【第二十五話】最強復活! それぞれの覚悟を胸に……?!


 ジェシアの血を使い、全ての魔女の魔力消失を目論む城。

 その野望を阻止することを決意した近藤たちと、それに協力することを誓ったラッド・ネアとユージ。

 五人は各々三手に別れて作戦に取りかかった。

 なんとかジェシアを奪還したは良いものの、女王・ジュベルに阻まれ、近藤は、致命傷を負ってしまう。

 残りわずかだと思われていた近藤の命は、アピトの治癒魔法によってなんとか繋ぎ止められた。

 ジュベルを倒す鍵となるのは、“魔法を際限なく使う方法”。

 そしてついに、その原理を理解した近藤。

 魔法を際限なく使えるようにするために、近藤とアピトは城へ向かう。

 一方、アピトの家に取り残されたファシスタは、アピトの身を案じていた。



 セーレが行ってしまった。

 ラッド・ネアに抑えられていた体が解放された時、ファシスタはそれを実感した。


 アピトたちが出ていってから何分経ったのだろうか。

 五分? 十分?

 どちらにせよ、走ればまだ追い付く距離だろう。


 しかし、ファシスタは後を追わなかった。

 ファシスタはズルズルとその場に座り込むと、顔を伏せて泣いた。


「どうしてですか……なんで、セーレが……」


 やるせなくって理不尽で、理由を聞かずにはいられなかった。

 その声に先程までの剣幕はない。ただ迷子になった子供のような頼りない、弱々しい声。


「仕方ないわ。諦めなさい」


 ラッド・ネアは淡々としていた。

 いつも通り落ち着いて、冷静で、その態度に追い討ちをかけられたように悲しくなる。


 そんなに物分かり良くなんて、なれない。


 口に出すには子供っぽすぎて、ファシスタは自分の膝に顔をうずめた。

 自分にアピトを救える力があれば、迷わず後を追うのに。

 泣き疲れた頭でそんなことを思った。


 アピトを救える力が欲しい。


 それは小さい頃から、何度も夢見てきたことだった。

 だけど、その言葉に昔のような無邪気さや可愛らしさなんてものはない。ひたすら暗く、頭の中心を占拠するわだかまりだ。


 こんなこと考えたって、セーレが助かるわけじゃない。

 分かってる。

 分かっているのに、考えてしまう。

 自分でもどうしようもない感情がドロドロと混ざって、涙が溢れた。


「ねェ、隣座ってもイイ?」


 そんなファシスタに声をかけたのは、ユージだった。

 ユージはファシスタの近くに腰を下ろすと、優しく声をかけた。


「ハンカチ、使ウ?」


「いえ……ありがとうございます」


「ソウ? まァ、俺腕ナイから、ファシスタちャんに取ッて貰うことになるンだけどネ」


 ユージは馬鹿みたいに笑うが、ファシスタは笑う気にはなれなかった。

 ファシスタは鼻をすすると、服の袖で目を擦った。


「ごめんネ」


 泣き続けるファシスタを気遣ってか、ユージは囁くような声で謝った。


「ファシスタちャんには、辛いコトを強いてるよネ」


 首を振ることしか出来なかった。

 口をあけると、もっと泣いてしまいそうで。


「ファシスタちャんの言う通リ、あんな状態で行かせるのは良くナイ」


 ユージは穏やかな調子で話し始めた。


「でもね、行くのを止めても、アピトは壊れちゃウ」


 分かるよネ? と聞かれ、ファシスタは頷いた。


 アピトは人を救わずには居られないお人好しだ。

 それを止めるということは、アピトの心を縛るということ。


 不思議なものだ。

 アピトを守ろうとすれば、アピトの心を傷つけてしまう。


「どちらにしろアピトが傷つくなら、賭けるしかなかッたんダ。向かう途中で近藤がなんとかしてくれるッてネ」


 その声は、まるで立ち入ってはいけないと注意されているように感じた。

 ファシスタは顔を見られないように伏せて『はい』と呟いた。


「アピトはオレたちに助けを求めたりトカしないデショ?」


