第6話

「オネー?今日はお休みですか?」

「うん、エレノール」

「そうですか、ここの所働き続けてましたからね。今日はゆっくり休んで下さいね?」

「えぇ、ありがとう」


あれからずっと考えていた。


「変身魔法」


魔獣に抵抗した時に発動した、あれ。

体の中から何かが抜けるような感覚の直後、オネーの体は前世のアケミだった時の体に変わっていた。

視界の端のタイマーはおそらく制限時間なのだろう。

それに、明らかにその強さは前世を上回っていた。


「制限付きの超大幅強化」


つまり、そういう事なのだろう。

だとすると、体から抜けていたのは魔力という事だろうか?

一晩眠ったら回復したが、あれはあれでとても疲れる。


「…お帰り、アタシの上腕二頭筋」


今は細い二の腕を揉む。

魔法を発動してから、前よりももっとこの体が馴染んだように感じる。


「変身!!」


ボンッという音と共にまたオネーの体が筋骨隆々になる。


「何の音ですか?オネー」

「な、なんでもない!!なんでもないわ!!」


扉の前をノックするエレノールに慌てて変身を解除し、返事をする。

流石にあの姿を見せるわけにはいかない。


「…やっぱり疲れるわぁ」


小さな体でベッドに飛び込む。

前世の肉体で同じ事をすればベッドが瞬く間に粉微塵になるだろう。

強化された変身魔法であればベッドはおろか、部屋がなくなりかねない。


「でも、冒険者をやる上では慣れておかないと、よね」


オネーはこっそりと変身魔法の練習をする事を心に決め、まぶたを閉じるのだった。


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「オネー?寝ているの?」

「ふぁ…」

「入りますよ」

「あんじぇりか…?」

「もうっ、もうお昼ですよ。休むのは良いですが顔を洗ってらっしゃい」

「ふぁい」


欠伸をしつつ顔を洗いに行く。

魔法を使うとなんと言うか、すごく消耗する。

前世で指一本で逆立ちを10時間キープした時と同じぐらい疲れる。


「折角のお休みです。眠るのも良いですが、出かけてみたらどうです?」

「そうね、わかったわママ…」

「!?オネー!!もう1度!!もう1度お願いします!!」

「ママ…?」

「ガハッ!!」

「ーー!?」


しまった!!

かんっぜんに寝ぼけてたわ!!

沸騰したように熱くなる顔を両手で押さえる。

その仕草が刺さったのかアンジェリカが崩れ落ちる。


「シスター・アンジェリカ!?どうしたんですか!?」

「我が生涯に、一片の悔いもありませんわ…」

「あ、アンジェリカ!!」

「どうしよう!!エレノール!!アンジェリカが!!」

「な、何があったんですかー!?」

「いや、寝ぼけてアンジェリカの事をママって…」

「な、なんて事を…!!」


エレノールは顔を青くし、アンジェリカに水を飲ませている。

そして意を決したように顔を上げ、口を開いた。


(…怒られるかしら)


「…では、私は…?」

「え?エレノールは…お姉ちゃん、かしら?」

「グハッ!!」

「え、エレノール!?」


今度はエレノールが倒れたわ!!

どうして…アタシはこんなにも2人を愛しているのに!!


「大丈夫?そんなに嫌だった?ごめんね?でもアタシは2人の事を本当の家族みたいに思ってて…それで…」

「「ゴフッ」」

「ひぇっ…」

「えぇ、えぇ!!も貴女を愛しておりますよ!!」

「はい!!もですよ!!」

「そ、そう…それはよかったわ…」


何かしら?なんだか2人の目がすごい怖いわ…?


「じゃ、じゃあアタシ遊びに行ってくるから!!行ってきます!!アンジェリカ!!エレノール!!」

「「・・・・・・」」

「うっ…」


な、何よその目は!!

…わかったわよ!!呼べば良いんでしょ!!呼べば!!


