【第二十一話】昏睡状態! 目が覚めぬ近藤とアピトの決意……?!
ジェシアの血を使い、全ての魔女の魔力消失を目論む城。
その野望を阻止することを決意した近藤たちと、それに協力することを誓ったラッド・ネアとユージ。
各々の目的を達成するため、五人は作戦を開始した。
アピト、ファシスタはユギルのもとへ行き、魔力砲を発射させる。
ラッド・ネアとユージは陽動。
そして近藤は、ジェシアを助けるために地下牢へと向かった。
フォーランの襲撃や気絶により、遅れをとってしまった近藤だが、フォーランを仲間へつけ、なんとか地下牢へと辿り着く。
ジェシアを奪還し、助かったと思ったのも束の間、フォーランが吹き飛ばされた。
命からがら地上まで逃げ出した近藤たちが目にしたのは、先ほどまで自分たちを追ってきていたはずの女。
女王・ミーシュ・ジュベルであった。
▽
あと三段。
あと三段で地上に出られるというのに、その三段が果てしなく遠い。
「さきに牢に戻るのはどちらかしら?」
近藤たちの行く手を塞ぐように立っているこの女こそ、この世界の女王。
ミーシュ・ジュベル。
アピトと並ぶ最強の魔女だ。
「わたしとしては、どちらでもかまわないけれど」
ジュベルは少女のような笑みを見せた。
無事に帰りたいなら、この返答を間違えてはいけない。
頭のどこかがそう言った。
このストレスだけで軽く吐ける自信がある。
あるところでは逃げ道を探し、あるところでは戦闘の準備をする。命乞いや土下座の方法まで考えた。
確実に頭の神経の何本かは、イカれただろう。
そして、見つけた。
最適解を。
「ジェシア、フォーランを持っててくれ」
フォーランはまだ気絶している。
最初に攻撃を食らったのは可哀想に思うが、今の状況を考えるとある意味これで良かったのかも知れない。
ジェシアは困惑した表情のままフォーランを受け入れた。
近藤はジュベルの方を向き直る。ジュベルはすました顔で、こちらをじっと眺めていた。
握った拳が汗でぬめる。
なのに口の中はカラカラに干からびて、喉が詰まる。
「なぁ、ジュベル」
たったそれだけの台詞。それだけの台詞が絞り出さなくちゃ出てこない。
「ここに、毒がある」
そう言って近藤が取り出したのは、小瓶。その中には透明な液体が入っている。
「俺はな、お前に捕まって牢に行くのはごめんだ。それだったら死を選ぶ」
これは賭けだった。
ジュベルが近藤の言葉を信じるか、否か。
この毒は紐を溶かすためにユージがくれた毒だ。人体への影響はせいぜい肌がかぶれるくらい。
最悪飲んでも死にはしない。
「それは取引にならないんじゃないかしら?」
ジュベルは小さく首をかしげた。
その様子に、心臓が大きく跳ね上がった。
勝った。
いや、まだ油断はしてはいけない。焦る気持ちを押さえながら近藤は口を開いた。
「なるさ。だって、ジェシアとラルダを手に入れても、まだ足りねぇもんがあるだろ?」
近藤は精一杯の笑みを張り付けた。なるべく余裕に見えるように。
足りないもの。
そう。容疑者。
ジェシアを取っ捕まえて全国の魔女の魔力を消しても、罪を着せる者がいなくちゃ、城のメンツってもんがなくなる。
そこで、選ばれたのがアピトだ。
城のメンツを保ちつつ、最強の魔女なんていう邪魔者の始末も出来る。一石二鳥とはまさにこの事。
「そして、アピトはここに居ねぇ。場所を知ってるのは俺だけだ」
ジュベルは一瞬驚いた顔をして、それからクスクスと笑い声を溢した。
「だから取引にならないと言っているのに」
「……そーだな」
ジュベルの言う通りだった。
これは取引にならない。
ここで近藤を殺そうが殺すまいが、アピトを指名手配犯として捜査することは可能なのだ。
だが、そんな話近藤にとってはどうでも良かった。
だってこれは、時間稼ぎなのだから。
ジュベルと真向勝負じゃ確実に勝てない。
かといって、逃げるのも無理。
アピトやラッド・ネアが助けに来てくれるわけもない。
じゃあどうするか。
吹っ飛ばすしかないだろう。
ユギルの魔力砲。
莫大な魔力の大砲が、今夜12時に城に到着する予定だ。
今何時かは分からないが、かなり夜も更けてきた。もう発射していても可笑しくはない。
