第1話
「ま、待って頂戴!?これがアタシ!?アタシなの!?」
震える手で水溜りを鏡替わりに頬をペタペタと触る。
手の平も随分と小さくなってしまったものだ。
元の体の3分の1も無いんじゃないか?
「これは夢?頭の打ち所が悪かったのかしら?」
後頭部を触るも、形が良いと言う事ぐらいしか分からなかった。
「待って、確か香織ちゃんが言ってたわね」
思い出せば昔、香織が良く言っていた。
読んでいる小説ではなんらかの死をきっかけにここでは無い世界に転生する物語がある、と。
「いやいや、まさかね、そんな事が……」
実際起きているのだ。
この身に。
「嘘でしょう?アタシがこの女の子に?」
瞬間、強い痛みが頭を襲う。
思い出した。
アタシは確か物心ついた時からこの路地裏で細々と生きてきたのだと。
「もしかして、あの時死んだアタシがこの子の前世って事?」
今の自分には2つの記憶がある。
路地裏で、必死に生きてきた私。
そして、車に跳ねられ死んだはずのアタシ。
そして、この体が飢えに耐えかね、ひっそりと暗い路地で息絶えたことも。
「そこにアタシが宿ったって事?」
おそらくはそう言う事なのだ。
「せっかく鍛えた筋肉も無くなってしまったのね……」
我が愛しの筋肉達。
病める時も健やかなる時も一緒だった上腕二頭筋を想い、寂しくなる。
「いや、今はそんなことよりも何か食べなきゃ」
立ち直るべく頬を叩く。
すると、両手の平から衝撃波が発生した。
「いったーい!!ってあれ?」
体には謎の活力が漲っている。
体は小さくなったが、この力はあの時の自分そのものだ。
「もしかして、身体機能も引き継いでいるの?」
それはそれで都合がいいが、今の自分は一文無しだ。
何かを食べるにもお金がない。
「どうしようかしら…ん?」
その時だ。
明美が引き継いだ超人的な聴覚は微かな女性の悲鳴を聞き逃さなかった。
明美の耳は100メートル先で落ちた針の音の音階さえ聞き分けるのだ。
「こっちね?」
加えてこの体の記憶は路地裏の構造を熟知していた。
未だこの体には慣れないが、全速力で悲鳴の聞こえた方向へ向かう。
「へへへへ、シスターさんよぉ?ちょいとばかり無用心じゃねーか?」
「そうそう、怪我人がいるなんて嘘に騙されちゃってよぉ!!こんな路地裏に1人で入ってくるなんてな。むしろ誘ってんのか?」
(なんなの?あいつら)
向かった先にはシスターとみられる女性と、その口を手で塞ぐ男、そしてシスターの持っていた荷物を物色する男がいた。
有り体に言えばゴロツキのような格好だった。
(結構可愛い顔してるじゃない……それにゴロツキにしては体も締まってて、顔も悪くないわね……)
「ひっ!?」
「ど、どうした相棒!?」
「いや、なんか舐めるような視線を感じたんだ!!尻に!!」
「お、お前もか!!」
急に取り乱したゴロツキ2人はシスターの拘束を緩めてしまう。
「だ、誰か!!」
「ちょっ、叫ぶんじゃねぇ!!」
「モゴゴゴゴ」
どう見ても通報案件だ。
本来ならば逃げるべきだろうが。
ーー仕方ない。
「オラァッ!!」
壁を蹴り宙に舞う。
全力だと殺しかねないので多少加減した前蹴りをゴロツキの後頭部に叩き込む。
それだけで一人は気絶させられたようだ。
「な、なんだてめぇ!!」
シスターを拘束していた男は慌てながらシスターを壁に投げつけ、ナイフを手に取る。
「刃物で遊ぶのはやめなさい!!」
「抜かせ!!」
刺突されたナイフをつまみ、指の力だけでへし折る。
「化け物か!?」
「失礼ね!!」
折ったナイフを投げ捨て、もう片方の手で拳を握り、ゴロツキの顎先目掛けて叩き込む。
「アタシは、オネエよ!!」
宙に浮いたゴロツキの鳩尾に肘を突き刺し、壁に叩きつける。
ゴロツキは白目を剥きその場に崩れ落ちた。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
「は、はい」
シスターはフラフラと立ち上がると服に着いた埃を払いつつ名乗った。
「私はシスター・エレノールです。この街のシスターをしています。貴女はオネー、と言う名なのですね。見た所孤児のようですが」
このシスター、何かを勘違いしていないか?