 ユージは、ファシスタがまだ納得していないことを感じ取ったのかそう続けた。


「……セーレは、コンドウには助けを求められるんですか?」


 ようやく絞り出した文らしい文に、ユージは少し驚いた。


「まァ……彼は、ネ」


 言葉はぼかされていたが、その意味はなんとなく予想できた。


 近藤が来てから、アピトは少しづつ変わっていった。

 多分、その変化を一番近くで見てきたのはファシスタだろう。


 誰よりも強く感じていたはずなのに、他人から指摘された方が身に染みる。

 胸が、ほんのちょっとだけ苦しくなる。

 私は、何年もセーレのそばに居たというのに。


「やっぱり……コンドウは特別なんですか?」


「ンー、どうだろウ? オレはアピトじャないからネ」


「そう、ですよね」


 ファシスタは、その答えを知っていた。

 知っていてなお、聞かずにはいられなかった。


 近藤は、アピトにとって特別な存在だ。

 そりゃそうだ。

 こんな泣き虫より、近藤はずっとしっかりしてて、強くって、頼りがいがある。


 分かってるよ。


 何度も頭のなかで繰り返した。

 分かってる。分かってる。

 そう思う度に、涙が溢れてくる。


 もう、セーレは自分の立ち入れないところに行ってしまったんだ。

 そんなこと本当はずっと前から分かっていたのに、悔しくって悔しくって、惨めな気持ちになった。


「……でも、コンドウが、助けられるかなんて……分かんないじゃん」


 惨めな気持ちのせいなのか、口からこぼれ落ちたのは酷い言葉。

 いや、気持ちのせいなんかじゃない。

 きっと本心なんだ。

 自分にはない力を、アピトを救う力を持っている近藤が、心底羨ましかった。


「それ、本心?」


 あまりにも冷たい口調に思わず息を飲んだ。

 ずっと黙っていたラッド・ネアが口を開いたのだ。


 相変わらず、落ち着いたその表情からは、感情が読み取れない。

 ラッド・ネアは、ファシスタのことを見つめながら、もう一度質問を繰り返した。


「貴方の本心はなに?」


 答えられなかった。

 恐怖や緊張のせいだけではない。

 答えが見付からないのだ。

 自分のことなのに、返答が見当たらない。


 いや、違う。

 返答はいくつも思い浮かんだ。


 セーレを助けたい。


 コンドウが羨ましい。


 誰にも取られたくない。


 ……思い浮かんだだけだった。

 これが本心だと言いきることが、出来なかった。


「……ご、ごめんなさい」


 口から溢れたのは情けない謝罪。


「それが何かの答えになるの?」


「オイ、ラッド・ネア」


 ファシスタを庇おうとしたユージを退けて、ラッド・ネアはさらに詰め寄った。


「貴方が望んでることって、そんなに難しいことじゃないはずだけど?」


 まるで答えを知っているかのような声。

 自分の知らないところまで見透かされてしまいそうで、ファシスタは慌てて目をそらした。


「……ごめんなさい」


 叱られると思った。

 謝罪が聞きたい訳じゃないと。

 そう言われることが分かっていたのに、それ以外の言葉が出なかった。


 ファシスタの体はほぼ無意識に叱責に耐えようと縮こまった。

 だが、その予想は裏切られた。


 代わりに帰ってきたのは長い沈黙。


 いくら待っても、責める声も、許す声も、返事すらも聞こえない。

 気まずさから、ファシスタはラッド・ネアの顔色を伺おうと、そっと顔を上げた。


「分かった?」


 まさか目が合うだなんて思っていなかった。

 ファシスタは慌てて下を向き直る。

 返事は出来なかった。


 混乱する頭の中で、ラッド・ネアが待ってくれていたことに気が付いた。

 この答えは、自分で見つけ出さないといけないことも。


「私が、望んでること……」


 ファシスタは本当に小さな声で呟いた。

 その消え入りそうな声とは対照的に、頭はしっかりと動いていた。


