ONE-SUN〜オネエが異世界で美少女に転生するだけの話〜

赤べこフルボッコ

第一章 転生、幼年編

第0話

 「アケミちゃん!!おかわりね!!」

 「はいはい、ちょっと待ってね~♡」


 ーーここは東京の外れにあるバー、『ONE-SUN』


 店を営む彼?彼女?の源氏名は尾根枝明美おねえ あけみ

 本名は尾根枝太陽おねえ たいよう

 その身長はゆうに2メートルを超え、丸太のようなその腕は見た目からは想像もつかないような繊細さでグラスに酒を注いでいる。


 「はい、お待たせしました。アケミスペシャルよ♡」

 「おぉ、ありがとねアケミちゃん!!」

 「ちょっと飲み過ぎなんじゃなぁい?」

 「大丈夫大丈夫!!」

 「まっ、酔い潰れたらアタシがや・さ・し・く♡介抱してあげるけどね♡」

 「今ので酔いが覚めたわ!!」

 「あらやだ、アタシは本気よ?」


 カウンターから上半身を乗り出し、男性客を見つめる明美の目は血走っていた。


 「怖えよアケミちゃん!!」

 「アケミちゃんでけぇからなぁ」

 「軽トラを投げ飛ばしたことがあるんだっけ?」

 「持ち上げただけよ」

 「飛んできた砲丸投げの球を投げ返したのは?」

 「そんな事しないわよ!!危ないわね!!受け止めただけよ!!」

 「充分凄くねーか?」


 常連客とそんな他愛もない話をしていると、不意に店のドアが開き、ベルが鳴る。


 「おっ、アケミちゃん、今晩わ~」

 「あら!?恭ちゃん!!いらっしゃい♡来てくれたのね♡」


 来店したのは最近アケミの店によく顔を出すようになったイケメンである。

 アケミは彼に密かに恋心を寄せているのだ。

 常連客から見ればそんな事丸わかりなのだが。


 「とりあえずアケミスペシャルを1杯貰える?」

 「アケミスペシャル10杯ね?任せて♡」

 「1杯で良いよ…?」

 「アケミちゃん、完全に酔い潰す気だな……」


 常連客の冷ややかかつ恐れをなした視線を独り占めしつつアケミは手際良くカクテルを作る。


 「相変わらず良い腕だね」

 「もぅ、褒めても何も出ないわよ♡いや、出そうと思えばナニは出せ…」

 「アケミちゃんストップストップ!!」

 「もぅ!!半分はジョークよ!!」

 「残り半分は本気なのか……」


 先ほどよりも恐れの色が濃くなった気がするがこれもいつもの事だ。


 「はい、お待ちどうさま♡今日はいつもよりも愛を込めたわ♡」

 「ありがとう、なんかいつもよりもアルコールが強い気がするんだけど…?」

 「恭ちゃん…生きて帰れよ…」


 常連客達は空気を読んだのか危険を察知したのかそそくさと会計を済ますと店を出ていく。


 「2人っきりになっちゃったわね、恭ちゃん♡」

 「そ、そうだね…でも都合が良いかな」

 「そ、そそそそそれはどう言う!?」


 何と言う事だ。

 これはひょっとしてひょっとしなくても告白なのでは?

 あぁ、こんな事になるならいつもよりも気合を入れて髪をセットするんだった!!

 ちなみに明美のセットした髪はヘルメットよりも硬い。


 「今日は香織さんは?」

 「さっき上がったわ」

 「そう、ちょうど良かった。香織さんがいるとちょっと話しにくいからね」


 (これは!!間違いないわ!!)


 カウンターの下で握った拳がミシミシと音を立てる。

 握力200キロは伊達じゃない。

 心臓がポンプのように脈打ち、屋内だと言うのに吐息は白く染まっている。


 「実は、香織さんをデートに誘おうと思ってるんだ!!」

 「もちろんOKよ!!……ん?」

 「良かった~、本人にはほら、好きなものとか直接確認するのは恥ずかしいでしょ?こんな事アケミちゃんにしか聞けないからさ」

 「あ、うん、そうね」

 「どうしたの?」

 「な、何でもないわ!!香織ちゃんはあぁ見えてお肉が大好きなのよ。後、あんまり高級なレストランだと緊張しちゃうって言ってたわね」

 「そうなんだ、ふふっ可愛いな」

 「そうね……」


 可愛いのはお前じゃい!!

