第五話 絵空の瞬き
魔界の古城、大広間と呼ばれる場所に六名が集っている。
どういう原理なのか、出現したテーブルにはティーカップが置かれていた。
親切にも、紅茶のようなものが注がれている。
しかし精神体における飲食に、どういった意味があるのかは定かでない。
困惑の色を隠せぬ一同は、銘銘ホウゲンの指示に従い、ひとまず着座してゆく。
彼らは極めて大事な局面で登場し、流れを一刀両断した。
どのような思惑があってのことなのか、確かめなければなるまい。
「あのホウゲンさん。こちらの方々は?」
「審判と、その御付きの孤児みたいなものだ」
「??」
「ホウゲン様、それでは伝わりませんよ」
(孤児って……)
不服ではあるものの、当て無しの身分なのは事実。
強ち見当違いともいえず、クロノスケは苦笑して気を取り直す。
対してイツナは、状況が飲み込めずに訝しがっていた。
不要な誤解を生まぬため、羅摩が変わらぬ調子で間を取り持つ。
「初めまして、イツナ様。わたしは羅摩と申します。そしてこちらはアマリ・クロノスケ殿。此度は人界の命運を左右する大切な席とは承知しておりますが、僭越ながら訳あって参上いたしました。よろしくお願い申し上げます」
他己紹介の体裁につき、クロノスケは頭を下げるだけに留めた。
イツナも控えめに「よろしくお願いします」と言って一礼する。
だが、疑いの眼差しは向けられたままである。
言うまでもなく、理由の方の説明を待っているのだろう。
一方、彼女の左隣に座った角の異人は、退屈そうに欠伸を噛み締めている。
その目は、クロノスケをじっと見つめていた。
また右隣の男も、羅摩と彼を交互に目で追い、心奥で何かを量っているようだ。
それにしても、羅摩は人界の命運を左右すると言った。
彼女は誇大な表現を用いて、心の隙間に火種を撒くような人物ではない。
つまりこの対談が正真正銘、未来における重要案件なのは決定的といえる。
クロノスケは覗き見から一転、放胆にも表舞台へと乗り出した。
結果、あまりに不相応な居心地に尻込みしそうになっている。
しかし、自ら進んで首を突っ込んだ手前だ。
甲斐性なしに
口を開くか逡巡していると、羅摩が続けた。
「ホウゲン様が審判と仰ったのはわたしのことです。この対談は公には知られておりませんが……神託によって知り得た後、見届け人の天命を受けて同席させていただいている次第です」
「そうでしたか。貴女のことはおおよそ予想できましたが、ではそちらの……クロノスケさんでしたね。彼はどういった立場の方なのでしょう? 人界に孤児は存在しませんし。というか、魔素の動きが変みたいですけど」
警戒心を帯びた声音で、順当な疑問がぶつけられる。
彼女らは当然、こちら側の事情を知らない。
クロノスケはこの上なく、不審人物に映っていることであろう。
また今の一言で、イツナには何故か魔素が見えていることがわかった。
(彼の素性は
羅摩がどこまで答えるべきか悩んでいると、ホウゲンから助け船が出される。
「安心しろ、まず人族と考えて問題ない。神通力で確認もさせてある」
「そうは言いましても……では、魔素が無反応なのは?」
「その理由はおれにもわからぬが、お前とて一目瞭然のはずだ。こいつは悪意を持たざる人畜無害でしかない。この土壇場で現れた以上、広義での立場はお前と同じようなものだろうがな」
「わたしと同じ? 現れたって一体……」
「補足しますと、彼は半刻より少し前、当古城内にて出現し発見されたばかりです」
「ええ! そんなことってあり得るんですか?」
「現に起きているのだから、あり得るのだろう」
自分の話をされているのだが、クロノスケは蚊帳の外にいる気分だった。
なまじ記憶がないため、逆に他人事のように感じられるのは精神的に楽ではある。
とはいえ、このままでは画餅の置物と化してしまう。
場を掻き乱さぬよう、慎重を心掛けて話に参加しようと決意する。
「えっと、私がここに来たばかりというのは本当です。記憶喪失なので正確なことはわかりませんけど」
「記憶がないんですか? ……確かに、それならわたしと同じ可能性もありますね。クロノスケさんは、何か使命のようなものを感じているでしょうか」