 無駄な思考はどんどん意識の外へ追いやられ、自分でもどうすることも出来ないくらいに膨らんでしまった感情はあっという間に萎んでいた。


「あ」


 そして、答えを見つけた。

 そんなに驚くことでもない。

 元々ファシスタの中にあったものなのだ。

 それを少し見失っていただけに過ぎない。


「私、セーレに幸せでいて欲しい」


 ラッド・ネアはその答えを聞くと、満足そうに頷いた。


「それなら、貴方はアピトのために無理に体を張ることも、近藤を羨む必要もないわ」


 淡々としているのに、その声にはどこか優しさがあった。


「貴方は貴方の方法でアピトを幸せにしなさい」


「はい」


 ファシスタは涙を拭うと笑ってみせた。


「ありがとうございます」


 ラッド・ネアはどういたしましての代わりに口角を少しだけ上げて微笑んだ。


「さて、夜はまだ長いわ。貴方はどうやってアピトを幸せにするか考えてなさい」


 ラッド・ネアはそれだけ言い残すと、部屋を後にした。


「ごめんネ」


 部屋に残されたユージがファシスタに声をかける。


「ラッド・ネア、分かりにくいデショ」


「いえ!」


 ファシスタは勢いよく首を振る。


「とてもすっきりしました」


「それなら良たッタ」


 ユージは安心しきったように無邪気に笑った。

 ファシスタもその笑いにつられてクスクスと笑った。

 しばらく笑ったあと、ファシスタはぼんやりと呟いた。


「……二人が帰ってきたら、コンドウに謝ります」


「ン、それが良いネ」



 石畳が温くなってきた頃、アピトが突然顔を上げた。


「復ッ活!」


「は?」


 そう言うしかなかった。

 いやそうだろう。

 さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、アピトは立ち上がるともう一度大きな声で繰り返した。


「復活したんだ!」


「聞こえてんだよ」


 これの怖いところは空元気に見えないところだ。

 もしかしたらこの待ち時間に、俺だけパラレルワールドに飛ばされたのかも知れない。


 なんてことを半ば本気で思って、アピトを見つめた。

 アピトはさっさと帽子を被ると、マントもハイヒールも身に付け行くぞと言った。


「あー、一応聞くけどさ。マジで大丈夫か?」


「いや、大丈夫ではないな」


 アピトは堂々とそう言った。

 あまりにもはっきりと聞こえたもんだから、自分の耳を疑うことも出来なかった。


「……は?」


 こんな短時間で二回も聞き返すことがあるだろうか。

 ただ呆然とするしかない近藤。


「私はきっと、動かなくちゃ死ぬタイプの人間だ」


 そんな近藤をよそにアピトはそう切り出した。


「私は人のための努力なら惜しまない。そして、それに見合う実力がある」


 呆然としている間に我の強い自己紹介が始まったのかと思ったが、アピトは至って真面目だった。

 その真剣さに免じて最後まで話を聞いてやるかと黙っておいた。


「だから私は救う。皆を」


「アピト、てめぇ……!」


「分かってる。動きすぎても死ぬ」


 アピトは近藤の呼び掛けを遮り、そう続けた。

 なぜこいつはこんなにも我が物顔なのか。それは近藤がずっと言い続けていたことだった。

 自分で発見しました! みたいな顔が余計腹立つ。


「分かってんなら、無理すんな」


「いや」


 この馬鹿はどれだけ心配させれば気が済むのだろうか。近藤が一言言ってやろうとした時、アピトも口を開いた。


「今は動けなくもなければ、動けるわけでもない。まぁつまり、大丈夫かなんて分からん」


 今、鏡を見たら凄まじい顔をした俺が見えるんだろうな。

 開いた口が塞がらないどころか、開いた口がさらに開いた。


「なんて?」


「だから分からん」


 あの前置きが後一分延びていたらぶん殴っていただろう。

 ここまで引っ張っておいて分からないだなんて、こいつは本物だ。

