第2話

 灰茶の外套がいとうの下から現れたのは鮮やかな深紅の術師装束だった。ゆるく結われた金髪が女の背中で揺れるたび、陽光をきらりと反射させる。

 女の左手は素手だったが、右腕には肘までを覆う金属製の篭手がつけられていた。無骨な形状で女の細腕をのみこむ篭手は静かな鈍色にびいろの存在感を放っている。


 女は装束に備えられたポケットを素早くなぞり、その中から一つの包みを取り出した。黄色の布に覆われたそれを右手に押しつけると、篭手からきぃんと細い共鳴音が響き出す。

 女は呼吸を整えながら、どこか言い聞かせるような声で囁いた。

『……過ぎたるは、及ばざるが如しと、人は言う』


 獣たちがすぐ近くまで迫ってきた。


 暗い灰色をしたその姿は、言われればたしかに狐の姿に似ていた。しかし濁った目や泥のようにべたつく毛皮は自然の獣のようには見えない。牙や爪ばかりが異様に鋭く造られたそれは、凶暴さを前面に出したいびつな粘土細工のようだった。

 女が一歩踏み出すのと、右側の茂みから大きく音を立てて別の数体が姿を現すのは同時だった。軽く飛びのき体勢を整えると、女は手の中の包みを放りながら声を発した。


『──そのおごりをいさめるため、てん数多あまたいかずち地上ちじょうとしたもうた!』


 女の口から放たれた言葉は先ほどのクウェン公用語ではなかった。

 それはトフカ語、古来より伝わる裏世界ミドラントの力を引き出すために用いられる言語だった。

 女の発声に、空中へと投げた包みが輝いて呼応する。掲げた篭手もその共鳴を強くした。


 爆ぜるような閃光と、次いで轟音が辺りに響き渡った。


 舞い上がった土埃から顔をかばいつつ女が視線を巡らせる。晴れた視界の先で、先ほどまで牙をむいていたキツネモドキたちが雷に撃たれて倒れているのが見えた。その毛皮からは焦げたような細い煙が立ちのぼっている。


「よし、これで……」

 ほっと安堵あんどの息を吐きかけた女は、その数を確認してすぐに表情を険しくした。倒れているキツネモドキの数は──十一しかいない。

「ラウエ──っ!?」

 声を上げた女の背後からキツネモドキが襲った。とっさに右の篭手で飛びかかってきた爪を防いだが、衝撃を殺しきれずにその体が大きく揺らぐ。

 女が立ち直るまでのわずかな間。その隙に、十二体目のキツネモドキは至近距離まで肉薄していた。

 だが鋭利な牙が女の脇腹に食らいつこうとする寸前、低く飛んできた白い物体がキツネモドキをはね飛ばした。キツネモドキがぎゃんと鳴いて地面を転がる。女は弾かれたように顔を上げた。


 キツネモドキたちを牽制けんせいするように上空を旋回していたのは白い翼を広げたからすだった。


「助かった、すまぬラウエル!」

「いいから、早く君のなすべきことをするのだ」

 頭上から応える男の声は相変わらず平坦だった。女はその言葉に頷くと、息を整えながら赤い装束のポケットを探った。

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