 頬を染める彼を見つつそう思った。

 しかし、その顔は本来香織に向けられるもので…

 アケミの恋が終わったことを意味していた。


 (そう、そうよね…当たり前じゃない。嫌だわ、アタシったら)


 舞い上がっちゃって馬鹿みたい。

 その感情を首を振って打ち消す。

 いつもの事よ。アタシの想いなんて、今まで1度も叶った事なんてないじゃない。


 溢れそうになる涙を顔にありったけの力を込めて止める。


 「ア、アケミちゃん?具合悪いの?」

 「いえ、違うわ。嬉しいのよ。香織ちゃんも良い相手が見つかりそうでね。ほら、あの子ちょっと抜けてる部分があるから…」

 「そうだね。でもそんな所が好きなんだ」


 好きなんだ。その一言が自分に向けられたものだったらどんなに幸せな事か。


 (ダメね。愛する2人が幸せになれそうなんだから、アタシは黙ってそれを応援するだけよ)


 思えば当たり前の話だ。

 香織はうちの従業員で、娘のように可愛がってきた。

 オネエである自分から見ても彼女は可愛い。それに性格も良い。

 そんな子と、こんなに誠実な彼がくっつくのならそんなに嬉しいことはないはずだ。


 「あの子の事ならアタシに任せなさい!!」

 「頼りにしてるよアケミちゃん」

 「そう、そうね。でもね、恭ちゃん。あの子を泣かせるような事があったらたとえ貴方でもアタシは容赦しないわよ?」

 「も、勿論だよ!!俺は俺の持ってる全てで香織さんを幸せにしてみせる!!」

 「ッ!!ーーそうね!!その意気よ!!」


 彼の言葉が刺のように心に突き刺さる。

 応援するって決めたじゃない!!

 アタシはオネエ!!

 こんな経験だって1度や2度じゃない。

 どんな事があったってアタシはアタシらしく2人を応援しなくちゃ!!


 「良い?まずはねーーーー」


 深夜の作戦会議は終電まで続いた。

 恭ちゃんは会計を済ませ、お礼を言うとカランとベルを鳴らし店を後にした。


 「あ~ぁ、また失恋しちゃったわね」


 自嘲気味に笑うとグラスにウィスキーを注ぎ、煽る。

 喉を焼くような強いアルコールで悲しみを洗い流す。


 「あの子達が幸せになる、それはアタシの望みでもあるじゃない。アタシは何を勘違いしてたのかしらね?なっさけない」


 2杯目を飲み干し、普段はあまり吸わないタバコに火を灯す。

 一息でそれを吸い尽くすと、ため息と共に紫煙を吐き出し、カウンターに項垂れた。


 明美は物心ついた時から男が好きだった。

 しかし、今の今までその思いが成就した試しはない。

 拒まれ、貶され、蔑まれるばかりだった。

 こうして店を構え、常連客ができたとしてもそれは変わらず。

 常連客のみんなはこんな自分でも受け入れてくれたが、それまでだ。

 理解されようなどとは思わない。

 特殊なことも理解している。

 でも、それでも、だとしてもーー。


 「アタシも幸せになりた~い!!いや、今だって充分に幸せだけど」


 明美も体は男だ。

 背も高いし頭も悪くない。

 体に関しては日本最強と謳われるほどだ。

 女性にモテた事も少なくない、が。

 これはそう言う問題じゃないのだ。


 どんなに社会が変わり、居場所が確保されたとしても、オネエを受け入れてくれる人は多くはない。

 当たり前だ。

 一般的には男女が恋に落ちるのが当然なのだ。

 それは自分でもよく理解している。


 気がつけばボトル1本丸々飲み干していた。


 「よしっ!!これで終わり!!踏ん切りもついたわ!!アタシはオネエ!!こんな事でクヨクヨしていられないわ!!」


 頬をありえない力で叩くと両手の平から衝撃波が発生した。

 明美の張り手は音速を超えたのだ。

 ヒリヒリと痛む皮膚をひと撫ですると、明美は店仕舞いを始める。


 ーーーー数ヶ月後ーーーー


 明美はスーツを着て幸せそうな2人を見つめている。

 今日はあの2人の結婚式だ。

 思えばここまで早かった。

 明美の女性のように繊細で、男性のように大胆なアドバイスは大いに役立ち、2人は今日という門出を迎えたのだ。


 「グスッ…うおおお!!香織ちゃん!!恭ちゃん!!幸せになんなさいよ!!うおおおおお!!」

 「ア、アケミちゃん……」


 明美の男泣きは会場を震わせていた。


 「もう、マスター!!泣きすぎですよ!!…ありがとうございます」


 香織ははにかみながらもその目に涙を浮かべていた。


 「アケミちゃん!!新郎新婦とか関係者よりも泣いてどーすんの!!」


 常連客にも注意され、ハンカチで涙を拭う。


 「いや、アケミちゃんも関係者だよ。アケミちゃんのおかげで俺たちはここまで来れたんだから。アケミちゃん、本当にありがとう!!香織さん…香織は俺が絶対に幸せにするから!!」

