【第二十七話】起死回生! ラッド・ネアVSリドル・シエラルカ……?!
ジェシアの血を使い、全ての魔女の魔力消失を目論む城。
その野望を阻止することを決意した近藤たちと、それに協力することを誓ったラッド・ネアとユージ。
なんとかジェシアを奪還したは良いものの、女王・ジュベルの脅威はまだ去っていない。
ジュベルを倒す鍵となるのは、“魔法を際限なく使う方法”。
そのカラクリは、この世界の秘密と関係があった。
この世界には魔力が溢れており、魔力はその流れをもって魔法を産み出す。
近藤たちはこの世界の魔力濃度を下げるため、城にあるタンクを壊しに向かった。
一方、アピトの作戦成功の時を待つラッド・ネアら三人の前に突如現れたシエラルカ。
どうやら、アピトたちの作戦に勘づき、ラッド・ネアを狙いに来たらしい。
戦いは防戦一方だったが、ついに近藤の作戦が成功してしまう。
シエラルカは、反射魔法が使えなくなったラッド・ネアに追い討ちをかけるよう、ユージを狙う。
それを庇ったラッド・ネアは致命傷を負ってしまった。
△▼
「丁度良いし、ラッド・ネア。昔の話をしようよ」
シエラルカの声が聞こえたのか、それともただの痙攣か、ラッド・ネアの体がピクリと反応を示す。
どうやら、まだ意識はあるらしい。
しかし、声を出す体力は尽きているようだ。開きかけた唇は音も発せずに力なく息を吐き出した。
矢が突き刺さったままの皮膚からは、その呼吸に合わせて血が溢れ出ている。
内蔵もやられているらしく、口の端からも血が零れていく。
「昔ノ、話……」
ラッド・ネアの代わりを引き受けた訳ではない。
ただ、口が勝手に動いていた。
「へぇ、気になるんだ?」
蛇のような視線を感じた。
欲望と快楽に忠実な視線だ。
気を抜けば、付け込まれてしまいそうだった。
ラッド・ネアを抱く手に力が入る。
「少なくトモ、アンタから聞くような話じャないナ」
「そお?」
シエラルカは案外呆気なく引き下がった。
「ってか、そろそろ起きろよ」
そう。簡単に引き下がり過ぎていた。
あんな目をしている奴が、そう簡単に逃がしてくれる訳がない。
シエラルカが放った氷の破片は勢いよくラッド・ネアの眉間を貫通した。
「ラッド・ネアッ!」
呆気にとられる暇さえなかった。
気付けば、その名を叫んでいた。
ラッド・ネアは一際大きく跳ねたかと思うと、喉元を晒し小気味に震えた。
そして、しばらく震えた後、ユージの腕の中でだらりと力を抜いた。
「ラッド・ネア……?」
返答は、返ってこない。
「……ハ、嘘だロ」
これは、何かの間違いだ。
ユージは夢中で矢を抜いた。
この湿った感触は、雨のせいなのか、それとも、血のせいなのか。
そんなことも分からないままただ一心不乱に矢を抜いた。
「オイ! こんなんじャ死なないだロ!」
矢を抜く度、肉を引っ張る感覚が手に伝わる。
力を込めれば込めるほど、皮膚が裂け、血が溢れていくのが分かる。
それでも加減は出来なかった。
まるで血の匂いに酔ってしまったみたいに、矢を抜いていく。
「目ェ開けロ!」
最後の矢を引き抜くと、ラッド・ネアの目がばちりと開いた。
「どうして、知っているの?」
「やっとお話ししてくれる気になったみたい」
声も、目も、死人のそれではなかった。
だが、間違いなく彼女のものであった。
「驚いたわ。このことを知ってるのは、今じゃ三人だけだと思っていたから」
そう言い終わる前に、彼女の体はぐちゅりと音を立てて歪んだ。
傷口が泡立ち、剥けた皮膚が地面に落ちる。