 近藤は頭を抱えた。


「お前、馬鹿なんじゃねぇの?」


「あぁ、馬鹿だ」


 アピトの爽やかな声が更に頭を重くする。


「あのな……」


「馬鹿だから、君が止めてくれ。私が休憩しなければならんときは、君が私に教えてくれ」


 アピトの口から飛び出してきたのは、あまりにも身勝手な台詞だった。

 金属バッドで殴られたような衝撃のあと、沸々と沸いてきたのは怒りではなく、笑い。


 なんて身勝手で自由奔放で、アピトらしい台詞なのか。

 そう思うと、もう堪えられなかった。


 近藤は後ろに倒れんばかりの勢いで笑った。

 あぁそうだ。

 その手があったか。


 俺が、アピトを止める。


 それは驚くほど簡単に近藤の意識のなかに浸透した。


「オッケー。任せろ」


 近藤は笑いの波が引いたタイミングでゆっくりと立ち上がった。


「もっと早く気付け馬鹿。待ちくたびれて足も尻も痺れちまったよ」


「気付いたのは早かったよ。その後に君を驚かす方法を考えていて遅くなったのさ」


 静かな夜の街にカツリとハイヒールの音が響く。

 アピトの目は、真っ直ぐ城を見つめていた。


 豪勢だった城はもう見る影もない。

 前半分だけが綺麗にえぐり取られ、一回りくらい小さくなっていた。


 権力の象徴とも思えていた城は、もう恐怖の対象ではなくなっていた。

 怖いなんて感情はわかない。むしろ、あの城が食べかけのケーキに見えるほど、ハイになっていた。


「行けるか?」


「今更帰れんしな」


「安心しろよ。最弱だろうが最強だろうが、世界を変えるのは俺たちだ」


「違いない」


 二人は小さく笑いあった。



「誰もいないな」


「みてぇだな」


 しばらく他愛もない話を繰り返しているうちに、城の門の前に着いていた。

 どうやら城も壊れた城に門番を置けるほど余裕があるわけではないらしい。


 瓦礫まみれの門の前は門番はおろか、人の一人も立っていなかった。

 満身創痍の近藤たちにとっては願ってもない状況だ。


 アピトは壊れた門の隙間を器用にすり抜け、城の敷地内へと足を踏み入れた。

 近藤もその後に続く。


「君のせいで既に疲れてるよ」


「貧弱じゃん」


 アピトは失礼なとわざとらしく怒った。

 ここに着くまでに二、三回くらい帽子を引っ張ったのを根に持っているらしい。アピトはまだ文句を言っていたので、もう一回帽子を引っ張っておいた。


「なにすんだ!」


「悪ぃ」


 さっきまでと変わらないやり取り。だけど、どこかぎこちない。

 いくらハイになっているといっても、ここは敵地だ。緊張したって仕方ないだろう。


 近くで見た城はかなり雰囲気があった。

 あんなに美しかったフランス式庭園も今は見る影がなく荒れ果て、花は千切れ、至るところに小さい瓦礫が散らばっている。


 入り口も相当奥になっていた。前が半分削れたのだから当然か。

 元々入り口のあったところには生々しい傷痕だけが残っていた。


「思ったより歩きやすいな」


「撤去されたんだろ」


 前半分もぶっ壊れたというのに大きな瓦礫やくぼみなんかがないということは、ある程度復興作業が行われていたということになる。


 それにしては随分中途半端に終わったもんだ。


 割れた窓や大きな亀裂なんかはそのままだし、即席で作ったのであろう入り口はドアもなければ仕切りもない。斜めになった木枠が立て掛けられているだけだ。


 その様子からは、城の切羽詰まった状況がありありと感じられる。

 近藤たちが劣勢なのは変わらないが、それでも、少しは希望を持てる。


「で、どっち行くんだ?」


「分かんねぇのに先頭行くなよ」


 ちょうど入り口に入る手前で、アピトは足を止めた。

 相変わらずマイペースなアピトを後ろにやり、近藤が先頭に立つ。


 ここは控えの間に続く廊下辺りだろうか。両脇の壁も消し飛んでいてかなり見晴らしが良い。


