第11話

「良し、今日の依頼はこれで終わりね!!」


明くる日、オネーはサン男爵領に届け物に来ていた。

最近ではサン男爵領の依頼を率先して受けていたからか、受付嬢やギルメンもオネーに優先して依頼を回してくれていたのでそれなりの稼ぎになっていた。


「さて、と仕事も終わった事だしルーナの様子でも見に行こうかしらね」


一つ伸びをして息をつくと、最近の癒しである美少年を求めオネーは歩き出す。


ルーナの行動パターンは大体把握しているので適当に歩いていれば出会えるはずだ。


「あら?ここにもいないのね」


しかし、その日はどうも見つからない。

どこかですれ違っているのかと思い、いつもルーナが本を読んでいる木の下や、よくいじめっ子2人組に絡まれている土手沿いに座って暫くぼーっとしてみたが、誰かが来る気配もない。


そうこうして探し回っているうちに陽は傾き始めていた。


「う~ん……今日はもう諦めるしかないかしら?」


潔く帰ろうかと鞄を持ち上げて気づく。


「あ、男爵様にお土産を渡されてるんだったわ」


カバンの中にはシスター達が用意してくれたお菓子(そこそこ良いやつ)が入っており、ルーナを捕まえたらそのまま男爵家に行っておやつに食べてもらおうと思っていたのだ。


「お菓子だけでも渡して帰った方が良いわよね?」


陽が傾き、伸びる影に背を押されるように、オネーは男爵家にたどり着いた。


「相変わらず大きな門ね……ごめんくださーい!!」


正直アポ無しで貴族の家に来ても良いのか迷ったが、仕方ない。

オネーはできる限り大きな声で中に呼びかけた。

すると、一瞬風が吹き、そこには困った様な顔の妙齢の執事が立っていた。


「シツ爺さん?」

「おや、オネー様」


シツ爺はオネーである事に気がつくと、顔を引き締めて綺麗にお辞儀をした。


「これ、昨日のお礼に持ってきたんですけど、ルーナは中に?」

「これはどうもご丁寧に……しかし、それが……」

「シツ爺さん?」


シツ爺は現れた時のように少し困った顔をした。

イケてるダンディの困り顔も……イイ……!!


そんな事を考えながら見つめているとシツ爺が口を開く。


「ルーナ坊っちゃまはまだ御帰りになられておりません」

「え?どこかに遠出でもしてるんですか?」

「いえ……本日は朝から遊びに行くと家を出てからそれっきりでして、てっきりオネー様と出かけたのだとばかり思っていたのですがなかなか御帰りにならないので……」

「アタシも今日は一日探し回ったんだけど見つからなくて……」

「オネーちゃん?」

「あ、奥様」


シツ爺と話していると家の中からウェンディが出てきた。

その顔からは昨日のような母性溢れる余裕のようなものが感じられず、どこか焦っているように感じた。


「オネーちゃん、ルーナを見かけてない?」

「いえ……」

「そう……」


見かけていない事を伝えると、ウェンディは目に見えて肩を落としてしょんぼりしてしまった。


「何かあったんですか?」

「いえ、私もさっき気が付いたんだけどね?あの子、朝遊びに出かける時に私の魔法杖を持ち出したみたいで……それは別に良いんだけど中々戻ってこないから心配で……」


ウェンディは不安からなのか、泣きそうな顔で喋り出した。


魔法杖?映画とかで出てくるような魔法使いが持ってる棒みたいなやつかしら?

でもなんで?魔法は使わないってあの子言ってたわよね?


途端に嫌な感じがした。

そう言えば、今日はいじめっ子の2人も見かけていない。

ルーナに限って変なことはしないだろうがやはり心配だ。


気がつくとウェンディの横にはロイズがおり、その震える肩を抱き寄せていた。


「どうしましょう、あなた。あの子に何かあったら私……!!」

「大丈夫だ。あの子は賢い子だ。領地の青年団も行方のわからない2人の子供も同時に探してもらっている。すぐに見つかるさ」


そのロイズの顔も言葉とは裏腹に暗いものだった。


「と、言うわけなんだ。オネーちゃん。今日は来てもらったのに申し訳ないが……」

「いえ、大丈夫です」


このままで良いのか?

ざわつく心の中で自分に出来ることを探す。

子供の自分では青年団に混ぜてもらう事も難しいだろう。

何か、何かないか?