「い、行ってきます…ママ…お姉ちゃん…」

「「はいっ!!」」


名前を呼ばれた犬のように顔を輝かせるシスター2人を後にオネーは街へ繰り出すのだった。



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「いらっしゃい、オネーちゃん!!」

「こんにちは!!八百屋のおじさま!!りんごちょーだい!!」

「はいよ~」

「2つもいらないわ?」

「べっぴんさんにはサービスサービス!!」

「あら、ありがとう!!」


オネーは以前ギルドに案内してもらった八百屋に来ていた。

それにしてもこの見た目になってからは得するばっかりね。

美人って良いわぁ。


カバンにリンゴを2つ詰め込むとあてもなく街をぶらぶらする。

依頼で町を駆けずり回っていたおかげか知り合いも増えたものだ。

特に年配の方は出会うたびにお菓子をくれたり撫でてくれたりする。


「む?オネーか?」

「あ、鍛冶屋のおじいちゃん!!こんにちは!!腰はもう大丈夫?」

「あぁ、オネーの持ってきてくれた薬草のおかげで随分良くなった…その、なんだ…これをやる」

「ありがとう!!おじいちゃん!!」

「…ん」


以前依頼を受けていた鍛冶屋のおじいちゃんはそっぽを向きながら飴玉をくれた。


「おい、嘘だろ?あの頑固じじいが…」

「しっ!!黙っとけ!!親方はオネーちゃんと会えた日は機嫌が良いんだ!!」

「お前たち、仕事に戻るぞ」


貰った飴を口の中でコロコロと転がしながら町を歩く。

歩いただけでいつの間にかカバンはお菓子と花でいっぱいになっていた。


「まったく…嬉しいけど、子供はアタシだけじゃないでしょうに」


そうだ。

今日はやけに同年代の子供とすれ違う。

皆んな同じような白い服を着ていた。

学校の遠足とかなのかしら?

その子たちは町の大人たちに話を聞いていたり何かお手伝いをしようとしていた。


(これじゃ、しばらくアタシの商売はあがったりね)


いつもならオネーがするようなお手伝いは軒並みその子たちがやっているようだ。

なんなのだろうかと思い周りを見渡すと、同じような服を着てオロオロとしている少女を発見した。


(何かしら?…迷子?じゃないわよね?)


腰まであるフワフワの金髪に気の強そうな青い目、しかし今は困っているのかやや垂れ下がっている。


「ねぇ、大丈夫?」

「え!?」

「どうしたの?」

「丁度良かったわ!!アンタ、なんか困ってる事はない?」


…何?どちらかと言えばあなたの方が困ってるんじゃない?


「いや、アタシは特に困ってないけど…」

「そう…」


そう告げると少女はこれでもかと落ち込んでしまった。

頭頂部から生えている1房の毛…アホ毛?がしおしおと萎びている。

…どう言うシステムなのよ、それ。


(う~ん、放っておくのも気が引けるわね…)