「し、使命? いや、そんな感じのものは全く……」
「うーん……まあ来たばかりじゃ、わからないかもですね」
「――斯様な経緯がございまして、クロノスケ殿は五里霧中の境遇です。人道的な観点から、危機回避のためにもご同行いただいておりました」
「そういうことでしたか……ひとまず、事情はわかりました」
「この件は今後ともわたしが担当いたします。何か判明した際はイツナ様にもお知らせしますので、この場は何卒、ご容赦いただければ幸いです」
「はい、大丈夫です」
「寛大なご配慮に感謝いたします」
「いずれにせよ、この無知蒙昧がいて困ることなど、互いに何一つとして無かろう。そろそろ本題に戻るぞ」
ホウゲンが仕切り直す。
腑に落ちない点は多かったが、イツナとて目的は対談の完遂である。
支障が出ないのであれば刹那の疑念は手放し、話を進めるべきだ。
加えて、何が起きたとしても対応できるだけの備えは十分にしてきた。
彼女はそのように考え、仲間と思しき二人に目配せすると深く頷いた。
「それで、消えると言っていたな」
「ええ」
「確かにそうなれば、均衡は徐々に戻るだろう。だが帳尻が合うのは余剰分に限られる。姑息な延命措置に終わるだけだ」
「今の人界は逼迫しています。たとえ一世紀程度の束の間ではあっても、直ちに対処して時間を確保できれば、人族はまた別の未来を切り拓けるでしょう」
「無責任なことだな。その際、先陣を切る光携者なくして
「先ほども言いましたが、光携者とは後天的な存在です。そもそも人は誰でも、光とともに在ることができる――わたしが特別である必要こそ、どこにもないのです」
「屁理屈を。実際に無二の存在だからこそ、お前はここにいるのだろう」
「守護については否定できません。ですがその唯一の光がなくなって、本来の均衡が戻りさえすれば……」
「お前の主張は、幾重もの裏切りで成り立っていると理解しているのか」
「……ええ。全て承知の上です」
「……おれが淘汰され、均衡を振り切れば事態が終息するのはわかっているな」
「!」
「それの何が不満なのだ。悲願を果たす千載一遇の好機、みすみす逃すなど正気とは思えぬ」
「わたしからすれば、ホウゲンさんの方がよほど不思議ですよ。どうしてそこまで……」
不穏な流れだ。
しかし、無理に調子を合わせて割り込むような醜態は晒すべきではない。
クロノスケは今、彼女らの譲歩によって同席を許されている身の上である。
もし感情に任せて下手を打ち、なけなしの機会を失えば最後。
イツナの早まった考えを止める魂胆など、いとも容易く潰えてしまうだろう。
そうならないためにはまず、無いに等しい発言力を上げる必要がある。
これまで同様、対話の内容から全体像を探るべく、彼は両者の意見を咀嚼する。
――素直に受け取るなら、イツナの死は何らかの天秤を正常化するようだ。
その影響で、人界の寿命が100年ほど伸びるといったところか。
現在、人界を脅かしているのは厄災、つまり災害と思われる。
この対談は、その発生原因に働きかける方法に言及しているのかもしれない。
ただ、ホウゲンはそれが突貫で急場凌ぎの対策であるとも主張していた。
この問題はいずれ、繰り返す性質を持っているものとみえる。
また、ホウゲンはどうやら魔族側に与している様子がない。
おまけに、能動的に彼女から宣戦布告を引き出そうとしている節もある。
自らが魔族であるのに、どのような内情を伴っているのだろう。
クロノスケが眉間に皺を作っていると、羅摩が口出しする。
「御二方、討論中に失礼しますが」
「なんだ」
「現在、双方の見解に公平性が欠けていると感じる部分がございます。質問のご許可をいただきたく」
「……構わぬ。お前はどうだ」
「わたしも問題ありません。裁きの天命をお持ちなら、羅摩さんの意見も聞いておくべきだと思います。お願いします」
「ありがとうございます。では、まずはイツナ様の選択についてです。お話を伺った限り、貴女は人族の未来のために、自らを顧みぬ覚悟でここにお越しになったものと存じます」
「はい」
