第10話
「ママ、お姉ちゃん!!行ってきます!!」
「気をつけるのですよ」
「夕飯はオネーの好きなシチューですよ~」
あれから暫く、オネーはいつも通りに依頼をこなしていた。
強いていつもと違う所があるとすれば、ギルド宛にファリンから手紙が届いていた事だろうか?
手紙には拙い字で学校であった事やまたオネーと遊びたいなどと言うことが書いてあった。
オネーは文字は読めるが書くことがどうしても出来なかったので、返信はギルドの受付嬢に書いてもらった。
そしていつもと違う点がもう一つ。
オネーはサン男爵領関係の依頼をなるべく多く受ける様にしていた。
ルーナに会いに行く為だ。
偉そうに説教を垂れてしまった手前、最後まで面倒を見たいと言うのが1つ、もう1つの理由は単純に美少年成分を補給したかったからだ。
この世には僕っこ美少年からしか摂取できない特殊な栄養素があるのだ。
「って訳で会いにきたわよ!!ついでにそれっ!!イジメはやめなさいって言ってるでしょうが!!」
「ぐぇっ!!」
「出た!!ぼーりょく女だ!!」
「オネーちゃん……!!」
もはやいじめている最中のいじめっ子を蹴り飛ばし、捨て台詞を聞くのも恒例行事となっていた。
「全く…」
「ありがとう、オネーちゃん」
「可愛い!!」(どういたしまして)
「え?」
「逆だったわ!!気にしないで!!」
相変わらず小動物的な可愛さでこちらを見上げるルーナ。
いけませんお客様!!美少年成分のオーバードーズです!!
最初の数回こそ戸惑っていたルーナだが、いつのまにか懐いてしまったのかどこへ行くにもオネーの後ろをついて回る様になった。
後ろを振り返ると困った様にはにかむのでそれが可愛くて放っておいている。
「それでね、オネーちゃんの事を話したら母さんがね……」
「ふふっ」
「どうしたの?」
「いえ、ルーナ、よく笑う様になったなって」
「そ、そう?」
「えぇ、やっぱりアタシ、ルーナの笑った顔が好きだわ!!」
「へぁっ!?」
ルーナの照れなどいざ知らず、オネーはサン男爵領のあちこちを駆け回り、一緒に遊び、おやつを食べたりする様になった。
そんなある日。
「今日は土手でおやつにしましょうか」
「うん!!」
「来たぞ!!今だ!!」
「それっ!!」
「えっ!?」
あの日出会った土手に座り、カバンからおやつを取り出そうとした時、
後ろから何かが飛んできた。
オネーはそれを水の入ったバケツだと視認するとルーナを軽く突き飛ばし、頭からその水とバケツを被った。
「やったぜ!!見たかぼーりょく女!!」
「ひごろのうらみってやつだぜ!!……ん?」
「あ」
水を被ってしまった影響により、オネーの服は一部透けてしまった。
薄手の生地は肌に張り付き、オネーの古傷を浮かび上がらせる。
「っておい!!スゲー傷跡じゃん!!」
「やべー!!俺知ってるぜ!!お前みたいな女の事、キズモノって言うんだろ!!逃げろ逃げろ!!傷がうつるぞ!!」
悪ガキ達は言うだけ言うと走り去ってしまう。
オネーは空になったバケツを持って立ち尽くしていた。
やはり面と向かって傷の事を言われるのは正直凹む。
ファリンはいつか自分が消してあげると受け入れてくれたが、誰もがそうでは無いのだと再認識してしまう。
身体に精神が引っ張られている以上、自分が思うよりショックを受けているらしい。
水とは違う温かな何かが涙腺を込み上げてくるのを感じるが、何とか堪える。
「大丈夫?ルーナ」
しかしその声の震えまでは隠すことができなかった。
「オネーちゃん」
「ごめんね?変なもの見せて。怪我はない?」
「オネーちゃん!」
「驚かせちゃったわよね、今日はもう帰るから」
「オネーちゃん!!」
珍しく大声を出すルーナに驚き前を向くと、そこには自分以上に泣きそうな顔をしているルーナがいた。
「オネーちゃん、行こう」
「え?ルーナ?」
目を擦るルーナに腕を引かれて歩き出す。
声をかけようか迷ったが、また震えた声を出してしまいそうなので控えた。
どこに向かうつもりなのか?落ち着いた頃にそう言おうと思ったが、目の前には大きな建物が近づいていた。
「ルーナ?」
「うん、僕の名前はルーナ・サン。サン男爵の息子だよ」
田畑の中に急に現れたそれは、まさかのルーナの実家であった。
身なり的に育ちが良さそうとは思ったがまさかこんなにでかいお屋敷のお坊ちゃんだったとは……!!
