第六雨-③

梅雨入り直前の雨が僕らの傘を優しくノックする。六月になり、衣替えをした薄着の僕たちにはやや寒い。彼女の生足が紫がかって見えた。

「今だに慣れることができません。もう六月だと言うのに。私にできたのは高校の間一緒に行動できる人、であって友達ではない。一緒に帰りたいと思う人はいない。あの子にはもう友達ができたでしょうか? 誰かと一緒に帰っているでしょうか? お互いの予定も合わずなかなか会えない。私たちはまだ、親友でしょうか」

 すん、と鼻をすする音。

「私たち、いつも雨の日は相合傘して帰ってたんです」

 女が無理に声を明るくする。

「毎回私の傘で。酷い時なんて雨が降ってても傘を持って来ない時さえあったんですよ。でも、私が何かで早退したりした時に他の人の傘に入って帰られるのは嫌だったので、常に折りたたみ傘は持たせるようにしましたが」

 本当に親友のことが好きなのだろう。温かくて眩しいものを見るように目を細める。

「雨の時にはいつだって親友と同じ傘に入っていた。それなのに、高校に最初の雨の時に気が付いたんです。あの子はここにいない。別な道を歩いているんだって。話し声も笑い声もなくて、聞こえるのは雨音だけ。私が片方の肩を濡らす必要はない。リュックを守るか髪を守るかで言い争って、無駄に濡れる必要もない。濡れないって、こうにも心を冷たくするものなのか、と」

 寂しい。その声が雨に融ける。雨粒が彼女のローファーの爪先に当たった。

「一人の傘に耐えられない。冷たい雨音に耐えられない。だったら、傘なんてささずに濡れる方がいい。誰でもいいから、私の傘に入ってほしい。片方の肩を濡らさせてほしい」

 駅が近付いて来た。彼女の話を聞ける時間がそろそろ終わってしまう。

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