オネーはしばし目を閉じ、頭を巡らせると、1つ案を閃いた。


「男爵様!!」

「なんだい?」

「アタシに、いえ、ギルドに依頼をしませんか?」

「なんだって?」


オネーはカバンの中から白紙の依頼書と自分のギルドの証明書を取り出す。

これは街で何かあった際に依頼を引き受け、ギルドに持ち帰る為に持ち歩いているものだ。

これもオネーの仕事の一つだった。


「男爵様の人探しの依頼、冒険者ギルドアルスヴェール第二支部が引き受けますわ!!」

「しかし……いや、う~む」

「アタシにもルーナ探しを手伝わせて下さい!!」


オネーは頭を下げる。

そう、単純な話だ。

それなりにグレーな賭けではあるが、オネーは危険な討伐依頼等は個人の判断では引き受けることは出来ない。

事件に首を突っ込む事などもってのほかだ。

しかし、届け物などの簡単な依頼は今では個人の判断で引き受ける許可を貰っていた。

これも日頃の行いのおかげである。


「男爵様の大切なご家族、必ずアタシがしますわ!!」


オネーはダメ押しとばかりにロイズ達に自分の冒険者許可証を見せる。


「……そう言う事か」


何かを納得したようにロイズは顎を撫でる。

その紙には『戦闘適正アリ』と書かれていた。

もちろんギルドマスターの判子付きだ。


「本来であれば君を巻き込みたくはないんだ。もしかしたら誘拐かもしれないし、そうなれば君も危険に晒す事になってしまう」

「……っ!!」


誘拐と言う単語にウェンディの肩が大きく震える。


「約束出来るかい?君の命を最優先して何かあったら全力で逃げる事を」

「はい!!」

「全く、ルーナは良い友達を持ったな……私は父親として情けないよ」

「あなた……」

「でも今はそんな事を言ってられる場合じゃない。それも事実だ。オネーちゃん、君の力を貸して欲しい」


ロイズは白紙の依頼書に羽ペンで署名と依頼内容を書き、オネーに渡した。

依頼内容は息子の捜索、ではなく、魔法杖の届け依頼。


「こう書けば君の独断で動ける。そうだろう?」

「流石男爵様!!話が早いですわ!!」

「オネーちゃん!!」


早速走り出そうとしたオネーをウェンディが抱き留める。


「無理はしないで……私はもうオネーちゃんの事を本当の娘のように思ってるわ。杖の事なんてどうでも良いの。だから……」

「えぇ!!任せて下さい!!絶対に2人……いえ、悪ガキ2人と合わせて4人で帰ってきますわ!!」

「えぇ、お願いね」


未だに泣きそうな顔で、震える声で、それでも瞳は真っ直ぐにオネーを見つめながらウェンディは優しくオネーの頭を撫でて送り出してくれた。

これで勇気100倍だ。


「オネー様」

「シツ爺さん?」

「本来はこの爺が行かなければならない所を……」

「良いのよそんな事!!それよりも帰ってきたルーナにお説教とお風呂の用意をお願いね!!」

「……畏まりました」


腰を綺麗に曲げてお辞儀をするシツ爺を背に今度こそ走り出す。

焦燥感を力に変えて足に込め、オネーは風になった。


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「はぁっ、はぁっ」

「おい!!早く早く!!」

「うんっ!!」


ルーナは体格の良いいじめっ子と陽が傾き、赤く染まる山道を駆け降りていた。

途中、大きな岩の影に身を隠し、一息つく。


「ヨワシ君は街に戻れたかな……?」

「多分……」


いじめっ子……タケシの顔は暗い。

2人は今、犬のような魔獣から逃げている最中だった。


最初は軽い気持ちだった。

この山はタケシの昔からの遊び場であったし、魔獣とは言え弱っていると聞いていたので走れば逃げ切れると思っていた。

しかし、実際は違った。

見栄を張る為、生意気な男爵家の子供の鼻っ面をへし折る為、山に来たは良いものの、そこにいたのは自分が知っている弱った魔獣ではなく、その亡骸を貪る見た事のない三つ目の犬のような魔獣だったのだ。