オネーが驚いている間に、いつのまにか門の横には髭を生やした老齢の執事がいた。
「お帰りなさいませ、ルーナ坊ちゃん。そちらの方は?」
「オネーちゃんだよ」
「おぉ!!お噂はかねがね。私、サン家の執事を務めております。シツと申します。シツ爺とお呼びくださいませ」
「オネーです……シツ爺さま?」
「もう!!今は良いから!!」
「承知しております。直ぐにお湯と換えのお洋服の準備をさせますので中にお入り下さい」
「え?あっ、はい」
執事のシツ爺とやらは深く腰を曲げてお辞儀をすると、瞬きをする間に姿を消した。
そして中からはメイドが現れ、中に通される。
途中、メイドに案内され、浴室に通されたのだがあまりの広さに銭湯かと思うほどだ。
浴槽には教会のものとは比べ物にならない大きさのオレンジ色の魔石が嵌め込まれており、湯気を立てていた。
「わぁ~!!広いお風呂!!」
大きな風呂にテンションが上がり、先ほどの事など忘れて冷えた身体を温めた。
「あぁ~極楽極楽……なんて親父くさいかしら」
浴槽のヘリに両手を乗せ、その上に頭を乗せる。
頭の上には折り畳んだタオルを乗せているがこれはまぁ、様式美だろう。
「それにしても……想像以上に想像以上ね……」
ルーナは良い育ちとは思っていたが、まさか男爵の息子だったとは……。
今まで結構フランクに接していたが、不味かっただろうか?
と言うかあの悪ガキ共は男爵の息子をいじめていたのか……。
何気なく鏡を駆使して全身を確認すると、まぁ、それなりに…いや、尋常じゃないほど傷だらけだった。
落ち着いた今ではそこまで気にならないが、この身体に見合った精神であればこれだけの傷跡を馬鹿にされるのは耐え難いだろう。
今の精神年齢はお察しだが、それでも身体に引っ張られてかなりのショックを受けたのも事実だ。
「とにかく、あまり変な言葉使いだと不味そうね……堅苦しいのは苦手なんだけど……」
広い風呂は若干名残惜しいが、オネーは風呂を出て身体を拭く。
タオルの横には着替えが用意されているのだが、とても上等そうな生地で少し躊躇する。
「オネー様、遅れてしまい申し訳ございません。お着替えの方、手伝わせて頂きます」
「いや、自分で着れるので」
「はい、では袖をお通し下さいませ」
「問答無用ね……」
この世界の女性は着替えのお手伝いが好きなのかしら?
なんとなくデジャヴを感じつつ服を着せられ髪を乾かされると、メイドはルーナの所に案内してくれる。
そこは規模は小さいが庭であり、丸いテーブルには3人座っていて、その横にはシツ爺が立っていた。
「こちらへ」
「あ、ありがとうございます」
メイドに促されるがまま、席にちょこんと座る。
目の前には癖毛の男性と、耳の尖ったエルフの様な品の良い美人が座っており、隣にはルーナが座っている。
キョロキョロとしていると癖毛の男性が口を開いた。
「まずは自己紹介を。私はルーナの父、ロイズ・サン。このサン男爵領の領主を務めている。そしてこちらが……」
「妻のウェンディ・サンです。息子がいつもお世話になっているようですね」
「あ、アタシはオネーです」
な、なんというか、こう、予想はしていたけど貴族っぽい!!
