第9話 組織からの刺客
組織からの指令は極めて単純だ。上納金をケチって払い渋った女盗賊の指を一本斬り落とすこと。それ以外はすべて、何をしようが何をしまいが俺の裁量に任されている。つまりおとなしくしていれば指一本で済むが、抵抗するようなら腕一本落としても構わない訳だ。
もちろん女相手だ、別のことを考えてもいいのだろうが、正直アバズレを裸にひん剥いても楽しくはない。腕を切り落とす方が俺の性に合っている。何なら正直を言えば首を落としたいところだが、殺していいとは指示されていない。今回はやめておこう。
仕事は自分の性分に合わせたいと思うものの、だからって組織に盾突くような真似をするのはあまりに愚かしい。与えられた仕事は無難にこなすのが一番だ。はりきり過ぎるのは自分の首を絞めることになる。
穏やかに人を斬り、平凡に人を殺す。仕事とは元来そうあるべきなのではないか。
教会の尖塔の上に三日月がかかっている。しんと静まり返った街は眠っているようだ。それでいい、それでこそ俺の仕事の舞台にふさわしい。この静寂に悲鳴が響き渡ることを思うと全身がゾクゾクする。
背に担いだ片刃の長剣から、はやく血を吸わせろと声が聞こえる気さえした。今夜の俺は調子がいい。力がみなぎっている。待っていろイエミール・ダーガス、いまおまえの枕元に立ってやる。さあ恐怖に縛られる絶望の日々の幕開けだ。
しかし実際にイエミールの家の近くまで来てみると、妙だ。イエミールは女の一人暮らし、使用人の女はいるが、それも昼間だけのはず。どういうことだ、何故イエミールの家の前に若い男たちが四人たむろしている。
と、その中の一人が俺に目を向けた。比較的小柄だが、屈強な男だ。
「そこのマントのお兄さん、こんな夜更けに何してるんだ」
「旅の途中だ。宿を探している。あんたらこそ何をしてるんだ」
俺の言葉に大柄なヒゲ面が応えた。
「ワシらはこの街の自警団だよ。怪しいヤツがいたらとっ捕まえなきゃならんのでな」
「この街には衛士とかいないのか」
そうたずねた俺に、ヒゲ面の後ろにいた髪の長い男が言う。
「衛士なんぞ領主の屋敷にしかいねえな。こんな田舎じゃ仕方あるめえよ」
さて面倒なことになった。イエミールの指を斬り落とすには、まずこの自警団を突破しなくてはならないが、さっき宿を探していると言ってしまった手前、イエミールの知り合いだという手は使えない。
一番単純なやり方はこの男たちを全員斬り殺すことだが、それではイエミールに気付かれて逃げられるだろう。目的を達成する確率を考えれば、ここは一旦やり過ごして後でもう一度ここに来るしかない。仕方ない、俺は自警団の男たちの横をすり抜けようとした。
だが。
「後でもう一度来るつもりかな」
男たちの端っこに座っていた小柄な黒髪の小僧がそう言って笑う。
「残念だけどイエミールはもうここにはいないよ。どこにいるのかは教えない」
なるほど、理屈はわからないが状況は把握した。つまり俺はこの自警団どもを斬り倒して逃げなければならない訳だ。
自警団の連中はみな静かに身構え取り囲む。短躯の男は剣を構え、長髪は槍を、デカいヒゲ面は両手に斧を持っている。俺もゆっくりと背中の長剣に手を伸ばした。
「マントの中にも剣があるよ。両剣使いだ、気をつけて」
少し離れた場所から黒髪の小僧が声を飛ばす。どうやって見破ったのかは知らないが、こいつがこの自警団の頭脳担当なのだろう。ならばまず斬るべきは。
マントの中から小僧に向けて投げた短剣を、短躯の剣士が弾いた。読まれていたか。だが少々剣に振り回されている感がある。崩れた体勢は斬り込んでくれと言わんばかり。俺はかつて電撃と謳われた長剣の抜き打ちを叩き込む。短躯の剣士の首は胴から離れる、はずだった。
真後ろから槍が突き込まれてこなければ。
長剣の軌道を腕の力で捻じ曲げ背後から来る槍を跳ね飛ばす。いささか押し込まれたが地力が違うのだ、何とか間に合った。
と思ったのも束の間、ヒゲ面の手から二本の斧が力任せに投げつけられた。これを剣で撃ち落とすのはさすがに間に合わない。身をかがめて頭上にやり過ごす。しかしかがんだ脚を狙って短躯の剣士の突きが走った。身を転がしてそれをかわせたのは僥倖と言ってもいい。
建物の壁に背をつけて立ち上がる俺の心臓は早鐘を打っていた。どういうことだ。動きがすべて読まれている。
「何故動きが読まれているかはたいした問題じゃないよ」
道の反対側で相変わらず座り込んでいる黒髪の小僧が言った。
「読まれているならどうする、だろ。この先もかわし続けられると思うかい」
ハッタリだ。ハッタリに違いない。確かにここまでは動きが読まれているが、この先も読まれ続けるとは限らない。限らないのだが。
そもそも今回の指令は隠密を旨としたもの。四人も目撃者がいる時点で破綻している。全員を確実に斬り殺せるならまだ何とか修正できるだろうが、現状では難しい。実行不可能な指示を後生大事に守り抜いて、それで組織が評価してくれるのならいいが、そんなお人好し集団ではあるまい。
「おとなしく投降すれば命まで取ったりはしない。あきらめるんだ、ルベロス」
黒髪の小僧が俺の名を呼んだとき、肚は決まった。
地面に叩きつけた煙玉からもうもうと白煙が上がる中を俺は走った。逃げ出したと言うヤツもいるかも知れないが、勝手に言わせておけばいい。俺は自分の仕事を無意味にするより、失敗した方がマシだと考えているだけなのだから。
◇ ◇ ◇
いやあ驚いた、参ったたまげた。
おいらもジャナもボルガスも、最初はこいつ何言ってんだと思ってたんだよ。ガキのくせに何が占い師だって。イエミールさんが狙われてる? 馬鹿言ってんじゃねえって。
自警団でもイエミールさんのことを知らないヤツはいない。人付き合いは悪いそうだが若い女の一人暮らしだ、用心するのは当たり前だしな。それをおかしいと言うヤツはいないだろうさ。
そんなイエミールさんが悪いヤツに狙われてる、助けてやってほしいって言われても、ハイそうですかとは言えない。言える訳がない。なのにこの占い師は最初から自信満々、こっちが引き受けると決めてかかってきやがった。なめてんのかこのガキって普通思うわな。
でも街の役人の中にこいつの客がいて、「本当にすごい占い師なんだ、彼が言うなら間違いない」とか言うもんだから、こっちとしても無視はできなくなってノコノコ出かけてきたんだが。
まあ結論を言えば何から何まで、端から端まで、始めから終わりまで占い師が事前に説明してた通りになった。出くわしたときの相手のセリフから最後逃げ出すところまで寸分違わず。あんな速い剣の動きは初めて見た。前もって言われてなかったら追いつけなかったろう。
あいつはもう二度と現れねえのかって聞いたら、さすがにそこまではまだわからないって占い師は笑ってたけど、いったいどこまで本当なのやら。
でも何にしたってすげえわ、この占い師。タクミ・カワヤか。おいらも何かあったら占ってもらおうかな。
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