「しかしホウゲン様のご指摘があったように、それによって人族は一時的な猶予を得られる可能性があるものの、問題は根治に至らず、先延ばしになるばかりです」
「はい」
「また、イツナ様がいなくなってしまえば人界は光の指針を失うことになります。我々を深く信じてくださっているご慈愛には感謝を申し上げますが、これでは託される側が大変、困難な道のりを強いられるのも必定です」
「そこはまさしく、お二人の言う通りです。でも、そうならないように手筈は整えてあります」
「なるほど、何か策があるのですね。是非お聞かせ願えますか」
「もちろんです。確かに、未来でも今と同じように均衡が崩れる時期が来るでしょう。ただその際は、わたしがいないことによって、今とは異なる手段で対処することができるようになるのです」
「と、いいますと?」
「異星から魔族側にエネルギーを供給していただけるよう、約束を取り付けておきました」
「……なに」
「要するに、まず重心を初期化させて、その後の正常な傾きについては、愛の水準をそのままに魔の増幅を行うことで、より高度な五分の状態を作り出すのです」
とうとう異星なる言葉まで出てきてしまった。
辛うじて概要は捉えられるが、クロノスケは話に追いつけなくなってきた。
およそ前提となる知識、現代への理解度が足りていないのである。
おそらくここから先は、右の耳から左の耳となる部分も多くなるだろう。
彼は臨機応変に、理解から暗記へと脳の処理方法を切り替えた。
「与太話にしか聞こえぬ。五分といってもその実、飽和状態ではないか。限界を超えるエネルギーを星が保有することになるぞ」
「エネルギーの氾濫については、天界で受け持っていただけるとの神言を賜っています。羅摩さん、門が直ったら
「しょ、承知しました」
「まったく上は何でも有りなのか……呆れてものも言えぬ。ちなみに異星というのは、先の革命の時と同じ勢力か」
「そうです。今回も力を貸してくれると快諾してくださいました」
「……お前の本意はわかった。しかし、かといって出端から嗾けるような蛮勇を奮うとはな……大胆不敵なやつだ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ふん……次にゆくぞ。羅摩、質問を」
「はい、それでは。……ホウゲン様におかれましては、イツナ様でなくご自身の消滅を望まれているご様子です。しかしそれは魔界の存続にも関わり、魔族側としては最悪の結末かと思われます。何故そのような独断専行を?」
「白々しいな。お前は疾うに察しているだろうに」
「イツナ様がいらっしゃるこの場で表明していただくことに意義があるものかと」
「生ぬるい……」
「何か事情があるんですよね? どうか話してください、ホウゲンさん」
「はあ、そう勇むな。……単純な話だ。この役割に、ただ飽いただけのこと」
虚無と温もりに
それは先刻、イツナが浮かべたものと何ら変わらぬ厭世観だった。
――再び瞼の裏で、ちかちかと光のようなものが瞬く。
既に話の理解は諦めているクロノスケだが、自然と直感は働いたようだ。
「飽いたって……ホウゲンさんにも色々あるのはわかりますけど、それでは巻き込まれる他の魔族たちが納得できないんじゃないですか?」
「お前ら人族と違って、魔族とは排外主義を極める存在だ。おれは絶対的な力を持つが故、ここに座してはいるが……元より奴らとは協力関係にも敵対関係にもない」
「なら尚更、貴方の一存で決められることではない気も……」
「人族の尺度で語るな。迷惑甚だしいが、おれが
「急に
傍若無人に説き伏せられ、イツナが困り顔で羅摩に縋った。
サイマというのは初めて聞く言葉だ。
概ねコウケイシャと同じく、代表格を示す呼称と思われる。
羅摩は苦笑すると、少し不満気に言った。
「ホウゲン様、肝心なところに触れていませんね」
「質問の答えは以上だ」
「え、えっと……?」
「イツナ様。つまりホウゲン様は、この世界の法則を嘆いておられるのです。だからこそ我々、人族が正しく歩みを進め、その法則に真っ向から挑もうとするならば、魔族とて協力は吝かではない……とそう仰っているわけですね」