いや、まごう事なき貴族なんだけれども!!
「堅苦しい話し方になってしまうがもう少しだけ……まずは私の領地で酷い目に遭わせてしまった様で本当に申し訳ない……」
「え?あぁ、気にしてませんわ領主様!!」
「私からもごめんなさいね、女性に対して恥をかかせてしまって……」
「お父さ…父様!母様!悪いのは僕なんです!!僕が弱かったから……」
「いやいやいやいや」
「「「いやいやいやいや」」」
う~ん、デジャヴ感。
5分ほどいやいや合戦をしていると、メイドが人数分の紅茶を出してくれた。
そのファインプレーにより謝罪の嵐は一時的に止んだ。
「それにしても、息子が血相を変えて誰かを連れて帰って来たと思ったらまさか噂に聞くオネーちゃんを連れてきているとはね」
「噂、ですか?」
「あぁ、最近息子がね、家に帰ってくるたびにキラキラした目でオネーちゃんの話をするものだから」
「父様!!」
「えぇ、こんなに楽しそうに笑うルーナの顔を見るのは久しぶりで!!」
「母様!!」
「ほっほっほ、最近のルーナ坊ちゃんは口をひらけばオネー様の事ばかり。この爺、年甲斐もなく嫉妬なぞしてしまう所でしたぞ」
「シツ爺まで!!」
「ふふっ、家族仲が良いのは平和の証ですわ」
「もうっ!!」
照れているのかルーナは頬を膨らませながら紅茶に口をつけるのだがそれすらも小動物じみていて可愛らしい。
「もう察しているかもしれないが、家内は魔族の血を引いていてね、最近ではそう言った差別はほとんどないのだが、いかんせん全時代的な考えが払拭しきれていないのも事実でね」
「そうなんですか?耳、とっても可愛いのに」
「あら、うふふ」
「君の様な人間ばかりであれば我々も嬉しいのだがね」
ロイズは困った様に眉を垂らして紅茶に口をつける。
この表情はルーナそっくりだ。
何でも、領主様は元は平民であったものの魔族の血を引く奥方に一目惚れ。
大恋愛の末に結婚を周囲に認めさせるべく相当な無茶をして実績を叩き上げて男爵の地位をゲットし、ゴールインしたのだとか。
「ロマンチックで素敵ですわ!!」
「そうだろう?だから私達にとってルーナはまさしく愛の結晶なんだ。目に入れたって痛くないさ」
「父様…」
「だが、この子は体があまり強くなくてね、それに加えて生まれ持った魔法の才能から同年代の子達とはどうも馬が合わない様でね」
妬みや嫉みと言った言葉を使わないのは子供に対する配慮だろうか。
「そんな折に君と出会ったと息子から聞いた時には妻と涙を流して喜んだものさ。こんな形での挨拶となってしまったが、いずれはこちらから話をするつもりだったんだ」
「えぇ、息子に出来た初めてのお友達、それも女の子ですもの」
言葉の節々から2人が本当にルーナの事を愛してる事が伝わってきてこちらも思わず笑みが綻ぶ。
オネーは元の世界では片親であったし、それについては何の後悔も文句もないが両親がいたらこんな感じだったのだろうか?
