【第二十話】牢屋脱出! 囚われのタダノの脱走劇……?!


 ジェシアの血を使い、全ての魔女の魔力消失を目論む城。

 その野望を阻止することを決意した近藤たちと、それに協力することを誓ったラッド・ネアとユージ。

 各々の目的を達成するため、五人は作戦を開始した。

 アピト、ファシスタはユギルのもとへ行き、魔力砲を発射させる。

 ラッド・ネアとユージは陽動。

 そして近藤は、ジェシアを助けるために地下牢へと向かった。

 しかし、フォーランの襲撃や気絶により、遅れをとってしまった近藤。

 フォーランを仲間につけ、遅れを取り返すために城中を駆け巡る二人が見つけたものは、地下牢の入り口ではなく、巨大な白濁液タンクであった。



 長い階段を登りきった先、派手で今風の屋敷がドドン! と建っている。

 丸だか台形だかよく分からない屋根にカメレオンの舌のような飾りのついた柱。

 前衛的すぎて良さは全く分からないが、とにかく派手なことだけは分かる。


「やっぱり結界張ってあるね」


 ファシスタはアピトの後ろから顔を出すとそう呟いた。

 ピンッと張られた半透明な膜。これが結界だ。結界にも色々あるが、この結界は外から中へ入ることを封じるタイプの結界。

 しかし問題はない。


「レーベル。私にぴったりくっつくんだ」


「うん」


 ファシスタは真面目な顔で頷くと、アピトの背中にぴったりとしがみついた。

 ファシスタの柔らかいほっぺの熱が背中越しに伝わってくる。


「さぁ、行くよ」


 パチンと指を鳴らすと、半透明な膜はシャボン玉のように弾け飛ぶ。

 と、同時に元の形に戻ろうと再生が始まる。

 波打つ結界を制し、アピトは大股でユギルの結界内へ入った。

 背中にくっついていたファシスタもアピトに続いてその中へと足を踏み入れる。


「そんなことも出来ちゃうの?」


「私は最強だからな」


 なんて言ったが、この結界はいわゆる、解除出来る結界だった。

 ユギルは世界の傍観者だ。

 アピトたちが来ることも知っていて、あえてアピトが解除出来る結界を張ったのだろう。


 純粋なファシスタは、素直にすごいと目を輝かせている。

 まぁ、結界の解除は難しい。誘導されたってそう簡単に出来るものじゃないので、騙している訳でもない。

 本当に私はすごいのだ。


 独りでに開く扉を通り、長い廊下を抜け、ユギルがいる広間へと辿り着く。

 いつもは忙しく動いているユギルの悪魔たちも、今日はいやに高い本棚の前に整列していた。


「やぁ、ユギル」


「待ってたよ」


 ユギルはタカハシに抱えられたまま、いつものソファに座っている。


「今、一番状況を知っているのは君だろう? 説明はいらんな」


 アピトの言葉にユギルはコクリと頷いた。


「アピトたちはユギルの魔力砲を使いたい」


 いつ聞いても眠たそうな声は、こんな緊急事態でも変わりなかった。


「あぁ、そうだ」


 アピトは足早に部屋の中央へ行くと、ユギルの向かい側のソファに座った。ファシスタもアピトの隣に腰を下ろす。


「ユギルの魔力砲は一回しか撃てない」


 ユギルはアピトが座ったタイミングで口を開いた。

 魔力砲は莫大な魔力を消費する。

 ユギルほどの魔女、しかもこんなに悪魔がいるなら、その魔力を集めることはさほど難しいことではないだろう。しかし、それを打ち出す大砲の方が、無事ではすまない。


「それに、ユギルは城にまだ喧嘩を売りたくはない」


 難しい顔をしているアピトにユギルは続ける。

 ユギルは良くも悪くも昔から臆病だ。

 城から住み処を追われても、文句言わず、この辺境地まで立ち退いた。

 城と戦うことを望まず、安寧を望む。

 城から気に入った男を拐ったりする癖に、いざという時は大人しくなってしまう。


「君は、魔法が使えなくなっても良いのか?」


「……アピトもユギルと同じだった」


 アピトを見つめるその目からは、いつものように覗いてやろうという好奇心は見えなかった。


「そうだね」


 ユギルの言う通り。

 少し前まではアピトもそちら側であった。

 周りは私を最強と言うが、その最強の力だって限界がある。

 守れるものは手の届く範囲だけ。

 守ろうとしたって守れないものだらけで、だから、最初から割り切って、守れるものだけを守ると決めた。

 出来ないなら、最初からやらない方が良い。


「だけどもう、辞めたんだ」


 アピトの言葉を、ユギルはじっと待っている。


「私は、もっと我が儘になって良いらしい。だからね、決めたんだ。守れるものではなく、守りたいものを守ると」


