時はこうしてサン男爵領に遊びに行くのも習慣になっていた。
「ようこそいらっしゃいました。オネー様」
大きな門の前には何故かオネーが遊びに行く時は決まって好々爺然とした老齢の執事、
シツ爺が待っていてくれた。
未だにこの老人が瞬きをする間に目の前に出現するメカニズムは良くわからないが。
「こんにちは!!シツ爺さん!!」
元気よく挨拶をし、お土産を渡す。
シツ爺は目を細めながら笑い、丁寧に包みを受け取ると屋敷の中へ案内してくれる。
その先には庭に設置されたテーブルでお茶をしているウェンディがいた。
「あら、オネーちゃん!!会いたかったわぁ!!」
「ぐえっ、奥様もお元気そうで何よりですわ」
「何度見ても可愛いわぁ~」
ウェンディはいつもこうして会いにくるたびに抱きしめながら頭を撫でてくれる。
もはや恒例行事なのでメイドもシツ爺も止めることはない。
「ルーナ達は?」
「ルーナ達は今体術のお稽古中よ~、ほら」
「本当だ」
一方でルーナは庭の少し離れたところで体術、組手の稽古をしていた。
相手はなんとあのタケシとヨワシである。
あの件以降、ルーナはシツ爺に体術、ウェンディには魔法の稽古を受けているのだが、本人たっての希望でタケシとヨワシも参加する事を許されていた。
何でも、3人とも今よりもっと強くなりたいらしく今では兄弟弟子としてお互いを高め合っているらしい。
……やっぱり男の子ねぇ
魔法に関してはタケシもヨワシもあんまりだが、体術に関しては元の体格や体力からルーナの方が少し劣るようだ。
しかし、共に汗を流し切磋琢磨するようになってからか、以前のような一方的な暴力ではなくバテたルーナを気遣うような思いやりを感じる。
今ではすっかり仲の良い友達兼兄弟のようなものだ。
「喧嘩して仲良くなるってなんだかすっごく男の子って感じですわね」
「ふふっ、そうね。私もあの子が自分からお友達を誘って体を動かして笑っているなんて夢のようだわ」
ウェンディと笑いながらその様子を眺めていると3人もこちらの視線に気づいたのか、稽古を中断してこちらに走り寄ってくる。
「オネーちゃん!!」
「「姉御!!」」
オネーはあれ以来何故かこの2人にも懐かれており、今では姉御と呼ばれていた。
美少年は汗を流す姿さえ様になるわね……
息を切らしながら近寄ってくるルーナをしげしげと観察しつつ、こちらも3人に近寄る。
「来てくれたんだ!!」
「えぇ、今日はお土産にクッキーを持ってきたの!!皆んなでおやつにしましょ?」
オネーがそう提案すると3人は体術の師匠であるシツ爺に視線を向ける。
シツ爺はホッホッホと笑いながら3人分の席を用意していた。
それを見た3人はパッと顔を輝かせて席に着いた。
「今日は奥様に教えて頂いたレシピで作ってきたのよ」
「えぇ!?」
「って事は姉御の手作りって……コト!?」
「わっ」
「そうよ?ちょっと不恰好だけどね」
「そんな事ないわ、とても上手よ」
オネーはオネーで3人が体術の稽古をしている間にウェンディに色々教わっていた。
前世ではバーを経営していた事もあり、食品の取り扱いに関しては自信があったがお菓子作りに関しては素人だったのでとても勉強になった。
「本当ですか?」
「えぇ、もちろん」
ウェンディはニッコリと笑いながらまた頭を撫でてくれる。
3人をチラリと見るとものすごい勢いで頭を縦に振っていた。
ライブでヘドバンしているようでちょっと面白い。
「嬉しいわ!!」
オネーがそれに微笑みで返すとウェンディと3人は左胸を押さえてうずくまった。
「ど、どうしたの!?」
「だ、大丈夫よ」
「うん…うん…」
「姉御は何にも悪くねぇですよ……いや、もはやこれは姉御が悪いのでは?」
「そーだそーだ……」
「……えぇ」
何だか良くわからないがオネーが悪いらしい。
アタシ、また何かしちゃいました?