「まぁ、孤児、と言えば孤児なのでしょうね……」
今は遠い前世に想いを馳せ、遠い目で返す。
すると、何を勘違いしたのかエレノールと名乗るシスターは涙ぐみ、アタシの手を握った。
「こんな路地裏に貴女のような子がいたなんて…それに失礼な質問をしてしまい申し訳ありませんでした…良いのです!!思い出したくない事もありますよね」
「え?いや、あの」
「もう心配ありません、私と一緒に教会にいきましょう。神の名の下に貴女を我々の教会で保護させていただきます」
「いや、だから」
「こんなに汚れて…教会なら温かい食事もあります。体も洗いましょう。あぁ、もう人を傷つける必要もないのですよ?」
「食事…!!」
「はい、一緒に帰りましょう」
何か色々と勘違いされてる感は拭えないが、この体は空腹を訴えていた。
もうどうにでもなれ。
「わかったわ。協会とやらに連れて行って頂戴」
「勿論です!!さぁ、こちらです」
荷物を拾い上げたエレノールに手を引かれ、アタシは近くの教会に連れてこられたのだ。
ちなみにゴロツキ共はエレノールの悲鳴を聞きつけた兵士に連れて行かれた。
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「ここが教会です。貴女の新しいお家ですよ」
「教会…」
連れてこられたのは小さな教会だった。
所々ボロボロでゲームに出てくる神殿のようなものを想像していたアタシは少し不安になった。
(本当に大丈夫なのよね?)
その表情を読み取ったシスター・エレノールはまた何かを勘違いしたのか涙ぐむ。
「大丈夫、大丈夫ですよ。今まで怖かったですよね?でもここには豊かではないですが食べ物もあります。仲間もいます。もう怯えなくても良いのです」
「わっ」
エレノールはアタシを抱きしめるとぷるぷると子犬のように体を震わせながら涙を流していた。
エレノールの金髪が頬をなでてこそばゆい。
悪い子じゃないらしいわね。
ひとまず安堵しつつもエレノールの背中をトントンと叩いてあげる。
「大丈夫よシスター。アタシ、こう見えても強いんだから。オネエを舐めないで頂戴」
「えぇ、えぇ、オネーはとても強い子ですね」
「いやだから」
「行きましょう。まずはお風呂です」
悪い子じゃないんだけどなぁ……。
エレノールは扉を開きアタシを招き入れた。
「シスター・エレノール!!どうしたのです?帰りが遅いので案じていたのですよ?」
入るや否や赤毛のシスターが飛んで来た。
「申し訳ございませんシスター・アンジェリカ。路地裏で少し揉め事に巻き込まれてしまいまして」
「その子は?」
「この子はオネー、暴漢に襲われそうになった私を助けてくれたのです。身寄りも無いようなので教会で保護させていただきたいのですが」
「それは構いませんが、暴漢に?大丈夫なの?逃げてきたの?衛兵は?」
「いえ、オネーが暴漢を捻じ伏せてくれたので、後は衛兵さんにお任せしてきました」
「捻じ伏せ?え???????」
その反応は正しいわよシスター・アンジェリカ。
普通はそうなるわよね。
「魔法でも使ったのかしら?」
「いえ、素手でした」
「???????」
だんだんかわいそうになってきたわ。
眉間を揉むアンジェリカに駆け寄る。
「アタシ、こう見えて腕っ節は立つのよ?あの程度造作もないわ」
それを聞きエレノールもアンジェリカも複雑そうな顔をする。
「この子は、オネーはあの治安の悪い路地裏で生き延びてきたのです。きっと今まで生活する中でそう言った荒ごとに巻き込まれる事も多かったのでしょう」
「なんてことなの…!!こんな小さい子がそこまで追い詰められていたのに私達は…!!」
おっと?この子も同類か?