こんなはずではなかった。

弱った魔獣から適当に逃げ延びて、欲を言えば棒切れで叩きのめして言う事を聞かないルーナに自分の方が凄い所を見せつけてやりたかっただけだ。

だからヨワシも連れてきた。

オネーと名乗る少女の前で自分が1番凄いって所を見せつけたかった。

それだけなのだ。


しかし結果は散々なものだ。

なんとか隙を見てヨワシを逃し、2人で魔獣を引きつけて逃げ回ったものの、魔獣は一切こちらを諦めずに追い続けてくるのだ。


「くそっ……!!」

「タケシ君……」

「触るな!!」


心配そうにルーナが差し伸べる手を振り払う。

そんな目で見るな、俺はお前より強いんだ。

よりにもよって1番弱虫で泣き虫なお前が、俺を見下すな。


「なんでヨワシと一緒に逃げねーんだよ!!俺1人であんな犬っころ十分なんだよ!!馬鹿!!アホ!!マヌケ!!」

「だって、タケシ君」

「なんだよ!?」

「泣きそうな顔してる」

「はぁ!?」


図星であった。

正直もう泣きたい。

しかし、子供には子供なりの意地がある。


「お前が!!お前なんかが俺を!!」

「タケシ君、落ち着いて……」

「うるせぇ!!元はと言えばお前が……!!お前ばっかり……!!」

「タケシ君!!」

「え?」

「グルルルルルルルルルルルルル」


岩の影、その先の草むらには三つ目を光らせて唸る魔獣がこちらに近づいていた。


「あ、ぁ……」

「タケシ君!!」


ルーナが何か叫んでいる。

しかし動けない。

完全に腰が抜けてしまった。


今にも飛び掛からんとする魔獣。

死を覚悟し、目を瞑り、頭を抱えて丸くなる。


「……そのまま頭を低くしててね」

「は?」


しかし、目の前には意を決したような顔のルーナが杖を握り締めて立っていた。


「おい!!お前!!」

「良いから!!」

「ガァアアアアアアッ」


魔獣が跳躍し、その牙を鈍く光らせてルーナに襲い掛かる。

俺のせいだ。

俺のちっぽけな意地のせいで、ルーナが死ぬ。

そしてその次は俺の番だ。

いつの間にか股間は暖かい液体で濡れていた。


火球ファイア・ボール!!」

「ガッ!?」


しかし、ルーナの身体は吹き飛ぶ事も食いちぎられる事もなかった。

ルーナの構える杖の先からは頭ほどの大きさの火の塊が飛び出し、魔獣の頭に直撃、炸裂した後に魔獣は痙攣し、動かなくなった。


「お前……」

「大丈夫?」


振り返ったルーナの顔はどことなくオネーに似ていた。


「ほんとに魔法……」

「うん」

「なんで、だって、俺は」

「うん」

「お前の事いじめて!!」

「うん」

「どうして!?」

「僕はこの力を誰かを守る為に使いたかったんだ。ヨワシ君、タケシ君、オネーちゃん。それだけじゃない。困っている全ての人のために」

「お前……」

「僕も、正直まだ怖いよ。この力は容易く誰かを傷つけちゃうって。でも、オネーちゃんが教えてくれたんだ。僕にも誰かを守れるって。だから、僕はオネーちゃんが信じてくれた僕を信じたいんだ」