 というか、見晴らしが良すぎる。お陰で現在地が掴みにくい。

 城の内装なんて基本どこへ行っても似たようなものだ。

 少しでも道順が変わるとすぐに迷ってしまう。


 近藤は注意深く足を進めていく。

 中も、外から見た通りボロボロだ。


 今にも崩れそうな天井に床に散らばったガラス片や塵。

 道が補修されていない分、中の方が荒れていると言えるだろう。


 綺麗に敷かれていたブルーカーペットも無惨に破け、その下からは石畳がむき出しになっている。

 いや、それよりも抜け落ちそうな石畳があることの方が問題か。ちゃんと歩ける場所を選ばなければ地下へとまっ逆さまだ。


 壊れそうな石畳を刺激しないように飛び越えつつ、先を急ぐ。

 城の中に入った辺りから、体力は回復していた。


「よく迷わないなぁ」


「見てきたからな」


「道なんて一時間もあれば忘れるだろう」


「んな訳あるかよ」


 フツーの人間は一時間で道を忘れるほど間抜けではない。流石アピトと言っておくか。

 呆れ半分、諦め半分といったところか。ほんの少しだけ安堵が混ざっているのは黙っておこう。


 奥へ進むにつれて城の中は綺麗になっていく。ここまでは魔力砲の力は及ばなかったようだ。


 それもそうか。

 ここが破壊されるということは、タンクが壊れるということだ。

 ジュベルも死ぬ気で守ったのだろう。


 お陰で見知った道に出た。

 武器庫の前を通りすぎ、左手側の騎士の部屋、の更に壁紙に隠された奥のドアを開けば、中からはあの独特な臭いが香ってくる。


「おぇ」


 正直、ここに辿り着いたことを喜んで良いのか分からない。


「これがタンクか」


「……おー」


 アピトはしげしげと中を覗き込むと一言。


「凄い臭いだな」


 しかし、その顔は特に臭っている様子はない。

 それどころか、その足は迷いなく中へ入っていく。


「すげぇよな。お前」


 この嫌味は恐らくアピトには聞こえていない。

 近藤は諦めて、大きく息を吸い込んでからぐっと止める。


「無駄だろ」


「うん」


 無駄だった。

 まぁさっさと壊して出ていけば良いのだ。

 近藤は鼻をつまみながらタンクへ近付く。


「それじゃあ、やるぞ」


「頼む」


 アピトが指を鳴らすと、甲高い音が響いて、タンクにヒビが入る。

 ミシミシと音を立て、ゆっくりとヒビがタンク全体に広がっていく。


 そして、ヒビがある限界値まで伸びると、タンクはどこかの桃の童話よろしく真っ二つに割れた。


 溢れ出た男どもの白き涙は、重力に逆らい天へと昇る。天を砕き、空の彼方を目指すその姿はまるで__白龍。


 気をしっかり持て近藤。

 今のお前は新種の変態だ。


 近藤は、天井から降ってくる瓦礫とアレ……アメを避け、タンクの部屋からそっと退出する。

 天井に空いた穴からは流星群のように飛び去っていく彼らの子供たちが見える。あぁ、タンクの中身が世界中へ降り注いでいく。


「一仕事終わりだな」


「仕事って言いたくねぇけどな」


 やり遂げた笑顔を浮かべるアピト。まぁ確かにやり遂げたけど。

 魔法を使えるようにするためとはいえ、世界中にあんなもんをぶちまけたのは少し罪悪感を覚える。せめて夜で良かったよ。


「それで、どうだ?」


「あぁ、待ってくれ」


 アピトはそう言うと、タンクのあった場所を指差した。近藤はアピトの指を追い、割れたタンクの残骸を眺めた。


「1、2、3!」


 耳の後ろで、指を鳴らす音が聞こえた。

 と思うと、目の前にはドデカいキャンプファイヤー。


「なにやってんだよっ!?」


 多分、人生で一番デカい声が出た。田舎の喉自慢大会準決勝進出レベルの大声だろう。

 喉自慢大会なんて一生出る予定ねぇからこの予行練習も必要ねぇんだけどな。


「大魔法が使えたんだぞ。もっと反応があるだろ?」


「こんなとこで火が燃え出したら怖ぇだろうが!」