「“ホムンクルス”」
シエラルカは低い声でそう言った。
「ほんとぉだったんだ♡」
恍惚とは正しくこの表情のことを指すのだろう。
シエラルカは、傷の一つもなくなったラッド・ネアの体に見入っている。
「……女王の入れ知恵、という訳でもなさそうね」
「アイツが教えてくれると思う?」
シエラルカの言うことは最もだった。
恐らく、ラッド・ネアの話を一番煙たく思っているのはジュベルだろう。
「じゃあ、誰に聞いたのかしら?」
ラッド・ネアの問いにシエラルカは笑顔でこう返した。
「Dr.メルウ」
その名前には呪いがあった。
ラッド・ネアの思考は、その名前を聞くとぴたりと止まってしまう。
「よく、調べたわね」
なんとか絞り出した声は、雨の音の中に消えた。
Dr.メルウ。
それは、ラッド・ネアの母の名だ。
母というと、一般的な意味からズレてしまうかも知れない。
だが、母であった。
ラッド・ネアをこの世に産み落とした研究者。
「凄いよね。我が子ですら改造しちゃうマッドサイエンティストって」
マッドサイエンティスト、ね。
確かに、彼女に相応しい二つ名かも知れない。
ラッド・ネアは、フラスコの中から産まれた。
人造人間、ホムンクルス。
色々な呼び方があるだろうが、つまるところ、人の手によって“作られた”存在である。
「もちろん、人間を作るだなんて神サマのお仕事。城はとーぜん許すはずもない。
罪を背負ってまで我が子を生き返らせたかった恩愛ととるか、我が子の死体ですら研究材料としてしか見れない狂気ととるか。
まぁ、世間は後者を選んだ訳だけど」
その選択は世間だけではない。
実の子であるラッド・ネアも、その二択であれば、迷わず後者を選ぶだろう。
彼女は、Dr.メルウは、根っからの研究者なのだ。
研究に対する異常なまでの執着心。それを狂気と呼ぶのであれば、否定する隙もなかった。
但し、その二択であれば。
「……少なくとも、世間はどちらも選んでないわ」
世間にその問いが出された時、その二択は正しい形を失っていた。
シエラルカには、この意味が分かるはずだ。
「あー、そっか。“あの魔女”が身代わりになったんだっけ?」
シエラルカはあくまで確認するような口調をとった。
その名を濁したのはわざとか、無意識か。
魔女の名は、セア・アピト。
魔法や魔力の発展において多大なる貢献を果たした立役者だ。
だが、世間は彼女のことをよく思わない。
なぜか?
それは彼女こそが、我が子を手にかけ、“ホムンクルス”を産み出した“悪しき魔女”だと信じているから。
人というのは不思議だ。
百の証拠より、たった一つの甘い言葉に釣られてしまう。
そうしてセア・アピトは、ホムンクルス セーレ・アピトを産み出した罪により、処刑された。
きっと、城はセア・アピトを消したかったのだろう。
Dr.メルウの実験は、邪魔な魔女を消すための絶好のエサであった。
当然、エサの役目を終えたDr.メルウも、ほどなくしてその後を追った。
そして、この事件の全貌を知る者は、ジュベルとラッド・ネアの二人だけとなった。
そのはずだった。
「まさか……!」
「あぁ、気付いちゃった?」
シエラルカは嬉しそうに目を細めると、長い指で自分を指した。
「その作戦考えたの、私なんだよね」
その台詞は妙に頭に馴染んだ。
もしかしたら、ジュベルにホムンクルスという存在を教えたのも、この女なのかも知れない。
どおりで、ジュベルにしては大胆な作戦だった。
この作戦はどう頑張っても証人が一人残ってしまう。