未だに顔の赤い4人は気を取り直すと立ち上がる。
「じゃあ皆んな、手を洗いましょうね」
ウェンディが人差し指を上に向けると、四つの水の球がふわふわと出現し、オネーとルーナ達の目の前に移動して止まった。
オネー達はそれで手を洗うと、今度は風の魔法で手を乾かしてくれる。
オネー達も最初は驚いたが、今ではウェンディの魔法で手を洗う事にも慣れていた。
ウェンディは魔族の血が流れている事もあって魔力量と魔法に対する理解が深く、オネーもウェンディの魔法講座を聴きながらお茶をするのが最近のマイブームになっているのだ。
「皆さま、お茶のご用意が出来ました」
メイドが気を見計らってジャストなタイミングでお茶を出してくれる。
意外にもタケシは砂糖多めの甘いお茶が好きでヨワシは逆にストレートティーが好きらしい。
オネーはミルクティーに口をつけてホッと息を吐く。
「それにしてもアンタ達、前に比べて逞しくなったわよね」
「本当!?」
「えぇ」
実際、体術の稽古を始めてからと言うもの、ルーナを始め、タケシもヨワシも程よく筋肉がついて一回り大きくなった印象だ。
前世のオネーに比べればまだまだ細いがこのまま鍛え続ければ将来的には良いマッチョになるとオネーの筋肉が共鳴するように教えてくれる。
……要するにただの勘なのだが。
「確かにルーナもヨワシも強くなったよな!!まぁまだ俺の方が強いけど!!」
「いつか絶対タケシ君に体術でも勝てるぐらい強くなるから!!」
「そーだそーだ!!」
タケシはタケシで元の体格もあってか体術の飲み込みも早く、シツ爺が言うには若い頃の自分そっくりなんだとか。
ヨワシに関しては筋力に物を言わせた戦い方よりも力を受け流す事に特化しており今の自分に似ていると褒めていた。
「さて、と!!それじゃあいただきましょうか」
ウェンディがポンと手を叩くと3人は思い出したかのようにクッキーに手を伸ばし齧り付く。
今回は男の子3人が食べると言う事もあって通常よりも大きめに作ってきていた。
「……どう?」
「美味しいよ!!オネーちゃん!!」
「美味いっす姉御!!世界一!!」
「そーだそーだ!!」
「あら本当、美味しいわ」
「良かったぁ……!!」
ホッとする様に胸の前で手を組んで微笑むとまた4人は胸を押さえた。
男の子3人に関しては咽せたのか咳き込んでいる。
「大丈夫?」
オネーが3人の背中を優しくさすると更に顔を赤くしてしまった。
「オネーちゃん……恐ろしい子!!」
ウェンディの顔が少し前に読んだ漫画の女性キャラのようになっているが気にしない。
ひとまず自分の席に戻りミルクティーを飲みながら落ち着くまで待っていると、3人が息を整えたのを見計らってウェンディが口を開いた。
「それじゃあルーナ、タケシ君、ヨワシ君。宿題の方はどうかしら?」
「はい!母様!」
問いかけに対してまずはルーナが返事をし、掌の上に小さな火球を出現させる。
「母様の言う通りに毛玉から細い糸を引き出し続けるイメージで魔力を使ったら長時間火球を維持出来る様になりました!!」
「上出来よ、あなたは私に似て魔力量も多いから長時間魔法を使っても疲れないようにそのトレーニングを続けましょう」
「じゃあ次は俺達だな!!」
「そーだそーだ!!」
待ってましたと言わんばかりにタケシとヨワシも席を立つ。
驚く事にこの2人もまだ微弱ではあるが魔法に関する適正があるらしく、その道のプロであるウェンディがそれを見出し、トレーニングと講義によって少しずつ魔力量を増やしていたんだとか。
何でもウェンディも昔は魔法使いとして生計を立てるべく勉強していたが、魔族の血を引くと言う事でそれを断念していたのだとか。
それでも今はこうして子供達に自分の知識を教える事が楽しいらしく、自分はこの為に勉強していたのかもしれないと語っていた。
タケシとヨワシが目を閉じて何やら力を込めると、タケシの前に5センチほどの土の塊が盛り上がり、ヨワシの掌には小さな旋風が発生していた。
「まぁ!!2人とも、良く出来たわね。教え子の成長が早くて嬉しいわ」
ウェンディは3人の頭を順番に撫でる。
3人は照れ臭そうにしつつも頭を自由にさせている。
あれ、癖になるのよね。
オネーに関しては魔法の適正そのものは感じるが、自分ではそれがどんな適正なのか判断できないと謝られてしまった。
頭を撫でてもらえる機会が減ってしまったのが残念だったが致し方なし。
オネーの魔法はあまり公にしてはいけないとギルマス達にも言われており、実際にオネーの前世フォームを見た者はファリンとルーナぐらいしかいない。
「ふふっ、このまま鍛え続ければいつかは3人も魔法学園の推薦が貰えるかもね?」
「本当!?母様!!」
「えぇ、最近の学園は才能のある子をとにかく集めたいと聞いているわ」
「そっかぁ」
「学園……俺達が学園かぁ……」
「そーだ……」
3人は既に入学した気分になっているのかワイワイと入学後の話をしている。
それを微笑ましく思いつつもいずれは離れてしまうのだな、と思い少し寂しくもある。
「でも、オネーちゃんと離れるのは嫌だなぁ」
「俺達、姉御のお陰でここまでして貰ってるしなぁ」
「そ、そーだそーだ!!」
「オネーちゃんと離れるぐらいなら僕は……」
「ダメよ!!せっかく才能があるんだからそれを伸ばす機会を失うのは勿体無いわ!!それに、ここにくればまたいつでも会えるじゃない。アタシもそれまでにいっぱいお菓子作りを勉強して待ってるわ」
「オネーちゃんは、学園に通ってみたい?」
「……え?それは、まぁ」
ウェンディがいつになく真面目な顔で問いかけてくるので思わず返事に困ってしまう。
3人も真面目な顔で見てくるので尚更だ。
内心、オネーも魔法学園には少し憧れがあった。
魔法と言う前世には無かった技術は面白いと思うし、憧れもある。
それに何より、学園に行けばファリンとまた会えるかもしれない。
「通えるなら……通ってみたい、です」
「それなら……」
「でも、アタシは……元孤児だし……才能もお金も無いし……」
正確には魔法の才能はない事は無いのだが。
「まぁ、それはおいおい考えましょう。さ、お茶が冷めてしまうわ」
「はい!!」
割と真剣に悩み始めてしまった所でウェンディの一声でお茶が再開されるのだが。
「……ふむ」
柱の影でその会話を聞いている者がいる事にオネーと子供達だけが気付いていなかった。
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