空いた口が塞がらない。

涙は火球の熱で乾いてしまった。

自分の力と責任、それを語るルーナは既に自分の知っている弱虫の泣き虫とは違うものだった。


「……ごめん」

「?」

「今まで、いじめて、ごめん」

「……うん」

「俺の事、殴っても、良い。ヨワシは……俺が言うこと聞かせてただけだから…」

「殴らないよ!!そのかわり……」


ルーナは再度タケシに手を差し伸べる。

今度はもう、振り払わない。


「今度は、ちゃんと友達になろう?3人でさ、オネーちゃんに会いに行ってごめんってしておやつ食べよう」

「……でも」

「大丈夫、オネーちゃんはきっと……多分ちょっと怒るけど、許してくれるよ」

「……わかった」


背も歳も、腕力も、自分より下だったルーナが何故か自分よりも大きく見えた。


「ルーナ!!」

「!?」


タケシはハッとした顔でルーナを抱えて地面に飛び込む。


ルーナが驚愕し、先程立っていた地点を見るとそこには頭の焦げた魔獣が鋭利な爪で地面を抉っていた。


「おい!!ルーナ!!この坂を転げ落ちるぞ!!」

「何で!?」

「この坂を下った先はそのまま街に続いてるんだ!!逃げるぞ!!」

「……うん!!」


ルーナの手を引き、坂を転げ落ちる覚悟をする。

が、ルーナはその手を振り払い、微笑みながら何かを唱える。

すると、タケシの身体は薄い膜のドームのようなもので覆われていた。


「おい!!これ!!」

「うん、防御魔法だよ。魔力の消費が多くてあんまり使えないけど、これで坂を転げ落ちても大丈夫だと思う」

「お前は!!」


大丈夫なのか?と聞くよりも前にルーナの手はそっと防御膜を押す。

自分の意思とは関係なく、魔法のドームごと坂を転げ落ちていく。


「僕が皆んなを守るから」


坂を転げ落ちながら見たルーナはまた杖を構え、魔獣に相対していた。


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「う~ん、さっぱりね!!」


意気揚々と駆け出したものの、目星をつけていた所は大体探してしまっているし、見当がつかない。


青年団も街の中を探し回っているものの、見つからず、捜索は難航していた。


すると、遠く、山の方からボロボロの子供2人が息を切らして走ってくるのが見えた。


「タケシ!?ヨワシ!?」


その正体はタケシとヨワシだった。

2人は帰還と同時に大人達に囲まれ、親にはビンタをされ、説教が始まろうとしていたが、オネーと目が合うと、人の波をかき分けてオネーの前まで辿り着き、地面に倒れ込むようにしてオネーに懇願した。


「ぼーりょく……オネー!!ルーナを!!ルーナを助けて!!」

「助けて!!」


タケシとヨワシはいつものような悪ガキの顔ではなく、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながらオネーに縋り付いてきた。


「俺の、全部俺のせいなんだ!!頼む!!お願いします!!ルーナを助けて!!」


タケシは他の子供達と比べると比較的大きい身体を縮こませて地面に頭を擦りつけながら叫ぶ。

その額からは血が流れていた。


「落ち着いて。ルーナはどこにいるの?」

「山!!山の……えーっと……デカい岩の近くの坂道の上!!」

「……わかったわ」


山、魔獣がいると言われていたあの山だ。

それだけで何があったかは想像出来た。


「……教えてくれてありがとう。タケシ、あと、無事で良かったわ。ヨワシもね」

「「へ?」」

「帰ってきたらお説教なんだから」

「「うん!!」」


普段からこんぐらい素直だと楽なんだけどね……。


オネーは大きく息を吸い、クラウチングスタートのような体制をとる。


「オネーちゃん!?そっちは!!」


青年団の誰かがオネーを止めようと手を伸ばすが、それよりも先にオネーの足は大地を蹴った。


「すげ~……」


タケシは何となく、本当に何となくだが、オネーならば大丈夫なのではと思った。

後ろからは母親が近づいてきて大きな拳骨を落としてきたが、その痛みですらも生きて帰ってこれたのだと実感できた。


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~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~


「はぁっ、はぁっ」


タケシ君はもう逃げ切れたかな?