だって、ホムンクルスは殺せないから。
そんな危険な策を、ジュベル自らが提案するはずがない。
下手したら、ラッド・ネアがジュベルを殺していた未来もある。
まぁ結局、ラッド・ネアはなにもしなかったのだ。
結果論で言えば、安全な作戦だったのだろう。
復讐が出来る頃にはもう、ラッド・ネアも大人になり過ぎていた。
真実を探求する好奇心も、正しさを貫く正義感も、もうなかった。
「なぁんて言って、セーレ・アピトの肩持ってる癖に」
「随分な言い草ね」
別に、肩を持っている訳ではない。
同情もしないし、ましてや罪を償うつもりもない。
たまに、本当にたまに、気が向いたときに力を貸してやるだけ。
それだけの関係で、充分なのだ。
それを他者にあれこれと評価されることは、実に不快だ。
「過去の話はもううんざり。それで? 狙いは“プティクール”でしょう?」
シエラルカがこの事件の全てに関わっているのなら、もし目的があるなら、それしかなかった。
プティクールとは、世界にたった一つしか存在しない蘇生の魔法道具。
そして、ホムンクルスの核でもある。
赤と黄色の宝石のような見た目をしており、保管場所は体内、体外を問わない。
しかも、ホムンクルスは、プティクールを壊す以外では死なず、それが壊れない限り、何度でも再生を繰り返す。
簡単に言ってしまえば、生命を操る力といったところか。
「あのさ~、雰囲気って言葉知ってる? 君さ、もうちょっと大人な駆け引きを楽しんだら?」
あまりにもあっけらかんと言い放ったラッド・ネアに、シエラルカは口を尖らせた。
「駆け引き、ね」
シエラルカがこんな回りくどい話をしたのも、ラッド・ネアの退路を絶つためだろう。
シエラルカはこの期をずっと待っていたに違いない。
ラッド・ネアが命の危険を冒すその日を。
プティクールの在処を知っているのはラッド・ネアのみ。
そこから情報を引き出すのは至難の業。
だが、もっと簡単な方法がある。
今の保管場所じゃプティクールを守りきれないと思わせれば良いのだ。
ユージの腕を切ったのも、今回の襲撃も、それを狙っていた。
「実物を見たことがなければ、力ずくでは奪えないかしら」
「どうかな? 君を捕まえて、後でゆっくり調べることも出来たりして」
「捕まえる。面白いことを言うわね」
ラッド・ネアは薄く笑う。
「探してご覧なさい。きっと貴方じゃ見付けることすら出来ないわ」
そう言えば、シエラルカの表情が少し固くなった。
「あまり上から目線で物を言うなよ?」
化け物の癖に。
そんな言葉が続いた。
その言葉を真っ向から受けたのははじめてだった。
ラッド・ネアはやおらに立ち上がると、シエラルカと目を合わせる。
「そんな顔されるとぐちゃぐちゃにしたくなっちゃうじゃん」
「それって、出来ないと分かってて言っているの?」
空気が弾ける音と共に、氷の破片が宙を舞う。
だが、残念なことにユージはラッド・ネアの影に隠れている。
もう卑劣な手には乗せられない。
ラッド・ネアは炎を纏うと、次々に氷を溶かしていく。
「単調な攻撃ね」
「じゃあ変えよっか」
シエラルカが指を鳴らす。
それと同時に、氷の破片はその場に落下した。
嫌な予感がした。
距離をとろうとした足に、何かが絡まる。
慌てて下を見れば、足元に広がった血溜まりが、沼に変わっていた。
「あ~、使いにくっ! ま、いっか。大魔法が操れるのは、君たちだけじゃないよ?」
「っ!」
反応が遅れたのは少し動揺していたからかも知れない。
ラッド・ネアは足が抜けない事を悟ると、ユージを押し出した。
