第四話 光を携えし者

心許ない足取りでクロノスケは転移陣を抜けた。

通るだけで離れた別の空間に行ける不思議。

これで二度目だが、まだまだ新鮮な感覚である。

次はどのような体験が待っているのだろうか。

不調とは裏腹に湧出する高揚感を抑え、羅摩に続く。

ほどなくして行き着いた先は、細長い廊下であった。

幅は四十寸くらいで非常に狭い。

両側に、二枚立ちの襖が三箇所ずつ並んでいる。

向かいの突き当りはただの壁になっているようだ。

意図が不明瞭で、非常に奇妙な空間である。


「ここからさらに進みますが、順路以外で大広間には辿り着けません。しっかり付いてきてくださいね」


全ての襖には、転移陣と思われる紋様が描かれている。

それぞれが別の空間に繋がっているのであろう。

羅摩は向かって右奥の襖の方へと、淀みなく歩いて行った。

道順を把握していなければ、立ち所に迷ってしまいそうだ。

それにしても、真っ直ぐ目的地に向かえないのは逆に不便ではなかろうか。


「なんかこれ、回りくどい気もしますね」

「実際、迂回する場合が多いです。三次元ですぐ隣の部屋に行こうとしたら、扉を一枚開ければ済む話ですが……こちらでは、転移陣を幾つも跨がなければ到達できなかったりします」

「なんか思ってたのと違うような……直接、狙った場所には出られないんでしょうか」

「可能ではあります。ただ、やはり色々と条件がございまして。残念ながらこの古城においては、これら天然の陣を繰り返し通過するほかに移動手段はありません」

「天然って、この絵みたいなやつ、自然発生なんですか? てっきり羅摩さんが描いたのかと」

「人為的なものは稀です。ほとんどは自然の法則、つまり神様の理に従って、然るべき場所に自動で出現しています」


転移陣の配置や行き先は、何やら崇高な様式に基づいているらしい。

無作為な空間の連結に思えてならないが、一応、納得しておく。

ただ、一つだけ羅摩が手掛けたものも存在しているそうだ。

クロノスケの救助に呼ばれた際、彼女が通ってきた転移陣。

直接あの書斎に繋がるそれは、苦心しつつも自ら描き上げたのだという。

残念ながら当時は朦朧としていたため、どのような紋様だったかはわからない。


(次に行く機会あれば、見てみようかな)


