【第二十二話】千恨万悔! 懺悔の言葉と失ったもの……?!
ジェシアの血を使い、全ての魔女の魔力消失を目論む城。
その野望を阻止することを決意した近藤たちと、それに協力することを誓ったラッド・ネアとユージ。
各々の目的を達成するため、五人は作戦を開始した。
アピト、ファシスタはユギルのもとへ行き、魔力砲を発射させる。
ラッド・ネアとユージは陽動。
そして近藤は、ジェシアを助けるために地下牢へと向かった。
少々遅れをとってしまった近藤だが、フォーランを仲間へつけ、なんとかジェシアを奪還した。
しかし、助かったと思ったのも束の間、女王・ジュベルに阻まれ、近藤は昏睡状態に陥ってしまう。
いっこうに目を覚まさない近藤に、アピトの精神は限界を迎えていた。
▽
誰かの声が聞こえる。
それが自分の名を呼ぶ声だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
降り注ぐのは小雨のような弱々しい声。
誰の声かと耳を澄ませても、その声は遠くにあり、とても誰のものなのかまでは分からない。
「……ドウ……なぁ、君は……」
声は次第に近付き、はっきりとした輪郭を持つ。
しかし、その声が誰のものなのか理解しようとすると、途端に靄がかかってしまう。
あともう少しで分かりそうなのに。
「……ごめん……」
その嗚咽混じりの声を聞いていると、漠然とした焦燥感に駆られる。
放ってはいけない、なんとかしろと、呆れるほど雑な司令が体全身に回る。
目を開けろ。
返事をしろ。
頭を上げろ。
手でも良い。
足でも良い。
どこでも良い。
動け、動け、動け。
起きろ!
一際強い声が頭の中に鳴り響き、泥の中から這いずり上がるように目を覚ました。
心臓がバクバクと脈打つ。
……そうか。寝てたのか。
ぼんやりとした思考はゆっくりと冴えていく。
「……コ、ンドウ?」
「あぁ、よぉ」
その声につられて横を向くと、ベッドの横には、アピトがいた。
アピトは大きな目を見開いて、近藤を凝視している。
まるで化け物にでも遭遇したような顔に、近藤は思わず吹き出した。
「なんちゅう顔してんだよ」
アピトは何か言いたげに近藤の方を見たが、声には出来なかったようだ。
震える唇を噛みしめ、帽子のつばを深く下げる。
「……つーか、ここどこだ? ジェシア、あー、タダノは? フォーランとか、居ねぇのか?」
近藤はアピトから目をそらすと、部屋を見渡す。
ボロボロなレンガの壁に、穴から侵入し放題の蔦たち。ヒビの入った窓ガラスは夕日を写している。
どこか見覚えのあるその光景に、あぁと息を吐いた。
「ここ、俺の部屋か」
アピトからの返事はなかった。
相変わらずの無言に、近藤は少し困った。
困ってから、声に出して笑った。
「……俺一人で喋ってんじゃねぇか」
それから、こっちに来いとだけ言った。
アピトは頷く余裕もなく、近藤の胸に顔を埋めた。
不器用な泣き方しか知らないアピトに、不器用な慰め方しか教えてやれない。
何が起こったかは、大体整理がついた。
「ごめん」
アピトの肩が小さく震えた。
「なんで、君が謝るんだ……?」
「てめぇも謝ってたろーが」
「……そう、だな」
アピトの声は小さすぎて、すぐ毛布に吸い込まれてしまった。
部屋には穏やかな静かさだけが残る。
近藤は特に静寂を破ることもなく、ただアピトの背中を撫でた。
「コンドウ……」
「ん?」
アピトの声に近藤は手を止めた。
「……話が、あるんだ」
「あぁ、俺は別に良いんだけど……」
ためらいがちに発せられた言葉に、近藤も少し戸惑いの色を見せた。
