一章 かかしと妖精②
左右に小麦畑が広がる道を、馬車は進んだ。
日が高くなる
レジントンは、円形の広場を中心にして放射状に広がる城下町だ。高台には、レジントン州を治める州公の城があり、レジントンの町を見おろしている。
町中をゆっくりと馬車で進んでいくと、目の前に人だかりができていた。
人だかりのために、道はふさがれている。
「ねぇ、ちょっと。みんな、なにしてるの。道、ふさがってて馬車が通れないんだけど」
「いや……通ってもいいんだが。お
「あれって?」
農夫の
「こいつ、この性悪め!!」
狩人は声を
よく見るとその泥の固まりは、人間の
「あれは、妖精!? なんてひどい!」
アンが小さく悲鳴のような声をあげると、農夫がうなずく。
妖精は、森や草原に住む人間に似た生き物だ。大きさも姿も様々で多くの種類がいるが、背中に二枚の、半透明の羽があるのが
妖精には
王族や貴族、
ノックスベリー村のジョナスの家にも、掌くらいの大きさの、キャシーという名の妖精がいた。キャシーはジョナスの身の回りの世話をしたり、砂糖菓子の仕込みの手伝いをしていた。
「あの妖精狩人が使役してる、労働妖精だ。自分の片羽を
農夫は声をひそめ、妖精狩人をそっと指さした。
妖精狩人の手には、薄い羽が
妖精を使役するために、使役者は妖精の片方の羽をもぎ取り、身につける。
羽は、妖精の生命力の源だ。羽が体から
人間にたとえるならば、羽は心臓だ。
だから使役者は、片方の羽をもぎ取ることで、妖精を意のままに動かせるのだ。
しかし妖精とて、
「いくら妖精でも、あの仕打ちはひどい」「あの妖精、死ぬぞ」と人々は
アンはとなりの農夫や、周囲の男たちを見あげた。
「ちょっと、みんな! あんなひどい
しかし周囲の者は、自信なさそうに視線をそらす。
農夫が弱々しく呟く。
「
「妖精だからって、なに!? ぐずぐずしてたら、あの子死んじゃう。いいわ、わたしが行く!」
アンは農夫を押しのけて、一歩
「おい、お嬢ちゃん。あんたみたいな子供が、やめとけって」
「子供じゃないわ。わたしは十五歳。この国じゃ女の子は、十五歳から成人でしょ。わたしは立派な大人。ちゃんとした大人なのに、なぶり殺される妖精を見殺しにしたなんて、一生自分を
アンはしゃんと背筋を
妖精狩人は興奮しているのか、アンに気がつかない。妖精をブーツの底に踏みつけたまま、手にした妖精の羽を両手で握る。
「おまえの羽なんぞ、こうしてくれる」
「やめろよ、このやろう! やめろ!!」
妖精はそれでも勇ましく、小さな手足をばたばたと動かして、泥を
しかし妖精狩人の手は
妖精は泥の中で悲鳴をあげる。
「
羽を引きちぎろうと、妖精狩人の手に力がこもった
「ちょっと、失礼!!」
声とともに、ドレスの
油断しきっていた妖精狩人は、がくっと膝が折れる。体の
「てめぇ!!」
妖精狩人が
アンは軽く飛び
「ほら。これ。あなたのでしょう」
はっとしたように、妖精は羽をひったくった。泥にまみれた顔の中で、青い目だけは異様にぎらついて光っている。妖精はアンを見あげると、
「ケッ! 人間に、礼なんか言わないからなっ!!」
アンは肩をすくめる。
「まぁ、ね。わたしも、
「どうしてくれる
ごつい
アンは
「だっておじさん、あの妖精を殺すつもりだったんでしょう。それなら、いなくなるのと同じじゃない?」
「なんだと!?」
いきり立つ妖精狩人は、
しかし彼らを取り囲んだ野次馬が、
「だいの男が、そんな子供に手をあげるのか!?」
「その子の言うとおりだろうが!」
「あんた、ちょっと
野次馬の非難を受けて、男はひるむ。アンは
低く
「ありがとう。おじさんが
アンは「じゃあね」と軽く妖精狩人に
「まったく、頭に来る。ひどいことしすぎよ。妖精だからって、なんだっていうのよ」
妖精は姿こそ、少し人間と
だからエマも、けして妖精を使役しなかった。
妖精を使役しない。それがエマとアンの信条だった。だが───。
アンはふと、暗い表情になる。
「……でも。……わたしもこれから……ひどいことするんだよね……」
アンは再び、馬に
町の中心部に来ると、遊んでいる数人の子供を呼び止めて
馬車を降りると、円形広場に向かう。
広場には、テントが不規則に並んでいる。
テントは、布に
つんと
その
近くのテントに目をやる。
その
ここは妖精市場だ。
妖精
王都ルイストンへ向かうつもりならば、レジントンを経由すると少し遠回りになる。にもかかわらずこの町に立ち寄ったのは、この町の市場に、妖精市場が
アンは近くのテントに近寄ると、妖精商人に声をかけた。
「ねぇ。戦士妖精は、売っていないの?」
すると妖精商人は首をふった。
「うちは
「じゃあこの市場で、戦士妖精を扱っている人を知らない?」
「
「そうなの? まあ、とりあえず行ってみる。ありがとう」
礼を言うと、歩き出す。
妖精商人は妖精を、その能力や容姿によって売り分ける。
大半の妖精は労働力として、労働妖精と
外見が美しいもの
特に
アンは戦士妖精を買うために、妖精市場に来たのだ。
これからアンは砂糖
ノックスベリー村やレジントンがある王国西部から、ルイストンへ続く
エマとて、旅を続ける道中には
南に
しかしそれでは、今年の品評会には間に合わない。
アンはどうしても、今年の品評会に間に合いたかった。それはひどく感傷的な理由からだった。自分でもわかっていた。けれど、その感傷的な理由にすがり、なにか目の前に目標をかかげていなければ、足もとがぐらつきそうだった。
──絶対今年、銀砂糖師になる。わたしは、決めたんだから。
ぐっと視線をあげる。
ブラディ街道を行くには、護衛が必要だ。
けれど残念ながら、
そうなると
今年、銀砂糖師になりたいという大きな望み。そのためにアンは、「妖精を
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