ちなみに何故その転移陣だけ手掛けたのかを聞くと、答えは単純だった。

ホウゲンの書斎は、例の一本道の廊下を経由する以外、入室する手段がない。

これでは有事の際にすぐ駆けつけられず、保安上、問題となるそうだ。

羅摩が警備している理由は不明だが、そのお陰で自分が助かったのは事実である。


――縷縷るると説明を受けながら、彼らは次々と転移陣を潜っていった。

最初の襖に始まり、窓や床、時には浴場の湯船に飛び込んだりもした。

紋様は扉や壁だけでなく、空間そのものに出現する場合もあるらしい。

そうやって進んでいるうちに、奥にひときわ大きな襖のある部屋に到着する。

襖の手前には、見事な桜が描かれた屏風も安置されていた、

羅摩が足を止めたところから察するに、あれらの先が大広間なのだろう。

クロノスケはふと横を見ると、壁に寄りかかっているホウゲンを発見した。

今回は書斎の時より視界が良好でよくわかるが、相変わらずの強面である。

角は見間違いではなかったようで、頭から宙に向かって二本伸びていた。

彼が人でなく魔族と知らされていたお陰で、必要以上に面食らわずに済む。


「ん、お前も来たのか」

「えっと、すみません……」

「なぜ謝る? お前の処遇は任せてある。羅摩が連れてくると判断したなら、それでいい」

「は、はあ」

「ありがとうございます、ホウゲン様。……して、客人方はそろそろ?」

「ああ、間もなく大広間に現れるだろう。おれは先に行く。お前はここで機を窺え」

「畏まりました。……うまく運ぶといいですね」


羅摩が意味深な発言をしたが、ホウゲンは返答しなかった。

そうして二人に背を向けると、彼の姿が忽然と消え失せる。

ひゅん、と後から風を裂いたような音がやってきた。

辺りには突如、赤い粒子が舞っては蒸発している。


「おー!」

「転移魔法ですね」

「すご……羅摩さんはできないんですか?」

「残念ながら。時空の用途は魔法が専門とするところで、神通力には適っていないのです。もっとも転移などという規格外の現象、扱えるのはあの方だけかと存じますが」

「やっぱりあの人、只者ではないんですね。……でもちょっとずるくないですか、こっちは地道に陣で来たっていうのに」

「ふふ、こればかりは向き不向きがありますから。さて、屏風の裏で待機しましょう」


大きな襖と屏風の間に挟まり、クロノスケは胡座をかいた。

羅摩はその横に正座し、先ほどの補足をしてくれる。

魔法についてだが、人族が使えないわけでもないらしい。

ただ、魔族と比べると遥かに運用効率は落ちるそうだ。

使用効果が薄く、発動手順も煩雑。

魔素を扱う危険性も高いため、ほぼ利用されないようである。

現代人は専ら神通力に頼る一方、何も使わない人もまた沢山いるとのことだった。


「自分の知っている魔法とはやっぱり違うんですね……」

「当時の魔法はどのような? 調べた限りでは万能だったようですけれど」

「え? ああ、たぶんそれ、認識が少し違っているかもしれません。私の時代に、魔法なんて実際にはありませんでしたよ。知っているといっても全部、空想上の話ですから」

「そうなのですか? それにしてはかなり、具体的な内容が散見されたような……」

「うーん、昔からそういう創作が大量にあったので……虚構の概念なのに誰もが知っている体系的な共通認識があったといいますか。改めて考えると確かに妙な話ではありますね。とりあえず、羅摩さんが見たのはきっと空想の情報がまとめられたものだと思います」

「ふむ。想像による創造で、未知を既知として受け入れる文化ですか。興味深いです」

「……羅摩さんって結構、真面目ですよね」

「? クロノスケ殿も誠実な方だと存じますが」

「はは、ここで最初に会った人が羅摩さんでよかったです」


初めて明るく笑うクロノスケ。

はてと思ったが、羅摩は朗らかに沈黙した。

――彼の時代は、あくまで物質に特化していたようだ。

しかし、科学に偏重していても、目に見えぬものを柔軟に捉えていた節がある。

もし自分が当時を生きていたなら、どういった価値観が形成されていただろうか。

そのような詮無いことを考えていると、ふと疑問が生じる。

彼は魔法のない時代からやってきたと思われる。

話を聞く限り、当時その方面に関しては総じて未成熟だったのだろう。

ならば神通力も使えなかったとみて、不思議はない。


(では、彼の出現時に伴っていた光というのは……)