 守りたいもの。

 ブローレ、魔法、コーヒー、私の家、小説、ファシスタ、ラッド・ネアたちに、ユギルと、皆。そして、コンドウ。


「全部守る。それだけの力が、私にはある」


「本当に?」


 ユギルの質問に、アピトは沈黙を返した。

 短い質問だが、すぐに返答出来る問いではなかった。

 いや、その問い自体はシンプルで問題ない。

 ただ、その質問の裏にある意味が、アピトの口を閉ざしていた。


「……確かに、私は“あの日”、何も守れなかった」


 意外と口に出してみると呆気ないものだった。

 しばらく口が動かなかったのが不思議なくらいその言葉に重たい意味はなかった。


 しかし、そんなアピトとは対照的に部屋の空気は張り詰めた。

 会話に混じっていないファシスタですら、体をワナワナと震わせている。


 それもそうか。

 ここにいる者たちは、あの日のことを知っているのだから。

 アピトにとっての“あの日”とは、“あの一日”しかない。


 アピトの両親が死んだ日。


 アピトが大切な人を守れなかった日。


「だけど、幼い頃の話だよ。今度はもう、守れるさ」


 いや、守る。

 守らなくちゃ、いけないんだ。

 もうなにも失わないためにも。


「……セーレ」


 気が付けば、アピトはファシスタに寄り掛かっていたらしい。

 ファシスタの苦しそうな声にアピトはしっかりと体を起こす。


「悪いね」


「……ううん」


 ファシスタはなにか言いたげにアピトを見るが、口を開くことはなかった。


「アピトがそれで良いなら、ユギルは構わない」


 ファシスタの代わりと言わんばかりにユギルの口が動く。


「ユギルでも、人の心までは立ち入れない。だけどね、アピト。失うことばかりに目を向けちゃダメ。考えることは失わないではなく、手に入れるだよ」


 失わないではなく、手に入れる。

 ユギルの言っていることは難しくてよく分からん。

 失わないことも、手に入れることも、どちらも幸せと呼べるならそれで良いではないか。


「あぁ、分かったよ」


 そう笑うアピトの笑顔は、本心からか。ユギルの知識を持ってしても判断できなかった。


「魔力砲は発射させる。でも、ユギルが出来ることはそれだけ」


「充分さ」


 アピトは本当に充分だと思っているのだろう。

 だけど、それが正しいのかアピトは考える必要があった。

 少し顔を右に向け、隣に座っている少女を見てみると良い。

 彼女は、あんなにもアピトのことを心配しているというのに、その視線は交わることはない。


「さて、発射までにはまだ時間があるから、お茶でも淹れようか」


 タカハシは暗い雰囲気を払うように声を張った。

 タカハシは、近くに居た悪魔を呼びつけると、ユギルをその膝の上に置き、奥の部屋へと消えていった。つくづく手際の良い奴だ。


「あの」


 タカハシが奥へ行ってすぐ、椅子の代わりとなったつり目の少年が口を開く。確かシキ、と呼ばれていた気がする。

 シキは少し前のめりにアピトへと質問した。


「近藤は、大丈夫なんですか?」


「コンドウ……」


 返答しようと開いた口はただその言葉を繰り返しただけだった。


 何をもって大丈夫と言うのか、大丈夫じゃないなら、なぜ一人にさせてしまったのか。


 返答を考えれば考えるほど、後悔や不安が心臓を締め付けてくるせいで、言葉が続かない。


「シキ」


 アピトが答えを見つける前に、タカハシが広間へ戻ってきた。

 背の高さも相まってか、その呼び掛けは迫力がある。


「……すみません」


「はい。紅茶お渡しして」


 タカハシは紅茶をシキに渡すと、ユギルを持ち上げ席についた。


「心配ありがとう」


 アピトは、紅茶を貰うついでにシキに声をかけた。

 排他的な彼に、こんな心配してくれる友人が出来ていたと思うと、少し妙な感情を覚える。


「……俺、あの人に憧れてるんです。ちょっとしか話してないけど」


「コンドウに?」


 思わず聞き返した言葉に、シキは笑顔で頷いた。


「はい。格好いいでしょ。あんな自分の道を真っ直ぐ行ける人」


 それには少し納得する。

 格好いいかどうかは置いておいて、近藤には近藤の道がしっかりと見えている。

 だだっ広い草原を、彼はこっちだあっちだと迷わずに進んでいく。

 アピトはその背中を追うばかりで、近藤の見えている道が見えたことは一度だってない。


「だから、ちょっと、心配になったんです」


 道が見えてるのに、どんな危険な道でも歩いていってしまうから。

 シキはファシスタの前にも紅茶を置くと、もう一度すみませんと頭を下げた。