近藤たちは城の中央から逸れた監視塔にいる。それでも、ユギルの魔力砲を食らって無事でいれる保証はない。
しかし、どっちにしろ、ジュベルから逃げられなければ結末は同じなのだ。
なら、最後まで抵抗してやるのが近藤流だ。
近藤の目的は、ユギルの魔力砲がここに来るまでジュベルの攻撃を防ぐ。ただそれだけだった。
毒の嘘に気付かず近藤の話に乗ってきた時点で、近藤の勝ちは揺るがなかった。
後は、テキトーに話を伸ばせば良い。
「……なにを、しようとしてるの?」
流石にジュベルも気付いたらしい。
だが、一歩遅かった。
脳に突き刺さる程の光が、目の前に広がった。
▲
最悪だ。
人生の中でこれ以上に最悪な出来事が残っているならば、それは間違いなく私が死ぬことだけだろう。
アピトは今、ラッド・ネアの家に居た。
目の前にいるのは、近藤。
彼は真っ白なベッドに横になり規則正しい寝息をたてている。
こうしているとただ眠っているだけのようにも見える。
しかし、近藤はもう一日以上もその目を開いていない。
アピトとファシスタがブローレに着いたのは、まだ暗い頃。城が完全に壊れていないことを不安に思いながらも、その城へ向かった。
そこで待っていたのは城の騎士でもなく、女王・ジュベルでもなかった。
ラッド・ネアの悪魔、ユージ。
ユージは、ただ驚くばかりのアピトたちに『作戦失敗』とだけ伝え、ラッド・ネアの屋敷に帰還するよう指示をした。
どのようにして帰ったかは覚えていない。気づけば、辺りが薄ぼんやりと明るくなってきていた。
ラッド・ネアの屋敷に帰ると、そこにはすでにベッドに横たわった近藤がいた。
その時には横にフォーランとタダノ……本名はジェシアというらしい。
なぜか敵だったその二人もベッドに横になっていた。
それから日が昇り、昼になり、ジェシアやフォーランが目を覚ました。
だけど、近藤だけは起きる素振りすら見せなかった。
ジュベルと戦い、魔力砲を浴びたらしい。
倒れていた三人をラッド・ネアが救出したらしい。
アピトはなにも出来なかった。いや、知りさえしなかった。
それどころか、アピトの発射させた魔力砲が近藤たちに牙を向けたのだ。
「……ごめん」
アピトの声も今の近藤には届かない。
私が止めていれば。
私が残っていれば。
こんなことになるなら、いくら怖くても近藤の話を聞けば良かった。
後悔だけがただただ降り積もっていく。
ユギルの魔力砲で、城は半分以上倒壊した。
しかし、狙いのジュベルは無傷であった。
むしろ、ジュベルが魔力砲の威力を殺してくれたからこそ、近藤たちが生きて帰ってこれたのだと、ラッド・ネアが言っていた。
じゃあ、コンドウは何のために危険を犯したんだ?
なぜ目を覚まさない?
なんでだ……なんで守れない……?
本当に守りたいものはいつも、アピトの守れないところに行ってしまう。
守れなかったことが悔しいのか、失うことが嫌なのか、視界が涙で歪んだ。
そっと近藤の頬をなぞる。これがまた、驚くほど冷たくって苦しくなる。
今はただ、胸が上下に動いていることだけが救いだった。
「セーレ。入るよ」
ドアを軽く叩く音がした。
アピトは目元をこすると、帽子を深く被った。
「あぁ」
大丈夫。声は震えていない。
ドアは遠慮がちに開いた。その隙間から顔を出したのはファシスタだ。
「コンドウ、どう?」
ファシスタの問いにアピトは静かに首を振った。
「……そっか」
ファシスタがこうやって様子を見に来るのも何回目だろうか。その度にアピトは決まって首を横に振る。
部屋にはまた、気まずい静寂が訪れる。
さっきまでは、すぐに一階へ戻っていたのに。
アピトはファシスタの方へ目をやると、口を開いた。
「どうした?」
「あ、いや……あのさ、ジェシアたちが話があるって」
「私にか……?」
「うん」
長い付き合いだ。
返事を聞くまでもなく、アピトの答えが分かっているのだろう。
ファシスタは居心地が悪そうに入り口で固まっている。
「……後で聞くと伝えといてくれ」
到底話せる気分ではなかった。
これからのことも、過去のことも、なにも聞きたくない。
今は今を受け入れるだけで精一杯なのだ。