「ファシスタ。もう少し良いか?」
「ひぃぃぃ!」
部屋に響いた悲鳴は、二人のものではない。
アピトは、その悲鳴を聞いたかと思うと、肩を大きく揺らした。
「レーベル?!」
「ごめんっ」
アピトは勢いよく近藤の胸から顔を上げるとファシスタの元へとすっ飛んでいった。
近藤はその様子を後ろから眺め、笑っている。
「い、い、い、いつから?」
「安心しろって、結構近々だよ。お前が俺の胸で泣いてるときくらいだな」
ファシスタの代わりに近藤が答える。
ファシスタはというと……泣いている。
「静かにしてたのに……」
「コンドウ! なんで言わないんだ!」
「悪かったって」
さっきまであんな小さい声でボソボソ喋っていたとは思えない絶叫。
元気になってくれて何よりだ。
アピトは相当恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤に染めて、その場にうずくまる。
「なにも見てないから……」
「ファシスタ。余計な気遣いはよしとけ」
「元凶が何を言ってるんだ」
アピトはうずくまったまま憎々しげに呟いた。
ここが二階じゃなければ穴掘って埋まりたい。
「騒がしいと思ッたラ、近藤起きたんダ」
「怪我人の前で叫ばないで」
いつの間にかユージとラッド・ネアも来ていたようだ。
気が付けば部屋の入り口は満員電車さながらの人口密度になっていた。
アピトの声量は馬鹿にならない。
「ちがっ、コンドウが」
「セーレ、静かにしよ」
事の始終を知っているファシスタにまで見放され、アピトは明らかに不機嫌ですと顔に出す。
いや、不機嫌というより拗ねてるな。
「アピト。奥へ行かないなら退いて」
あーぁ、ラッド・ネアが止めを刺した。
アピトは完全にK.O.だ。
この女、人が悲しんでようと関係ねぇんだ。
「……入る! 入れば良いんだろう! どうして君はそんな言い方しか出来ないかな!」
あ、開き直った。
アピトは勢い良く立ち上がると、音をたてて机に座った。
「君のせいだからね」
「悪かったって」
謝ったが納得いかなかったらしい。また膨れっ面に戻っている。
「近藤、体調は?」
あの膨れっ面の原因二番目はさも当然のように入り口から一歩も動いていない。
流石ラッド・ネア。お前が退けつったんだぜ。
「良くも悪くもねぇな」
すごく元気かと言われればそうではないが、具合が悪いわけでもない。
いわば普通だ。
よく眠ったお陰か、気持ち悪さも目眩もない。
そういえば、気絶した後必ずといって良いほどついてくる頭痛もなかった。
節々は少し痛むが、まぁ許容範囲だろう。
「痛みハ?」
「んー、特にねぇか……な?」
近藤がもう少しちゃんと確認するかと、起き上がろうとした時だった。
あれ? 体が起こせない。
まるで起き上がり方をパタリと忘れてしまったように、全くと言って良いほど起き上がれない。
腕を背中側に回そうとも、布団をくしゃくしゃに掴もうとも、結果は同じだった。
「何やってるんだ?」
「……起き上がれねぇ」
アピトの疑問は至極当然だった。
そして、近藤の返答に対する顔としても、満点だ。
そりゃ驚くよな。俺も驚いてんだ。
「ちょっと退いて」
部屋の隅にいたラッド・ネアは、ベッドの周りを囲んでいるユージたちを退かすと近藤の服を剥いだ。
「なにすんだよ?!」
近藤の叫びも虚しく、ラッド・ネアは淡々と服を脱がしていく。お前は追い剥ぎか。
上半身があられもない姿になったかと思うと、ラッド・ネアは近藤の背中に手を回した。
「……やっぱり、魔力が体に溜まってるようね」
ラッド・ネアは極めて冷静に言った。
魔力が、溜まってる……?
