第9話
「…ふぅ~、今日も働いたわぁ」
「お疲れ様です。オネー、お風呂沸いてますよ」
「ありがとうエレノール」
「……」
「…お姉ちゃん」
「はい!!」
何故だか誤ってアンジェリカの事をママと呼んでしまった日から彼女達はその呼び名に固執するようになってしまった。
まぁ、呼ぶ事に抵抗はないし、そう呼ぶだけでご機嫌になるので良い事づくめなのだが、オネーの精神年齢が前世分加算されているせいでなんとも言えないモヤモヤがあった。
「ほらほら、お姉ちゃんと一緒に入りましょうね」
「1人で入れるわよ?」
「は~い、服脱ぎましょうね~」
「問答無用ね」
悪い子ではないけど、どんどん推しが強くなってきている気がするわ…
その日もなんだかんだエレノールと風呂に入り、髪を乾かされた。
食卓には既に夕食を用意したアンジェリカがいた。
「さぁ、2人とも、夕飯にしましょう」
「はい、シスター・アンジェリカ」
「わかったわ、ママ」
「「「神の慈悲よ」」」
今や恒例となった略式の祈りを経て食事を始める。
「所でオネー、明日の依頼は?」
「明日はサン男爵領に届け物よ」
「危険はないんですね?」
「無いわ…」
多分、と心の中で付け加えておく。
と、言うのも、例の誘拐事件の後ギルマスが泣きながらオネーを誘拐事件に巻き込んでしまったと謝罪に来た事に由来する。
そのせいでただでさえ過保護気味なママとお姉ちゃんはさらにその過保護さをブーストさせていたのだ。
「サン男爵領ですか」
「何か知っているの?シスター・エレノール」
「いえ、ただ、最近あの近辺に魔物が出たとか」
「危険じゃない!!オネー、明日の依頼は…」
「ダメよ、既に受けちゃったもの。それに男爵領内では被害報告は無いってギルマスも言っていたわ」
「しかし…」
「大丈夫よ、危険な事はしないわ」
「なら、良いのですが……」
「友達にもいつかまた会おうって約束してるし、危険な事はできないわ」
ファリンは今頃どうしているだろうか?
友達ができているといいのだが……
何はともあれ、新しい傷跡を増やそうものなら、ファリンは烈火の如く怒るだろう。
「兎に角、気をつけるに越した事はありません」
「わかってるわ」
そうしてこの日は幕を閉じた。
……何故かアンジェリカとエレノールがオネーの布団に潜り込んで抱き枕がわりにされたが。
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~次の日~
「じゃあ行ってきます!!」
「ハンカチは持ちましたか?」
「カバンは?」
「何かあったらすぐ逃げるのですよ?」
「夕飯までには戻ってきてくださいね?」
「わ、わかったってば!!」
扱いが完全に子供のそれである。
まぁ、オネーは誰がみてもいたいけな少女なのだが。
サン男爵領までの道のりはそう遠くはない。
サン男爵領行きの馬車に相乗りすれば2、3時間で辿り着く。
もちろん普通はお金を支払い商人の馬車などに相乗りしたり馬車そのものをレンタルしたりするのだが、そこは、ほれ、オネースマイルによって何とかなるのだ。
ちなみに交通費としてギルドからいくらか支給されているのだが、それはオネーのおやつ代となりお腹に収まっている。
のどかな景色も最初は良いものだが、同じ風景をずっと眺めているとどうしても眠くなる。
うつらうつらしていると商人のお兄さんに肩を揺さぶられ、起こされる。
「オネーちゃん、着いたぞ」
「ふぁ……ありがとう」
ここはサン男爵領、元は平民であったサン男爵が持ち前の頭脳とリーダーシップにより国王からその実力を認められ、男爵の爵位と共に与えられた領地。
今回の依頼はその小さな村の商店のおばあちゃんに届け物をする事だった。
「じゃあ、頑張りな!!俺は夕方あたりにまた出発するからよ、そん時にまた乗ると良い」
「ありがとう!!」
渾身のオネースマイル。
商人に100のダメージ。
顔を赤らめ俯く商人を背にオネーは商店のおばあちゃんに届け物を渡し、たわいない世間話をしてから店を出た。
「……結構早く終わっちゃったわね」
時刻は昼前辺りだろうか?
