第8話

「ってな訳で、どう?働いてみた感想は?」

「えぇ、すっっっっごい大変だったわ!!でも楽しかったわ」

「なら良かったわ。学校の方にもギルドからちゃんと報告して貰えるらしいし、これで聖女候補とやらに一歩近づいたんじゃない?」


オネーとファリンは一通り仕事を終え、酒場エリアのテーブルの一角を陣取り、お茶会をしていた。


「そう?そうよね!!」

「そうよ」

「ふふっ、なんだか楽しいわ!!…その、お、お友達と…お茶が出来るなんて…」

「学校でも友達作れば良いじゃない」

「ぐっ……あ、あの子達とは馬が合わないと言うか…」

「大方、回復魔法の事で揉めたんでしょ」

「な、なんでわかるの!?」


……そりゃあ、わかるでしょうよ…。

オネーはこれでも中身は立派な大人だ。口には出すまい。


「だって…あの子達は遊んでばっかりのくせに私だけが魔法を使えるのをズルだって言うのよ?信じらんない!!」


う~ん、アタシがこの子ぐらいの年齢の時はそれこそ遊んでばかりだったから返す言葉が無いわね…


オネーは頭を捻りつつも、ファリンがそれだけ努力をしていたんだなぁとしみじみ思う。

出来れば報われて欲しいものだ。

オネーは前世の時から努力は基本的に報われるべきものだと思っている。

オネーとて生まれた瞬間から最強のオネエだった訳ではない。

いじめられ、傷つき、それでもなお立ち上がる為に体を鍛え続けた結果がアレなのだ。


勝手にシンパシーを感じたオネーは娘を見るような生暖かい視線をファリンに向ける。


「な、なによ」

「ふふ、なんでも?」

「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

「いえ、努力家なんだな~って思っただけよ」

「な!?なんでそうなったのよ!!」

「え?ファリンは目的の為に一生懸命周りの子よりも頑張ってるのよね?ならそれは誇るべき事だわ。でも勘違いしちゃダメよ。貴女が頑張った結果高みに至ったとしても、そこに辿り着けなかった子達を貶してはダメ。中にはちゃんと努力してる子もいるだろうし、そこで驕ってしまっては今までの貴女の努力にさえ泥を塗る事になるわ」

「…なら、私はどうすれば良いの?」

「そうね…」


オネーはオレンジジュースで喉を潤すと真っ直ぐにファリンの目を見つめて言い放つ。


「貴女は貴女の信じる貴女を信じれば良いのよ。貴女の努力は今もこうして身を結んでいる。それってとても素晴らしい事だわ。目的の為に進み続けるのって思ってるよりも大変な事なのよ?」


これはオネーの哲学なのだが、オネーはオネエだったが故にその心の内を理解してくれる人は少なかった。

それ以上に否定的な意見も多かったものだ。

それでもかのじょがここまで来れたのはひとえに自分自身を信じ貫き通したが故なのだ。


何度貶されても何度倒れても、立ち上がり続け前を向く。

アタシはオネエ、誰かに否定されたとしてもそれを曲げる事は出来ないわ。

それが自分で選んだ道なのだから。


自分を信じる自分を愛する。

自分に嘘はつきたくないから。


「だから、胸を張りなさい。ファリン、貴女がやっている事は誇らしいことよ。その努力を誇りなさい。出来て当然なんて言葉で終わらせないでちょうだい。きっといつか周りも貴女の行動がいかに輝かしい事なのか理解してくれるわ」

「オネー…」

「友達も出来るわよ」

「そ、それはどうでも!!…良くないけど…本当にそう思ってくれてる?」

「えぇ、貴女の友達第一号が言うんだから間違いないわ。それに…ふふっ、実は私にとっても同い年の女の子の友達は貴女が初めてなのよ?」

「そうなの!?」


ファリンは大袈裟なほどに驚くと、マジマジとオネーを見つめつつ慎重に口を開いた。


「じゃ、じゃあ、その……し、親友になってくりぇりゅ?」


……噛んだわね。

これでもオネーは大人だ。聞かなかった事にしよう。


「えぇ、勿論」

「やった!!今日から私達は親友だからね!!……なんだか夢みたいだわ、こんなに嬉しい事ばっかりで…」

「ふふ、これからもっともっと嬉しい事も増えていくはずよ。アタシもそうだったもの」


そう、オネーも前世では努力を重ね続けているうちにいつの間にか居場所が出来、店を開くまでに至ったのだ。


…きっとこの子だって立派な聖女に…あら?