不意に、襖の向こう側で複数の足音が鳴り響いた。

羅摩は襖を僅かに開けると、隙間から先を覗く。

クロノスケも便乗し、内部の様子を確かめた。

とても大きな空間が広がっている。

予想に反して、和室ではなく神殿のような造りだ。

手前にはホウゲンの背中が見え、その視線の先には客人と思しき者らがいた。

ずっと向こうから歩いて来ており、時折止まっては、何か相談している。


先頭は比較的、軽装の女性だ。

髪は艶のある明るい茶色。

斜め掛かったポニーテールが捻られ、団子になっている。

距離があるためはっきりとは見えないが、顔は相当な美形のようだ。

服はブラウスにマントのようなものを羽織っている。

スカートとロングブーツを履き、肌が露出している箇所もある。

つまり、障壁の守護を持つ人族であると推察できよう。

上下とも淡く光る色のついた意匠が見て取れ、アクセサリーもつけている。

とりわけ目を引いたのは、本人の周囲に浮かび上がる美しい謎の模様だ。

これは未来の服装における趣向と考えるのが妥当だろう。

しかし全体的に、自分のいた時代と掛け離れているほどではない気もする。

見慣れぬ要素はあれど、全体的に小洒落ているのは彼にも理解できた。


そして彼女の左右、斜め後ろ方向にはそれぞれ別の者が後続している。

一人はホウゲンと同じく角が二本生えており、性別不詳の童顔。

服の上から条帛じょうはくのようなものを纏っている。

かなり小柄で、拵えた大きな剣と杖が体格と不釣り合いである。

もう一人は、立烏帽子を被った男。

いわゆる水干の格好をしている。

ここが未来ならば殊更、あの装いは時代錯誤ではないだろうか。

改めて三者を一遍に眺めると、女性だけやや浮いているように感じられる。

否、他の二人が、あまりにも浮世離れしているのかもしれない。


「お客さんてあの奇抜な三名ですか」

「はい。対談はすぐに始まります。流れによってはわたしも出ますので、その場合、貴方はここで待っていてください」

「わ、わかりました……」


羅摩は彼らに触れることなく、特に動じている様子もなかった。

現代の着飾りは混沌が標準なのだろうか。

――けだし、些事ではある。

クロノスケは詮索を止め、ひとまず事の経過を見守ることにした。

すると先頭の女性が先行し、ホウゲンの元へ近づいてくる。

今なら顔もよく見えるが、やはり恐ろしいほどの美貌の持ち主であった。

クロノスケには知り合いなどの記憶もないため、比較する対象はいない。

だが仮にあったとして、これほどの佳人は見たことがなかっただろう。


「羅摩さん、あの先頭の方は有名人か何かでしょうか?」

「まあ、有名かどうかで申しますと、超がつくほどのお人ですね」

「ですよね……」

「……? 何故そう思われたのですか?」

「いや、だってあの見た目ですし」

「見た目……彼女はごく一般的な方とお見受けしますけれども」

「えっ」


少し遅れてやって来た、後ろの両名にも改めて目を向ける。

角がある方は中性的で、とても綺麗な顔立ちだ。

ただ表情がどこか草臥れていて、年齢不相応の哀愁が否めない。

立烏帽子の方はというと、独特の妖しい雰囲気を纏っている。

切れ長の鋭い目が凛々しく、男前ではあるのは間違いない。

しかし眉目秀麗とまではいかない、絶妙な美男子である。


「後ろの二人が一般的というなら、ぎりぎりわかるんですが……」

「あのお二方は少々特殊で……そういえば、その辺りの事情もクロノスケ殿の時代とは異なりそうですね。現代の人族は、大半が彼女のような面立ちですよ」

「男性も?」

「はい。勿論、性差や個性が判別できないという意味ではありません。顔の造り、部位の比率と言いましょうか。それがあくまで似たり寄ったりなのです」

「はあ……確か私の時代では、外見の格差が幅を利かせていました。随分、環境が変わったんですね」

「それまた初耳ですが……でも、クロノスケ殿は現代の男性とあまり変わらない気がしますよ?」

「そ、そうですか? というか、あの二人が特殊って……」