「それじゃあ困るんだ」
アピトの言葉に返答したのはファシスタではなく、ジェシア本人であった。
ジェシアはファシスタの後ろから姿を現すと、遠慮なしに部屋へと入ってきた。
「私たちはそろそろ出発する。その前に話をしておこう」
その言葉に、アピトは応えなかった。
代わりに、より一層深く帽子を被り、下を向いた。
「お嬢さん、君も聞いておいた方がいい。ラッド・ネアも後から来る」
「……はい」
ファシスタはぎこちなく頷くと、アピトのそばへと近寄った。
「君たちはこの状況で起こりうる最悪のケースはなんだと思う?」
ジェシアはそう切り出した。
「もちろん、それは一つじゃない。
でも、どの可能性においても今の状態で女王と戦うことは避けておくべきだろうね」
ジェシアの口調はやけに冷静で淡々としていた。時計の針のようなゆっくりとした声が頭の中に流れていく。
「勝機を掴みたいなら、せめて条件は揃えなくちゃならない」
「条件、ですか?」
ファシスタは怪訝そうな声をあげた。が、ジェシアは特に気にする素振りは見せなかった。
「難しいことじゃない。君も"魔法を自由に扱える"ようにするってことさ」
「魔法を自由に操る?」
今度はアピトは眉を潜めた。
ジェシアの声はあまり頭に入ってこない。
その上、内容が小難しい。
何の話をしているのかよく分からないまま話だけが進んでいく。
「魔法はコツさえ掴めば簡単に操れる。自分の体の外にある魔法に意識を向けて、流れを感じるんだ」
随分詩的な言い回しだ。
小説に書かれていても可笑しくないなと、ちょっと思った。
だけど、体の外に魔力はないだろう。魔力は悪魔からしか取れないのだから。
「セーレ」
「……ん?」
「セーレに言ってるんだよ」
そう言われて見上げたファシスタは、困った表情を浮かべていた。
「ちょっと待て、私に? 私にか? えっと、外にある魔力ってなんだ? 流れって?」
アピトは慌てて状況を確認する。聞いてはいたが、理解はしていない。
「なんだか、反射魔法みたいね」
いつの間にか部屋に来ていたラッド・ネアが話しに混ざる。そのそばにはユージもいる。
「多分、それも……魔法の一つさ」
ジェシアはラッド・ネアを一瞥すると、両手を広げて小さなネズミを生み出した。
「ほら」
「簡単にいくかしら?」
「やらなくちゃならない」
「案外厳しいのね」
「私もラルダも居なくなったんだ。時間ならあるさ」
ジェシアはアピトの方を見ると優しく微笑んだ。
そんな笑顔を向けられても私はなにをすれば良いのか分からんよ。
アピトはジェシアから目を反らすと、彼の手から抜け出したネズミを捕まえ、手の上に乗っけた。
あの二人の会話にはついていけない。
「ねェ、アイツはアピトに反射魔法教えようとしてるノ?」
ユージも二人の会話には割り込めないようで、そっとアピトたちに近寄ってきた。
「多分そうだと思います……難しくてなにを言っているのか……」
ファシスタは小声で返事をする。
ファシスタも分からないなら私にも分からん。
アピトは潔く諦め、ネズミを地面に返そうとした。
その時。
「ジェシア! 囲まれた!」
フォーランが部屋へ駆け込んできた。
「早いな」
ジェシアは苦々しく呟いて顎をさすった。
「城の奴らね」
ラッド・ネアは窓の外を覗き込む。
アピトも釣られて窓の方へと目をやると、外には城の騎士が一面に広がっていた。
「ここの足止めは私たちがする」
ジェシアはそう言うが早いか、外へ向かって歩きだした。
「待て!」
ほぼ反射的だった。
アピトの手が、ジェシアの肩に触れる。
掴んだ肩からは、生々しい傷を隠す包帯が覗いていた。
ジェシアは声も発さずに、ゆっくりと振り返った。
それが逆に気まずくって、言葉がつっかえる。
「あ、いや、その……君たちだって、ボロボロじゃないか」
ジェシアたちも魔力砲を受けているのだ。あまり無理はさせるわけにもいかないだろう。
「助けてくれたことには感謝してるよ。君たちの力になりたいとも思う。だけど、私たちと君たちは違いすぎるんだ」
ジェシアは力なく笑っていた。
「関わりはこれっきり。それじゃあ、君たちがジュベルを倒してくれることを願うよ」