「そうか?」


「さっさと消せ!」


 近藤の絶叫にアピトは指を鳴らし炎を消す。が、その様子は随分不満げだ。


「もっと安全なので見せてくれよ……」


「分かりにくいだろ」


 キャンプファイヤーの方が分かりにくいだろ。怖いし。


 イカの臭いとガラスの溶けた臭いが混ざりに混ざってクサいなんてレベルをとうに越した臭いが立ち込めている。これは毒だ。間違いない。


 鼻を掴む手に力が入る。

 アピトも近藤と同じポーズを取っている。流石にアピトもこの臭いには耐えられないらしい。


 まぁ、毒は食らったが予想は的中した。


 これで、魔法の制限という一番の壁が取っ払われた。

 後は、ジュベルに殴り込みに行くだけだ。

 きっとアピトも考えていることは同じだろう。


「この上か……」


「だろうな」


 どちらからともなく天井を見上げた。

 例のモノが天井をぶち破ったお陰で綺麗な夜空がよく見える。


 その夜空も、そろそろお仕舞いか。うっすらと白く濁り始めたのは、朝がやってくる証だ。


 この先に、ジュベルが居る。


 緊張からか興奮からか、吐き出した息が震えた。



 この世界は元々、貴族の威厳を高めるために魔法の知識を独占していた。


 魔法の使い方を知るのは貴族の中でも限られた者の特権であり、魔法を使えることは権力者であることのステータスでもあった。


 世界は魔法を使える者を頂点とした階層構造を基本とし、魔法を使えない者たちを支配する弾圧的な統治が長く行われてきた。


 そんな中、世界を変える大事件が起こる。


 没落した貴族の一家が魔法の使い方を世界中にばら蒔いたのだ。

 それを機に、弾圧的されていた市民たちは立ち上がり、革命戦争を起こした。

 その革命の中心を担った没落貴族こそ、現在の城と呼ばれる組織の創始者たちである。


 この革命により、魔法は事実上、『誰でも使用可能』になった。


 しかし、魔法を操れる者の割合は旧体制の時とさして変わらなかった。

 と言うのも、市民の中に魔法の知識を伝達する者が居なかったのだ。


 魔法は市民に広まることなく、魔法を持つ者と持たざる者の二極化は進む一方。


 このような中で、飢饉や災害、また、革命運動によって追放された元貴族の暴動などを背景に、城が本格的な軍整備を開始した。

 それを受け、各地で魔法を操れる市民の需要が高まり、学校や研究所などの整備が整えられた。


 特に、王都・ブローレではその動きが活発であり、城に選ばれた学者たちが魔法普及の命を受けた。


 セア・アピトもそのうちの一人である。


 彼女は“市民”の生まれであったが、恩師との出会いを経て、魔法の研究に没頭していく。

 十歳になると研究の成果が認められ、博士の学位を授与されると共に女王の娘の家庭教師を任された。


 その娘こそ、ミーシュ・ジュベル。


 今の城の女王である。

 当時ジュベルは五歳。

 年が近かったこともあり、セアとジュベルは家庭教師と生徒という関係を越え、姉妹のように過ごした。


 日々の暮らしはもちろん、互いの誕生日や降誕祭、復活祭など二人で多くの時間を共有した。


 特にジュベルはセアによく懐いた。

 ジュベルは控えめな性格ということもあり、セアのようなハツラツとした性格に惹かれていたのだろう。


 またセアの方も、自分とは違う落ち着いたジュベルのことを気に入っていた。


 二人は十年もの歳月を共に過ごした。

 その間に、ジュベルの母が亡くなったり、セアが暴動に巻き込まれ、片目を失ったりしたが、どんなことがあっても二人は必ず一緒にいた。


 互いの弱さを支え合う、本物の姉妹よりも姉妹らしい関係であった。


 そんな二人に、二つの転機が訪れた。


 一つ目はジュベルの即位式だ。

 正式に、ジュベルが女王の座を継ぐことが決まった。


 そして、二つ目。

 セアが子供を授かった。


 この時期になると、魔法の普及率も安定しており、セアも普及活動の第一線からは退いていた。