なんとなく視線を下に向けると床が濡れている。

飲み物でもこぼしたかとその方向に徐々に視線を向けると……


「なんと麗しい友情なのか……」

「天使だ……」

「俺は今日、この日の為に生まれてきたんだ」

「おい、誰か画家を呼べ、この光景を絵にするんだ」

「アリスヴェールに栄光在れ!!」


ギルマスをはじめ、酒の入った筋骨隆々の男達が滝のような涙を流し、ギルドの床に大きな水溜りを作っていた。

…正直ちょっと、いや、かなり引いた。


「場所、変えましょうか」

「そ、そうね」


未だに天使だのなんだの騒いでる酔っ払い達を後にし、2人は通りに出た。


「まだ帰るまでに時間はあるんだっけ?」

「そうね…よ、良かったらその…一緒に街を見て回らない?」

「えぇ、良いわよ…って、ん?」

「どうしたの?」

「いや、あの制服、貴女の学校の子よね?」

「どれどれ?あっ、本当だ」


人混みの中、オネーの視力は路地裏に吸い込まれるように消えていく聖フィーネ女学院の制服を見た。


…路地裏…もしかして?


「ファリン、一度ギルドに戻って報告を…ってあれ?」

「待ちなさい!!」

「ちょっ!!ファリン!!」


ファリンはいつの間にかその路地裏に向かって駆け出していた。

普段なら難なく追いつけるのだが、人が多いせいで中々前に進めない。

やっとの事で人混みを掻き分け、路地裏に辿り着く。


「ファリン!!無事!?」

「オネー……」


そこには気絶した聖フィーネ女学院の生徒を抱える男とファリンの腕を縛り上げニタニタと笑う男、2人のゴロツキがいた。


「お?嬢ちゃん、この子の友達か何かか?」


ファリンを縛り上げた男はもう1人の男にファリンを押し付けるとオネーに近寄って来る。


…まずいわね。


オネーのずば抜けた身体能力であればこの2人を気絶させ衛兵に受け渡す事など容易なのだが、まずい事にファリンともう1人の人質を取られている。


今手を出せばあの子達が危ない。


オネーは2人を抱えるゴロツキの腰に短剣がぶら下がっている事を確認した。


…今逃げ出せばギルドに戻って冒険者達に助けてもらえるか…。


「へへっ、良くみりゃ嬢ちゃんもかなりの上物じゃねぇか」


…どうする?こちらからは手は出せない、が、このままでは捕まってしまう。


「オネー、わ、私は大丈夫、逃げて…」


震える声で、涙を必死に堪えてファリンがオネーに逃げるように促す。


そんな事、出来る訳が無い。


今日出会ったばかりとは言え彼女は既にオネーにとって親友なのだ。

オネーは両手をゴロツキに突き出す。


「オネー!!」

「へへっ、怖くてぶるっちまってんのか?良い判断だぜ?何せこっちは男2人、逃げられるわけがねぇからな!!」

「今日だけでかなり稼げるな」


男2人は下卑た笑みを浮かべ、オネーを拘束した。

そのままオネーを肩に担ぎ、男達は慣れているのだろう。路地裏を右に左に曲がりながら古びた小屋にたどり着き、小さな鉄の檻にオネーとファリンを放り込み、もう一つの檻に気絶した少女を投げ入れた。


「おい、脱走しようなんて考えるなよ?まぁまず無理だろうが、そん時はコレ、わかるよな?」

「ヒッ」


男は腰にぶら下げた短剣を引き抜くとその刃をペロリと舐めた。

そのまま笑いながら男達は小屋の屋根裏かどこかへ続く階段を酒瓶を片手に登っていった。


「ナイフを舐める悪党って本当にいるのね」

「バカッ!!なんで逃げなかったのよ!!あいつらは人攫いよ!?」

「そのようね」

「私達、このままどこかに売り飛ばされちゃうのよ…?どうしてついてきたりなんかしたの…!!あんた1人なら逃げる事だって…!!」

「出来たでしょうね」

「ならなんで!!」

「だって、アタシ達は親友じゃない」

「ふぇ?」

「大丈夫、アタシはオネエ、このぐらいどうにかしてみせるわ。だから貴女も貴女の親友を信じなさい」

「でも……!!」

「おい!!うるせぇぞクソガキ!!」

「キャッ!?」


ファリンの声にイラついたのか、ナイフを舐めていた方のゴロツキがバケツに入った水を浴びせてきた。

オネーはさりげなく前に出てファリンを庇う。


「冷たいわね」

「おい、舐めてんじゃねぇぞクソガキ共が。状況わかってんのか?その檻は特注の魔法檻だ。てめぇら如きじゃ一生かかっても出られやしねぇんだ!!わかったら静かにしてろ!!殺されてぇか?」