話しかけてしまった以上、はいさよなら、とは行かないわけで…。


「ねぇ、あなた、ちょっとこっちきて!!」

「え!?なに?なによ!?」


ひとまずこんな所で立ち話もなんだと思い、以前依頼を受けた食堂に引っ張ってきた。


「ちょ、ちょっと!!なんなの?私お金なんて持ってきてないわよ」

「良いわよ、お茶ぐらい奢るから。で?あなたはなにをしてたの?」

「えぁ?ありがとう…ってお茶なんかで流されないわよ!!」

「じゃあお菓子もつけるわ」

「ありがとう!!…じゃないわよ!!」


なんだろう、この子、悪い子じゃないんだろうけど1人で生きていけるのか不安になるタイプね。


「まぁまぁ、何か困ってるんでしょ?」

「まぁ、そうだけど…」


女将さんが出してくれたお茶を飲みつつ話を聞く事にした。


「フィーネ女学院って言えばわかるかしら?」

「いや、ぜんっぜんわかんないわ」

「え?聖女フィーネの伝説も知らないの?教えてあげよっか?」


彼女は得意げに聖女フィーネについて話し始めた。


聖女フィーネと言うのは凄い昔に実際に存在した回復術師の事らしい。

その聖女は勇者と共に魔王と呼ばれる存在を打ち倒し、その後も民のため私財を投げ打ってまで病人の治療に尽力したとか。

その逸話がお伽話になったりして現在の聖女伝説になっているらしい。


勇者については特に名前は出ていないが、アリスヴェール出身の剣聖と呼ばれる剣士らしい。

国を守ったその剣聖にあやかって、アリスヴェールの国王は剣王と呼ばれているとかなんとか。


「へぇ~」

「今でもこの国では1番強い騎士や剣士に剣聖の称号が贈られるのよ!!」

「知らなかったわ。ありがとう」

「本当にそんなことも知らなかったの!?あり得ないわ!!どういたしまして!!」


…悪い子じゃないのよねぇ。


「で?その聖女様を称えた学校の生徒さんが何をしているの?」

「…授業の一環で、聖女様みたいに町の困ってる人を助けて報告しなさいって」

「なるほどね」


授業でやるんじゃなくて普段からやりなさいよ!!と思いつつ。


「じゃあ暇で困ってるアタシの喋り相手になってほしいわ」

「そ、そんなの報告できないわよ!!あんたとおしゃべりするのは嫌じゃないけど!!」

「そんなに大事な事なの?」

「そうよ、良い評価を貰ってそれを積み重ねれば聖女候補として魔法学園に推薦してもらえるのよ」


なるほどね。

どうやら聖フィーネ女学院と言うのは小学校みたいなもので、そこで特待生になれば上の魔法学園に入れてもらえると。


「なんでそんなに魔法学園に入りたいの?」

「そりゃあんた、聖女候補で魔法学園を卒業したらいっぱい稼げる仕事が舞い込んでくるのよ!!あっという間にお金持ちになれるわ」

「そこは嘘でも人のためって言いなさいよ…」

「もちろん、お金持ちになる過程で人助けができれば最高じゃない」

「そんなにお金が必要?まぁアタシもギルドで稼いでるから人のこと言えないけど」

「え?その年で?両親は?」

「いないわ?アタシ孤児だし。教会に保護者はいるけどね」


まぁ、これが普通のリアクションなんだろうな。

ギルドで依頼を受け始めた時もなんでこんなに小さい子が?って言われてたしね。


「そう…ごめんね?」

「気にしてないわ。おかげでとっても良い人たちに巡り合えたもの」

「私もね、両親がいないの。お父さんはいるらしいけどお母さんは私を産んで死んじゃったんだって。で、産まれたばかりの私は女学院で勤めてるお母さんの知り合いだった人に引き取られたってわけ」

「その…お父さんは?」

「お父さんは…貴族だったんだって。で、お母さんはそこのメイドだったの。お父さんは私がお母さんのお腹の中にいるって知ってお母さんをクビにしたんだって」

「……」


…酷い話だ。

この世界ではよくある事なのだろうか?

使用人に手を出し、子供ができた途端に母親もろとも路上に放り出すなんて…許せない。


「だから私はその事を知った時に思ったの、私は私の力で生きて行こうって。自分の力でお金を稼いで自分の力だけで生きていければ傷つくこともないでしょ?」

「そう…そうなのかしら」

「きっとそうよ、それに私はお金持ちになって何処かにいるお父さんを見返して、お母さんのお墓に世界一綺麗な花を飾るの」

「それは良いと思うわ」

「だから、私はこんな所でつまづいちゃいられないの。私の名前はファリン・カーラ。ファリンが私の名でカーラはお母さんの名前だって言ってたわ」

「そう、良い名前ね。アタシはオネー。ただのオネーよ。よろしくね」

「よ、よろしく…ねぇ、私達って…もう友達?」

「え?えぇ、友達になりましょ」

「友達…友達…うん!!」


うん、やっぱりこの子は笑ってる方が可愛いわ。


こうしてオネーはこの世界で初めて出来た友達とその友達の為に人助けの作戦を考えるのだった。

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