「ラッド・ネアッ」
「君は私に絶対勝てない。"ソレ"がいる限り、ね」
それ。そう伸ばされた指先は、ユージを指していた。
座り込んだままだからか、どこか小さく見える。
触れれば簡単に壊れてしまいそうな、ラッド・ネアがいなければきっとすぐ消えてしまう、小さな存在。
「……確かに、そうね」
その声はどこか諦めたような、そんな暗い響きを持っていた。
下半身は全て沼に食われた。
この状況でユージを囮にとられれば、ラッド・ネアは絶体絶命だろう。
「ユージ」
静かに名前を呼ぶ。
ユージが顔を上げれば、自然と目線が合う。
黒くてまっすぐな瞳が、ラッド・ネアの姿を映す。
「ごめんなさい」
「……エ?」
ユージは不思議そうな顔をしていた。
理解できないと言いたげな表情。
ラッド・ネアはそれを目に焼き付けた。
焼き付けて、それから。
己の目を抉った。
「ナ、なにやッてンだヨ?!」
咄嗟に腕を伸ばそうとして、伸ばす腕がないことに気が付いた。
身を乗り出すが、当然そんなんじゃラッド・ネアを止められない。
真っ赤な雫が沼に落ち、波紋をつくった。
「これを持って逃げて」
その手には赤と黄色の“宝石”が二つ。
それは有無を言わさずポケットに押し込まれた。
じんわりとした熱を感じる。後から遅れたように質量も。
「ッふざけんナ……!」
ユージは困惑していた。
動揺は体に伝わり、足がもつれる。
「ラッド・ネア」
シエラルカはハイヒールの音を響かせながら一歩ずつ確実に距離を縮める。
「どうして君がこんな悪魔に執着するかは知らないけど」
「はやく逃げて!」
ラッド・ネアの声は聞こえていた。聞こえていたが、ユージは動かなかった。
「あんまりなんじゃない?」
シエラルカはラッド・ネアの前まで来ると、足を止めた。
「せっかくの消えない命を、こんな下らない奴のために捨てちゃうなんて」
その目に映っているのは、ラッド・ネアであってラッド・ネアではない。
シエラルカの目には嫉妬だけが映し出されていた。
「信頼、されてたんだね?」
シエラルカはラッド・ネアの横をすり抜けると、ユージの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。
「ユージ!」
ふらふらとなすがままに体が持ち上がる。
いつの間にか、ユージの視線はラッド・ネアに移っていた。
シエラルカがポケットに手を伸ばしても、その中のものを取り出そうとも、ユージは反応を示さない。
ぐしゃり、と鈍い音がした。
本当に、簡単に、ラッド・ネアの“眼球”は潰された。
「な、んで……?」
これで、ラッド・ネアは死ぬ。
全ておしまい。
そのはずだったのに、辺りに転がったのは、そんな疑問と、シエラルカの両腕であった。
「一つ、良いことを教えてあげるわ。ホムンクルスはフラスコから産まれた存在。
だから、その心臓はフラスコから出ることは出来ない。フラスコ、というより容器なのだけれど」
ラッド・ネアは緩くなった沼から抜け出すと、シエラルカの腕を回収した。
潰したはずの眼球は、正しい位置に戻っており、騙されていたことをありありと実感させられる。
「本物は、どこ……?」
それはなによりも大事な質問であった。
腕を取り返すことよりも、この戦闘に勝つことよりも。
「あァ、本物ネ。ソレ、オレが食べちャッたンだヨ」
ふと、頭上から笑い声がした。
「食べた……?」
確かにそう聞こえた。
プティクールを、食べた?
……ということは、プティクールは、彼の腹の中にある?