そこまで言ったところで、歩いていた三名が停止する。

ホウゲンから百寸ほど離れた位置である。

対談が始まりそうな雰囲気になったため、クロノスケは言葉を呑み込んだ。

羅摩も小さく「後ほど」と言って黙り、場の状況に気を配る。

少しの間をおいて、最初に開口したのは先頭の女性だった。


「お初にお目にかかります。貴方がホウゲンさんですか?」

「人族はそう呼ぶらしいな。本来、おれに名など無いが」

「……失礼だったらすみません」

「構わぬ。さて、光携者こうけいしゃよ、前口上は不要だ」

「……!」

「お前がここに来た理由を聞かせてもらおう。心して語れ」


空気が張り詰める。

コウケイシャ――後継者のことだろうか。

羅摩に尋ねたい気持ちを抑え、クロノスケは先行きを見守る。

女性は少し俯いて、心中で言葉を紡いでいる様子だ。

ホウゲンは腕を組んで待機し、残る二名も何も言わずに佇んでいる。

ほどなく決意の光を瞳に宿した女性は、静かに、想いを込めて言い放った。


「わたしはイツナといいます。わたしがわたしであるために、ここに来ました」


彼女は物怖じせず、真っ直ぐにホウゲンを見据えていた。

信念の熱量を伴いつつも、凛とした声が大広間に木霊する。

クロノスケには、彼らが何の話をしようとしているのか見当もつかない。

しかし羅摩が急に緊迫したことから、概ね重要な局面には違いあるまい。

ホウゲンは徐に腕を解き、右の手のひらを上に向けた。

刹那、突き抜けるような悪寒が走り、場を絶対的な重圧が支配する。

魔素と同じ性質の恐怖が強制起動し、本能的な警鐘が打ち鳴らされた。

漆黒の塊が彼の手の上に具現化し、膨張している。


「決別という解釈は早計か?」

「……本意とは少し違いますが、それでも構いません」


斯様な修羅場においても、彼女は毅然と対峙している。

凄まじい胆力だ。

その立ち姿は、見る者にあたたかな尊厳と矜持を憶えさせた。

ホウゲンは暫し動向を見定めていたが、やがて生み出した塊を握り潰す。

そして何かを認めたように、溜め息交じりに返答した。


「冷静だな……非礼は詫びよう。話す価値がありそうだ」


イツナと名乗った女性の後ろにいる二人は、少し安堵の色を見せる。

羅摩も胸を撫で下ろしているようだ。

とはいえ、一瞬であろうとも、敵対の様相を呈した事実に変わりはない。

クロノスケは尋常ではない事の推移に、固唾を飲んでいた。


「さてイツナと言ったな。お前がお前であるとは、人族の代表たるべき意志を貫くことではないのか?」

「それはもちろん、その通りです。ですが、その意志の貫徹だけを以って解決できるほど、わたし達の抱える問題が単純だとは……どうしても思えないのです」

「ほう。だが総意に則るなら、おれを淘汰する必然性に変わりはなかろう」

「本当に、そうなのでしょうか」

「……ふん、一つ答えを与えよう。人界における数多の厄災。お前の読み通り、これらの契機となったのは人族自身の因果によるものだ。しかし発生の淵源に在るのは我々、魔族で相違ないぞ」

「――!」

「まして、それらの悪意がおれを核として蔓延している現実に、疑いの余地はないはずだ」

「で、でも! わたし達はそうやって歩んできた結果、今の情況に置かれているのも確かなはずです」

「ならば、お前は光携者としてどのような選択をするつもりだ?」

「……わたしは」


人族の代表、意志、淘汰、厄災、悪意、蔓延。

穏やかではない言葉が並び、内容は国家規模の交渉とも取れる文脈。

ホウゲンは侵攻を前提とした物言いだ。

対してイツナは折衷案を画策している節がある。

――戦争に関わる話なのであろうか。

もしそうなら、他人事であって欲しいと願うばかりである。

クロノスケは只の青年である上、記憶喪失の境遇。

何より、あくまでも過去の人間なのだから。

遠い未来である以上、それは先祖にあるまじき態度なのかもしれないが。


(……キナ臭くなってきたな。俺には関係ないはずだけど……でもこうやって聞いてしまっている手前、無関係でいられる保証もない、か)