「気にすることはない。コンドウは“大丈夫”だよ」


 これが正しい返答と言うなら随分ぎこちないものだ。

 アピトはいくつもの返答を飲み込んでそう返した。


「はいはい。近藤武蔵の話はおしまい。ねぇ、この紅茶どう? ちょっと高いのなんだ。ユギル嬢の大好きなやつ」


 分かりやすい話題転換だ。

 タカハシは人の内面に関わる詮索を好まない。

 もちろん、そこに少しばかり、アピトのためという感情があることは、そう短くない付き合いでなんとなく分かる。


 事実、今のアピトにとって、近藤の話は心地の良い話題ではなかった。


 しかし、その話題転換もタイミングが悪かった。

 今は些細なことでも考え込んでしまう。


コンドウ ムサシ


 そうだった。

 彼のファーストネームは結局、教えて貰えなかった。

 “コンドウ”はファミリーネームだと知った時。あの時は上手くはぐらかされてしまった。


 状況が状況だった。

 もちろん、近藤に隠す意図がなかったというのも分かっている。だけど、やはり引っ掛かってしまう。


 ズルいなぁ。


 契約だって、なんだって、彼は言葉巧みに保留と言って拒否してしまう。


『お前がその重荷を俺に渡す気になったら契約してやる』


 私は重荷なんか、背負っていないというのに。

 でも、それを証明する手立てはアピトにはない。

 だからやっぱり契約は出来ない。


「ねぇ、セーレ。せっかくだから貰ってかない?」


 ふと、名前が呼ばれた気がする。

 ほぼほぼ条件反射のようなもので、顔を上げる。

 相当間抜けな顔をしていたのかも知れない。

 呼び掛けたであろうファシスタは、アピトの顔を見た途端笑い声を溢した。


「……へ?」


「だから、茶葉」


 なにが“だから”なのか。

 話を聞きそびれていたアピトにはよく分からなかったが、恐らく、この紅茶の茶葉を貰っていきたいと言っているのだろう。


「貰って良いのか?」


「うん。あげる」


「やった! ね? コンドウたちに淹れてあげよ!」


 茶葉一つでこんなに喜ぶものなのか。ファシスタはタカハシから茶葉を受けとると、嬉しそうにアピトの前に突き出した。


「はい。セーレが持ってて」


『宝物はセーレに持ってて欲しいの』。

 小さい頃、そんなことを言われたような気がする。

 たかだか茶葉くらいで宝物なんて大袈裟だが、そんなファシスタの無邪気さに、自然と頬がほころんだ。


「分かったよ」


 貰った茶葉は意外と軽かった。

 コーヒーでは考えられない軽さにこんなので味が出るものか、と不思議に思う。

 まぁ、ファシスタが気にしてないなら大丈夫かと結論付け、胸元に押し込んだ。


「……ちょっと、緊張するね」


「ん? あぁ」


 ファシスタに言われて時計を見てみれば、魔力砲発射まで後一時間をきっていた。



 ドアの前でしばらく二人とも動けずにいた。

 それもそうだろう。

 このドアを一枚隔てた先には真っ白いドロドロの“水”を蓄えた巨大なタンクがあったのだから。


「なんか、もうダメな気がする」


「逃げるなら今のうちだぜ」


「弟置いて逃げれるわけないでしょ!」


 流石お姉ちゃん。と言おうか迷ったが、おちょくってることがバレて喧嘩にでもなったらユギルの魔力砲をもろに食らってしまうのでやめておいた。


 まさか、地下牢への入り口よりも先にこんなものを見付けてしまうとは。

 つくづく自分の不幸が恨めしい。


 そうだった。

 確か、近藤たちは男たちを助け出すために地下牢へ行く道を探していたはずだ。

 なのに、見付けたのは彼ら本体ではなく彼らの分身の方。


「ん?」


「なに? そんなに気になる?」


 さっさと歩き出そうとしていたフォーランはあからさまに嫌な顔をする。

 俺だって別に好きでこんなの見てる訳じゃねぇんだ。

 興味があるのはタンクの方。


 どうやって、あの中に分身たちを注いだのか。


 普通に考えて注ぎ口は上にあるのだろう。

 だというのに、周りには梯子らしきものはおろか、上に上がるツールすらなかった。

 もちろん、魔法の線も考えられるが。


「なぁ、あのタンク、下の方にパイプみたいなのなかったか?」


「え? タンク? あー、確かに?」


 フォーランはあまりピンと来ていないみたいだが、あのタンクの左下には太めのパイプが埋め込まれていた。


 確かに、一人ひとりあそこのタンクに出していくのは効率が悪い。

 だったら、あのパイプを地下牢に引っ張ってって集める方が効率が良いんじゃないか?