ルーナは何度かギリギリのところで攻撃を避け、時には魔法で防御しつついじめっ子……今は友達の事を考えていた。

何度か反撃で火球を放ったが、魔力の消費が著しく、その威力は段々と下がっていた。


「僕が!!皆んなを!!」


それでも残った力を振り絞り、何度目かの火球を放つ。

それは既に握り拳程のサイズにしかならなかった。

何とか直撃し、魔獣の足を止めたものの、決定打にはならなかった。


──ならばもう一度。


力を込め、杖を構え、呪文を詠唱する、が、

もう火球は出なかった。

身体から力が抜け、地に両膝をつく。

魔力が切れてしまったのだ。

魔力切れの反動で吐き気がするが、それでも杖を支えになんとか立ち上がった。


後ろを見ると、街には明かりが灯り始めている。

もうすぐ日没だ。


「グルルル」


魔獣はそちらを1睨みすると、まるで感情があるように口の端をいやらしく歪めた。


「おい!!お前の相手は僕だ!!」


ダメだ。こいつを街に行かせてはいけない。

あそこにはタケシが、ヨワシが、街の人たちがいる。

両親がいる。いつも根元で本を読んでいる木がある。オネーと出会った土手がある。


「オネーちゃん……!!」


魔法が使えないならこの杖で。

細く尖った先が刺されば少しはダメージになる筈だ。


しかし、震える足ではうまく前に進めない。


「僕が!!皆んなを!!」


目が充血し、鼻からは血が噴き出す。

赤く染まる視界の中で目の前の魔獣を睨みつける。

魔獣はその様子を見て笑っているような気がした。


「守っ……」

「ガァアアアアアア!!」


立ち上がったその足は、魔獣の咆哮たった一つで再度地についてしまう。

怖い。痛い。寒い。

それでも瞳だけは逸らさない。

飛び掛かる魔獣に最後の抵抗をするように杖を握りしめたその時、魔獣が横から吹き飛んだ。


「え?」

「なら、アタシがルーナを守るわ」


赤黒い視界の中で、陽が完全に沈んだ中で、

ルーナの瞳は太陽のように光り輝く髪色の少女を捉えていた。


「良く耐えたわね」

「オネーちゃん!?」


幻覚かと思ったが、その少女は優しくルーナを抱き留めて頭を撫でる。

じんわりと撫でられた箇所に少女の手の熱が伝わってくる。


「オネーちゃん!!ダメだ!!まだあの魔獣は!!」

「でしょうね」


オネーの背後には飛び蹴りを受けて吹き飛んだはずの魔獣が先ほどよりも敵意の篭った目でオネーを見つめていた。


このままじゃオネーまで……。


そう思い立ちあがろうとするルーナをオネーが手で制す。


「良いから任せて。オネエが最強って所、見せてあげる」

「え?」

「……変身」


オネーの全身が光り輝き、あまりの眩しさに目を閉じる。

再び目を開け、前を見ると、そこにはオネーの服を着た筋骨隆々の男が仁王立ちしていた。


「……変身魔法!?」

「良く知ってるじゃない」


低い声でオネーが褒めてくれる。

が、魔獣は待ってくれない。

今度はオネーに狙いを定め、飛び掛かる。


「良くもアタシの友達をボロ雑巾にしてくれたわね!!」


オネーは岩のような握り拳を構えると、そのまま前進。

一瞬にして距離を詰め、魔獣の頭を撃ち抜いた。

魔獣はひっくり返ったカエルのように頭を失った身体を痙攣させ、今度こそ息絶えた。


「へぁ?」


あまりにも信じられない光景を前にし、ルーナは杖を手放しそうになる。

オネーはボフゥンと言うマヌケな音と共にルーナの良く知る美少女に戻った。


「黙っててごめんなさいね。これがアタシの力なの」

「……凄い」

「怖かったでしょ……ん?」

「凄いよオネーちゃん!!変身魔法なんてすっごく貴重なんだよ!!それに強い!!凄い!!」

「え?あぁ、ありがとう?」


ルーナは鼻息荒くオネーに近寄ろうとするが、足に力が入らず倒れそうになった所をオネーに支えられる。


「ごめんね、この魔法の事は秘密にしてくれる?」

「え?うん……良いけど」

「ありがとう、2人だけの秘密よ」

「うん!!」


正確には2人ではなく、ファリンやギルマス達を含めれば結構な数なのだが。


「帰りましょう、ご飯とお風呂が待ってるわよ!!」

「うん!!」

「お説教もね」

「……うん」


オネーにおぶられ、ルーナは杖だけ離さないように脱力する。


「オネーちゃん、タケシ君とヨワシ君は」

「えぇ、無事よ。あの子達がルーナの居場所を教えてくれたの」

「そっか、良かったぁ」


ルーナはそれだけ聞くと、疲れに任せ、その意識を放り出した。


その後は大変だった。

タケシとヨワシとその両親はロイズとウェンディに一家総出で土下座をし、ルーナはコッテリとシツ爺からお説教を受けていた。


ようやく解放された3人はどこか晴れ晴れとした顔で笑い合っていたのでロイズとウェンディは複雑そうな顔をしつつも3人を抱きしめて許してくれた。


オネーは杖を届けたという事で依頼書にサインを貰い、ギルドに帰ることになったが魔獣に関してはルーナの魔法で倒したことにしておいた。


「オネーちゃん、帰るの?」

「えぇ」

「僕、もっと強くなるよ。シツ爺とお母さんに体術と魔法の特訓をしてもらえる事になったんだ」

「そう、でももう危ない事しちゃダメよ?」

「うん!!今度は絶対オネーちゃんを守るから!!」

「お、俺達もごめん!!ぼーりょく女とか傷物とか言ったけど、本当はお前の事が嫌いとかじゃなくて!!」

「そーだそーだ!!本当にごめん!!」

「良いわよ、そんな事。これからは仲良くね?」

「「「うん!!」」」


なんだか大変な1日だったが、同じ位置にたんこぶをこさえて笑い合う3人を見ていたらまぁ悪くはないと思えた。

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