「とにかくお風呂に入れてあげたいのですが」
「えぇ、急いで沸かすわね」
「ではオネー、少しだけこちらで待っていてください。私は食事の準備をしてきますので!!」
「あ、うん」
忙しい人たちだ。
しかし、アタシのためにしてくれていることなので何とも言えない。
金髪の方がエレノール、赤毛の方がアンジェリカと言うらしい。
アタシから見ればどちらも美人だ。
・・・そういえば香織ちゃんも言っていたわね、異世界ではたいてい美男美女が多いって。
「ってことはイケメンも多いのね!?・・・ゴロツキでさえあの顔だったから期待できるわ!!」
「オネー?お風呂が沸きましたよ。エレノール!!台所は私が変わるわ!!」
「は~い!!今行きます!!」
連れていかれたのは小さなバスルームだった。
前世のアタシじゃバスタブにすら入れないわねこれ。
ふと、小さなバスタブに目をやると、蛇口の根元に何か見覚えのない石のようなものがはめ込まれていた。
オレンジ色をした小さな石だ。
「エレノール、これ何?」
「それは魔石です。色によって効果は違うんですけど、それはお湯をあっためたりするのに使う炎の魔石ですね」
そんなものもあるのかぁ・・・本格的に異世界って感じね。
感心しつつぼろきれ同然の服を脱ぐ。
鏡に映った背中や脇腹には古い傷跡があった。
あぁ、アタシが前世の記憶にめざめる前の時に着いたやつね。
この傷は確か食べ物を盗もうとして追いかけられたときにガラスか何かで切ったんだったかしら。
「エレノール?」
「オネー!!」
「ぐぇっ」
後ろからエレノールに抱き着かれた。
く、首が締まりそうだわ・・・。
「こんなに傷だらけになって・・・つらかったでしょう?痛かったでしょう?可哀そうに」
「シスター・エレノール!!何を騒いでいるのです・・・!?」
「あ、アンジェリカ・・・たしけて・・・」
「この傷は・・・!!あぁ、神よ!!なぜあなたはこの少女にこんなにも過酷な試練を与えたのですか!!」
いや、現在進行形で苦しんでるんですけども。
「エレノール、く、苦しいわ」
「あ、あぁ、ごめんなさい、つい」
「その傷跡は取り敢えず薬を塗って薄くなるように祈りましょう」
「はい、では私は引き続きお風呂のお世話を」
「えぇ、食事の用意もそろそろできます。早く清潔な服を着せてあげなさい」
「はい」
この2人、良い子たちなんだけどちょいちょい暴走するわね・・・。
「ではお湯を掛けますね」
「それぐらいアタシでもできるってば」
「はい、ザバーッ」
「問答無用ね・・・」
こうしてお湯を掛けられ体を隅々まで磨かれ、魔石を利用したドライヤーのようなもので髪を乾かされ、エレノールのお古だと言う白いワンピースに袖を通すのだった。
「これが、アタシ?」
鏡に映っていたのは路地裏の水たまりで見た時よりもずっと綺麗になったアタシだった。
化粧もしてないのに・・・これが若さって奴?
って言うか今のアタシって何歳だっけ?8~10歳ぐらいかしらね。
顔立ちも悪くないし、何より前世では着る事すらできなかった念願のワンピースよ!!
「気に入っていただけましたか?」
「えぇ、とっても!!すごいわ!!あたしがこんな素敵なお洋服を着れるなんて!!」
鏡の前でくるくる回りつつ全身をチェックする。
もうこの際中身の精神年齢なんて気にしないわ!!アタシはアタシを楽しむのよ!!
「素敵なお洋服をどうもありがとう!!エレノール!!・・・エレノール?」
「こ、これからはもっともっとおしゃれしましょうね!!」
「ぐぇっ、苦しいわエレノール」
こ、この子は何気ない一言で暴走するわねほんと・・・。
それにしても、汚れを落としてみると本当に見違えるようだわ。
オレンジとブロンドの混ざったような不思議な髪色に、炎の魔石のような黄色に近い明るいオレンジ色の瞳。
ファンタジー世界ならではってやつね。
「二人とも、食事の準備が整いましたよ」
「今行きます!!ふふっ、この姿を見たらシスター・アンジェリカもびっくりしますよ!!行きましょう」
「うん」
食卓に着くと案の定アンジェリカに驚かれてしまった。
「路地裏にこんな宝石の原石が転がっていたなんて・・・!!」
「今まで気が付かなかったのが不思議なぐらいですよね」
「そ、そう?」
まぁ、悪い気はしないわね。
「では、頂きましょうか。本来であればお祈りをするのですが、今回は簡略化します。神の慈悲よ」
「神の慈悲よ」
「か、神の慈悲よ」
2人が胸の前で手を組み祈るので真似をしてみる。
日本で言う頂きますとご馳走様みたいなものかしら?
2人はその様子を微笑みながら見守ってくれる。
何だか気恥ずかしくなってアタシはスプーンを握った。
「おいしそ~」
テーブルに並んでいたのは暖かいシチューとパン、謎のドレッシングがかかったサラダだった。
シチューを口に運ぶと何だか懐かしい味がした。
母親が昔作ってくれたシチューそっくりだ。
「おいしい・・・」
自然と涙があふれて止まらなかった。
シチューを口に運ぶ手も止まらなかった。
体に引っ張られて精神年齢も幼くなってしまっているのだろうか?
泣きながらパンをかじるアタシをアンジェリカは目に涙を浮かべ微笑みながら見つめてくれていた。
・・・エレノールはガチ泣きしていた。
アタシよりも泣いてどーすんのよ。
食事を終え、木でできたブラシのようなもので歯を磨いた後、アタシは教会の空き部屋にあるベッドに横になっていた。
「結局何が起きているかわからずじまいだったわね」
たとえこれが夢だったとしても、幸せな夢だったな。
「ま、詳しい事は明日からでも良いわよね!!」
アタシは薄い布団に潜り込む。
頭が追い付かないほどいろんなことがあったわね。
「この世界で、アタシは幸せになれるのかしら・・・」
薄い布団と心地よい疲れは、アタシを速やかに眠りへといざなうのだった。
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