そう驚く一方で、頭のどこかでは、予想していたことだと受け入れていた。
「うそ……」
「エ、それッて大丈夫なノ?」
ファシスタもユージも困惑した表情を隠せていない。
もちろん、アピトも。
「息をするだけで、死に急いでるような状態よ」
ラッド・ネアは遠慮という文字を知らないらしい。
随分な物言いに、笑いすらこぼれなかった。
あぁ、そうか。
そんなもんか。
「近藤」
ラッド・ネアに呼び掛けられ、近藤はのっそりと顔を上げた。
「そろそろ選ぶべきじゃないかしら? 生きるか、死ぬか」
「……契約はしねぇぞ」
近藤の言葉に、食って掛かる者は居なかった。
部屋には、ただただ気まずいだけの沈黙が漂う。
不安も恐怖も、そして呆れも。
あらゆる感情をもった視線が、近藤に突き刺さった。
「俺の体も限界が近いってことだ。さっさと城を倒さなきゃなんねぇ」
近藤が口を開いてもなお、沈黙は続いた。
誰も身動ぎすらしない窮屈な空気から、静かな動揺だけをひしひしと感じる。
「……そうだな。まずは城を倒そう」
意外にも、最初に同意を示したのはアピトであった。
近藤は思わずアピトの方を見る。
「どうした?」
「い、いや」
当のアピトは平然とした様子で、なんだかムカついた。
「でも……!」
「で、突破口はありそうか?」
アピトは喋ろうとしたファシスタを制すると、近藤に尋ねた。
「いや、正直全くねぇ」
大体、力も条件も違いすぎる。
ブローレの街一つを消し飛ばせる程の威力を持った魔力砲を相殺する力。
それに加えて、魔法も際限なく使えるときた。
こっちがどれほど不利なのかは言うまでもない。
せめて、魔法を際限なく使えれば勝機はあるかもしれないが。
「ア、なんかそんなコト、ジェシアが言ッてなかッタ?」
「あぁ、セーレに反射魔法を覚えさせるって話ですか?」
「反射魔法?」
反射魔法って、ラッド・ネアが使う奴だよな。
読んで字のごとく、相手の攻撃を跳ね返す魔法だ。
まぁ、跳ね返せるのは魔法攻撃に限るらしいが、それでも最強の魔法だろう。
「そんな簡単に覚えられんの?」
「アピトなら一年もあれば覚えられるでしょうね」
一年……流石に長すぎる。
近藤たちに残された時間は少ない。
それは近藤の寿命ということもそうだが、それだけじゃない。
むしろ、それよりもヤバいのが城の追っ手だ。
ラルダはほぼ確実に城の手に渡っていると考えた方がいい。
そして、ジェシア。
あいつも城から上手く逃げた口だろう。
だが、永遠と逃げ続けることは不可能だ。
女王ジュベルが直々にジェシアのもとへ訪れれば、呆気なく城へ逆戻り。
つまり、近藤たちには訓練なんてしている時間がないのだ。
「じャあ、皆で殴り込みに行くとカ?」
「無駄だな。数で制圧出来る奴じゃねぇ」
「マジかァ」
ユージはがっくりと項垂れる。
「どーすっかなぁ」
そうは言ったもののなにも思い付かない。
ダメだな。思考がボケてきた。
頭の奥に刺すような痛みを感じる。喋っているだけで体力がすり減っていくとは情けない。
本当に、死期が近いのか。
時間が足りない。
考える時間が足りなすぎるのだ。
どうしてこんな時に動かねぇんだ。
"ピンチ"の時はあんなに動けてたっつーのに。
……ん?
ふと、頭に浮かんだのは城での出来事。
ジュベルに追われていたときのことだ。
あの時、あんな必死に走ったのに気絶はおろか、気持ち悪くもならなかった。
そうだ。
そういえば、城では中々アクティブに動いたはずだ。
それなのになぜあんなに元気だった?
