第4話

「シスター・エレノール?オネーはいったいどうしたのかしら?」

「さぁ、一昨日の朝からずっとポストの前をうろうろしてるんです。頼んだ仕事はしっかりこなしてくれてるんですが」

「人でも探してるのかしら?」

「もしかして…郵便屋さんの事を…」

「待ちなさい!あの子にはまだ早いわ!」


キャッキャッとはしゃぐシスター達を背にオネーはポストの前を行ったり来たりしていた。


「どうしよう…ギルドに勝手に行ったことがバレたら…」


そう、教会を抜け出しギルドに行ってからと言うもの、オネーはギルドから届く書状をひたすらに待ち続けていた。


「まぁ流石に普通の手紙として届くわよね?」


あの過保護シスター2人の事だ。

怒るかどうかはさておき心配はさせてしまうだろう。

それに何より能力の事がバレて良いものか?

せっかく居心地の良い場所と気の良い人たちと知り合えたのだ。

これでうっかり能力バレをし、危険視され隔離でもされたらたまらない。


「恋に年齢など関係ありませんわ!」

「とは言えあの子にはまだ早すぎます!」


「何の話してるんだろ…ん?」


シスター達は何やら白熱した議論をしているようだが、それよりも教会に向かって歩いてくる人がいる。


「いつもの郵便屋さん…じゃないわね」


距離にして2、3キロだろうか。

オネーは前世譲りの視力をフル稼働しその人物を見つめた。


「!?間違いないわ!!あの歩くダンディズムの塊!!ギルドのお偉いさんじゃない!!」


筋骨隆々、浅く焼けた肌に白く輝く歯。

こちらに気づいたようで手を振りながら駆け寄ってくる。

…それにしても良い男だわね…じゃないわ!!


「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!」


何でお偉いさんが直で来るのよ!!

引きつった笑みでなんとかそこで止まってくれとジェスチャーをするものの、軽く首を傾げ笑顔で駆け寄ってくる。


男らしいイケメンがちょっと可愛い仕草するの…良いわよね…


オネーはもう諦めかけていた。


「おぉ!!オネーちゃん、俺のことは覚えているかい?今日は君の冒険者登録許可証を持ってきたんだ!!」

「ちょ、声がでかい!!」


「「冒険者登録許可証?」」


あぁ、終わった…。


「む、そこなシスター2人がこの子の保護者でいらっしゃるか。申し遅れた。俺は冒険者ギルドアリスヴェール第2支部、ギルドマスターのジャック・ローウェンだ」

「「「ギルドマスター!?」」」

「ん?何だ?説明していなかったか?」


ギルドマスターって…ギルドで1番偉い人…よね?

え?アタシギルドのトップに使いっ走りさせてるわけ!?


「ま、待って下さい!!私、シスター・エレノールと申します。なぜアリスヴェールのギルドマスター様がこのような所へ?」

「ははは、なぜも何も俺はただこの子の冒険者登録許可証を持ってきただけだが」

「ローウェン様、ひとまず中でお聞かせください、シスター・エレノール、準備を。オネーは詳しく説明を」

「あ、ハイ」


そこからは地獄の4者面談だった。

いつも食事をするテーブルにはオネーとギルドマスターが横に並んで座り、対面にはエレノールとアンジェリカが座っている。


…アンジェリカの顔が怖すぎて直視出来ないわ…。


当然逃げ場は無く、2人が不在の時に黙ってギルドに行った事、そこで冒険者登録をした事を話した。


「…なぜそのような事を?」

「い、いやあの…お小遣い稼ぎ?」

「貴女と言う子は!!」

「ぴぇ…」

「あ、アンジェリカ!!落ち着いて下さい!!」


アンジェリカかがテーブルに拳を振り下ろす。

その迫力だけで飛び上がりそうになってしまった。

体の年齢に精神が引っ張られているのか、自分の目にジワリと涙が浮かんできているのがわかる。


「あ、あのね、アンジェリカ…」

「冒険者と言うものがどれだけ危険かわかっているの!?路地裏の暴漢なんかよりもずっと危険な魔物を相手にしなければならないのよ!?」

「ふえぇ…」


アンジェリカってこんなに怖かったっけ…

これは子供じゃなくても泣くわよ…?