ジェシアはアピトの手を振りほどくと、背を向けた。
「フォーラン」
ジェシアの声にフォーランも頷く。
「ありがとね」
フォーランは去り際にそう言い残してジェシアの後を追った。
もう一度引き留めることは、出来なかった。
アピトは二人が階段を下る音をただぼんやりと聞いていた。
「アピト。近藤を持って」
ラッド・ネアに声をかけられハッとする。
「逃げるのか?」
「ええ」
ラッド・ネアはユージを担ぎ上げる。
「ファシスタ。貴方、走れる?」
「え、あ、はい!」
アピトは近藤を浮かせるとラッド・ネアの背中を追いかけた。
「どこ行くんだ?」
「一番バレない場所よ」
▲
そう言われてたどり着いた先はアピトの家。
「私の家か……」
「一度荒らした場所をもう一度探しにくることは少ないわ」
ラッド・ネアはそう言うと、ドアを蹴り破った。
なにもそんな乱雑に開けなくったって良いじゃないか。
そう言いかけて、口を閉じた。
言う前に睨まれたのだ。
外観は前とさほど変わってはいなかったが、部屋のなかはかなり荒らされていた。
アンティークで落ち着いていたはずの我が家は、もう見る影もない。
飛んでいったドアを筆頭に、どこの木材か分からない木材が横たわり、タンスやお気に入りの絵画も破られている。
カウンターも完全にバラバラだ。食べかけのスープは床に染みを作っていた。
「二階で暮らすことになりそうね」
ラッド・ネアは一通り家の中を見終わると、そう言った。
確かに一階はとても住める状況ではない。
それに適当な返事をしつつ、アピトは瓦礫を避け、一足先に二階へ上がった。
二階には誰も立ち入らなかったらしい。比較的綺麗なままだ。
なんか傾いてる気もするが。
近藤の部屋も、変わっていない。
アピトは近藤を寝かせるとその近くにある机に腰を下ろした。
そういえば、初めてあった日もこうやって横になった近藤を見下ろしていた。
見覚えのある画角に、アピトはふとあの日のことを思い出した。
つい最近の記憶なのに、遠い昔のように懐かしい。
コンドウは変な男だ。
無謀なことばかり言うわりには、意外と論理的で、結界の話も、魔法の話も、私より詳しくって、馬鹿と言いつつやるべきことをちゃんと教えてくれる。
私が小説を読んで騒いでいると怒鳴りこみに来たり、ちょっと夜ご飯の買い出しを忘れたくらいで信じられないくらい怒ったりするのに、やっぱり優しい。
最初は、ただ単に誰かがいるということが嬉しかったのかもしれない。
だけど、それが次第にコンドウが居るということが嬉しくなっていった。
「……コンドウ」
もちろん、返事はない。
固く閉ざされた目は、もう二度と開かないかもと思わせるほど不気味で、声が震えた。
「……そうだね。分かった」
私はもう、君にどう思われようがかまわないよ。
◆
ここは城の中。
それも、城の最上階に位置する女王の寝室である。
城の半分以上はユギルの魔力砲による被害を受けたが、中心より少し後ろにズレたこの部屋の被害は最小限にとどまった。
まぁ、前方がかなり涼しい気もするが。
天蓋付きのベッドに腰を掛け、優雅に紅茶を飲んでいるのは、女王ミーシュ・ジュベル。
そして
「おぉ~ジェシア見つかったらしいね」
おどけた声が部屋に響く。
椅子の背凭れを抱え込むようにして座り、双眼鏡を覗き込むように、自分の指で作った輪っかの中を眺めているこの女こそ、リドル・シエラルカ。
城の宰相である。
「騎士なんて真面目だけが取り柄だもんね~流石ァ!」
前の丈が短いフィッシュテールのドレスに身を包み、ブロンドのその髪は頭の高い位置でまとめられているというのに、その髪は地面についてしまいそうな程長い。
ドレスの下からは褐色の肌が覗いている。
その足には、花や蝶をモチーフにしたタトゥー。
そのタトゥーは足だけでなく、鎖骨や顔にまで伸びている。
身なりは伝統的な城の雰囲気にこそ合っていないが、礼儀もそれなりになっていない。
「……おーい? ジュベルちゃん考え事~?」
どうやら、中々返事を返さないジュベルに機嫌を損ねたらしい。
シエラルカは自分が座っていた椅子をジュベルへ向かって蹴り飛ばす。
吹っ飛ぶ椅子。
巻き込まれるジュベル。