俯瞰と諦念を往復する。

彼は己の境遇について目下、棚に上げておくことにした。

全てを見届けた上で、立ち回りを吟味するのが得策だろう。

この世界をより多角的に捉えるためにも、今は咀嚼に努めるべきだ。

クロノスケは、イツナの次なる出方を窺った。


「魔族に責を押し付けるのは、間違っていると思います。だって、やっぱり原因はにあるんですよね?」

「……先の答え一つでその確信に至るほどには、真理の探求を弛まなかったようだな」

「ええ。ずっとそうじゃないかって、考えていましたから。わたし達が――わたしが、愛に近づき過ぎたんだって」


抽象的な言葉が飛び交っている。

如何せん、事情は不透明なままだ。

クロノスケはこれまでの応酬を踏まえて、頭の整理を行った。


まずは二人の立場について考える。

先ほどイツナは人族の代表という言葉を向けられていた。

おそらく彼女は、人族側の大使のような役割と仮定できよう。

一方、ホウゲンはどうだろう。

彼は徹頭徹尾、イツナと対等かそれ以上の言動で臨んでいる。

ともすれば、彼とて魔族側の代表格である可能性は高い。

つまりこの対談は、宛ら国際会議に匹敵する場なのかもしれない。

二人は何かしら闘諍とうじょうの種があって立ち会ったとみえる。

――自分は今、世界平和に関わる一大事に居合わせているのだろうか。


ふと、羅摩が言った「運ぶ」の意味が脳内で反芻される。

そもそもホウゲンはどう見ても、人族である羅摩と結託していた。

人族との不調和が彼の本懐でないのは、この時点で朧げながらに推量できる。

また、イツナは排他的ではない意図が頻りに隠顕している。

彼女が初手で繰り出した自己表明は、宣戦布告ではなかったのだろう。

つまり「運ぶ」とは和解の方向性を示すもの、と希望的観測を行ってみる。


クロノスケは次に、この対談の主目的がどこにあるのかを推理した。

愛や悪意という言葉は、それらの定義が曖昧で汲み取ることはできない。

だが彼らの相互作用により、何か由々しき事態が発生しているのはわかる。

それが"厄災"を指しているならば、対処法の検討する場と考えるべきか。

ただ、その手の問題は得てして、一朝一夕で答えが出るものではない。

どういった落とし所になるのか、再び二人の言葉に集中して確かめる。


「さりとて、それが人族というものだ。お前、一体何を目論んでいる?」

「そんな大仰な話ではありません。ホウゲンさん。消えるべきは……私だと思いませんか?」

「なんだと」


波紋が広がる。

彼女の提案が、意表を突いたものだったのだろうか。

羅摩は絶句し、イツナの後ろからは息を飲む音と溜息が同時に聞こえた。

"消える"。

これが戦いにおける表現ならば、死を連想するのが自然である。


「貴方がたを排除するのは筋違いです。それに例えそうしたとしても、均衡が原因なら解決どころか、反って悪化してしまうことは、歴史が既に証明しています」

「ゆえに自らを、希望を絶やすと? 既に述べたように、魔族とて一因には在るのだぞ。むしろ今の形勢ならば、手段を選ばぬことで均衡そのものを塗り替える所業すら可能であろうが」

「皆がそう期待しているのはわかっています。でもそれは……わたしの選択ではありません」

「……」

「すぐには無理でしょうけど、わたしが消えることで、おそらく均衡は元の状態に戻ります」

「愚か者め。それでは本末転倒ではないか」

「いいえ。元々わたし達、光携者は存在していなかったんです。広く人々の心が目覚めている今、もしわたしがいなくたったとしても……きっと大丈夫」


イツナは儚く微笑を浮かべた。

瞼の裏でちかちかと何かが瞬く。

クロノスケには直感でわかった。

彼女が真心であって本心ではない、歪で、切な感情を吐露していることを。

だからだろうか。

彼は傍観者を演じる己の理性を、見限らずにはいられなかった。


「羅摩さん、よくわかりませんけど、この流れってまずいのでは?」

「え? ……はい。正直、芳しくないですね。ここは私も出るとしましょう。しかしクロノスケ殿はご安心を。無論、関与する必要はありませんので……」

「でもあの人、このままだと自決するんじゃないでしょうか。 私の直感がそう言っているのですが」

「それは……」


ホウゲンは「少し待て」と言って熟考を始めた。

イツナもそれきり、口を噤んでいる。

あとの二人は、なおも沈黙に徹している様子だ。

割り入って折衝、ないし仲裁するならば、この空白は好機である。


「羅摩さんが行って止められるなら大丈夫ですけど」

「……最大限、努力しますが、お約束はできません」

「……何故です?」

「わたしの本来の務めは、この場を見届けることだからです。過度な干渉ができないものでして……」


羅摩の声音には、苦渋の色が含まれていた。

芳しくないとしておきながら、この場を収めると明言しない――。

潔い彼女の性格からして、この言動にはやや不自然な印象を受ける。

相応の制約があるのだろうか。

いずれにせよ、何らかの不可抗力が働いていることは想像に難くない。


「……色々と立場上の都合があるってことですかね。ですが、私なら何にも縛られていませんよ」

「! まさか、介入なさるおつもりですか?」

「はい。赤の他人とはいえ、流石に見殺しは無理ですから。それにホウゲンさんだって、真摯に向き合えば話がわかりそうな御仁ですし。とにかく出てみましょうよ」

(……これは紛れもなくクロノスケ殿のご意志による判断。何より、彼は可能性も高い。ならば、わたしの採るべきは……)


羅摩は静かに立ち上がると、クロノスケに向かって頷き、襖を開け放った。

大広間にいた全員がこちらに注目する。

二人の意図を察したのか、ホウゲンは物憂そうに肩を竦めた。

そして緩徐に手を横へと向けると、赤い粒子が舞い上がる。

直後、空間に出現したのは、人数分の椅子と大きな長机だった。


「掛けよ。続きはこの場にいる全員で行う」


こうして一同は唐突に、卓を囲む運びとなったのである。

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