そう言ってナイフ男(仮)は不機嫌そうに階段を登って行く。


「オネー、大丈夫?」

「えぇ、あ~あ、服が濡れちゃったわ」

「ーー!?オネー、その傷……」

「あら?」


オネーがこの日着ていたのは薄めの白いワンピースだった。

水に濡れ、透けて肌に張り付いたせいで体のそこかしこにある傷跡が見えてしまったのだろう。

これはオネーが前世の記憶を取り戻す前にこの世界でついていた傷跡だ。

その日その日を生きる為に必死で足掻いた跡。

背中は自分では見えないが、かなりの数の大きな傷跡があるのだろう。


「言ってなかったっけ?アタシ、孤児だって」

「言ってたけど…」

「アタシね、教会で保護される前は路地裏で毎日生きるか死ぬかの生活をしてたの。これはその中でついた傷よ」

「こんなに…沢山…」

「ごめんなさいね、嫌なもの見せちゃった」

「違う!!違うの!!」


オネーの言葉を遮り、ファリンが抱きついてくる。

かけられた水とは違う暖かい何かが濡れた服に上書きされて行くのを感じる。


ファリンは泣いていた。


「ごめんね、ごめんねオネー、私、あんたに何もしてあげられない……」

「ファリン…」

「親友がこんなに傷だらけなのに、私は…何もしてあげられない……それが悔しいの」

「大丈夫よ、ファリン」

「大丈夫なわけないじゃない!!大丈夫なわけ、ないじゃない…だって、こんなに胸が痛くて苦しいんだもの」


…この子は、この子は本気でオネーの体が傷だらけである事を悲しみ、その痛みを共有してくれているのだ。

友達になったとは言え、出会ったばかりのオネーに本気で向き合ってくれているのだ。


ならばこちらも本気で返すしかあるまい。

まぁ、元々本気で助けるつもりではあったのだが。


「おい!!何また騒いでんだクソガキ!!クソッ!!がガキを高く買うっつーから檻まで用意したってのによ!!」


男がまた階段を降りて来ている。


「ファリン、少し下がりなさい」

「え?」

「こんな檻、今すぐに破ってあげるから」

「で、でも」

「信じて。男は度胸?女は愛嬌?くだらないわね。オネエは最強って所、見せてあげる」


オネーは両手で檻の鉄格子を掴み、力を込める。

魔法で強化されているらしく、流石に鉄槍ほど簡単には曲がらない。


…ならば。


「……変身!!」


瞬間、オネーの体を眩い光が包む。

ファリンの目が慣れた頃、そこにはオネーの服を着た大男が佇んでいた。


「え、えぇ!?」

「はぁああああああ!!ふんぬっ!!」


オネーが先ほどと同じように鉄格子を掴み、軽く引っ張ると、それだけで容易く檻は崩壊してしまった。


「おい、どうした!?ってうわぁ!?」

「ば、化け物!!??」

「失礼ね!!アタシはオネエよ!!」


鉄格子をブチブチと引きちぎり、軽く踏み込む、それだけでオネーの巨体は大砲のようにゴロツキ2人の前に弾き出される。


「「ヒッ」」

「悪い子には、お仕置きが必要よね?」


オネーは両手の小指でそれぞれゴロツキの額にデコピンをした。

軽い動作に見えた、それ。

しかし動作に反比例するような莫大な威力を持って、一瞬にしてゴロツキの意識を刈り取ってしまった。


「あら?少し刺激が強かったかしら?」


白目を剥いて伸びているゴロツキを眺めつつ変身を解く。

ボフゥンと言う間抜けな音と共にオネーの身体は大男から美少女に戻っていた。


「もう大丈夫よ…ファリン?」

「????」


後ろでへたり込むファリンは顎が外れんばかりに口を開いていた。


…美少女がして良い顔じゃないわね。


起こそうと手を伸ばすものの、ファリンはそれに驚き大きく跳ねた。


「怖がらせちゃったわよね…ごめ…んぐっ!?」


言い切る前にファリンが抱きついてきた。


「す、凄いわ!!何が何だかわからないけど、大人の男の人2人をあっという間に倒しちゃった!!」

「こ、怖くないの?」

「少しね…でも、信じてるから」


ファリンの体は少し震えていたが、

至近距離で覗き込まれた瞳は、一切ブレる事なくオネーを見つめていた。

きっとこれが彼女にとっての信頼の証なんだろう。


暫く抱き合い、ファリンの震えがおさまった後、オネーはもう1人の誘拐されていた児童(絶賛気絶中)を檻から出し、その空いた檻にゴロツキ2人を押し込んだ。


気絶した児童を肩に担ぎ、ファリンと手を繋ぎギルドに戻ると既に誘拐の情報が出回っていたらしくギルド内は騒がしかった。

受付嬢や冒険者達は暖かく3人を抱きしめてくれた。

…ギルマスにはお説教を喰らう事になったが。


その後無事にゴロツキはお縄になり、ファリンとの別れの時間が訪れていた。


「もう行くのね」

「えぇ……」

「それじゃあ元気で…わぷっ!?」


また言い切る前にファリンが抱きついてくる。


「オネー、私決めたわ」

「な、何を?」

「私、必ず聖女候補になって魔法学園に通って、絶対にあんたの古傷を全部消し去ってあげる」

「ファリン…」

「任せておきなさい。あ、あとあんたの魔法の事も秘密にしておいてあげる」

「それは助かるわ」

「だから…その…」

「?」

「私の事、忘れないでね…?」

「当たり前じゃない!!離れていても、アタシ達は親友よ」

「絶対!!絶対だからね!!」


そう耳元で叫ぶとファリンは恥ずかしかったのか顔を赤らめつつも笑顔で手を振り引率の教師の方へと駆けていく。


…良い子だったわね。


オネーはファリンが見えなくなるまで手を振り続けた。


…最も、オネーの視力が良すぎるせいでファリンからは見えなくなっても手を振り続けていたのだが。

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