「あ……確かにそんな風にも受け取れますね。なんとなくそんな気はしていましたけど、やっぱりホウゲンさんって優しいんじゃ――」
「たわけ。……ともあれ、これで互いの思惑は詳らかになったようだな」
やや殺伐としていた展開は、羅摩の仲裁により風向きが変わった。
最大限の努力をすると言った彼女の有言実行による成果だ。
そして、クロノスケは見逃さなかった。
そこに生まれた、平和的な解決方法が入り込む一分の隙を。
彼は今までに貯蓄した理解と、暗記した台詞の遡行を試みた。
鋭敏となった直感も動員し、相応しい切り口を手繰り寄せんと熟考する。
すると、隠れていた見知らぬ観念が顔を出し、彼の感情と願望に結びついた。
それは電気信号の如く体を駆け巡り、深層意識に眠る言葉を胸中に響かせた。
『両者は依然として、自己犠牲を正当化する建前を提唱している。ならば付け入るべきは、その心の矛盾が盲目にしている真理だ』
自分とも他者とも思える感覚が、頭から足の先まで浸透している。
この不可解な情動と想いの交錯が、何なのかはわからない。
だが、指し示された道は求めていた希望に舗装されていた。
そこを辿ることに、何の躊躇いも憶えさせぬ光の導き。
あとはこの機を掴むだけ――クロノスケが介入する。
「あの、横で聞いていて思ったんですけど」
「今度は無関係なお前が声を上げるか」
「ホウゲンさん。彼は完全に第三者の目線ですし、何か貴重な意見を貰えるかもしれません」
「別段、発言を許さぬと言った覚えはない。そも、羅摩と共に躍り出たのは何か思惑もあってのことだろうからな。期待はしていないが、異議があるなら申してみよ」
「……えっと、本当に部外者の戯言だというのはわかっているんですけど、どうしても質問したいことがありまして。最初はイツナさんにだけと思ってましたが、ホウゲンさんにも当て嵌まりそうな話です」
「ほう。聞こう」
「その、たぶんこの対談って、みんながいい方向に進むためのものですよね。なら――」
クロノスケの心臓が徐々に跳ね上がる。
分を弁えぬと知りながらも異論を呈する勇気の執行。
一字一句を紡ぐ須臾に、烏滸がましさの自覚が善意を羞恥へと塗り替えてゆく。
しかし彼は良心の導きに従って、その愚行を塞き止めんと強張る喉を懐柔した。
「なんで、幸せから遠ざかろうとするんでしょうか」
沈黙の静けさが間となって、しんと鳴り響く。
その素朴で拙い疑問は、各々の感情を無差別に叩扉して纏わりついた。
イツナは信念の灯火が凍てつかせた何かが、己を讃えては憐む声を聞いた。
物憂げな表情で俯く彼女を見て、ホウゲンは神妙に目を細める。
他方、ここまで殆ど動かなかった二人も反応を示す。
角の異人は意味深に笑い声を抑え、水干の男は腕を組み目を見張っていた。
羅摩の方は、落ち着いた様子で頭巾の中へとカップを運んでいる。
反論も肯定も出ないままの一同。
その過ぎゆく時の残酷さたるや、たとえ寸陰であろうと居た堪れない。
だがクロノスケが自責と後悔の念に押し潰される寸前、ようやく口火が切られた。
イツナが噛み締めるように、クロノスケの言葉を小さく零す。
「幸せ、ですか」
彼女はそれ以上、何も言わずに目を伏せている。
自分の言葉は、果たしてどのように伝わったのだろうか。
何か誤解されてしまったかもしれない。
だが、そこも含めて、まずは話し合わなければ互いを理解することなどできまい。
皆の様子を窺っていると、左右を一瞥したホウゲンが、ぞんざいに催促した。
「そっちのお前たちにも、思うところがあるようだな。ここらで少しは喋ったらどうだ」
「ん? いや~吾は別に……クク」
「おいゾグ! ……齎魔殿。知っての通り、我々はイツナの意志を尊重する存在だ。今後とも干渉は控えさせてもらう」
「その割に、都度わかりやすい顔をしていたように見えたが」
「気のせいだ。捨て置いてくれ」
「難儀な奴らめ。……それで、クロなんとかよ」
「クロノスケです」
「お前はあたかも、痛みなき理想郷を幸福とでも言いたげだな」
「い、いえ。痛みは必要だと思いますよ。ただ何か変というか、歪だな、と感じたもので」
「おれと、