 とはいえ、相変わらず魔法の研究は続けており、その関係で出会った悪魔と、恋に落ちたのである。


 当時の悪魔というと、奇っ怪な言葉を操る不思議な存在というのが一般的な認識で、そう考えていたのは、ジュベルも例外ではなかった。

 ジュベルはセアを引き留めたが、セアは呆気なく城を離れてしまった。


『なに、二度と会えなくなる訳じゃない。私にも私の生活が出来て、君にも君の生活が出来る。それだけさ』


 セアは別れ際にそんなことを言った。

 セアにとって、別れはその程度のものであった。


 だが、ジュベルにとっては違った。

 ジュベルは、セアが思っているよりもずっと彼女に依存していた。


 離れることが嫌だったのではない。

 自分の一番が悪魔に取られたこと、そして、自分の知らないセアの顔があったことがショックだった。


 ジュベルは次第に自室に引きこもるようになった。


 即位式も体調不良を理由に延期した。

 セアも何度か見舞いに来たが、顔を合わせることもなかった。


 次第に、ジュベルは占いに傾倒していき、人と会うこともなくなった。


 そんな日々が五年近く続いた。

 もうジュベルはダメだと、城に居るほとんどの者がそう思っていたある日、とある占い師が城を訪ねてきた。


 彼女は自分のことをリドル・シエラルカと名乗り、ジュベルを女王として即位させることを約束した。


 この出会いはジュベルの人生を大きく変えることとなる。


 シエラルカはジュベルに、寂しさを埋める方法を教えた。


『君に足りないものは、心の整理をする時間でも、親友の新たな門出を祝う優しい心でもない。穴を埋めるピースだよ♡』


 そう言って、シエラルカは人と触れあうことを勧めた。

 最初は己とのお茶会。

 次に、小規模なホームパーティー。

 それらは確実にジュベルの心を癒した。

 そして、


『即位式を開いてごらん? きっと最後のピースが見つかるよ』


 ジュベルはその言葉を信じて即位式を開いた。

 女王となり、この国の全てを手に入れることで心の穴が完全に埋まると信じて。


 シエラルカの言ったことは嘘ではなかった。


 即位式には、新たな女王誕生を祝う多くの市民が集まった。

 ジュベルは初めて大勢の前に立ち、大勢の歓声を浴び、祝福された。


 シエラルカに言われた通り、その時だけはセアのことも、何をしてもまとわりついてきた寂しさも、全て忘れられた。

 だが、即位式が終わった後、シエラルカはジュベルにこう告げた。


『確かに今は君のモノだけどさぁ、それっていつまで続くかな?』


 幸せな日々は終わりが来る。それは痛い程分かっていた。

 では、どうすれば彼女たちはジュベルのモノのまま一生を終えてくれるのか?

 シエラルカは人形を例に話をした。


『人形って、君が捨てない限りずぅっと君のモノでしょ? アイツらも同じ。


同じだけどちょっと違う。アイツらと人形の違いは、"力"』


 力があるから人は裏切るんだ♡


 セアだってそうでしょ?

 その言葉はジュベルの胸にストンと落ちた。

 なんて簡単なことだったのでしょう。

 彼女たちから裏切る力を取り上げるだけで良いだなんて。


 それから、シエラルカの助言を元に魔法の統制を始めた。

 世界中に魔力をばら蒔いたり、悪魔を魔法の補助道具と位置付けたり、セアを殺したり。


 自分が魔法を使うために外から何体か悪魔を拐ってきたりもした。

 そのせいで悪魔の数は増えたが、魔法の原理を浸透させる良いパフォーマンスにはなった。


 元々魔力の知識の普及率も高くないこの世界は、簡単に嘘の原理を受け入れてくれた。


 そして今、やっと理想の世界が完成しようとしている。


 みんなが、ずっとわたしのそばに居てくれる、理想の世界が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る