「天才!」


 こんなことで天才と呼ばれたくはないが、甘んじて受けよう。

 近藤たちは意を決して、もう一度扉を開く。


 先ほどと変わらないイカ臭い部屋。だけどなんでだろう。輝いて見える。

 案の定、タンクの下部に取り付けられたパイプは地下へ伸びている。圧力計らしきものもついてるしビンゴだろう。


「って、うお?!」


「わっ?!」


 近藤たちは思わず目を瞑った。

 遅れて下の方から重たい音が響く。

 言っておこう。これは9割くらいは近藤が悪い。


 様子見を兼ねてフラフラとタンクに近寄った近藤。

 パイプが埋め込まれせいか、少し浮いていた石畳を見て、何を思ったかこの男、足が出た。


 まぁ、フツーだったらなにも起こらないはずだが、なぜか近藤の蹴りは床の一部を崩壊させ、そのまま地下へと落としてしまった。


「……後付けだったみてぇだな」


「マジでそれだけで良いと思ってる?」


「ごめん」


 まさか地下牢の階段を見付けずとも地下牢に行けるとは。嬉しいのか嬉しくないのか自分の感情がわからなくなる。ズボラ工事め。

 近藤は気を取り直して床の下を覗き込む。そこには予想通り地下牢が広がっていた。


「このまま降りれそうだな」


「私使ってでしょ」


「頼む」


 近藤はフォーランはしごに股がるとなるべく急いで降りた。


「なんだ……?!」


「誰か来たぞ」


「騎士、じゃねぇ?!」


 地下牢の住民たちもかなり驚いたのだろう。なにが起こったとささやく声は次第に騒ぎ声に変わり、牢中に響いた。


「あー、うるせぇ! 静かにしろよ。喋ったやつは助けねぇ」


 近藤の声は思ったよりもよく通った。

 助けるという言葉に反応したのか、野郎共はあっという間に静かになった。

 それで良い。


 地下牢の中は酷いものであった。

 薄暗く、ジメジメとした空間。そこに漂うイカと汗の臭い。

 男たちは皆服を脱がされ、狭い檻に詰め込まれている。酷すぎる。


「出口は分かる?」


「あ、あぁ」


「ならさっさと出てけ。少しでも喋ったら死ぬと思え」


 男どもは意外と素直で、文句も言わず、その指示に従った。

 こういう時、場を乱すやつが一人くらいはいると思っていたが、流石に状況もよく分からない上に、命がかかってるとなりゃ、真剣にならざるを得ないらしい。


 ……いや、それとも魔女たちの調教の賜物か。

 どっちにせよ、こんなとこで時間を食うわけにはいかない近藤にとって、都合が良いのは変わりない。


「これで大部屋は終わり」


「騒ぐなよ」


 フォーランが最後の牢を開け、近藤が男たちを外に出す。

 変身魔法のおかげで、解錠は楽にすんだ。

 が、


「……ジェシアは? 別室?」


 そう。

 ジェシアの姿が見えない。

 ここの地下牢も一通り回ったが、それらしき影すら見なかった。となると、別の場所にも牢がある可能性がある。

 一番最悪のケースを想像してしまった。もう時間もない。


「一回上がるぞ!」


「待って! まだジェシアが!」


 なんにもない地下牢をうろちょろしたって意味がない。

 フォーランを引っ張って地下牢を抜けようとした、その時。


「フォ、ーラン……?」


「ジェシアッ!」


 声は籠っているが、間違いない。これはジェシアの声だ。


「やっぱり、どうして君がここに……」


 その声は、牢の中から聞こえてくる。

 しかし、牢の中は人の一人だっていやしない。もちろん、人が身を隠せそうな場所も物陰もない。


「どこにいる?!」


「近藤……?」


 やっぱり声は檻の中から聞こえてくる。

 いや、違う。

 檻じゃない。

 壁だ。

 壁の向こう側から声がする。


「もしかして、お前……!」


 独房と言ったところか。