「そして、こんなお願いをするのも筋違いだとは思うのだが……どうかこれからも息子と仲良くしてはくれないだろうか?」
「私からもよろしくお願いします」
2人は自らの子供ほどの歳のオネーに頭を下げた。
元は平民とはいえ今は貴族の2人がだ。
慌ててオネーはティーカップをソーサーに置き、口を開く。
「もちろんですわ!!むしろアタシ、水をかけられようが火にかけられようがルーナと縁を切るなんて事したくありませんもの!!」
「ふははは!!面白いお嬢さんだ。あぁ、心より感謝する」
「オネーちゃん……!!」
無論である。
正直な所、いじめっ子連中には喧嘩では負ける気がしないし何よりこんな美少年を見捨てるなど言語道断だ。
仮に美少年ではなくとも、いじめを見過ごすつもりは毛頭ない。
「しかし、君はこの辺の子ではないね?」
「えぇ、サン男爵領にはギルドの依頼できてますの」
「ギルド?その歳でかい?」
「はい、将来の為に貯金…的な」
「しっかりしているな!となると家はその辺りに?」
「家…と言うか教会に住んでます!」
「教会か」
別に隠すほどの事でもないと思い、オネーは自分が孤児であり、教会に保護されている事を話した。
「……そうか」
「はい、古傷も路地裏でついたものばかりですわ」
「女性に対してデリカシーのない事を聞いてしまったね。すまない」
「そんな!気にしてませんわ」
「そうだ、あなた。いつかオネーちゃんのお家にご挨拶に行きましょう」
パンと軽く手を叩き、名案だという顔でウェンディは言った。
「うむ、いつも息子が世話になっているのだから当然だな」
「そこまでしていただかなくても…」
「いや何、無理にとは言わないがお礼ぐらいは…とね」
「嫌ではないですわ。ただアタシの保護者2人は結構愉快と言うか……」
オネーは初めてギルマスが教会を訪ねてきた時を思い出した。
あの時は地獄の4者面談が始まったが。
「ははっ、我々はそんな事気にしないさ。もし良かったら伝えておいて欲しい」
「わかりましたわ」
「ふふ、オネーちゃん、本当に可愛いわ」
ウェンディが白く細い綺麗な指でオネーとルーナの頭をふわりと撫でる。
少しこそばゆいがじんわりと伝わる掌の熱が心地良い。
「私の領にいる間はいつでも遊びに来てくれて構わないからね」
「よろしいんですか?」
「えぇ、私達も可愛い娘ができたみたいで嬉しいもの」
「う、うん!!いつでも遊びにきてね!!」
その日はそれでお開きとなった。
服は他に着る者がいないと言う理由で譲り受けた。
何度も振り返っては手を振るオネーをサン一家は微笑ましく見守り、シツ爺はホッホッホと好々爺と言った言葉がふさわしいように笑っていた。
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~~~~~~~~~
~少し後~
「もうやめろ!」
「な、なんだよ金魚の糞のくせに!」
「オネーちゃんは金魚より可愛い!!」
「否定する所そっちかよ」
ルーナは土手でバケツを回収に来た2人組と相対していた。
「僕を何と言おうと何をしようと構わない、オネーちゃんには2度と手を出すな」
「な、何だよ急に!!」
「……いや、でも俺もアレは言い過ぎだったと思う」
「お前まで!!2人で決めた事だろ!!こいつばっかりズルいってさぁ!!」
「とにかく、僕は本気だぞ!!」
「ちっ…めんどくせぇな……あっ」
しばしの逡巡の後、1人がニヤリと笑いながら言う。
「良いぜ、俺らの言う事を一つ聞けたら2度とあの暴力女には手を出さねー」
「ほんと!?」
「あぁ……お前があの山に現れた魔物から逃げ切れたら考えてやるよ」
「ちょ、タケシ君!!流石にそれは」
「黙ってろ!!うちの兄ちゃんが言ってたんだ。弱ってるけど魔物がまだあの山を彷徨いてるって。それが出来たら俺達もお前を男として認めてやるよ」
「……わかった」
「おい、何ムキになってんだよ!やめた方が良いって!」
「決行は明日の昼間だ。忘れんじゃねーぞ!!」
「お、俺は知らないぞ」
「お前も来るんだよ、ヨワシ!!」
「そんなぁ!!」
そう言い残すと2人は駆けていく。
沈む夕日を眺めながらルーナは手を握り締め、優しくて暖かい太陽のような女の子の事を思い出す。
「……オネーちゃんは僕が守るからね」
こうして事態はオネーの知らない所で静かに動き出すのだった。
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