 「えぇ!!当たり前よ色男!!もし泣かせたりなんかしたらお尻がなくなるまで引っ叩いてあげるんだから!!」

 「アケミちゃんが言うと冗談に聞こえないから怖いよな」

 「「「「ハハハハハ!!」」」」


 会場は終始笑いに包まれていた。

 良い式だった。


 明美は二次会として2人と自分の店で飲んでいた。


 「でね、でね?その時の香織ちゃんってば……」

 「もう!!マスター!!その話はやめてくださいよ!!」

 「ははっ、俺は聞きたいけど?」

 「も~、恭さんまで……」


 泣きながら香織のエピソードを話す明美の顔は化粧も崩れ黒い涙を流し、モンスターのようだった。


 「香織の化粧直しよりもアケミちゃんが化粧直す回数の方が多かったよね」

 「だって涙が出ちゃうんだもの!!オネエなんだもん!!」

 「それ関係ありますか?」

 「あら?もうこんな時間?悪いわね、貴方達も今日は疲れてるでしょう?」


 時計の針はそろそろ日付が変わる事を指していた。


 「いや、今日は楽しかったよ。アケミちゃんのおかげで最高の式になったよ」

 「はい、本当にありがとうございますマスター」

 「良いのよ。ほら、恭ちゃん、お嫁さんをエスコートしてあげて?今日はアタシの奢りだから」

 「うん、ありがとうアケミちゃん。また来るね」

 「えぇ、気を付けて帰りなさいよ~」


 2人は仲良く腕を組み店を立ち去った。


 「あぁ~良い式だったわね~…アタシもいつかは…」


 素敵な王子様との結婚式を夢見つつ明美はカウンターを拭く。


 「あら?まったくもう!!恭ちゃんったらスマホ忘れてるじゃないの!!」


 カウンターには置きっぱなしになっていたスマホがあった。


 「今ならまだそんなに離れてないわよね?」


 明美は握り潰さないように細心の注意を払いつつスマホを持ち、駆け出した。

 オリンピック世界記録並の速度で明美は街を駆ける。

 すると、そう遠くない先に2人が見えた。


 「恭ちゃ~ん忘れ物よ~!!」


 手を振りつつ駆け寄ろうとしたのだが、そのタイミングで信号が赤に変わってしまった。


 「んもぅっ!!タイミング悪いわね!!」


 そんな時、悲鳴が聞こえた。


 「?」


 ちょうど赤になった信号を渡り切る2人に向かって自動車が突っ込みそうになっていたのだ。

 明美の類稀なる視力は、運転手が眠っている事を確認した。


 運転手がブレーキを踏む事は無いだろう。

 突っ込む自動車に気がついた恭ちゃんは植え込みに香織を突き飛ばし、衝撃に備え、目を瞑った。


 ーー間に合うか?


 明美の脳裏によぎるのは吹き飛ばされその命を散らす新郎と、それを見て涙を流す新婦。

 彼は言っていた。

 自分の全てを持って彼女を幸せにすると。


 ーーならアタシには何が出来る?


 考えるよりも先に体が動いていた。


 ーーアタシも、アタシの全てを持ってあの子達を守り抜く!!


 幸せに包まれた将来を、愛した男を、娘のように可愛がった女を。

 この命でもって。


 「間に合えええええええ!!」


 スマホを投げ捨て明美の体は急加速する。

 あまりのスピードに耐え切れず、上着が弾け飛んだ。


 「オラァッ!!香織!!パス!!」

 「ふぇっ!?マ、マスター!?」

 「アケミちゃん!?」


 明美は彼を怪我をさせないように優しく香織の横の植え込みに投げ飛ばした。


 微かに宙に浮く明美、それを驚愕の表情で見つめる2人。


 「恭ちゃん、香織ちゃん、間に合って良かっ……」


 最後まで言い切る直前、無慈悲な鉄の塊は明美の体を弾け飛ばした。


 現在進行形で宙を舞っているのか。

 目まぐるしく切り替わる視点の中で、抱きしめ合う2人を見て明美は微笑んだ。

 あの2人が無事で良かった。


 それを最後に明美はその意識を手放した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー


 「ッハ!?」


 目を覚ましたら視界には薄汚い路地裏と

 青い空が広がっていた。

 酔い潰れて路地裏で寝ていたのか?

 そんなはずはない。

 確かアタシはあの時……。


 考えるほどに頭が痛むが、それ以上に張り付くような喉の渇きと痛いほどの空腹に意識を取られた。


 「お腹すいた…それになんだか視点が低いわね…まだ酔ってるのかしら?」


 酔いなのか空腹なのかわからないが吐き気に襲われ四つん這いになる。

 前髪が垂れてきて鬱陶しい。

 …ん?前髪?


 アタシの前髪ってもっと短かった筈よね?


 垂れてきた前髪をつまみ凝視する。

 埃やら土やらに塗れて薄汚れてはいるが、オレンジとブロンドの混ざったような不思議な色をしていた。


 「何よ…これ」


 自分の身に何が起きているのかわからないまま泥の混ざった水溜りを覗き込む。


 「はぁ!?」


 そこに写っていたのは筋骨隆々の自分では無く、痩せ細った少女そのものだった。


 「こ、これがアタシ!?」


 いまだに理解の追いつかない頭で叫ぶ。

 その声は路地裏を震わせていた。

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