思い出すのはジェシアの言葉。
『この世界の原則は君たちが思っているよりも人為的に作り出されているんだ』
『魔法は城に……』
「ちょっと、一人にしてくんねぇか」
▽
ヤバい。
一人にしてくれと言ってからどれくらい経ったか。
近藤はまだなにも掴めていなかった。
分かりそうで分からない、もどかしい時間が続く。
「ダメだ」
こんなに見事に行き詰まることがあるか。
謎は充分に出揃った。
後は解答だけだと言うのに、その解答が全く分からん。
ジュベルが魔法を無限に使える裏には"カラクリ"があるはずだ。ただの最強では片付かない"理由"がある。
それさえ分かれば、勝機は充分にあるはずなのに。
「思ったより悩んでるな」
半開きになったドアから声が聞こえた。
ゆっくりとそっちに目をやると、そこにはアピトが立っていた。
「お粥食べるか?」
「おぉ! サンキュ」
アピトは手に持っている鍋を近藤に見せつけた。
粥といっても、米の粥ではない。そば粥の方だ。
米の粥を想像していると、その違いに驚くだろう。
とはいえ、どちらにしろ美味しいのが凄いところ。空きっ腹となれば余計にだ。
アピトはベッド脇の机に鍋を置くとドアを閉めに行く。
「開けといて良いから体起こすの手伝ってくんね?」
「ちょっとくらい待てんのか」
アピトは呆れた様子で呟いた。
なにやれやれみたいに言ってんだ。こんな間近で粥の匂いを嗅いで我慢してろと言う方がどうかしてるだろ。
アピトはドアを閉めると、指を鳴らして近藤の体を持ち上げる。
「うぉ、すげぇ」
ベッドに座った近藤の膝の上にはキチンと粥が乗る。お見事。
「釜戸もやられててな。焚き火で作ったんだ」
アピトはそう言いながら蓋を取る。
蕎麦の香ばしい匂いが湯気に乗って漂う。それだけで腹が鳴るのは人間の性だ。
「ん、旨ぇじゃねぇか」
アピトは謙遜していたがフツーに旨い。
近藤は掻き込むように粥を流し込む。滋味深い粥を味わうことなく飲み込むのは忍びないが、手が止まらないので仕方ない。
「なぁ、コンドウ」
粥も半分くらい食べ終わった頃、アピトが口を開いた。
「んー?」
近藤は返事だけするとまた粥を口に運ぶ。
食い意地が張ってると思うだろうか。勝手に思ってろ。
こっちは丸一日と+α寝呆けてたんだ。腹が減って仕方ない。
「なんか、懐かしいな」
何かと思えばそんなことか。
近藤は粥を飲み込むとアピトの方を見た。
確かに懐かしい。
アピトはあの日と同じ様に机に座って足を組み、ケラケラと笑いながら近藤を見下ろしていた。
それでも、少しだけあの日と違って見えるのは、それだけアピトと濃い時間を過ごしたということだろう。
「この家はさらにボロくなったけどな」
「二階は荒らされてない」
「どーだか」
荒らされていようがいまいが、このボロ屋敷がボロいことは変わらない。
「コンドウ、君はまだ元の世界に戻りたいのか?」
「ん? あぁ……城が崩れれば戻れるはずだな」
そうだ。
アピトに言われるまですっかり忘れていた。
近藤の目的は元の世界に戻ることだった。
この世界を囲む結界を壊し、早々にこんなエロゲーから脱出してやるつもりだったのに、いつの間にやらこの世界のボス、女王との戦闘に巻き込まれていた。
いや、途中からは完全に巻き込まれに行ってたな。
「私は初めて君に会ったとき、驚いたんだ」
アピトは懐かしむように目を細めた。
「私の元を訪ねてくる悪魔はそう少なくない。君もそのうちの一人だった」
大抵の悪魔は、アピトの力を求めてアピトのもとを訪れる。
悪魔だけではない。
他の魔女たちも、アピトの力を求めて来るのだ。
しかし、近藤は違った。
助けてくれなんて一言も言わず、最後には無理なら無理で良いと切り捨てて出ていった。
「最初はプライドの高い奴だと思ったよ」
アピトは静かに微笑んだ。
「でも、自分の力で自由を……欲しいものを手に入れようとする君の姿は、私には新鮮に映ったんだ」
近藤はアピトの話をじっと聞くことしか出来なかった。
あまりにも穏やかな口調に、アピトの頭の中へ入り込んでしまったような感覚に陥ったからだ。
「君の作る未来を見てみたい。そう思って、君の後を追いかけたんだ」
そしたら、カラリマと戦ってる近藤を見つけた。
「そりゃ止めるだろう? 悪魔が魔女に勝てるわけがない。なのに君は私に怒ったんだ」
口では不満を漏らしているというのに、その表情はどこか嬉しそうだった。
「それから何回も、嫌と言うほど君の芯の強さを見せつけられたよ」