「いや、それに関してなんだ。俺が来たのは」

「どういう事です?」

「まずこれを見て欲しい」


そう言ってギルドマスターが広げたのは1枚の紙。

技能検査シートだ。


「「変身魔法!?」」

「あぁ、それに加えてどうやら非常に強靭な肉体を持っているらしい。

「そ、それはつまり?」

「この子が我が国の騎士団長と同レベルのトレーニングの末、その境地に至ったと言う事だ」


そう、アタシの『強靭な肉体』と記載されている、これ。

スキルとか魔法とかとは全く関係ないのよね。

言ってしまえば筋トレしまくってマッチョになりました!!ってだけの人。


…筋トレしてればレンガを握り潰したりするのは普通よね…?


「そ、そんな…確かに身体能力は目を見張るものがあると聞いていましたが…」

「えぇ、私が暴漢に襲われそうになった時、助けてくれたのもオネーでした」

「そ、その暴漢共は生きてるのか!?」

「え?えぇ、確かに巡回中の兵士に身柄を受け渡しましたが」


…今さらっとチンピラ共の心配してなかった?


「良いか?この少女はどうやってか強靭な肉体を手に入れたわけだ。これはまぁ、それなりに鍛えないと技能検査シートに表示されないんだが…」

「で、でも騎士様や冒険者様でも同じように…」

「いや、この子は別格だ。強靭なんてもんじゃない。…俺は長い事ギルドマスターをやってるが鉄槍を腕力で引きちぎる程の者は初めて見た」

「そ、そんな…」

「アンジェリカ!!しっかり!!」


アンジェリカが貧血のように椅子から崩れ落ちそうになり、慌ててエレノールが支える。


…鍛えてれば普通…普通よね…?


因みにオネーの前世での1発ギャグはフライパンを引きちぎる事だった。

フライパンがもったいないと言う理由で封印されたが。


「変身魔法についてはまだ使った事がないらしいからなんとも言えないが、この腕力だけでもこの子は相当な戦闘力があると思われている。これについては冒険者ギルド本部のギルドマスターにも太鼓判を押してもらった。でなければこんな幼い少女に冒険者許可証を渡す事はない」


あぁ、ギルドに行った時に上に相談するって言ってたっけ。

え?本部にまで掛け合ってたの?

ってかギルドマスターって結構いっぱいいるのね。

店長みたいなもんかしら?


「で、ですが!!それとこれとは別です!!どんなに体が強くてもこの子はまだ…!!」

「あぁ、登録用紙には9歳と書かれていたが、それも正確ではないのだろう?」

「あ、はい、すいません」

「まぁ、それは見逃すが。・・・我々としても危険な依頼や任務を幼い少女に任せるのは心苦しい」

「でしたら…!!」

「だが、同時にこれほどまでの逸材を埋れさせておくのも惜しいのだ」

「そんな!!」


まぁ、中身の年齢を考えると…深く考えるのはやめましょう!!アタシは9歳!!難しい事はわからないわ!!


「だからこう言うのはどうだ?この子が受ける依頼に関しては我々が推薦するもののみに絞り、一定以上の危険度の依頼は受領出来ないようにする…というのは?」

「それは…ですが…」

「シスター達の心配も最もだ。我々としても細心の注意を払うつもりでいる」


ここで3人の目がオネーに向けられた。


「オネー…貴方はどうして冒険者になりたいのですか?何のために危険を冒してまで…」

「それは…」


正直に言えばいつまでも働かずにここにいるのが嫌だからだ。

前世でせっせと働いていたせいか、どうにも落ち着かない。

教会の手伝いはするものの、それで結局この2人には特に利益はないのだし。


働かざる者食うべからず。

と言うか純粋に働かないで食べるご飯は気が重い。

アンジェリカが付けている家計簿をチラ見したとき、かなりギリギリでやりくりしているのが見て取れて思わず目頭が熱くなったものだ。


2人ともまだ若いんだし、ご飯ぐらいちゃんと食べるべきだわ!!


そんなおばあちゃんみたいな心が半分、残り半分は貯金して何かあった時に備えたいと言うのが半分だ。


…何て言おうかしら?