「ええ。だってみんながいい方向に進む話をしているはずなのに、それを一生懸命に考えて議論しているお二人が、さも度外視されているかのような雰囲気じゃないですか。ちょっとおかしいですよね」
話す間に少し緊張が解れたのだろう。
クロノスケはゾグと呼ばれた角の異人を見ながら、流暢に答える。
確証はないものの、彼の笑いは嘲弄よりも痛快の色を帯びていた。
四面楚歌にも感じられるこの状況。
一人でも賛同を得られたら、多少の好転が見込めるかもしれない。
「クク、そうよな。だが烏帽子の小僧が言ったように、悪いが吾も干渉はできなくての。まあ今は坊主のような考え方もあるとだけ、はぐらかしておくとしよう」
「小僧ではない、イエミズだ」
「そうだったかの~」
「もう、二人ともお戯れはその辺で。……わたしとしては、もう少し踏み込んで欲しいんですけどね」
残念ながら、ゾグやイエミズなる男を味方にすることはできないようだ。
干渉できない中立の立場――おそらく羅摩と同じ類であると思われる。
とどのつまり、主役の二人に物申す余所者が一人。
この滑稽な構図は相変わらずだった。
先ほど理想郷と皮肉ったホウゲンが、こちらに好意的でないのは確定している。
イツナの方はまだ判断できないものの、様子からしてあまり期待はできない。
とかく、直接聞いてみるしかないだろう。
「参加する気がないなら望み通り捨て置くぞ。……クロなんとかの意見は確かに第三者ならではだが、所詮は当事者でなく、他人事だからこそ垂れることのできる講釈に過ぎぬとも言える」
「ホウゲンさんは、私の考えが現実的ではない、綺麗事だと仰るわけですね」
「この後のお前次第でもあるがな」
「イツナさんはどう思いますか」
「わたしは……貴方の言いたいことはわかります。でもやっぱり、手段を変えることはできません」
「実際問題として、死は免れないと?」
「ええ。皆の幸せは、わたしの幸せでもありますから。光携者の使命として、この光は未来へ繋ぐために使います」
「その光ってたぶん、イツナさんの守護のことですよね? で、ホウゲンさんの場合はご自身が悪意ってやつの総本山の立場で……結局のところ、問題の根底にあるのはその守護と悪意の二つ、って話で合っていますか?」
「……間違ってはいない。お前、記憶喪失のくせに頭は回っているようだな」
「いえ、空っぽだからこそ、必死に捻っているだけでして……」
過熱状態の脳に鞭打って、全身全霊で取り組んだ推理は功を奏していたらしい。
実のところ、全容の半分も理解は及んでいないのだろう。
しかし、その逆境において彼は与えられた情報から本筋の要約を成功させていた。
この所業は後に、対談の流れを大きく変化させることになる。
「クロノスケ殿は聡明なお方ですよ。彼の発言には第三者の公平性だけでなく、普遍的な視点も含まれています。体調に差し障りがなければ、引き続き貴方の見解も伺ってよろしいですか?」
「はい。といっても私が言いたいことは単純でして……守護と悪意って、お二方から切り離して考えられないんですか?」
「ええ、守護は神々から賜っているものですので……自裁という例外を除いて、人側の都合で返納できるような代物ではありません」
「右に同じだ。魔族は悪意を存在の根源としているゆえ、それを断つなど不可能」
「でもどちらも、命を
「そうだ」
「…………」
予想に違わぬ対価の説明だった。
しかし、仮に守護や悪意が当人らの生命ないし、魂と密接に繋がっていたとして。
縦しんば、それらが有機的に
それでもクロノスケには、双方が融合しているとまでは思えなかった。
その理由は、あの瞼の裏の光を源泉とする卦体な観念が語りかけてくるからだ。
『魂とは意志の代謝で輝き、それ自体は如何なるものにも侵されない、明鏡の存在だ』
荒唐無稽の感悟が頻りに右脳で展開しては、左脳で諒とされ腑に落ちてゆく。
つまり魂は森羅万象に先立つという前提があるということだ。
ところが、イツナらの主張はこの前提と合致していない。
――突如として生まれた強い違和感がクロノスケに、とある提案を促した。
「では、封印とかは如何でしょう」
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