それは時に憧れ、時に呆れ、時に敵対した。
「私は、君の芯の強さが大好きだよ」
ふわりと鍋が浮いた。
食べ終わった訳でもないのにと不思議に思っているうちに、鍋は机の上に置かれ、ベッドにはアピトの影が落ちていた。
「私の重荷を背負ってくれると言ったな?」
嫌な予感がした。
予感はしたが、どうすれば良いかは分からない。
近藤はアピトの次の行動を息を飲んで待っている。
「なら、私のために生きてくれ」
その嫌な予感は現実となった。
アピトは近藤を押し倒すとその上に跨がる。
「おい! ふざけんな!」
少し遅れて叫び声が音になる。
「落ち着けって!」
何とか抜け出そうともがくが、もう動くのもやっとな体だ。中々思うようには動かない。
「落ち着くのは君の方だ」
「あ」
不味い。
そう思ったところでどうにもならない。
抵抗らしい抵抗も出来ないまま、近藤の体は動かなくなっていた。
この感覚は一度味わったことがある。嫌でも思い出さずにはいられないあの光景に思わず顔をしかめる。
これはヤバい。
顔のパーツ以外全くもって動かせない。
「ただでさえ動かねぇのにさらに動かなくさせんのかよ」
「じっとして居てくれるならこんな事しないさ」
口調こそ落ち着いていたが、目は完全に暗く落ちていた。
とにかく、時間を引き伸ばして逃げ道を探すしかない。
「まず話を聞けって」
「聞いたってまた上手く誤魔化されるだけだろう」
近藤は頭の中で舌打ちをする。
こんなことになるなら、ぶっ倒れる前にふん縛ってでも話しておけば良かった。
いや、今さらどうでも良い。
どうせ今後悔したって状況が変わるわけでもない。
そんなことより、こいつから逃げる術を考えろ。
「やめろって、おい! 契約しねぇとは言ってねぇだろうが」
「言っているようなものさ」
「分かったから、取り敢えず話を聞け!」
何とか気を引こうとするがアピトは聞く耳を持たない。
ヤバい。ヤバい。別のストーリーが始まっちゃうって。
「あ! ファシスタ! おい! アピト! ファシスタが来た!」
「鍵閉めたよ」
「はぁ?!」
なんでこんな時だけ用意周到なんだよ。
体が動けば殴っていただろう。
「もー良い! 聞けって、ア、ピ……ト」
一瞬、目の前が歪む。
暗転。
次に目を開けた時には、血を吐き出していた。
「は……?」
「コンドウ?!」
血は鮮血。
口の端からゴボゴボと溢れ、鼻や耳に侵食してくる。
ただ呆然としていると、突然、喉が裂けたのかと思うほど強烈に軋んだ。
痛みが脈打ち、血ではない何かも吐き出しそうになる。
「おぇっ、ぅう」
一度噎せてしまうと苦しいのに咳が止まらない。
胸は持ち上がり、手足は何かを掴むように暴れまわる。喉は何度も血を吐き出してはヒューヒューと鳴いた。
「コンドウ! しっかりしろ!」
アピトの声が聞こえるが、返事は出来ない。
「ぁ……あぁ」
恐らく、喋りすぎたのだ。
吸っても吐いても苦しい痛みの中で、もうこの喉は使い物にならないと悟った。
真っ先に浮かんだ感情は後悔や恐怖ではなく、もっと清々しいものであった。
「ラッド・ネアをっ」
視界を覆っていたアピトが動く前に、腕を掴む。
「てっめぇ、ひ、との……話はちゃん、と聞け」
絞り出した声はガラガラに掠れていて、自分の物だとは思えなかった。
「お、れ……は、お前と、生きてェンだよ。でも……このまま契、約……たら、てめぇ、おれ……ためにシにそー……なン……だ」
「コンドウ、喋るな! 頼む、黙ってくれ!」
アピトの声は悲鳴に近かった。
が、その願いを聞いてやれるほどの余裕はない。
この喉が音を出せるうちに喋りきらなければ。
「……おれは、……のモ、ノじゃ……ねぇ。……れ、のい、のち……の責任……は、じぶん……で」
ダメだ。
もうほとんど声がでない。
壊れたカセットテープのように言葉がブツブツと切れていく。
「ア……!」
とうとう、この喉はぶっ壊れた。
どんなに口を動かしても、空気が漏れる音しかしない。
アピトもそれに気が付いたのだろう。顔が見る見るうちに青ざめていく。
「コンドウ……? なぁ、コンドウ……」
アピトは震える唇で、近藤の名前を呼んだ。
当然、近藤に返事をする術は残っていない。
せめてもと笑ってみるが、血でドロドロになった笑顔なんて怖いだけだろう。
「……そうか」
しばらくして、アピトが口を開いた。
「そうか。もう、抵抗する術はないのか」
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