骨に響くような、鈍い音がした。
ジュベルは椅子に弾かれ、ベッドの下へと落とされた。
「……ごめんなさい。退屈させちゃった?」
だが、ジュベルがシエラルカを咎めることはなかった。
ジュベルは慣れた様子で椅子を元の位置へと戻した。
「で、なに考えてんの?」
「そんなに怒らないで頂戴」
ジュベルはふふふと笑いながら、ベッドへ座り直した。
せっかくいれた紅茶は、ベッドが飲んでしまった。新しい紅茶をいれなければと思いながら、ティーカップに手をかける。
「ジュベル~?」
もちろん、そうさせた本人はそんなこと謝りもしない。いや、気付いてもいないだろう。
はやく言えと言わんばかりの催促にジュベルはまた、ごめんなさいと謝った。
「これからのことを、少し……ね?」
「なぁんだ、そんなに楽しみなの? ちょ~カワイ~」
あんなに聞きたがっていたのに、もう興味をなくしてしまったのか。
シエラルカはあくび交じりにジュベルをからかう。
「だいじょーぶ♡ このリドルちゃんが、アピトちゃんと"二人きり"にしてあげちゃうからね~!」
「……そうね。上手くいくといいのだけれど」
ジュベルがそう笑うと、シエラルカは途端に表情を変えた。
「なにそれ? クソ萎えるんだけど」
ジュベルの返答が良くなかったらしい。
シエラルカは舌打ちと共に、ジュベルのベッドに蹴りをいれた。
柔らかなマットレスが軋み、空のティーカップが床に落ちる。
パリンと、ガラスの爆ぜる音。
ジュベルがその手を伸ばす前に、シエラルカがカップを踏み潰す。
「ジェシアは見つけたし、ラルダはカラリマが取り行ったし、あのガキたちをココに呼び込む手筈もバッチリでしょ? どこで上手くいかないとでも?」
シエラルカは問い詰めるように捲し立てる。
その射抜くような……ともすれば、殺意とも取れる視線を受けながら、ジュベルはシエラルカの頬に指を滑らせた。
「大人はいやね。こうしていると、悪いことばかり考えてしまうの」
その言葉に納得したのか、シエラルカは満足そうに頷いた。
「手に入れたきゃ、待たないと♡」
シエラルカは、ベッドに膝を立て、ジュベルの上に跨がる。
「もうちょっとだもんねぇ?」
その口調はからかっているような、問いかけているような、不思議な口振りだった。
「そうね」
ジュベルは頷くとシエラルカと目を合わせた。
座ったままのジュベルでは、自然とシエラルカを見上げる形になる。
その目に写る自分はなんて弱々しくって頼りなくって、無力なのでしょう。
でも、それももう終わり。
もう少しで、ジュベルの夢が叶う。
"魔女が魔法を持たない世界"。
"魔女の力が失われた世界"。
「私も大概だけど、ジュベルちゃんもかなり物好きだよねぇ」
自分から振った癖に、シエラルカは嫌そうな表情を浮かべた。
「わたしはただ、みんなを愛してるだけよ。もちろん、あなたも」
ジュベルはシエラルカの頬を撫でていた手を肩へ這わせ、微笑んだ。
「でも、永遠なんてものはないの」
「私は巻きこむなって」
シエラルカは苦々しく呟く。
それでもジュベルは人の良さそうな笑顔を浮かべたまま。しかし、その目はずっと底が見えない。
「心置きなくみんなを愛せる方法を教えてくれたのはあなたでしょう?」
いくらジュベルが愛していても、彼女たちはいつかジュベルの元から離れてしまう。
ジュベルはその事を嘆くばかりで、その理由を考えたことはなかった。
しかし、シエラルカが教えてくれた。
『人は力があるから人を裏切る』
この世界から力が消えればジュベルの愛しい人たちと、ずっとそばにいれるのだと。
「そ~だっけ?」
シエラルカはジュベルの真剣な表情をケラケラと笑い飛ばす。
「私が言ったのは、セアが消えたのは彼女の力が君より強かったからってことダケ」
「セア……」
ジュベルは、その名前をゆっくりと口にした。
しばらく口に出さない間に、その名前は憎むべきものに変わってしまっていた。
耳障りなその名に、思わず眉間にしわがよってしまう。
セア・アピト。
私を裏切って悪魔と結ばれた魔女。
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