「あ、あのね、エレノール、アンジェリカ!!」

「「はい」」


うっ!!2人の目が痛い!!

ダメよ!!負けちゃダメ!!これは2人のためでもあるのよ!!


「アタシ、ここに来てから2人に貰ってばかりだって気づいたの。食事もお風呂もお洋服も全部2人に貰っているものだわ。だからアタシは2人に何かを返したいの!!せめて自分の食費ぐらいは返させて?お願い!!」

「「オネー…」」


2人のシスターは同時に目頭を抑え涙を堪えている。

相変わらずちょろいが、今回は見た目だけは美少女のオネーの涙目と上目遣いがクリティカルヒットしているのだろう。

横のギルドマスターは腕を組んだまま黙って滂沱の涙を流し、男泣きしている。


「家計簿を見たわ!!食べ物買うお金もギリギリだったんでしょ?それなのにアタシ、何も気にしないでいっぱい食べてたわ…ごめんなさい…」

「貴女計算が出来たの!?いえ、そんな事よりも、貴方は気にしなくて良いのです。子供は沢山食べて沢山寝ればそれで…」

「でも!!それじゃあ2人が痩せちゃうわ!!」

「オネーの面倒を見るって決めたのは私たちです。それに!!私たちがもっと働けばきっと…」

「お、俺は…俺は何て無力なんだ…何がギルドマスターだ…!!」


いよいよ収集がつかなくなってきたわね…

っていうかギルドマスター!!泣いてないで2人をどうにか説得してよ!!

…アレをやるしかないわね…出来ればやりたくなかったんだけど…


「ヤダヤダヤダヤダ!!はーたーらーくーのー!!」

「お、オネー!?」


秘儀、駄々っ子!!

…こ、これは中々に精神的ダメージを負うわね…!!


「や、やめなさい!!そんなことする必要は…!!」

「ヤーダー!!2人に美味しいご飯食べてもらうのー!!」


地面に寝転がり小さい手足をテーブルや床を壊さないように細心の注意を払って振り回す。

ジタバタジタバタ…恥ずかしいわ!!これ!!


「オネー!!やめなさい!!」

「働きたい働きたい働きたい働きたいー!!」

「わ、わかった!!わかりましたから!!」

「ホント…?」

「嘘だと言ったら?」

「…働かせて貰えるまでご飯食べないから」

「それはダメです!!」

「はぁ~…」


アンジェリカが大きなため息を吐き、眉間を揉む。


「どうだ?アンジェリカさん、こちらも手を尽くす」

「…わかりました。ただし、オネー、絶対に危険な事はしないと約束して下さいね?貴方はもう私達の家族なんですから」

「その通りです!!怪我なんてされたら泣いちゃうんですからね!!」

「アンジェリカ…エレノール…」

「グスッ…ウッ…ウォオオオ…」


感動的なシーンにギルドマスターの嗚咽が響く。

…うるさいわね。


「では、ローウェン様、この子をどうかよろしくお願いいたします」

「あぁ、危険な目には合わせないと誓おう」

「ありがとう!!アンジェリカ!!エレノールも!!アタシ、頑張って2人がお腹空いて痩せないように稼ぐわ!!」

「もう、オネーったら」


そうして地獄の4者面談は何とな~く良い雰囲気で終わるのだった。


「では、俺はギルドに戻る。依頼については明日以降から受けられると思う」

「わかったわローウェンおじさま!!」

「う、うむ。では、シスター、少ないがこれを」

「え?って、えぇ!?アンジェリカ!!凄い量のお金ですー!!」

「う、受け取れませんわ!!」

「いや、是非受け取ってくれ!!今夜は好きなものを食べてくれ!!」

「こんなにあったら1ヶ月は食べれます!!お返しします!!」

「いやいやいやいや」

「「いやいやいやいや」」

「「「いやいやいやいや」」」


…目の前で大人がお金を押し付けあってるわ…アタシ、子供だからわかんない…。


オネーが現実逃避を始めた頃、ギルドマスターが地面に寝転び駄々っ子を始めようとしたのでシスター達が折れ、お金を受け取りお引き取り願ったのだった。

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