なるべく早く着くようにと朝出発する馬車を選んだのだが、予定よりも早く終わってしまった。
「折角だし、探検でもしてみますか!」
この体になってからと言うもの、心は前のままのはずなのに、どこか童心に帰っていると言うか……そんな気がする。
見た目的に歳不相応の行動をして目をつけられるよりはマシか。
適当な棒切れを地面に立て、倒れた方向に向かって歩を進める事にした。
……小さい頃ってやたらと良い感じの木の棒とか見つけると持ち歩きたくなるわよね。
「う~ん……見渡す限りの大自然って感じね。畑とかばっかりだけど教会の周りよりも緑豊かでこれはこれでいい感じだわ!!」
サン男爵領はオネーの活動拠点と比べて王国の南の方に位置しており、芋や麦などの農作物が良く取れる田舎だった。
「一応、人の住んでそうな建物みたいなのは所々にあるのね~……あら?」
用水路だろうか?小川沿いの土手を木の枝を振り回しながら歩いていると、少し先に子供たちが騒いでいるのが見えた。
……少し先と言ってもそれはオネー基準であり、実際は数キロ離れているのだが。
「美少年の気配がするわ!!」
オネーの男子センサーは美少年の気配を察知。
クラウチングスタートの様な低い姿勢から地面を蹴り上げ、抉る様に強烈なスタートダッシュを決めた。
「おい!嘘つき!お前ほんとは魔法なんて使えねーんだろ?」
「そーだそーだ!!にいちゃんが言ってたぜ!!汚れた血の流れてる半魔は嘘つきだって!!」
「ち、違うよ!!それに母さんの事を悪く言わないで!!」
「だぁ~れもお前の母ちゃんの事なんて言ってね~けど?ギャハハ!!悔しかったら魔法使ってみろよ!!」
「そ、それは……無理だよ……」
「やっぱり嘘つきじゃねーか!!」
……何だか不穏な雰囲気だ。
もしかして、いや、もしかしなくても十中八九イジメだろう。
オネー自身、元の世界では幼い頃によく同じ目に遭っていたのでよくわかる。
「……嫌な事思い出させてくれるじゃない」
地面を抉る足に力が入る。
それだけでオネーは風になった。
「領主の息子は嘘つきだ!!う~そ~つ~き~!!」
「ち、違うよ!!嘘じゃないよ!!」
しゃがみ込む男の子とそれを見下して笑みを浮かべる男の子2人。
どれも顔は良いが……仕方ない。
「あぁああああんたたちぃいいいい!!!!」
「な、なに!?」
「おい!!なんかこっちにくるぞ!!」
「イジメは……!!」
オネーは急加速した身体を利き足の踵でブレーキ、出来る限り減速させ、その反動を利用し宙に身を投げ出し前転。
威力を大幅に抑えつつ、体格が良い方の男子に飛び蹴りをお見舞いした。
「やめなさい!!」
「ンゴガフゥ!?」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
体格が大きい方の男子の対角線上にいたもう1人に対して蹴られた男子は吹き飛び、巻き込まれる形でもう1人も地面を転がった。
「ふぅ……僕、大丈夫?」
「……えっ!?あっ…えっ!?」
「怪我はない?」
「う、うん」
しゃがみ込んでいた男の子はむしろ吹き飛ばされた2人を心配する様にチラチラ見つつ、おずおずとオネーの手を取り立ち上がった。
「な、なんなんだよおまえ!!」
「そ、そーだそーだ!!父ちゃんに言い付けてやる!!」
あまりにも唐突かつアクロバティックな制裁に唖然としていたいじめっ子達も立ち上がる。
「それが何?2人がかりで1人をいじめてたら返り討ちに合いました~なんて報告でもする気?好きにしたら良いじゃない。オネエ舐めてんじゃ無いわよ!!」
「くっ、くそ!!女の癖に!!」
「そーだそーだ!!ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねーぞ!!覚えてろ!!」
2人は半泣きで捨て台詞を吐くとそのまま走り去ってしまう。
「あっ!!こら!!ごめんなさいがまだでしょ!!」
「あ、あの……」
「あら?ごめんなさい。怖かった?」
「ううん、大丈夫。僕はルーナ。君は?」
「アタシはオネー、よろしくね」
オネーはルーナと名乗る男の子の土汚れを払い、乱れた前髪を払ってあげつつ微笑む。
……やっぱり思った通りの美少年だわ!!
オネーはルーナの美少年っぷりに夢中である。
「あら?ほっぺたが赤いわね……打たれた?」
「い、いや!!大丈夫!!大丈夫だから!!」
オネーはルーナの顔に顔を近づけ、怪我がないか観察する。
すると、その耳の形が自分達とは少し違う事に気づいた。
ほんの僅かだが、尖っている。
「あら?その耳…」
「ッ!?」
ルーナは何か嫌なのか耳を両手で押さえると目線を逸らしてしまった。
「おーい」
「……」
「ねぇってば」
「……」
顔を覗き込むが直ぐに反対に顔を背けてしまう。
こちらの声も聞こえていない様だ。
……じれったいわね!!