 ジェシアは魔法が使える。かなり厳重にもてなされたようだ。

 そもそも、こいつは魔力源として捕まっている訳ではない。この扱いは当然といえば当然か。


「なんで、ここに?」


「助けに来てやったんだよ」


 声を聞く限りだと動揺はしてるが、結構元気そうだ。

 まぁそうか。血を取る前に殺すわけにはいかない。


「良かった……! 見つかって!」


 フォーランは安堵の息を吐く。が、これって、結局入り口を探さなくちゃなんねぇのは変わんねぇじゃねぇか。

 ラッド・ネアの屋敷みたいに、この壁押したら回転するとか……ねぇな。ピクリとも動かねぇ。


「お前、入り口とかって案内出来ねぇ?」


「残念だけど、君たちがこの出入口を使うのは無理だ。私の牢は警備が厳しい」


 意外と呆気なく断られる。

 あのさ、俺らはその厳しい警備の中を頑張ってきたんだよ。今さらそれで食い下がると思ってんのか。

 あんまりな言い種にこのまま帰ってやろうかと思ったが、ここまで来た意味が消え去るので踏みとどまる。偉いぞ。


「今、騎士はいねぇよ」


「どっちにしろ鍵を知らないから無理だね」


「鍵なら私が……!」


「この鍵は、文字を入力するみたいでね。私はその文字を知らないんだ」


 こんな中世ヨーロッパの世界でパスワード式を採用すんな。


「でも、助けに来てくれてありがとう。嬉しいよ。フォーラン、君の声が聞けて。近藤、君とももう一度会えて良かった」


「な、諦めっ」


「フォーラン、ロケット弾に変身して」


「は?」


 ジェシア。

 お前それは諦めた奴が言う台詞なんだよ。

 説得しかけた俺が恥ずかしいじゃねぇか。

 少しだけ恥ずかしい思いをしてる近藤を無視して二人は話を進めていく。


「それってジェシアが……っ!」


「大丈夫。私を信じて」


「出来ないよ……!」


「端にいるから安心して」


「やるぞ」


 平行線をたどる二人の会話に近藤が乱入する。

 時間がない。破れかぶれでもやるしかないのだ。


「フォーラン」


 近藤の呼び掛けに、フォーランは奥歯をぎゅっと噛む。返事はなかったが、覚悟は決めたのだろう。

 彼女は体をバズーカに変えると、近藤の腕に収まった。


「ちゃんと避けてろよ!」


 引き金に指をかけると、バズーカは簡単に発射した。

 足腰の負担がでかい。

 崩れそうになる体勢をなんとか持ちこらえつつ前を見る。

 壁は轟音と共に崩れ去った。ホコリや小さな破片が四方へ飛び回る。


「だ、大丈夫か?」


「よし。手錠も取れた」


 そんな粉塵の中、そいつは平然と立っていた。

 ただ立っているだけでなく薄ら笑みを浮かべながら千切れた手錠をブラブラと揺らす始末。

 俺はお前が思ったより脳筋で驚いてるよ。


「ありがとう。お二人さん」


「もう! 馬鹿!」


 ジェシアが瓦礫を跨ぐよりも先にフォーランが側に駆け寄った。


「城に捕まるとかあり得ない」


「ごめん」


 フォーランはジェシアの胸に顔を埋めた。ジェシアも優しくフォーランを抱き締める。


「おい、行くぞ」


 声かけるのが早すぎだって? 仲良くユギルの魔力砲食らうよりはマシだろう。

 感動の再会は帰ってからでもやろうと思えば出来る。

 二人が移動する気配を感じとり、近藤も踵を返す。

 良かった。間に合いそうだと安堵したのも束の間。


「あらあら、こんなにしちゃって」


「フォーラン! 結界!」


「え?」


 音もなかった。

 それこそ、人が来る気配も、予兆もなにもなかった。

 そいつは近藤たちが気づく前にそこにいた。

 肌に打ち付けるような暴風が近藤を追い抜く。と同時にフォーランが壁に打ち付けられた。


「ダメじゃない。お姉ちゃん守ってあげなくちゃ」