自分の耳を疑わずには居られなかった。
「馬鹿に敵うハプニングは存在しないわ」
ラッド・ネアは心底呆れたようなため息が、本当のことだと知らせてくる。
「……はは、マジかよ」
死を知らない化け物への唯一の対処法は情。
だというのに、その相手は自分が求めていた魔法道具の容器で、壊せばその魔法道具も一緒に壊れてしまう。
これじゃあ脅すことも出来やしない。
シエラルカは合点がいったように呟いた。
「君が悪魔を拾うなんて、変だと思ったよ」
虚脱感なのか、喪失感なのか、体の力が抜け落ちるのを感じた。
今までの苦労はなんだったのか。
立っているのも馬鹿馬鹿しくなり、その場に膝をついた。
「私がこの子を拾ったのは別の理由よ」
「……運命、かな?」
シエラルカはそう揶揄した。
馬鹿にするほどの体力は残っていなかった。
「子供が、欲しかったの」
シエラルカのそれを訂正する必要はなかったが、どうしてか、素直に教える気になった。
ラッド・ネアは、母親というものに、人を愛すという行為に、興味があった。
それを体験するために、子供が必要だった。
そんな中、たまたまユージに出会った。
ただそれだけ。
「それ、苛つくね。悟ってるみたいで」
もっと、特別で、甘美で、そうなることが約束されていた出会いなら笑ってやれたのに。
『そこに居たのが君じゃなきゃ、この出会いはあり得なかった』くらいのことは言って欲しかった。
甘過ぎる方が丁度良い。
これじゃあ、プティクールを食べたからの方がずっとロマンチックだった。
「替えのきく出会いだこと」
シエラルカの嫌みが通じたのか、ユージは眉を潜めた。
「言うほど出会いッて大事なものカ?」
ユージなんかは、どんな出会いにしろ、今、相手以外が隣に居ることなんて考えられないならそれで良いじゃないかなんて思うのだが、どうやら彼女は違うらしい。
「君たちってさ、雰囲気って言葉知ってる? 人は誰でも特別なことには特別な理由を欲するんだよ」
そう笑ったシエラルカの顔は、見るからに生気がなかった。
血を流しすぎたのかも知れない。
切られた腕は簡易的な止血がされているだけだった。
「やけに、突っかかるわね」
「もう全部、終わったからね」
全部、それがなにを指すのか。ラッド・ネアたちは知る由もない。
そして、知る必要もなかった。
目的のものは手に入れた。
シエラルカももう、戦う気もないだろう。
「戻りましょう」
ラッド・ネアは踵を返すと、家の中へと足を進めた。
ユージはシエラルカのことを気にしていたが、すぐにその後に続いた。
「精々人らしく生きると良いよ」
ドアに手を掛けた時、そんな声が聞こえた。
▽
ジュベルと戦う準備は整った。
後はジュベルを見つけ出すだけ。
ということなので、近藤たちは今、城の二階を探索していた。
っても、探すまでもないよな。
恐らく、ジュベルは最上階にいる。
ラスボスってのはそういう生き物だ。
そうと分かっているのになぜ直接行かないのか?
だって、仕方ないじゃないか。ユギルの魔力砲によって螺旋階段がぶっ壊されてしまい、上へ上がる手段がないのだ。
いくら突貫工事だからといって、階段くらい作れよ、と思っていたのだが、ジュベルは瞬間移動を使っているだろうし、騎士や使用人の部屋は一階にある。
実際、階段なんてなくても困らないみたいだ。
まぁ、こっちには最強の魔女がいる。
階段を作るぐらい訳はないのだが……。
ただ一つ問題がある。
足場が悪いと転落する。
別に、経験談ではない。
床に新たな穴が出来てる? 気のせいだろ。
とにかく、慎重になる分には問題ない。
出来ることならもう転落はしたくないし、それに、どうせ作るなら、帰るときも使える方がいい。
なんなら、敵地を知っといた方がいいし、ジュベルと戦う前に気持ちの準備もしておいた方がいい。
と、それらしい台詞を並べて近藤たちはゆっくり行くことを決定した。
