一章 かかしと妖精③
教えられた辺りに来ると立ち止まり、ぐるりと見回す。
どこのテントで、戦士妖精が売られているのだろうか。
左のテントには、掌大の妖精が、籠に入れられて
右のテントには、小麦の
そして正面の、つきあたりにあるテント。そのテントの売り物は、妖精一人だけだった。
テントの下になめし
その妖精は、アンよりも頭二つ分ほど上背がありそうな、青年の姿だ。
黒のブーツとズボンをはき、
黒い
その背に、半透明の柔らかな羽が一枚ある。まるでベールのように、敷物の上に
これは愛玩妖精に違いない。貴族のご婦人が、観賞用に高値で買い求めそうだ。
さらりと額にかかる前髪の下で、妖精は目を
その姿を目にしただけで、背がぞくりとするような、快感めいたものすら感じた。
──綺麗なんてものじゃない……。
その長い睫に引き寄せられて見つめていると、ふと妖精が顔をあげた。
目があった。妖精は、アンをまっすぐ見つめた。
何か考えるように、妖精はしばらく
「見覚えがあると思ったら、かかしに似てるのか」
そして興味をなくしたように、ふいと、アンから視線をそらした。
「し…し、失礼な……花盛りの、
妖精の独り言に、アンは
「盛りも、たかがしれてる」
そっぽをむきながらも、
「なんて言いぐさ──!?」
その失礼な妖精を売っているのは、妖精商人の老人だ。テントの横でたばこを
アンが眉を吊りあげているのを見ると、妖精商人は、やれやれといったふうに口を開いた。
「悪いね、お嬢ちゃん。うちの商品は、口が悪い。通りがかりの人間に、だれかれかまわず悪態をつくんだ。気にせず、行ってくれ」
「気にするわよ! 余計なお世話かもしれないけど、こんなに口が悪くちゃ、愛玩妖精としては売れないわよ、きっと! 売るのを
「こいつは愛玩妖精じゃねぇよ。戦士妖精だ」
アンは目を丸くした。これが教えられた、戦士妖精を売るテントだったらしい。
だが信じられなかった。
「戦士妖精!?
「これも戦士妖精さ。こいつを狩るのに、妖精狩人が三人も死んだってほどの、
「さっきのおじさんが、不良品だって言ったわけよね。戦士妖精って言うけど、実は口の悪い愛玩妖精を売るために、戦士妖精だって言い張ってるだけじゃないの?」
「妖精商人は信用が第一だ。噓はつかねぇ」
アンは、妖精に視線を
妖精は再び、アンを見ていた。なにが
不敵な表情だ。確かに、おとなしい妖精には見えない。なにかやらかしそうな雰囲気はあるが、だからといって戦士妖精として役に立つほど、強そうにも見えない。
「わたし、戦士妖精が欲しいんだけど……この人以外、いないの?」
「戦士妖精は、扱いがむずかしい。一度に
「リボンプールまで遠回りしてたら、品評会に間に合わない」
親指の
「こら。かかし」
ふいに、妖精が口を開いた。アンはキッと妖精を
「かかしって、この、花も
「おまえ以外に、
「……買えって……め、命令……?」
妖精商人も
「こりゃ、いい! こいつが自分を買えなんぞと言ったのは、はじめて聞いた。このお嬢ちゃんに
「口が悪くなけりゃの話でしょ~」
しかし妖精商人が提示した金額は、確かに安かった。戦士妖精や愛玩妖精は数が少ないので、高価なのだ。百クレスは金貨一枚。それで戦士妖精が買えるのは、破格の安値だ。
「ねぇ、あなた。自分から買えって言うからには、戦士妖精として自信があるの?」
訊くと、妖精はちらりと目を光らせてアンを見あげた。
「俺に、なにをさせたい」
「護衛よ。わたしはこれから、一人でルイストンへ行くの。その道中を守って欲しいの」
妖精は、自信ありげに
「わけない。ついでにサービスで、キスくらいしてやってもいい」
「そんな高飛車なサービス、いらないわよ! しかも大切なファーストキスを、サービスなんかで
「お子様だな」
「悪かったわね! お子様で!」
できるならば、もっと
──仕方ない!! 多少、口が悪くたって、
ドレスのポケットに
「おじいさん。この妖精、買うわ」
「へへ、思い切ったね。お
商人は黄色い歯を見せて笑った。アンが金貨を差し出すと、妖精商人はその金貨をとっくり検分して受け取った。そして首にかけていた小さな
「じゃあ、羽を
妖精商人は小さな革袋の口を開けると、中から
アンの
光線の加減によって、七色の光を
「これが、彼の羽?」
「そうさね。証明してやろうか」
言うなり妖精商人は、羽の端と
妖精は体を抱えるようにして、全身を
「やめて!! わかったから、やめて!!」
アンの言葉に、妖精商人は力を
妖精の体から力が
妖精商人は羽を折りたたみ、元の袋に戻すとアンに
「これを
「でも
「眠るときは必ず、羽を服の下に
「それで、平気?」
「考えてみな。自分の心臓を、
確かにあの苦しみかたを見れば、おいそれと手出しはできないと思える。
相手を
「気をつけなよ。特にこいつは、今まで買われようとするたびに、この顔から想像もつかねぇ悪態を
「この人、そんなに
「買うの、やめるかね?」
アンは少し考えたが、首を横にふる。
「リボンプールに行く時間は、ないもの。買うわ」
「なら、いいかね。羽は、気をつけて
アンが
妖精は
「待ってろ。いつか、殺しに来る」
「そりゃあ、いいな。楽しみにしているよ」
妖精は立ちあがった。長身だった。
「とりあえず。わたしは、あなたを買ったから。よろしくね」
アンが言うと、妖精は
「金貨を持ってるとは、景気がいいな。かかし」
「かかしって呼ばないで! わたしは、アンよ」
アンと
「お嬢ちゃん、本当にこいつを使役できるのかい?」
「使役できるさ。なあ、かかし?」
と、答えたのは当の妖精だ。
「アンよ! アン・ハルフォード! 今度かかしって呼んだら、ぶん
「……
妖精商人の
「ええ! 大丈夫よ。心配しないで、おじいさん。さあ、あなたは
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