 体は嫌な汗が湧くばかりで、全く動かない。

 いや、動こうとすら思えない。

 思考の段階から全てがストップした。

 頭に浮かぶのは根本的な問題。

 俺の後ろでなにが起こってるんだ?


「近藤! フォーランを!」


 ジェシアのその声に意識が戻る。

 正直、どうやって走り出したのかは自分でも分からなかった。

 気が付けばフォーランを担ぎ上げ、走っていた。


 なんなんだ?


 近藤の後ろでは、ジェシアが結界を張り、そいつを足止めしている。

 が、ジェシアの結界は何度張ってもバラバラに崩れてしまう。

 間違いなく言えることは、ただの騎士ではないということ。


 ヤバい……!


 体力がなくなったのか、ジェシアの足取りが重くなる。


「外に出るまでだ! 踏ん張れ!」


 近藤も無我夢中だった。

 足を止めるわけにはいかない。フォーランを支えながら、ジェシアの腕を引く。

 ジェシアはどこか放心しており、足元が覚束ない。


「結界が……!」


 独り言なのか、訴えているのか、最後の方はほとんど耳に入らなかった。


「おい! どうした?」


「魔法が……魔法が、“使えない”! 走るしか、ない!」


「は?」


「真っ直ぐ! 真っ直ぐ! 真っ直ぐ!」


 そんなことは分かってる。

 通れる道が一本しかないのだ。間違えるハズもなかった。

 が、こんな状態で会話なんて不可能に近かった。


 これは混乱なんてもんじゃない。ただの恐怖だ。

 走っているうちに実態のない恐怖は明確な恐怖へと変わる。

 後ろからはもうなにも音がしない。それがかえって、怖かった。

 追手がどこまで迫っているか分からない。


 すぐそこに居るのか、居ないのか。

 ただでさえ手一杯の恐怖に、分からないというの恐怖が混ざれば、正気を保つだけで精一杯だった。

 捕まってはいけない。理解はしているが、逃げ場がない。


「あった!」


 それは希望の光といっても過言ではなかった。

 恐らく、逃げ出していった男たちが開けたままにしていたのだろう。ぼんやりとした白い光が地下牢に射し込んでいた。


 階段だ。


 ぐるぐると渦を巻くように伸びる階段。

近藤たちはその階段をただひたすらに駆け上がった。


 あぁ、なるほど。

 城の両脇に建っているあの監視塔。

 あの塔が地下牢への入り口だったのか。

 どうりで一階をくまなく探し回っても地下牢へ続く階段が見つからないわけだ。


 やけにゆっくりとした思考で、城の構造について理解した。

 もはやこれは映画のワンシーンを見てるんじゃないか?

 どんどん冷めていく頭の中でそんなことを思った。

 だが、どうやらそうはならないらしい。

 詰まりそうな程苦しくなった息が現実であることを告げてくる。

 こんなに全力で走ったのは久しぶりな気がした。

 そろそろ地上につく。


 助かった!


 逃げ切れたんだ!


 なんて幻想はすぐに打ち砕かれた。


「は?」


 目の前には、いつか見た目に焼き付くほどの青。


 襟元が深く開いた、胸元と肩を露出した裾丈の長いドレス。

 それは夜の正装、ローブ・デコルテだ。最小限の装飾にとどめられたそのドレスはまるで近藤たちが来るのを分かっていたかのように整えられている。

 編み下ろされたラピスラズリ色の髪。その髪と同じ色の瞳は近藤たちのことをじっと見下ろしていた。


「おつかれさま」


 やけに楽しそうなその声は、先ほどまで後ろに居た女のもので間違いなかった。

 そうか。瞬間移動か。

 そう合点がいってから理解するまでははやかった。

 こいつが、女王。

 ミーシュ・ジュベル。

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