二階は多分、客室なのだろう。
ベッドが並ぶ部屋がいくつもあった。他にも、テーブルゲームが置いてあったり、小さな劇場もあったりしたので、娯楽施設も完備されているらしい。
図書館や礼拝堂なんかもあった。
なんか、ショッピングモールみてぇだな。と、気の抜けたことを思ったりして。
「なぁ、コンドウ」
「おー」
アピトとは、さっきからぽつぽつと話していた。
またなにか珍しいものでも見付けたのかとテキトーに返事をしたのだが、どうやらそうではないらしい。
近藤は顔を上げると、アピトへと近付いた。
「どうした?」
「いや、はじめてあった日の夜覚えてるか?」
「あー……まぁ、覚えてるよ」
近藤は苦々しく呟くと、風呂だろ? と確認をとった。
アピトが言っているのは、ここに来てすぐ。
初日も初日、カラリマと戦った日の夜のことだ。
怪我の治療をしてもらった後、飯も食わせてもらって、そのまま爆睡した。
が、その後夜中に目が覚めてしまったのだ。
それもそうだろう。
近藤が寝たのは夕方。
元々、ショートスリーパー気味の近藤にとって、あの日はよく寝た方なのだ。
もう一度寝ようと奮闘するも寝付けず、トイレ行くついでに勝手に風呂を拝借することにした。
なにせその夜は寝汗が酷かった。
よくよく考えれば、この時すでに熱が出ていたのだろうが、自分が熱を出してると気付くには、疲れすぎていた。
まぁ、案の定と言うべきか、風呂にはいってる途中で気分が悪くなり、そのままダウン。
なんとかリビングまでいって倒れた。
フルチンで。
次に目を開けたときにはアピトがいたし、上にタオルもかかってた。
「つーかあれ、お前が二階まで運んだのか?」
「いや、運んでない。あそこカウンターだぞ?」
「はぁ?!」
どおりで硬いと思った。
「君に怒られる筋合いはないな! シャワー流しっぱなしにして」
「そりゃ、まぁ、悪ぃ」
痛いところをつかれた。
どうやら近藤は、シャワーを止め忘れていたらしく、一階は浸水しかけていたと言う。
風呂はキッチンの奥にある。そこからあのカウンターのところまで水が来ていたというのだから、相当な量だったのだろう。
幸いにもアピトは魔法が使えるので、片付けは苦労しなかったらしい。
近藤が起きた時には床はすっかり綺麗になっていた。
「君、目が覚めた途端に起き上がろうとするんだから、困ったよ」
「ちげぇ。倒れちまったと思ったからベッドに戻ろうとしただけだ」
その時頭に乗ってるタオルが落ちて、自分が熱を出したことを理解した。
まぁ結局、アピトがファシスタを呼んでくれたらしく、熱は一旦落ち着いた。
しかし、アピトはその夜ずっと近藤のそばにいた。
「あれって心配してたのか?」
「なに言ってんだ? 君が寂しいって言ったんだろう?」
「はぁ?!」
思わず大きな声が出た。
この馬鹿は何を言い出すかと思ったら、なに過去を捏造してんだよ。
「絶対ぇ言ってねぇ」
「言った」
アピトは『レーベルはしばらく君のことを勘違いしてた』と続ける。
「勘違いってなんだよ」
「可愛い人なんだねって」
ファシスタの真似すんな。ちょっと似てるのが腹立つ。
「君は自分の都合悪いことは全部忘れるなぁ」
「それに関してはホントにお前の捏造だわ。大方ファシスタが熱のときと混ざってんだろ」
「いや、それはない」
「どーだか」
どう考えたって脳みそのキャパは近藤の方が大きい。
どちらが間違えているかなんて、正しく、火を見るより明らかだ。
そう肩をすくめてやれば、アピトはムッとした顔をつくり、絶対にないと言い放った。
「だって、レーベルは一度も熱を出したことがないんだ」
「……は?」
近藤は、それは、と言いかけて口を閉ざした。
あの薄幸そうな少女が、無病息災だとは。
人は、思ったよりも見かけによらない。
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