「せいっ!!」
「うわっ!?」
オネーはその両手を掴み、半ば無理やり耳から引っぺがし、鼻が触れ合う程に顔を寄せる。
「その耳!!凄く可愛いじゃない!!」
「ご、ごめんなさ…え?」
「ふわふわの髪と整った顔にベストマッチだわ!!」
「え?え?嫌じゃ無いの?」
「なんで?」
「だって……僕、魔族の血が流れてて……」
「よくわかんないけど、それが何なの?今の所アタシにとってはプラス要素しか無いわよ!!それを隠すなんてとんでもない!!」
「へぁ……?」
実際、その耳は少年によく似合っていた。
薄い紫の様なクリーム色の様なふわふわの癖毛に白い肌、整った顔のパーツに少し尖った耳は何というか……
「で?何であんな事になってたのよ?」
「それは……」
「まぁ、話しづらい事なら別に良いわよ」
「え?」
「無理に嫌な事を話させる気は無いわ。そもそも、そんなの初対面の人に話したくなんてないだろうしね」
オネーはカバンからリンゴを取り出し、2つに割るとその片方を差し出す。
「食べて良いわよ。一緒に食べましょ?落ち着くまでそばにいてあげるから」
「……ありがとう」
ルーナなリンゴを受け取ると、体育座りをするオネーの横に座り、齧り付いた。
ハムスターみたいで可愛いわね!!
サクサクと小気味良い音を響かせながら2人でリンゴを食べ、芯だけになった頃にルーナは口を開いた。
「僕ね、生まれた頃から魔法が使えるんだ」
「へぇ」
「こ、怖くないの?」
「まぁ、そう言う人もいるって聞いてるし、凄いことじゃない!この年で魔法を使える子ももう1人知ってるしね」
今は学校で頑張ってるだろうか?
オネーは空回りしがちで情に熱い親友を思い浮かべる。
「凄くなんか無いよ……こんな力、無い方が良かったのに」
「何で?」
「だって……人を傷つけちゃう力だから……」
「やり返さなかったのもそれが理由?」
「うん……」
ルーナは未だにおどおどとした喋り方ではあるが、その目はまっすぐだった。
どことなくファリンに似たものを感じる、そんな目だ。
「ルーナは強いのね」
「強くなんかないよ!!……あれだけ言われてもいつも蹲る事しか出来なくて…それで…」
「強いと思うわよ?アタシが言ってるのは腕力とかそう言う強さじゃなくて、あなたの在り方よ」
「在り方?」
「そう。あなたは自分の持ってる力とその強さを理解してる。だからこそ誰も傷つけない様に今まで耐えてたのよね?それって殴ったり魔法をぶっ放してやり返す事よりも難しい事だわ」
オネーが思うにこの少年は心優しいのだ。
と言うか優しすぎるのだろう。
何を言われても何をされてもやり返してしまえばきっと取り返しのつかない事になる。
相手を……自分の強すぎる力でもって傷つけてしまう。
だからこそ、じっと孤独に耐え続けてきたのだろう。
それは、身体を鍛え、力を手にした後もイジメを耐え抜いてきたオネー自身と重なるものがあった。
「お、オネーちゃん、僕はどうすれば良いのかな?」
「さぁ?」
「え?」
「最終的にそれを決めるのはルーナ次第だと思うけど……」
オネーはピョンと立ち上がると夕陽を背にしてルーナに微笑む。
「その力はきっと誰かを守るためにあると思うの。アタシもそう。力ってのはいつだって何かを守るために使うべきだとアタシは思う」
「オネーちゃん……」
「だって、その方が素敵でしょ?」
オネーは実際、いくら身体を鍛えても誰かを傷つける事は無かった。
むしろ、鍛えれば鍛えるほどに強すぎる力を誰かを守るために誇示する様になった。
大切な何かを、誰かを守る為に。
肥大化する筋肉が宝物を守る盾となる様に。
「だから、そんなに落ち込むことはないわ!!むしろ誰かを守る為の力がある事を誇りなさい!!」
「それ、お母さんとお父さんにも言われた……!!」
「そう?素晴らしいご両親ね!!」
「……うん、うん!!」
「やぁっと良い顔になったじゃない!!アタシ、ルーナは笑ってる顔の方が好きよ!!」
「え?あっ」
「じゃ、アタシは迎えの馬車が来てる頃だから帰るわね!!また来るから!!」
「え?」
どことなく小さい子に説教くさい事を言ってしまったのが照れ臭く、オネーは迎えの馬車まで全力で走った。
「オネーちゃん……」
因みにあまりにも早く走りすぎて迎えの馬車が来るまで待ちぼうけを食らってしまったのはまた別のお話。
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